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第19話:漆黒の海

 英輔が龍にぶつかったと思った瞬間、彼の姿は跡形もなく消えていた。

 土の神の剣だけが、虚しい音を立てて転がった。

「……!?」

 私は思わず火光を取り落とす。

「焔、英輔は!?」

 傍らの精霊に尋ねると

「彼はケモノの中に溶け込んだんだ。中に入って憐の力を探すつもりだ」

 焔はそう言った。

「待ってよ、そんなこと出来るの!?」

「……理論的には不可能じゃない。ただ……」

 焔は俯いた。

「……力を見つけられたとしても、戻ってくる前に、あのケモノの中で彼が自我を保っていられるかどうか……」

 焔が言うことはいつも正しい。

 それを私はいつも信頼していた。

 けれど、今は。今だけは、信じたくない。

 が、

「……愚かな小僧だな。自ら我の中に入ってくるとは。人間ごときが我の中に入って自我を保っていられるわけないだろう?」

 ケモノはそう言って嗤う。

「…………っ!」

 私は火光を拾い直した。

「英輔は、帰ってくる……」

 熱い柄をぎゅっと握る。

「……約束、したから……」







 浮遊している感覚を覚えた。

 目の前は真っ暗。明かりがない。

 夜の校舎を思い出す。でもあの時は月明かりで明るかったし、あいつもいたから怖いなんて感じなかった。

 でも今は、進んでいるのか退いているのか、止まっているのかもよく分からなくなる。

 けれど俺は、必死に探していた。彼女の命を。

 ケモノの中はこの通り暗黒の渦で、全くそれらしいものが見つからない。

 もっと奥に行かなくては、と俺は思った。

 すると、急に景色が変わった。

 そこは極彩色の妙な空間で、ケモノの核を想起させる。

 それでなんとなく分かった。

 ここは、奴が取り込んだあらゆる力の倉庫なんだと。

(ここになら)

 俺は必死に探す。彼女の命を。

 彼女の命は何色だろうか。炎のような赤色だろうか。

 けれどやっぱり、それらしいものは見つからない。

 するとまた、辺りは真っ暗になった。

 俺は段々と不安を覚えてきた。


 このまま見つけられなかったらどうしよう。

 入ったはいいが、出方は知らない。

 このままここにいたら、俺まで呑み込まれてしまうんじゃないか、と。


 すると、目の前に何かが走った。

 それは白い光のようなもの。

『こっちへ』

 それは俺にそう言ったような気がした。

 俺は必死にそれを追いかける。


 すると、急に視界が開けた。

 景色ががらりと変わる。

 そこは見たことがある景色。

 地球をかたどったオブジェがある公園。

 俺は昨日の夢のように、少女の背中を追っていた。

 けれど夢より少女の姿ははっきりしている。

 短い髪と黄色のワンピースが揺れている。


 記憶が鮮明になってくる。

 これは幻じゃない。俺の記憶だ。


『ここはちょっと高いとこだからセーフだよ』

 そう言って彼女は笑った。


 次の瞬間、また景色が変わる。

 また真っ暗な世界が広がっている。

 いや、ここは…………水の中だ。

 それを認識しただけで、俺は息が続かなくなった。

(……くるしい)

 けれど視界に少女が沈んでいくのが見えた瞬間、俺は反射的に手足を動かしていた。


 沈んでいくのはあの少女。

 その身体に巻きついているのはあのケモノだ。


 俺は必死に泳ぐ。

 俺は彼女を引きずり上げてやらなくちゃいけない。

 こんな暗いところから出してやらなくちゃいけない。

 ……俺はそのために、ここまで来たんだから。


 俺が手を伸ばすと、2つの光が助けるように俺の手を引っ張った。

 そして少女に絡み付いていたケモノを振り払ってくれた。


『あの子のこと、頼みますよ』


 そんな声が聞こえたことに驚く間もなく、俺は少女の手を掴んでいた。

 あとは一気に引き上げるだけ。

 俺は彼女を抱えて、上へ昇った。






 突然、黒い龍は唸った。

「……っ、あいつら、余計なことを…………!」

 明らかに様子がおかしい。すると焔が

「恐らく彼が中で憐の命を見つけたんだ。あとは戻ってくるだけだが……」

 そう言いつつも彼の表情はまだ暗い。

「どうやったら戻ってこれるの?」

 私が尋ねると

「……分からない。けど、完全に溶けた身体を戻すにはそれなりの強い自我が必要なはずだ」

 焔はそう言った。

優しい彼は『それなりの強い自我』としか言わないが、きっととてもレベルの高いことを言っているに違いない。

 そう、恐らく人間が十数年生きたぐらいでは確立できないものなのだろう。

 私は自然と前に踏み出していた。

「憐?」

 私は焔の言葉を無視して足を進める。

「……迎えに行ってくる」

 私はそう言って、火光の刃を自らの腕に滑らせた。

 赤い血を刃が吸う。

「待て憐! その術に失敗したら君まで戻って来れなくなるぞ」

 焔が私の腕を掴んで止める。私は振り返らずに言った。

「私も英輔をなくして後悔したくない。火光の回収、お願いね」

 私はそう言い残して火光を黒龍に向かって思い切り投擲した。

「!?」

 火光は龍の喉の部分に突き刺さる。

 その瞬間、私の意識は飛んだ。






 上に昇っても昇っても、なぜか水面が見えない。

 いつまで経っても真っ暗だ。

 俺の手には彼女の命が収まっている。

 あとは戻るだけなのに、辿り着けない。 


 気が遠くなる。

 俺を導いてくれた光も、きっともう遥か水底で眠っている。最後の力を振り絞ってくれたに違いない。

 だから、俺も頑張らなくちゃいけないのに。


 足が段々鉛のようになって、動かなくなってくる。

 身体から力が抜けていくような感覚。

 肺が痛い。

 ああ、そうか。さっきから俺、息をしてないんだ。

 ……そりゃあ、流石に、きついはずだ……


 俺が目を閉じかけたその時、微かに何かが光った気がした。

(…………?)

