表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

第15話:伝える気持ち

 ただ、走り続けた。

 息が切れて、走れなくなるまで。

 空は相変わらず雲に覆われていて、月明かりもなにもない。

 あてもなく走っていたら、いつの間にか線路沿いの小道に辿り着いていた。行き止まりだ。

 立ち止まっても苦しさは収まらない。

 涙が止まらない。


『我を万が一倒したとしても、お前の命はもう戻らない』


 じゃあ、どうすればよかったの?

 どうすればいいの?

 ……仇討ち?

 ――そんなことしたって何にもならないことぐらい、分かってる。


『お前は、生きなさい』


 そう言われた。

 だから、精一杯生きるために、取り戻そうとしてたのに。


 無駄だった?

 今までのこと全部?

 諦めて、残った時間をもっと有効に、普通に過ごせば良かったの?


 毎日学校に通って。

 部活動に励んで。

 友達と遊んで。

 誰かと恋をして。


 ――ううん、やっぱり違う。

 後悔したくないから今の生き方を選んだんだから。


 でも、結果がこれじゃあ…………

「…………嫌だよっ……ひどい、よ……っ」

 うずくまって泣いた。

 膝が涙で濡れる。袖にも涙がしみ込んで、もう、ぐしゃぐしゃだった。

「朔夜!」

 後ろから英輔の声が聞こえた。

 思わず肩がこわばる。

 足音が近づいてくる前に、私は立ち上がって彼から離れるように足を進めた。

「おい、逃げるなよ!」

 彼はそう言うが、

「来ないでっ。1人にしてよ」

 私は必死に、上ずった声でそう叫んだ。

 彼の足音が止まる。


 ……それでいい。

 今、彼に近づかれたら、私はまた…………


 暗闇の中、沈黙が流れる。

 その沈黙はとても長くて、気休めにはちょうど良かった。

 けれど、それもずっとは続かなくて。

「…………お前、だったんだな。あの池で溺れたの」

 彼はそう切り出した。

 私は何も言わない。

 言いたくなかった。

 それなのに、彼はこう続けた。

「ごめんな」

 それを聞いて、私は思わず振り返る。

 涙でぐしゃぐしゃな顔を彼に向けて。

「……なんで!? なんで英輔が謝るの!?」

 私がそう叫ぶと、彼は目を見開いて驚いていた。

 それから彼は目を伏せる。

「……いや、だって……前に、知らなかったとはいえお前の前であんなこと……」


『俺が泳げたら、助けに行けたかも』って?


「そんなの、別に謝ることないじゃん! 英輔は悪くないのに、なんで謝るの!? わけわかんないよ!」

 私がそう叫んでも、彼の表情は罪悪感でいっぱいだった。

 英輔のそんな顔、見たくないのに。

「……悪いのはっ、全部、私、なんだからッ!!」

 そう吐露すると、また涙がせきを切ったようにあふれ出してきた。

 彼の表情が戸惑いに変わる。

「私っ知ってたもん、あの池には近づいちゃ駄目だって……! 知ってたのに、近づいた……!! そのせいで、お父さんも、お母さんも……っ」


 今でもよく覚えている。厳しかったけど、優しかった両親のこと。

 小1のとき、同じクラスに私と同じ名前の子が2人もいて、そのことを母に愚痴ったことがあった。

『可憐なんてありきたりな名前じゃなくってもっと別のがよかった』

 私はそう言ってしまってから、ひどく後悔した。怒られるんじゃないかと思ったから。

 けれど母はただ穏やかに首を振って、私を抱きしめた。

『あなたの『可憐』という名前はね、『愛しい』という気持ちを込めてお父さんとお母さんがつけたのよ。私達が、あなたのことが大好きだって気持ちを込めて呼んでいる限り、あなたの名前は世界でたった1つなの』

 

 私を愛しいと、大好きだと言ってくれた両親は、私のせいで死んでしまった。

 もう、そんなに深い気持ちを込めて『可憐』と呼んでくれる人は、いなくなってしまったんだと思った。


 『憐』は、憐憫の『憐』。

 ……戒めのつもりだった。

 誰もが私を『可哀想な子』だと思っただろう。

 同時に、裏では『全ての原因はあの子にある』とも思っただろう。

 そんな周囲の視線から、逃げるつもりはなかった。

 だから、ただ受け止めて、1人で戦いたかった。

 それでせめて、2人が残してくれた半分の命を使って、自力でもう半分を取り戻せたら、私は少しは自分のことを、ゆるせたのかもしれない。


 ――でも、それももう叶わない。

 私は『可憐』に戻れない。


「英輔だって、私のせいで嫌な思いしたんじゃない! ごめんなんて言わないで、私のこと、怒ってよ……!」


 それは、ずっと彼に言いたかったこと。

 私のせいで8年間、彼は心の片隅にあの事件を置き続けて、水泳を続けてきた。

 本当は彼だって、思い出したくないはずなのに、ずっと水の中にいた。


 ――ごめんなさい。

 謝るのは私のほう。

 馬鹿な私は、ずっと1人で戦ってきたつもりだったけど、私の知らないところで英輔もずっと戦ってたんでしょう?


