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第12話:覚醒

 唇が触れた瞬間、鼓動が不自然に高鳴った。

(!?)

 とっさに唇を離そうとしても離れなかった。首が硬直してしまったかのように動かない。

 胸の奥から熱い何かが昇ってくる。

 それは喉を通って、唇を介して、彼女に流れ込んでいくようだった。

「……っ?」

 身体にようやく自由が戻って、俺は慌てて顔を離した。

 ――すると。

 何時間もの間ぴくりとも動かなかった彼女の瞼が、うっすらと開いた。

「……ぇ!?」

 予想外のことに俺は慌てて後ずさる。

 すると、彼女はゆっくりと瞬きをして、身を起こした。

 ゆっくり顔を上げて、俺を見る。

 彼女の唇が、動いた。


「…………英輔?」


 ……埴輪の声じゃない。

 間違いなく、彼女の声だった。

「さく、や。お前……」

 口がうまく回らない。まるでさっきのキスで、痺れてしまったみたいに。

 そんな俺を見て、彼女はふと笑った。

「…………さっき何かした? ……まあいいや」

 明らかに、饒舌。

 そこにたどたどしさはなくて。

 俺を見る眼はいつもの彼女で。

「……!」

 思わずまた、涙が出ていた。

 恥ずかしくて後ろを向く。

「……俺の名前、ちゃんと言えるか?」

「英輔。東条英輔」

 彼女は答えた。

「お前、自分の名前、覚えてるか?」

「朔夜憐。これはほんとの名前じゃないけど」

 そう言った彼女は、いつの間にか俺のすぐ後ろにいて、俺が振り返ると

「……やっと思い出せた」

 そう言って、涙目で笑った。


 そうしていると

「……なんじゃ? 憐のやつ、起きたのか?」

 埴輪が寝ぼけかけの声を出した。

「あ、埴輪。おはよう」

 朔夜がそう言った。

「おはよう。まだ朝じゃないがの…………って!? 憐、お主いつのまに!」

 驚いた拍子なのか久しぶりに埴輪が姿を現した。

「ついさっき。英輔がね……」

 彼女が妙なことを言う前に俺はその口を押さえていた。

「? とりあえず隣の部屋にも知らせて来るがよいぞ、喜ぶじゃろ」

 埴輪がもっともなことを言うので俺はそのまま彼女を連れて隣室へ行った。

 インターホンを鳴らすと、少し間が空いてからオカマ男が扉を開けた。

 途端、きついアルコール臭と共に空調設備完備の部屋では有り得ない熱気が襲った。

「な、なんだ!?」

 俺は思わずたじろぐ。

「今ちょっと取り込み中なのよ。どうしたの?」

 オカマ男が額の汗を拭いつつそう言うと

「火砕、緋衣の様子どう?」

 朔夜が前に出てそう尋ねた。

「憐、アナタ……」

 オカマ男が目を見開くと同時に

「憐ちゃん!!!!」

 鼠女の声がしたかと思うとオカマ男を押しのけて鼠女が朔夜に飛びついていた。

「わわっ!? 熱っ、ちょっと待って、緋衣、熱い! 洒落にならないほど熱い!!」

 朔夜がそう言うのも分かる。近くに立っているだけで、鼠女の熱が感じられるくらいなのだ。

 すると鼠女は小さな鼠の姿に変化した。オカマ男が朔夜にタオルを渡す。その上に鼠が乗っかった。

「緋衣、もう動けるの?」

 朔夜が問うと、鼠女はこくこくと頷いた。

「もう平気。憐ちゃんこそ……」

「私ももう大丈夫だよ。まだ半分以上は取られたままだけど、緋衣たちのことはちゃんと分かるから」

 朔夜がそう言うと、鼠女は小さな目からぽたぽたと涙をこぼした。

 俺とオカマ男は目を合わせて、やれやれと肩をすくめた。




 が、大変なのはその後だった。

 早朝5時。

「今度は憐がダウン……次はワタシかしら」

 オカマ男がタオルを絞りながら言う。

「馬鹿は風邪をひかない……つまり寝込まないってことだからそれはないわね」

 すっかり元通りの鼠女がそのタオルを奪い取ってベッドで寝込んでいる朔夜の額に乗せた。

「アナタも寝てなさいよねー。酒臭いし、二日酔いでしょ?」

 オカマ男が言うと

「うるさいわね。酒臭いのはアンタも同じでしょ、馬鹿」

 鼠女はつんとそっぽを向いた。

 俺は傍らの埴輪にこっそり尋ねる。

「なあ、鼠女が酒臭い事情はなんとなく分かったけど、なんでオカマ男まで酒臭いんだ?」

 すると埴輪はにやりと笑う。

「ふふ、英輔、それは自分で考えるがよいぞ」

「?」

 俺が首をかしげていると

「そこ! 何コソコソ話してんのよ! それよりなんで憐ちゃんが熱でダウンしてるのか、そっちを説明なさい!!」

 鼠女が急にこちらに吠えてきた。

「え……」

 あの後、朔夜は急に熱を出して、またベッドに戻ったのだ。

 そういえば、9月のあの時にもこんな経験があった。

 あの時と今回の共通点、それは…………

(……俺とのキスが原因、なのか?)

