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第2話:見えない壁

 とりあえずは闇雲に探すことも出来ないので、イーグルの特殊なレーダーを使って大まかな位置を特定してくれるらしい。それまでは待機だ。

(……結局今日はここに泊まることになるのか……)

 俺は朔夜家のメイドに案内され、客室の一室に入れられた。1人になって、ふと現実の価値観が戻ってきた気がする。

(俺、明日学校休むんだよな?)

 まあ、学校もあと数日で春休みだ。テストも終わってるし、それぐらいの休みなら問題ない。

 お袋のほうは……朔夜のお父さんが話をつけてくれたそうだ。今日ここに来れたのだって、先に彼が 俺の家に電話してお袋に若干虚偽の事情を伝えて説得してくれたらしいのだ。


 ベッドに倒れこむ。

 思いのほかスプリングが弾んで驚いたが、さすがと言うべきか、ふかふかで気持ちよすぎるぐらいの布団だ。

(……ほんと、なんか大変なことになったよな……)

 まさかあいつの家で、こんな状況で泊まる羽目になるなんて、思いもしなかった。

 というより、朔夜があんなことになったのを、俺は未だに信じたくないのかもしれない。


 朔夜のお父さんの話によると、朔夜の魂を奪ったケモノは未だ野放し状態になっているらしい。

 というのも、ケモノにしては珍しく、場所を激しく移動するタイプらしく、追うのが難しいのだとか。

 詳しい話は実際現場にいた三炎に訊くといいと言われたが、お父さんはその点間違った判断をしたと思う。


(……だってなあ……)

 オカマ男は行方知れず、焔って子も朔夜に憑いてるって言ってたけど、彼が精霊の部類に入るせいかあっちから姿を現してくれないと俺の目では捉えられない。

 で、今実際にいるのは、男嫌いの鼠女だけだ。

 しかも、ここに来てから一言も喋っていない。それ以前にいつもの人型にすらならない。

 というより、彼女もどこか機嫌が悪そうな気がするのは気のせい……ではないだろう。

 しかし。

(もともと仲がいいってわけじゃないけど、……っていうか目の敵にされてる気もするけど……こういう状況なんだし、協力してもらわないと困るよなあ……)

 俺は先のことが色々思いやられて、やれやれと目を閉じた。






 部屋の電気が消される。

「お休みなさいませ」

 いつものように、屋敷に仕える女がそう言って、部屋を出て行った。

 私は枕元でじっと彼女の様子を窺う。彼女が眠るのを見届けてから、自分も眠りにつくことがここ1週間で日課になりつつあった。

「…………」

 いつもなら、彼女は横になるとすぐに目を閉じるのに、今日はそれをしない。

 しばらくそのまま待ってみたが、やはり彼女は眠る様子を見せない。ただ、その虚ろな目で天井を眺めているようだった。

 それが30分ほど続く。

「…………眠れないの?」

 私はそっと彼女に尋ねてみた。

 すると彼女は私のほうをちらりと見て、微かに頷いた。


 こんな風にまともなやりとりが出来るようになったことがとても嬉しい。

 1週間前、あの奇妙なケモノに魂を奪われた直後の彼女はまさに抜け殻、それこそ生きる屍状態だった。

 3日ほど経って、ようやく動けるようになったかと思えば、ひどく人見知りをするようになったので、私は人の形をとるのをやめることにした。小動物の形をとれば、まだ警戒心も薄まるだろうと踏んだのだ。

 彼女は私を手元に置くようになったので、それはそれでうまくいったと言える。


 と、ここ1週間のことを色々思い返していると

「……目を閉じると、怖い、夢を見るから」

 思わず聞き逃してしまいそうな、本当に小さな声で、彼女はそう言った。

「!」

 彼女がこの状態になって、初めて喋ったことになる。

 私は高ぶる胸中を必死に押さえつつ、出来るだけ自然に返すよう努力した。

「怖い夢?」

 私がそう返すと、彼女はまた、微かに頷いて

「暗くて、苦しい、夢」

 呟くようにそう言った。


 それで見当がついた。

 彼女はもともと夜、うなされるタイプだった。

 魂が抜かれたとはいえやはりそこは変わらないのか。


 というより、完全に魂が抜かれたわけではないのだ。

 彼女は魂を奪われる間際、最後の抵抗でほんの少しだけの自我を身体の奥底に閉じ込めた。だからこうして身体は機能しているし、今でも喋ることが出来ている。普通ならそうはいかなかっただろう。


