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第13話:遠い日の影

 朔夜は繁華街を抜けて、本当になんてこともない普通の歩道を歩く。まあ、人ごみはあまり好きではないのでこれくらいの道のほうがほっとするといえばほっとするが。

 ふと上を見上げると、小ぶりの木に白っぽい花が咲いていた。

「あれは……桃の花か? 桜はまだ早いよな」

 俺が何気なく言うと

「そうだね。またお花見がしたいな。お弁当とか持ってさ、前の山のときみたいにピクニックの気分で」

 彼女もその枝を見上げてそう言った。

「またホテルのバイキングから料理かっさらってくる気か?」

 俺があの時のことを思い出してからかうと

「なに、不満? 幕の内とかそのへんのほうがいい?」

 彼女が真面目にそう言うので俺は苦笑する。

「お前の頭には自分で作るっていう選択肢はないのか?」

 すると彼女はぽかんとして

「私料理できないもん。じゃあ英輔作る? 雑炊とか上手かったし」

 なんて言ってきた。

「雑炊と弁当とを同じにするな。料理できないならちょっとくらい練習したらどうだ?」

「えー。今時女の人に料理作るのを押し付けるなんてナンセンスだよ英輔」

「じゃあ男に全部押し付ける気か、お前は」

「じゃあ一緒に作る?」

 ……というなんとも合理的な結論に至った。

「別に構わないけどよ。お前そんなんじゃ嫁の貰い手見つからないぞ?」

 彼女とのこんなやり取りが久しぶりで、俺はつい憎まれ口を叩いてしまった。朔夜の肩に乗っている鼠女の目が怖い。

「そんなことないもん。今までだって何度もお見合いの話来たんだから」

 朔夜は拗ねるようにそう言う。

「み、見合い?」

 俺は思わず聞き返した。

(だってまだこいつ高校生……いや、女子はもう結婚できるのか)

「朔夜の家は歴史ある家だからね、分家も結構あって、でも高志は独り身だから跡継ぎいないでしょ? それで色々話が来るんだけど、その度に高志が顔を真っ赤にして怒るんだよ。『憐は嫁になんてやらん』って」

 朔夜は笑いながら言うが、その様子を想像するとかなり怖い気がするのは気のせいじゃないだろう。

「でも私、1回くらいはお見合いっていうのもやってみたいかなって思うんだよ」

 くるりと俺のほうを向いて彼女はそんなことを言った。

「なんで?」

 俺のイメージじゃ見合いなんて堅苦しいし古臭いしであんまりいいイメージじゃない。しかし

「なんでって言われてもなあ。なんとなく、憧れ? 例えばー……気が乗らなくて写真すらまともに見なかった相手と無理やりお見合いすることになっちゃって、着飾ってさ、鹿ししおどしがこーんって鳴るような部屋で、見たこともない相手が来るのを待ってるの。それでね、いざ相手が来たら実は前から知ってる人で、気になってた人だったってオチでね、最後はハッピーエンドなの」

 やけにつらつらと彼女は語った。

「……それ、なんかの小説の影響だろ」

 俺が言うと

「あれ、なんで分かったの?」

 彼女があまりにもけろりと言うので俺はまた苦笑した。

 そうして歩いていると、歩道が公園に繋がった。

 白い石で敷き詰められた道、地球をモチーフにしたオブジェが水飲み場の前に置かれている。

(……あれ?)