 思い当たることはそれしかないが、しかしそんなことこいつらの前で言えるわけがない。

 というよりどうして俺とあいつがキスしたらそんなことになるのかが分からない。

 が。

「憐の記憶が戻ったってことは、憐の魂が回復したってことでしょ? それに伴って炎の器も修復しかけてるんじゃない? 発熱はそれの副作用ってところだと思うわ。ほら、三炎の契約と似たようなものよ。あれも契約した妖が外に出るには憐の器を少し借りるでしょ? 妖が中に戻れば器は修復を始めて、その運動が憐に熱をもたらしてたじゃない」

 意外なことに、オカマ男がさらっとそう説明した。

 鼠女と俺と埴輪はぽかんとオカマ男を見た。

「……な、何?」

 彼がたじろぐと

「いや、お主やはり出来るの、意外に」

 埴輪がまた、俺の思ったとおりのことを言ってくれた。

「じゃ、じゃあなんで急に魂が回復したの? 確かに最初から空ってわけじゃなかったけど……」

 鼠女が取り繕うようにそう尋ねた。

「そこまでは知らないけど。でも、なんとなくワタシは予感してたわよ」

 そう答えたオカマ男は俺にさりげなく目配せしたように見えた。

 俺は赤くなる顔を隠すように朔夜のほうに向き直った。彼女は寝ている。今度目覚めたとき、また俺のことを忘れてたりしたらどうしようとか、そんな不安がなんとなく湧いてくる。

 すると

「ほら、寝てる人の周りに大人数いても騒がしいでしょ? アンタ達は下の売店でアイスでも買ってきときなさい」

 鼠女が俺とオカマ男にそう言った。

「アイス?」

「憐ちゃんが起きたとき冷たいものがあったほうがいいでしょ?」

 そう言われて納得した。俺も昔熱を出したときはお袋にせがんでよくアイスを買ってもらったものだ。

 俺は頷いて、オカマ男と部屋を出た。

「ワタシもついでにトマトジュースでも買おうかしら。まだ何となく頭重いのよねー」

 そう言うオカマ男はやはり酒臭い。

「お前も酒飲んだのか?」

「ええ、飲むつもりはなかったんだけど、色々難しくて」

 そう言ってオカマ男は目を伏せた。

「?」

 何が色々難しいのかよく分からないまま、俺たちは下の売店へ行った。




 正午ごろ、朔夜は目覚めた。

「もうお昼だね。せっかくだからお昼ご飯、どこかに食べに行こうよ」

 アイスを食べながらそう言う彼女に、俺は少し呆れた。

「食べに行くってな、外に出たらまたあいつに出くわすかもしれないんだぞ」

 俺がそう言うとオカマ男も味方をするように頷いた。

 しかし

「昨日の今日じゃ奴は来ないよ」

 朔夜はなぜかそう断言した。

「どうしてそう言い切れるの?」

 案の定オカマ男が尋ねる。

「だって今のあいつ、かなり不安定だもん。色んなケモノを取り込んで色んな力をつけた分、全体のバランスが悪くなってる。おまけに『つなぎ』の役割を果たしてる私の魂もこっちに多少戻ったわけだから……」

 朔夜は何やらつらつらと喋っているが、つまりあのケモノは今は体勢が整ってないってことでいいんだろうか。

「ならいいんじゃない? 今なら私も動けるし、昨日より随分状況はいいわよ」

 鼠女が朔夜の肩を持った。これでは口出ししにくい。

「……じゃあ出来れば近場でな」

 俺はそう条件をつけて承諾した。




 街中を4人(+埴輪)で歩くと目立つ。というよりこのメンバーで歩くと目立つので、鼠女は鼠の姿になった。

「英輔どこで食べたい?」

 昨日までの大人しい彼女は影も形もなく、朔夜は元気に先頭を歩く。

「……別に、どこでも」

「それ1番困る回答ナンバーワンだよ」

 しかしなんだかその元気さが空回りして見えるのは気のせいだろうか。

「じゃあハンバーガーでいい? ここなら緋衣がいても大丈夫そうだし」

 そう言って朔夜はマッグの前で立ち止まった。


 昨日や午前中はあまり話が出来なかった分、今何か話さなければと思っていたのだが、いざとなると何を話せばいいのかわからない。

 朔夜はもくもくとポテトをかじっている。

「……なあ朔夜」

 俺がおずおずと切り出すと、彼女は手を止めた。

「なに?」

「いや、えっと……お前、ここ1週間の記憶はあるんだよな?」

 とっさに頭に浮かんだことを尋ねると

「あるよ」

 彼女は一言で片付けた。

(…………そういや昨日のケモノのことも覚えてたっけ。……俺は馬鹿か)