 朦朧としながらも、もう1度目を開けて確認する。

 紅くて、力強い光だ。

『英輔』

 声が聞こえる。

『……約束、覚えてる?』

 彼女の声だ。

『返事、ちゃんと聞いてよ。遊園地もまだ行ってない』


 ……返事。

 ああ、そうだ。告白の返事、もらわないと。せっかく初めて好きな子に告白したのに。

 遊園地も、あいつ、ずっと前から楽しみにしてたんだから、ちゃんと約束守ってやらないと。


「分かってる。……ちゃんと、覚えてるよ」

 俺がそう言うと、紅い光を纏った彼女はすぐ傍までやってきて微笑んだかと思うと、俺の唇に口付けた。



 ――途端、俺は落下した。




「っ!?」

 上方にあの黒い龍が見えて、俺は外に戻ってきたんだと認識した。が、落下する自然現象には抗えず、ただ何かにぶつかる衝撃に怯えていると、誰かが俺を優しく受け止めてくれた。

「よく無事で」

 焔だ。彼は俺をそっと屋上に降ろした。

「朔夜は!?」

 俺が辺りを見回すと、彼女はすぐ傍に倒れていた。

「朔夜!?」

 俺は慌てて彼女を抱きかかえる。彼女の身体は異様なほど熱を持っていた。

「憐は精神分離の術を使って君を迎えにいった。君のおかげで彼女の全ての力は戻っている。今は器の修復中だ」

 焔が冷静にそう言ってくれた。

 すると

「……おのれ、小癪な真似をしてくれたな」

 上から恐ろしいほどの憎悪が篭った声が聞こえた。

「もういい、貴様らを一気に喰らってやる!!」

 黒い龍が真っ直ぐに俺たちに向かって飛んできた。

(まずい!!)

 俺は慌てて朔夜をかばう。

 すると俺の前には焔が立ちはだかった。

 が、その前にも立ちはだかる人影があった。

「埴輪!?」

 このときの埴輪の身体はいつもみたいに透けてはいなかった。実体化しているのだろうか。

 埴輪が両手を前に伸ばすと、俺たちの周りの四方を囲むように黄土色の膜が出来た。まるでシールドだ。

 龍の顎はその壁に阻まれる。

「……っ、脆弱な精霊風情が!!」

 龍はそう悪態づいた。

「ほざけ化け物め、ここから先へは通さんぞ」

 埴輪はそう言った。

「埴安姫……」

 焔が妙に悲痛な声を上げた。

「……なに、このぐらいはさせてもらうぞ。英輔には封印を解いてもらった恩がある。憐にもいいぐるでは世話になったからのっ」

 そう言う埴輪の声はかなり辛そうだった。

 あのケモノも言っていた。彼女は長いこと封印されていたせいで大分力が弱っていると。今のこの状態を長く続けたら埴輪がもたないんじゃないだろうか。

 しかし、そんなことはお構いなしに黒い龍は猛攻してきた。

 奴が吼えると黒い雷のようなものが吐き出された。

 それが当たる度、黄土色の膜がビリビリと震える。

「……っ!!」

 埴輪の息が荒くなる。

「埴安姫、防御を解け!! このままでは貴女が……!」

 焔も相当取り乱している。しかし彼女はやめようとはしない。

「……しぶといな、土の精霊。ならこれでどうだ!!」

 龍がそう叫んだかと思うと、今度は龍の爪が樹の根のようなものに変形した。

「!!」

 埴輪が息を呑んだのが分かる。

 龍のその爪が埴輪の防御壁に触れると、

「ぅぁあっ」

 埴輪が悲鳴を上げた。

「土は木に養分を吸い取られるがさだめだろう?」

 龍が言う。

 急速に埴輪の身体が弱っていくのが目に見えて分かった。

「埴輪っ!!」

 俺が叫んだ瞬間、埴安姫の身体は崩れ落ちて、黄土色の防御壁と共に跡形もなく消滅した。

 あとには、鏡のようだった輝きをなくした、土の神の剣が転がっているだけだった。


「――――っ!!」


 目の前の光景が信じられない。

 埴輪が、死んだ、のか?


 焔のほうを見ても、彼はただじっと俯いている。

「ハハハハ!! 五行の縛りに縛られた精霊など所詮その程度のもの!! 我は既に全ての属を兼ね備えている! だから言っただろう? 我には誰も敵わないと!!」

 黒い龍が高らかに嗤う。

 さっきまで埴輪が守っていてくれたおかげで感じなかった雨のつぶてが痛い。

 雨に紛れて涙が幾筋も流れる。

「さあ、護りもなくなった。大人しく我の一部となるがいい!!」

 龍が口を大きく開けて襲い掛かってきた。

 その瞬間。


「――――護りは彼女1人じゃない」


 そんな、男の声がした。


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