 この公園は記憶にある気がする。以前来たことがあったのだろうか。

「どうしたの? 英輔」

 立ち止まった俺に朔夜が問いかけてきた。

「いや、前にここ、来たことあったかなって。言ってなかったかもしれないけど、この街、俺が前に住んでたとこなんだよ」

 俺がそう答えると、朔夜は苦笑しながら

「そうなんだ。奇妙な巡り会わせだね」

 そう言った。

 公園では昼までで学校が終わったのかランドセルを背負ったままの小学生が数人、鬼ごっこをしていた。

「昔はよくやったなあ、鬼ごっこ。あんまり得意じゃなかったけど」

 俺はしみじみ昔を思い出しながら呟いた。すると朔夜は笑いながら言う。

「はは、英輔どんくさそう。すぐ鬼が回ってきたんじゃない? それで最後に駄々こねて泣いたりしてやっと交代してもらったとか」

 そのあまりの的確さに俺は脂汗すら浮かびそうだった。確かに俺は昔から泣き虫だったが。

「うるさいな。そういうお前は得意そうだよな、ああいうの」

「うん、得意得意。『鬼』がつく遊びで苦手なのはなかったかな。『高鬼』『色鬼』……まあその2つは結構こじつけで勝ってたかもだけど」

 朔夜がそう言ったので、俺はふと想像した。

(すっげえ小さい石ころの上につま先で乗っかって『ここは高いからセーフ』って言ってたタイプだな、こいつ)

 そうしていると

「じゃあ今から高鬼! 英輔が鬼ね!」

 朔夜は突然そう言って駆け出した。

「お、おい!?」

 俺は慌てて彼女を追いかける。

 『高鬼』といっても見渡す限りこの辺りに目ぼしい段差はない。

 すると彼女は

「よっと」

 案の定、握りこぶし大の不格好な石ころの上に片足で乗っかった。

「……やっぱりな」

 俺が思わず呟くと

「? 何が?」

 彼女は不思議そうな顔をする。

「やっぱりお前は小学生だなって」

 俺が皮肉ると、彼女は顔をしかめる。

「またそんなこと言うー! あんまり意地悪だと……」

 『もてないよ』とでも言いたかったのだろうが、その前に彼女はバランスを崩してひっくり返りそうになった。

 俺はとっさに手を伸ばして、彼女を引き寄せた。

「!」

 腕の中にすっぽりと、彼女が収まる。

「……ったく、はしゃぐからこうなるんだぞ」

 しかし、俺がそう諌めても彼女は何も言い返してこなかった。

「朔夜?」

 どうかしたのかと顔を見ようとして身体を離そうとすると、彼女はきゅっと俺の胸を掴んでそれを止めた。

(!?)

「…………」

 彼女は何も言わない。

(……な、なんだこの状況は!?)

 俺はひとり、頭の中でパニックに陥る。


 石鹸みたいなシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。

 相変わらず華奢な彼女の身体は、衣服越しでも柔らかい。


 こんな真昼間からこんな状況に置かれると、いつもの数倍、鼓動が高鳴る。

 加えて

「うわ、あの兄ちゃん達らぶらぶー」

「ひゅーひゅー」

 なんて冷やかしの声が周りから聞こえてくる。鬼ごっこをしていた小学生がこちらに気付いたらしい。

(いかん、教育上よろしくない!)

 俺は湯気立つ頭でそう考えて

「さ、朔夜……」

 自分でも驚くほど情けない声を出すと、彼女はぱっと俺を突き放して

「へへっ、英輔ってばかなりうろたえてるじゃん。私は『小学生』、なんでしょ?」

 悪戯にそう言って笑った。

「な!」

 俺はからかわれたことにむかついて何か言い返そうとしたのだが

(う!)

 朔夜の肩に乗っている鼠が、さっきより増して恐ろしい形相でこちらを睨んでいることに気がついて、思わず口をつぐんだ。

「? そろそろ帰ろっか。緋衣も病み上がりだしね」

 そうして、俺たちはようやく帰路についた。






 夕方、俺が晩飯を食べていつものビルに帰ってくると、奴は姿を消していた。

「? どこ行ったんだあいつ」

 俺はいつも奴が乗っかっている建材の上に寝転がった。

(……回復にでも行ったのか? あいつ、昨日は結構ショックだったみたいだしな)

 あいつが負けることは許さないが、それなりに苦戦してくれるのは見ていて楽しい。

 そう、何もかもうまくいく人生なんて楽しくない。

 それなりに苦難がなくちゃ、いけないんだ。

 俺だって今の力を得るまでに随分と痛い思いをした。

(……まあ、お陰で緋紅の奴に一泡吹かせてやれたけどな)