「英輔のせいじゃない……から、もう、私のことも、ケモノのことも、全部、忘れて」


 ごめんね、英輔。

 私、今まで英輔の優しさに甘えてた。

 ほんとはそんな資格、最初からなかったのに。

 だから、英輔の優しいとこ、好きだったけど、嫌いだった。

 ……でも。

 やっぱり、好きだったよ。


 私は涙をぬぐって、お別れの言葉を言おうとした。

 その、次の瞬間。

 強引なくらい力強く抱き寄せられたかと思うと

「……馬鹿か、お前」

 そんな、優しい叱咤の声が耳元で響いた。






『私のことも、ケモノのことも、全部、忘れて』

 彼女は頬を涙で濡らしてそう言った。

 肩を震わせながらそう言った。


 胃がきりきりする。

 胸がむかつく。

 頭がぐらぐらする。


 全部忘れろ、だって?

 9月の夜、校庭で彼女と出会ったこと、

 宿直室で一緒に寝泊りしたこと、

 ズル休みして遊びに出掛けたこと、

 幽霊探して旧校舎を歩き回ったこと、

 冬の山小屋でクリスマスを過ごしたこと、

 他愛もないメールのやり取りを、楽しみにしてたこと。

 これを、全部?


 ――そんなもん、出来るわけないだろう。


 俺はずかずかと彼女の前に歩いていった。

 彼女が何か言おうとする前に、俺は彼女を抱きしめた。

 それこそ、壊したいぐらいに、強く。

「……馬鹿か、お前」

 心の底からそう言った。

「忘れろだなんて、よく言うよ。忘れられたらな、もうとっくの昔に忘れてんだよ」

 俺がそう言うと、朔夜は手に力を込めて俺を離そうとした。

「……じゃあどうしたらいいの!? 何で忘れてくれないの!? 私何も出来ないよ……っ、いつも……いつも英輔のこと傷つけてばっかりなのに!」

 朔夜は苦しげに俺を見上げる。

「……あの事件のこともそう、英輔が近くにいるのに装炎を使っちゃったときだってそう、山のときも、赤鬼のときだって……!! 英輔が優しくしたら甘えが出るの!! お願いだから、放して……っ」

 そんな辛そうな顔で、そんなこと言われたって、全く放す気になれない。

「……嫌だ」

 俺はより一層腕に力を込めた。

「…………っ……ぅ」

 朔夜がしゃくり上げる。

「…………なんでっ放してくれないの……?」

 聞こえる、彼女の切ない声。


 触れ合う身体が熱くてたまらない。

 頭に血が上っているのが自分でも分かる。

 胸が痛くてたまらない。


 こいつは気付いてないんだろうか?

 俺がもう、いかれちまってるってこと。


 男だってな、好きでもない相手に3度も唇を許したりしない。

 好きでもない相手にメールを即返したりしない。

 好きでもない相手のためにヤキモチなんか妬いたりしない。


 こんなに強く抱きしめても伝わらないのなら、いっそ壊してしまいたい。

 壊してしまいたいくらい、俺は――……


「お前のことが好きなんだよ」


 初めての告白は、自分でも驚くほど、苦しさを喉の奥に押し込めたような声だった。

「…………ぇ?」

 微かに朔夜が息を呑むのが分かった。

 その様子からして

(…………やっぱり全然気付いてなかったのかよ)

 俺は彼女の鈍さに呆れた。

「…………好き? 英輔が、私のこと……?」

 彼女はうわ言のようにそう呟く。

「……ああ。言っとくけど、友達としてとかそんなんじゃないぞ。もっと上だ、上」

 全く気付いてくれていなかったことが多少ショックで、少し投げやりな言い方になった。

 が、彼女はどうやら理解してくれたらしい。

「……う、そ、だって…………だって……」

 何やら朔夜はぼそぼそと呟いている。

「だって、なんだよ」

 俺が促すと

「……だって、英輔、私と何回も同じ部屋で寝たくせに、何もしてこなかったし…………」

 朔夜はくぐもった声でそんなことを言った。

(!?)

「な、何もしてこなかったって……! 何かして欲しかったのかよお前は!?」

 思わず俺は彼女の両肩を掴んで、彼女の顔を見て叫ぶ。すると彼女はもともと泣いて赤くなっていた顔をさらに真っ赤にして

「な、何かし、して欲しかったとか、そんなことないもん、英輔のスケベ! ……で、でも好きな子と一緒に寝てて何もしないなんて普通有り得ないって小説のサブキャラが言ってたんだもん!!」

 大真面目にそう言った。俺は頭にハンマーを食らったような衝撃を覚えつつ

「しょ、小説の言うことを鵜呑みにするなよな馬鹿!  それにお前が言ったんだろうが、『襲ったら殺す』って!」

 そんなことを口走ってしまった。すると朔夜は目を丸くして、

「……言わなかったら襲ってたの?」

 無垢な子供のようにそう尋ねてきた。

(う)

