第14話:8年前の悪夢
俺は思わず声を出してひきとめようとしたのだが、
「!?」
突然後ろから口を押さえられて止められた。
振り返ると、そこにはオカマ男がいた。
「お、おい、止めなくていいのかよ!」
俺が言うと
「今日あのケモノの根城まで偵察に行ったんだけど、アイツいなかったのよ。そのことは憐にも話したはずなんだけど、あの子あの装備で出掛けたでしょ? もしかして居場所知ってるんじゃないかと思って。どうせならこっそりつけていったほうがいいかと思うのよ」
オカマ男はそう言った。
「え、でもなんであいつがあのケモノの居場所なんか知ってるんだよ。今日ずっと俺たちと一緒にいたじゃないか」
俺が疑問を投げかけると、突然扉が開いて
「そんなの知らないわよ! とりあえず追うわよ!」
鼠女が立っていた。こいつもどうやらそのつもりだったらしい。
俺は適当に上着を羽織って、2人と外に出た。
彼女は迷うことなく、ただひたすらに歩いていた。
繁華街を通り越して、今日歩いた公園を抜ける。
「……やっぱりあのビルとは違う方向ね。どこに向かう気かしら」
蛾になったオカマ男が俺にそう耳打ちする。
俺は気付かれないように歩くので精一杯で、あることに気付くのが少し遅れた。
気付いたのは、大きな道路を抜けてから。
(…………ここって……)
こじんまりした道ほど記憶に残っている。
小さな食堂、私営の駐車場、古びた自動販売機。あの信号を渡れば、そこは。
「……俺の家……」
思わず声に出していた。
「は?」
鼠の姿で肩に乗っかっている鼠女が聞き返してきた。
「いや、だから、あそこ、前に俺が住んでた家」
俺が指を指した家は、あの頃とほとんど変わらずに残っていた。2階にまだ電気がついているから、恐らく誰かが住んでいるんだろう。
朔夜はその家の前を素通りして、まだ歩いていく様子だ。
(でも、あの方向は…………)
そんな俺の予感は、当たっていた。
彼女が足を止めたのは、池の前だった。
池の周りは抜け目なく柵で囲われていた。『入るなキケン』という大きな看板まで立てかけてある。子供が誤って入らないようにしている意図がひしひしと窺えた。
「池?」
鼠女が不思議そうに声を漏らす。
俺はその口を指で塞いで、出来るだけ近くの電柱の後ろまで寄った。
朔夜は刀を抜いて、池に向かって言った。
「出て来い、ケモノ。そこにいるのは分かってる」
すると、池の水が急に巻き上がった。
(!?)
何かが水の上に現れる。
電灯の光に水が反射して、暗くてもその姿は確認できた。
それはまるで、龍だった。
西洋風の羽根の生えたドラゴンではなく、蛇のような形態だ。
体色は黒く、眼は蒼く光っている。
「よく来たな、迦具土の娘。その様子だと魂が戻ったようだな」
声が聞こえる。あのケモノの声だった。
それで、あの龍があのケモノだと理解するのには十分だった。
朔夜は何も答えずに、ただ奴を睨んでいる。
いつも、ケモノを見る彼女の眼にははっきりとした敵意が篭っていたが、あのケモノに対してはもっと、それ以上の憎悪を感じさせた。
が、龍のケモノは構わずに、悠長に彼女に語りかける。
「お前は勇敢だな、娘。両親も命も魂も奪った我のところへ刀2本で乗り込んでくるとは」
奴はそう言った。
(…………両親、も?)
鼓動がさっきからうるさい。
彼女がここにやって来たときから、妙に胸が騒いでいた。
だってこの池は、8年前――……
「お前だけは絶対に許さない。……焔!!」
彼女がそう叫ぶと火光が赤く光を放ち、白い光が猛スピードで黒の龍にぶつかっていった。
が、龍はダメージなど食らっていないかのように浮遊し続ける。
「鹿の精霊、そんな微弱な力ではまた主を失うことになるぞ?」
その間に、朔夜は柵に脚をかけて、跳んだ。
(な!?)
