第1話:奪われた君
時は少しだけ遡る。
期末テストも終わり、あとは春休みを待つだけの、何もない日。
クラス中の雰囲気が、どこか浮かれたものになっている中で、俺だけはどこかそわそわしていた。
ここ数日、休み時間のたびについ鞄を開いて、携帯電話が光っていないか確認するのが癖になってしまっていた。
というのも。
この1週間、彼女からの連絡がないのだ。
(……何かあったのかな)
あの冬の日以来、3日に1度は何かしらメールが来ていたのに、ここ1週間はまるで音信不通だった。
心配になって俺のほうからも何度かメールを送った。
が、返事すら来ない。
前のメールで彼女を怒らせるようなことはしていない。だって彼女からの最後のメールの内容は
『今日の晩御飯何だった?』
についてだったんだから。
(……帰ったら鷹の方学園に直接電話入れてみようかな……)
気分的にどんよりとした帰り道、携帯電話を見つめながら俺がそう思っていると。
携帯が、光った。
「!」
俺が慌てて二つ折りの携帯を開くと、メールではなく着信で、知らない番号からだった。
(……誰だよ……)
少しがっかりしつつも、俺は少々苛立たしげにその電話を取った。普段なら知らない番号からの着信は取らない主義だが、今日は怒り任せに取ってしまった。
「はい?」
すると。
『東条君……だね?』
聞いたことのある、男の声が聞こえてきた。
(え)
少し期待とは違ったが、必ずしも外れではなかった。
「あ……あの、朔夜のお父さん、ですよね!?」
俺がつい興奮気味にそう尋ねると
『ああ、覚えていてくれたか。よかった。早速なんだがね、東条君……』
聞こえてくる朔夜のお父さんの声のトーンが、どこか低いことに俺は嫌な予感を覚えていた。
彼女がどうかしたんだろうか、と不安に思いながら、俺は固唾を呑んで彼の次の言葉を待った。
すると。
『……憐が……ケモノに、魂を奪われた』
それは、耳を疑うようなものだった。
「え……? たま、しい?」
『魂』。概念的にはよく分からないけど、とりあえず大事なものなのは分かる。
言ってみれば人間の根本部分ではなかろうか。
(……て)
「ちょ、ちょっと待ってください!? 魂を奪われたって、結局どうなったんですかあいつは!?」
俺は必要以上に大きな声で尋ねていた。
ここ1週間連絡がまったく取れない。
相手は連絡も出来ないような状況とも考えられる。
もしかすると……
脳裏に最悪のイメージがかすめたその時。
『落ち着きたまえ、東条君。憐は無事だよ。命に別状はない』
俺の動揺を悟ってか、朔夜のお父さんは冷静に、かつ諌めるようにそう言ってくれた。
それを聞いて俺は心底ほっとする。
気が付けば道端にしゃがみ込んでいた。
「……あの、それで? 最近彼女からメールが返ってこないんですけど……」
俺がそう尋ねると、今度は向こうが少し押し黙ったようだった。
(……あ、メールのやりとりしてるってのがまずかったのかな……)
俺は慌ててそう考えたがしかしもう遅い。
というより、相手が押し黙ったのはそんな陳腐な理由からじゃなかった。
しばらくの沈黙の後、彼は重々しくこう言った。
『東条君、驚かないで聞いてくれたまえ。……その、今の憐は、今までの憐じゃないんだ』
「……え?」
俺はその意味が分からず、ただ訊き返していた。
『電話越しでは分かりにくいかな……。実際会ってみてくれないか、憐に。そのために今日電話したんだ』
そんな経緯を経て俺は今、朔夜家を訪れている。
すごい家なんだろうな、と思っていたが、本当にすごかった。
異国風の屋敷の外観もかなり立派だったが、内側も壮観で、綺麗ながらも古さが良い感じに滲み出ている。見上げると豪奢なシャンデリアまでぶら下がっている。
なんていうか、ドラマに出てくる裕福な家庭の図そのままだ。おまけに、家の中にはメイドが常駐しているようだった。
彼女は本当に、れっきとしたお嬢様だ。
だけど、いつもの彼女はそんな気配をほとんど感じさせないから、からかいのネタにでもなったかもしれない。
でも、今目の前にいる彼女は、本当に、良家のお嬢様といった形容がよく似合う、そんな女の子になっていた。