 そんな目で見られたら、俺の心が穢れきっているみたいに感じる。

(……言えない。山小屋で我慢出来そうになくてベッドから逃げたなんて……)

「……と、とにかくだな! そういうわけでだな! 俺はお前を綺麗さっぱり忘れるなんて出来ないんだよ! 分かったか!?」

 最後の辺りはかなり間に合わせだが、これで気持ちは伝わっただろうか。

 すると彼女は目を伏せて、小さく頷いてくれた。

 けれど

「……それでも英輔。私はもう自分を赦せない。赦す機会を失っちゃった……」

 彼女はそう、寂しげに呟く。

「これからずっと英輔に甘えて生きていくなんて、出来ないよ。だから……」

 離れようとする彼女の手を、俺は掴んだ。

「……諦めるのか?」

 俺がそう尋ねると、彼女の瞳は揺れた。

「手を伸ばせるうちは諦めないって言ったのは、お前だぞ、朔夜」

 俺がそう言うと、彼女は叫んだ。

「だって! もう戻らないってあいつが言ったんだよ!? もう手を伸ばしたって……!」

「諦めるな」

 俺は続ける。

「まだあいつは消えてない。形がなくなってても、お前の力は奴の中にまだあるんだ。まだ、届く」

 彼女は涙を溜めた目で俺を見た。

「……ほんとに?」

 俺は頷く。

「諦めるのは最後の最後、だろ? 俺に1つ考えがあるんだ。……けど万が一、それでも手が届かないときは……」

「……届かないときは?」

 俺は彼女の頭に手を乗せて

「俺がお前を赦すから」

 そう約束した。

 彼女は目を見開いて、ただ呆然としている。

「けど、お前が諦めないで頑張らないと駄目なんだぞ。じゃないと赦してやらない。怒るからな」

 俺がそう付け加えると、

「……うん……っ」

 彼女は涙を拭いながら、何度も何度も頷いた。


 しばらくして、彼女が落ちついてから、俺たちは手を繋いでホテルに戻った。

 ホテルの前では鼠女がまだ待ってくれていて、いつもの通り、彼女は朔夜に抱きついて大泣きしていた。

 鼠女をなだめる朔夜は、もういつもの彼女で、俺は胸をなでおろした。


 今回のことで、改めて思い知った。

 彼女は本当に、強いんだけれど、その分弱いところもあるんだってこと。

 俺が彼女を完全に受け止められるようになるには、彼女のそんな部分もちゃんと気付いてやらなくちゃいけないんだってこと。


(……けど、なんか告白したの、うやむやになっちまったな……。あいつ、返事くれるのかな……)

 そう思うとなんだか複雑な気分だった。






 部屋に戻ると、もう深夜の2時を回っていた。

 正直随分泣いたので、疲れていた。ベッドが恋しくて、私はすぐにベッドに潜り込んだ。鼠の姿になった緋衣が枕元にやってくる。

「じゃあな、しっかり休めよ」

 それを見届けた英輔が、そう言って部屋を出て行く。

「英輔」

 私は思わず彼をひきとめていた。

 今日のことがあったせいか、ちょっとだけ、言ってみたくなったのだ。

「……一緒に寝ない?」

 と。

 しかし

「断る」

 彼は即答した。

「なにその一言返事。可愛くない」

 そりゃあ最初から期待はしていなかったが、あまりにもばっさりと斬るような返答だったので、思わず私はそう漏らした。

「可愛くなくて結構!」

 彼は背中を向けたまま答える。

 ちょっとそっけなさすぎやしないだろうか。

「ぶー。なんで駄目なのさ、英輔のケチー。普通に寝るだけだよー」

 私がそう捨て台詞を吐くと、彼はようやく振り返って、こう言った。

「……我慢できなくなるから、駄目なの!」

 それから彼はそそくさと逃げるように部屋を出て行った。

 ドアがカタン、と音を立てて閉まる。

「………………」

 私はしばらく、そのドアを見つめて呆然としていた。

 ……顔が熱い。

 私はがばっと上布団を頭からかぶる。

「…………へへ」

 自然と変な笑いがこぼれた。

 可笑しな話だ。つい1時間ほど前まで、あんなに気持ちが沈んでいたのに。

「れ、憐ちゃん?」

 枕元の緋衣が妙に恐る恐る声をかけてくる。

「……我慢できなくなるんだって。あの英輔が、だよ?」

 どうやら私は嬉しいらしい。どうあっても顔がにやつくのを押さえられなくて、布団から顔を出せそうにない。

「れ、憐ちゃん! 喜んでちゃ駄目だって!! 貞操の危機よ! 危機感を持ってよーー!!」

 緋衣が叫ぶのを聞きながら、私はそっと、目を閉じた。


……色々ここで書きたいことが多い話ですがそれは全部終わってからにします。

緋衣「……前半はまあ別として後半のあのシーンって書く意味あったの? 挿絵までつけちゃって」

はっはっは、前から書きたかったシチュエーションだっただけさ☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