下は池だ。落ちたら彼女は泳げないのに。
「埴輪!!」
しかし彼女がそう叫ぶと、剣から埴安姫が現れて、彼女の跳躍を助けた。
そして彼女は黒い龍の背中に乗る。
「消えろ化け物!」
恨みの篭った一撃が、奴の額にあった蒼色の核を貫いた。
「!?」
途端、黒い光が爆発する。
池を照らしていた電灯もショートしたのか、辺りは漆黒の闇に覆われた。
彼女の小さな悲鳴が聞こえて、思わず俺は飛び出していた。
「朔夜!?」
目を凝らすと、彼女はどうにか池に落ちずに歩道に転がっていた。
「え、英輔?」
起き上がりながらも彼女は驚きの声を上げる。
俺が口を開きかけた、その時。
「……核など、我にはもう不要なもの」
後ろからあのケモノの声がして、俺は慌てて振り返った。
奴は人の形をして浮いていた。
完全に、無傷で。
「……な、んで……」
朔夜が震えた声で呟く。
「確かに我らは核が中心。そこを突かれれば消滅する。だが我はもうお前達の言う『ケモノ』ではない。人間のあらゆる能力を奪った末に、ようやく我を生み出した人間が求めていた『新しい生き物』になった。今の我に弱点など有り得ない」
蒼い目をしたケモノは悪魔のように嗤う。
そして、さらにトドメを刺した。
「その勇敢さに敬意を表して教えてやろう、娘。我を万が一倒したとしても、お前の命はもう戻らない」
奴はそう言った。
「な……?」
俺も思わず問い返した。
「8年も我の中にあった力だ。もうすでに我の中で溶け込んで、形がなくなってしまっているんだよ」
奴は残酷に、そう言い切った。
「……う、そ……」
朔夜はかたかたと震えている。けれど、あのケモノは容赦しない。
「我が嘘をついても得などないだろう? どうせ我には誰も敵わないのだから」
するとケモノの手から蛇のような触手が伸びてきた。
(まずい!)
俺が慌てて朔夜をかばおうとした時、身体をがしりと誰かに掴まれた。
「!?」
気がつけば、俺と朔夜は鼠女に両脇に抱えられる格好になっていた。
「乗って!」
突然鼠女が巨大な鼠の姿になる。
放心状態の朔夜を鼠の背中に無理矢理乗せてから、俺も急いで跨った。
「落っこちないでよ!」
鼠女は火光と土の神の剣をくわえて深夜の道路を駆け出した。
鼠女の背に乗って、なんとかホテルの前まで戻ってきた。
鼠の背から降りても、朔夜はじっと俯いていた。
そりゃあ、そうだ。
今まで命を取り戻すためにケモノと戦ってきたのに、もう『戻らない』なんて言われたら、ショックに決まってる。
けど、俺も別のところでショックを受けていた。
(…………朔夜が、あの時の、女の子……)
あのケモノも8年と言っていた。
あの池で溺れて両親を失った少女が彼女だということは、まず間違いなかった。
「……憐ちゃん、とりあえず部屋に戻りましょう?」
鼠女もどことなく言いにくそうに、朔夜に声をかけた。
けれど、彼女は返事も、頷きもしない。
「……朔夜……」
俺が声をかけると、なぜか彼女は1歩後ろに下がった。
「おい?」
俺が慌てて手を伸ばすと、彼女はその手を払った。
「!?」
俺が驚いていると、彼女は呟いた。
「……もう、ほっといて」
消え入りそうな声だった。
すると突然、彼女は背中を向けて駆けていく。
「さ、朔夜!?」
俺が一瞬たじろいでいると
「馬鹿、早く追いなさい」
横から鼠女に小突かれて、慌てて彼女の背中を追った。
……次回をお楽しみに。
〜キャラ投票途中経過〜
埴輪「やっほーい、新参者の妾にも票を入れてくれて感謝するぞ!」(←ハイテンション)
緋衣「……」
憐「……緋衣……」