 俺が苦し紛れにジュースをすすっていると

「2日前の夜とか英輔が何したかもちゃんと覚えてるからね」

 そう言われて、思わずジュースを吹きかけた。

「っ! な、何したかって別に何も……」

 しかし俺に弁明の余地は残されていない。

「アンタ、私がいない間に憐ちゃんに何したのよ!?」

 鼠女が猛スピードで俺の額にアタックした。

「いだっ!?」

 すると朔夜はくすくすと笑い出した。

(あ…………)

 改めて、こいつの笑った顔を見て、俺は少しほっとした。それで気が抜けていたのか

「ねえ英輔。せっかくだからちょっと散歩して帰ろうよ」

 という彼女の提案に

「ああ」

 と、何気なく頷いてしまったのだ。

「ってちょっと憐、そんな悠長なことしてていいの?」

 オカマ男がすかさず突っ込む。

「ホテルにいたって同じことだよ。向こうが動くなら応じるしかない。向こうが出てこないならこっちが何してても問題はないし」

 そう言って朔夜は席を立った。

 テーブルの上の鼠女、オカマ男、そして俺は示し合わせずともしばし目を合わせて眉をひそめた。

(……やっぱ朔夜の奴、ちょっと様子がおかしいような……)

 が、相談する暇もなく

「英輔ー、早く」

 朔夜が急かすので、俺はしぶしぶ立ち上がった。


 結局オカマ男も蛾の姿になって、後ろからぱたぱたと追ってくるようになった。

「おい朔夜、散歩ってどこ行く気だよ」

 そういう俺も繁華街をせっせと歩いていく朔夜の背中を追っていた。

「散歩は散歩だよ」

 そう言って立ち止まる気配を見せない彼女の手を、俺は掴んで引き止めた。

「おい朔夜、お前やっぱまだどこかおかしいんじゃないか? 熱ちゃんと下がってるのか?」

 すると彼女は振り返った。

「おかしくないよ。ただ……」

 言いかけて、彼女は口をつぐんだ。

「ただ?」

 俺が尋ね返すと、彼女はようやく口を開いた。

「今日から春休み、だから」

「…………へ?」

 俺が首をかしげると、彼女は少しふてくされたように

「だからー、お正月から今日を楽しみにしてたんだから、そんな日にずっとホテルで過ごすのも鬱陶しいでしょ」

 そう言った。

(どんな理由だそれは。こいつは小学生か?)

 俺が呆れた顔をしていると、彼女はむっとして

「英輔、今ちょっと私のこと子供っぽいって思ったでしょ」

 ぴったりとそう言い当てた。

「いや、別に……っと」

 俺が言い終える前に彼女は俺の手を引っ張って早足で歩き出した。

「ちょっとだけ。今だけでいいから」

 彼女がそう言うので、俺は言われるままに付き合うことにした。


作者「読者数が減るか増えるかの勝負どころだった11話を乗り越えてここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます(笑)。やっとヒロイン復活です」

憐「お見苦しいところをお見せしました」

作者「そんなわけで(?)本日より以前ちらりとぼやいた「ミッドナイトブレイカーキャラ投票」なる企画を催したいと思います」

憐「え、投票して何になるかって? 一、トータル1位になったキャラには特別企画が用意されるらしい。二、現在製作中のサウンドノベルのおまけにも何か追加される可能性があるらしい。三、クライマックスで煮詰まってしまった作者のモチベーションがすごく上がるらしい……って三がかなりイタイよ、そんなとこで詰まんないでよ」

作者「(無視)投票方法ですがこのページの下の「ミッドナイトキャラ投票実施中」というリンクから直接投票ページに飛べるようになっています。今回は携帯閲覧の方とPC閲覧の方とでは投票フォームが別々になっているので結果は最後に合算することになります、ご注意ください」

憐「特典が微妙だけどよかったら投票してやってね。もし投票の際コメント付けてくれたら多分泣くよ」

作者「それでは皆さん、また来週にお会いできれば幸いです」

憐「君の重い1票を待ってるよー」

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