 いつもあいつは俺より前にいた。

 そりゃあ、俺は男だから、他のところじゃあいつをリードしてたつもりだが。

 天敵に襲われたときとか、そんな要所じゃ、いつもあいつが俺を助けてた。


 あの頃はそれが悔しくてしょうがなかった。

 いつか、あいつを越えられるようになりたいと思ってた。

 ……が、それもこの間叶えてしまった。


『……なんでっ……行っちゃったのよッ』


 あいつが泣きながら言った言葉。

 ……あいつはもっと強い女だと思ってたのに。

「…………つまんねえな」

 そう呟いて、俺は目を閉じた。






 夜、俺がシャワー室から出ると、なぜか朔夜がこっちの部屋にやって来ていた。埴輪と何やら色々と喋っているようだ。すると

「英輔クン、背中のガーゼ換えましょうか」

 オカマ男がそう言ってきたので

「ああ、頼む」

 俺は床に座り込んだ。すると

「火砕、それ私にやらせて」

 なぜか朔夜がそう申し出た。

「? 別にワタシは構わないけど、英輔クンはどう?」

(……いや、どうと言われてもなあ)

「別にいいけど」

 俺がそう答えると、朔夜は満足げに頷いて、オカマ男からガーゼやらが入った袋を受け取った。

「ところで憐、緋衣は何してるの?」

 オカマ男が朔夜に尋ねた。

「緋衣? 下に行ってくるって言ってたけど……」

 朔夜がそう答えるとオカマ男は眉をひそめて

「あの馬鹿鼠、また飲みに行ったわね。ちょっと見てくるわ」

 そう言って部屋を出て行った。

 朔夜が俺の後ろに座り込む。がさがさと袋をあさっているようだ。

「あいつさ、心配してんのかな、鼠女のこと」

 間を持たせるために俺がそう切り出すと、

「そうだと思うよ。なんだかんだであの2人、似た者同士で仲いいと思わない?」

 朔夜はそう言った。

「それは……そうかもな」

 俺も頷く。

 しばらくして

「英輔、上脱いでくれる?」

 そう言われて、俺ははっとなった。

(……そうだよな、そうだった……)

「めくるだけじゃ駄目か?」

 一応尋ねてみる。

「服伸びちゃうよ。火砕ほど手際よくないもん、私」

 彼女がそう言うので俺はしぶしぶ上を脱いだ。

 すると、それからしばらくの間があった。

 後ろを向いているので彼女がどうしているのかは分からないんだが、なんとなく、彼女はじっとこっちを見ているような気がした。

「朔夜?」

 俺が促すと、彼女は

「あ、ごめん」

 そう言って、軟膏を塗ったガーゼを上から乗せ始めた。

「思ったより傷、塞がってるね」

 彼女はテープを切りながら言う。

「見えないからなんとも言えないけど、もう痛みもないしな。埴輪とオカマ男のお陰だ」

 俺は向こう側に立てかけている土の神の剣を意識して言った。

「……その、英輔」

 朔夜が何か言いたげにしている。

「なんだ?」

「あの……ごめんね」

 何かと思えば、いきなり謝罪の言葉だった。

「なんだよ急に。これ、気にしてるのか?」

 そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。こういう時の彼女は、なんだか彼女らしくなくて、こっちの気まで滅入ってしまう。