椅子に腰掛けて、目の前にお茶とお菓子が出されても手をつけずに、ただじっと黙り込んで、膝の上のペットを撫でていた。
(…………て)
そこで気が付いた。
彼女の膝の上のペット。
ペルシャ猫か何かかと思えば、白い鼠だ。
「……おい、鼠女」
俺はついそう呼びかけていた。
すると、鼠はしばしこちらを眺めてから、つい、とそっぽを向いた。
(……なんだよあいつ、相変わらずだな)
俺は心の中で悪態づいたが、
(……しかし朔夜の奴が俺のことも認識できてないってことは、三炎のことも忘れちまったのかな……)
そう思うと彼女達が少し不憫に思えた。
……というか。
どうして鼠女は外に出てきているのだろう。
あの調子だとずっと外にいる様子だ。
すると他の奴らはどうしたんだ。
「……オカマ男は? あと、あの鹿の子」
辺りを見ても姿がない。鼠女だけが膝の上でごろごろしている。
ていうか猫じゃあるまいし。
「三炎のことかい? 焔は憐に憑いているはずだよ。あの金髪の彼は……どこかへふらりと行ったきりかな……。憐の魂が奪われた瞬間、妖刀火光の中に封じられていた赤鬼の力が暴走してね、三炎との契約も切れてしまったんだよ」
朔夜のお父さんがそう説明を入れた。
(……なんか、大変なことになってないか?)
俺がそう思った矢先、彼はさらに難題を持ってきた。
「そう、そこなんだ。実は刀の中にいた赤鬼の怨念が逃げ出したままでね」
「……え?」
頭がついていけてない。
目の前の朔夜はこんなだし、三炎も三炎じゃなくなってるし、その上あの赤い刀が暴走して赤鬼が逃亡?
「……それって、まずいんですか?」
俺が念のため尋ねると
「ああ、非常にまずい。このまま放っておくと日本中火事になってしまうくらいまずい気がする」
朔夜のお父さんは大真面目にそう言った。
「ちょ!? 悠長にお茶してる場合じゃないんじゃないですか!? 早く探さないと!!」
俺がそう言うと
「いや、だからそこが問題なのだよ。いいかい、あの刀はただの刀でもないしただの妖刀とも格が違う。あの膨大な火の力を抑えられるのは、炎の属を持つ憐だけだ。つまり、逃げ出した赤鬼の怨念を封印という形で刀に戻すには、どうしても憐の器が必要なんだ」
朔夜のお父さんは真剣な眼差しでこちらを射てくる。
「しかし今の憐だけではそこまでは出来ないだろう。……そこで……」
「……俺、何か役に立ちますか?」
俺は頼まれる前にそう尋ねていた。
あちらは拍子抜けしたような顔で少しばかりぽかんとしていた。
が、すぐに顔を引き締めてこう言った。
「ああ、君と憐が協力すれば赤鬼の怨念を刀に封印することが出来ると思うんだ。……それに、もしかすると、君と行動することで憐の状態が良いほうに変わるかもしれない……そんな気がしたんだよ」
最後の辺りは、優しげな、それでいて少し寂しそうな色を滲ませていた。
「…………」
そう言われて、俺は決して軽くはないプレッシャーを感じた。
視線を朔夜に移す。
彼女は相変わらず、ただぼうっとどこかを見ていて、力なく座っているだけだ。
本当に、別人みたいだ。
正直、どう接したらいいのか分からない。
俺だって混乱してる。
けど、何もしないでいるっていうのは、もう嫌だ。
それに、何より。
……また、あの笑顔が見たいんだ、俺は。
「やります。やらせてください」
俺ははっきりと、そう申し込んだ。
お久しぶりです、あべかわです。この度はミッドナイトブレイカー3にお目通しいただきありがとうございます。
もう3なのでほとんどの方が1,2を読んでくださっているものと思いますが、3は完結編なだけあってこの通りかなりシリアスな内容です(汗)。今までの雰囲気と少し違ってしまうかもしれないのですが、それでも全力で書ききりたい思うので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
p.s.……恋愛要素も多めになりますのでご注意を(笑)。
今回から入れだした挿絵は……見るに耐えられると思われた方は見てやってください。見なくても大丈夫ですよ(笑)。