 ただ、なぜ今になって喋りだしたのかを考えると。

(……やっぱあいつの影響かな……。ちょっと妬けるわ)

 私は心の中でそう悪態づきつつ、枕元から移動して彼女の布団の中に潜り込んだ。

「私が側にいるから、安心しておやすみ」

 私がそう言うと、彼女はこくりと頷いて、その手のひらで私を包み込んだ。


 温かい手。

 あの日と何も変わらない。


 ようやく目を閉じた彼女に、私はそっと誓いを立てる。

「……必ず貴女の魂と命は取り戻すわ」






 翌朝、俺は朔夜のお父さんから色々なものを託されて、朔夜(と鼠)を引きつれ出掛けた。

 ケモノやその他強力な霊体を感知する携帯型レーダーや、いざというときのちょっとした小道具、それからクレジットカードなどを渡された。どれも機能的な上に鞄に入る大きさで助かるのだが、1つだけ、どうしても鞄に収まらなかった餞別があった。

 それは。

「久しぶりじゃのう、英輔? 息災じゃったか? うんうん、相変わらず男前じゃの」

 数ヶ月ぶりにこの雅な口調を聞いた気がする。

「……埴輪も相変わらずだな」

 俺がそう『土の神の剣』に返すと

「うん? 妾も変わらず美しいとな。お主も言うようになったではないか」

 満足そうにひとり勘違いして頷く埴輪こと埴安姫。

(あーもう。言い返す気力すらねえ)

 外に出て、新幹線に乗ってまだ数分と経っていない。

が、俺は既に疲れていた。

 と、いうのも

「…………」

 向かい側に座っている朔夜が、始終無言なせいである。

(……駄目だ、このままじゃもたねえ)

 俺はごそごそと旅行鞄の中からお菓子を取り出した。

 これも朔夜のお父さんが用意してくれたものだ。

 俺はチョコレート菓子の袋をぺりっと破いて、彼女の前に差し出した。

「……食べるか?」

 勇気を出して俺は彼女にそう問いかけた。

「…………」

 彼女は無言のまま、じっとその袋を見つめるだけで、手を出そうとしない。

(…………待ってくれ。この状態は流石に虚しいんだが)

 まるで握手を求めたのに握手を返してくれないような気分だ。

 まあ、そんな経験ありはしないが。

 しばらくすると、朔夜の肩に乗っていた鼠女がしなやかに降りてきて、袋から1本、スティック状の菓子を器用に取り出してかじり始めた。

(……お前が食うのか)

 心の中でそう突っ込んだが、誰も食べてくれないよりましかな……と思いかけたその時、

「…………いただき、ます」

 周りの雑音に掻き消されるくらいの小さな声が微かに聞こえた。

「!」

 そして彼女はすっと手を伸ばして、菓子を取った。

(……クララが立った……!)

 俺の頭の中でそんな有名感動ワードが再生された。

 俺がしんみりと感動していると、鼠女が急に跳びはねて、俺の頭に体当たりした。

「ぃた!?」

 普通に殴られるよりかはマシだが渾身で体当たりされるのもなかなか痛い。

 朔夜の肩に戻った鼠女の目はこう訴えていた。

『あんまり調子に乗るな、ボケ男』




 新幹線を降りて降り立った地は、俺にとって未知の土地ではなかった。

 というのも、ここは俺が小学5年生のときまで住んでいた街だ。

(……まさか、こんなことで帰ってくるなんてな……)

 少し複雑な気分だった。

「えっと、昨日の夜の時点でこのあたりに大きな熱源があったんだよな……」

 俺は携帯サイズのレーダーの画面を眺める。が、今のところそれらしき影はなかった。

 ケモノにしても鬼の怨念にしても一時的に姿を隠しているということがあるらしい。

(これじゃあいつ遭遇できるかも怪しいよな……)