「だってこの怪我、完全に私のせいだもん。治ってくれたのはいいけど、痕がちょっと残っちゃいそうだし……」

 そう言う彼女はどこか涙声だった。それで、後ろを振り返るのが少し怖くなった。振り返って、彼女の顔を見たら、抱きしめたくなってしまいそうだから。

「……別に治ってるならそれでいいよ。痕なんか気にしないから」

 そう、女の子ならともかく、男の俺は背中の傷痕なんて気にしない。

「でも、英輔水泳部でしょ? やっぱり気になるよ」

「気にしない」

「嘘、絶対気になるときが来るって」

 彼女はやけに食い下がる。

「来ないよ」

「ううん、来る」

 きりがないので、俺はとうとう振り返った。

「お前は何が言いたいんだ?」

 すると、彼女は俯いて

「……別に」

 そう呟いた。

 なんだかけんか腰になってしまった自分が情けない。

 彼女は目に見えてしゅんとしていた。俺は心の中で自分をなだめながら

「俺は別に怒ってないから、気にするな」

 彼女の頭に手を乗せた。

「…………」

 すると彼女は俺の肩を掴んで、少々強引にまた背中を向かせた。

 無言のまま、テープを貼りだす。

 そして、最後のテープを貼り終わったとき、彼女はこう言った。

「……英輔のそういうとこ、好きだけど、嫌い」

 俺が何か言う前に、彼女はさっと立ち上がって、部屋を出て行った。

「……好きだけど嫌いって……なんだそれ」

 俺の呟きに、埴輪は答えてくれなかった。




 その夜、俺は変な夢を見た。

 俺は鬼ごっこをしてるみたいだった。

 そういえば、今日あいつと鬼ごっこの話をしたからかな、なんて、夢の中で俺は思っていた。

 夢の中の俺は、誰かと2人で鬼ごっこをしてるみたいで、ずっと俺が鬼だった。

 そりゃあそうだ、2人で鬼ごっこなんかしたらそんなもんだ。

 場所は地球のオブジェがある白い公園。

 今日のあの公園だと、俺はすぐに気がついた。

 でも、日差しは強くて、緑ももっとしげっている。季節は今よりもう少し先のようだ。

 俺は女の子を追いかけていた。小学生くらいの小さな女の子だ。

 顔ははっきりとは出てこない。けど、彼女が誰だか夢の中の俺は知っているみたいだ。

 まあ、夢に出てくるくらいだから、知ってる人が出てくるんだろう。

 そう思っている間に、夢の中の俺は彼女にタッチしていた。これでやっと鬼を交代できるんだと思ったのもつかの間

『ここはちょっと高いとこだからセーフだよ』

 彼女は下を指差して言った。彼女もまた、今日の朔夜みたいに石ころの上に乗っかっていた。

 ……そういえば昔、こんなことがあったのかなあと思い出す。こんな奴がいたから、今日の朔夜の行動も先読みできたんだな…………


 と思ったところで、なぜか俺はふと目が覚めた。

 傍らの時計を見ると、まだ深夜零時だ。

 けれど、なぜか妙に目が冴えていた。

(……?)

 不思議に思って周りを見渡す。

(あれ?)

 ベッドに寝かせてあった土の神の剣がない。

「!?」

 俺は慌ててベッドの下を見る。が、落ちてもいない。

 するとその時、部屋の外の廊下を、誰かが歩いていくような足音がした。

 深夜だからこそ足音が目立つ。

「…………」

 俺は息を殺してそっと扉を開けて外を見た。

 すると。

(……!)

 片手に火光、片手に土の神の剣を持って歩いていく、朔夜の背中が目に入った。


作者「おはようございます。ミッドナイトもそろそろ佳境に近づいてきました。ここまでついて来てくださった方々に本当に感謝しています。もうすぐまた春の嵐がやってきますよ(笑)! それから先週から行っているキャラ投票も投票数が私の予想を遥かに上回っています、本当にありがとうございます!」

憐「遥かにって……作者の予想って何票だったの?」

作者「3票ぐらい入ればいいかなって」

憐「目標低ッ!!!」

火砕「はいはーい、キャラ投票でまさかの1票を獲得した火砕でーす。入れてくれたナイスなアナタ、きっといいことあるわよん」

焔「私にまで1票、どうもありがとう」

緋衣「…………泣いていいですか」

作者「今のところ主役2人がかなりキリキリせめぎ合ってます。正直どっちに傾くか分かりません。今週もまだ投票期間は続いていますのでまだの方もよろしければどうぞ」

それではまた明日、お会いできれば幸いです……!

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