 俺がぼーっと考えていると

「おい英輔。憐のやつがあっちに行ってしまったぞ」

 リュックに刺さった埴輪の声が聞こえて

「え!?」

 慌ててあたりを見回すと、少し離れたところに朔夜の小さな背中があった。

「あー!! おいこら!! 勝手に動かないでくれ!!」

 俺は慌てて追いかけた。




 結局そんな感じで昼を迎え、俺はコンビニで買ったパンを片手に公園のベンチに座る。

 隣では朔夜と鼠女が黙々とパンを食べている。

「……おい鼠女」

 俺は空を見上げながら問いかけた。

「そろそろ教えろよ。何があったんだよ、こいつに」

 すると

「…………何があったも何も、見たままよ」

 予想外だったが、きちんと返事をしてくれた。

 俺は鼠女のほうを見る。

「見たままって……そりゃあ分かるけど。もっと状況を詳しく教えろよ。相手はどんなケモノだったんだよ」

 俺がそう尋ねると、

「……アンタ、もしかしてそのケモノまで探すつもり?」

 鼠女は恐ろしく低い声で尋ね返してきた。

 俺は息を呑む。

 おかしな話だが、相手は鼠の格好をしているのに、なぜかこの時はとても威圧的だった。

 そのことには触れさせない、といった意思すら感じる。

「……だったら、なんだよ」

 けれど俺はそう返した。

 

 だって、当たり前だろう。

 彼女がこんな状態で、その原因のケモノが野放しになってるっていうんだったら、そいつを探して彼女の魂を取り返さない手はない。

 そう、俺にとっちゃ火光の赤鬼の怨念なんて本当は二の次だ。


 しかし彼女は冷たく切り捨てた。

「……アンタがそのつもりなら今すぐ家に帰りなさい。アンタの役目は赤鬼の封印を手伝うことだけよ」

「…………」

 確かに、朔夜のお父さんは俺に赤鬼の件しか託さなかった。俺が近くにいることで朔夜の状態が良くなればいいとは言っていたが、元凶のケモノのことについてはほとんど触れなかった。

(…………なんでだ?)

 俺はじっと考え込んだ。


 そうしているうちに、隣の朔夜が昼食を終えてしまったらしい。

 彼女は手持ち無沙汰な様子で空を見上げていた。

 春の陽気がさんさんと差し込んで、彼女の頬を照らしている。


 ……昨日より、少しは人間らしくなっただろうか。

 最初見たときは本当に、人形にでもなってしまったのかと思ったほどだ。

 元が元気すぎたからってこともあるだろうが、静的な彼女はやはり見ていて違和感を覚える。


(……本当だったら春休みは、こいつと遊園地に出掛ける予定だったんだよな……)

 俺はしみじみとあの日の約束を思い出す。

 子供みたいにはしゃいで、指きりまで求めてきた彼女。

 多分、実際連れて行ったらもっとはしゃぐんだろう。


『英輔ーー』

 

 俺の名前を呼ぶ、彼女の笑顔が瞼に浮かぶ。

 もしそのケモノを探し出せなかったら、彼女のあの笑顔はもう戻らないんだろうか。

 ……そう思うと、つい涙腺が高くなった。


(……いかん。こんなとこで泣いてる場合じゃねえよな)

 俺は必死にこらえて残りのパンを頬張った。

 その時、ふと視線を遠くにやると、前方のベンチで大学生らしい男女が座っていた。

 何やら静かに見詰め合っている様子だ。

(…………む)

 なんとなくの勘だが、この先は見てはいけないような気がしたので、俺は視線を落とした。

 すると。

「…………?」

 隣に座っている、朔夜の身体がカタカタと震えだした。

 何かに恐怖するように見開かれた彼女の目は、真っ直ぐ前を向いている。

 不審に思ってその視線を辿ると、例のカップルがちょうど、口付けを交わしている最中だった。

 ――途端、彼女は俯いて自らの口を手で押さえた。

(な、なんだー!?)

「お、おい朔夜? は、吐くのか!? だったら向こうに手洗いが……」

 俺がパニックに陥っていると、彼女はぽたぽたと涙をこぼし始めた。

「!?」

 わけが分からず往生していると、鼠女が急に人間の姿になって俺を押しのけるようにして朔夜を抱きしめた。

 すると彼女は鼠女に縋るように泣き始めた。

「…………?」

 俺はその様子を傍で見ていることしか出来なかった。


 なぜ彼女が泣いているのかすら俺にはよく分からない。けれど鼠女は全て分かっているようだった。 だから彼女を抱擁できるし、彼女もその胸で泣くことが出来るんだろう。

(……叶わないな)

 男の俺には踏み込めないものを、今の2人から感じてしまった。


とりあえず序の段階が終わるまで連日更新といきたいところです。

ところで今回ヒロインがこんな状態なので緋衣がかなり目立ってきます。ぶっちゃけこの小説、誰がどの程度人気があるのかさっぱりなのでいささか心配ではありますが(笑)。

またどこかネットの片隅でキャラ投票でもやりましょうかね……(遠い目)。

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