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第10話:黒色の悪魔

 翌朝、オカマ男と埴輪を入れての作戦会議がまた開かれた。

「…………ぼろぼろだよな、俺達」

 俺がまず初めにそう言うと

「言わんでも分かる。英輔、そう暗くなるな」

 埴輪は励ましているのか怒っているのかよく分からない返事をした。まだ力を蓄えているのか、姿を現さないので表情が見えない。

「まあ、現時点での主戦力だった緋衣があの状態じゃあ仕方ないわよねー」

 オカマ男は窓の外を見てぼやく。

「敵の陣地は割れておるというのに、攻め入れぬというのはなかなかに辛いものじゃの」

 埴輪もそう呟いた。

(……確かに今のまま乗り込んだら自殺行為だよな)

 俺が心の中で頷いていると

「せめて憐の状態が戻ってくれたらまだやりようもあるのかもしれないけどー……言うだけ無駄だったわごめんなさい」

 オカマ男がそんなことを言った。

「そうじゃそうじゃ。そもそもそのケモノに魂を奪われておるのじゃろ? そいつを倒さねば戻らぬものではないか」

 埴輪はやはりぴりぴりしている。

 昨日オカマ男がボロボロの鼠女を抱えて戻ってきた時からどうも機嫌が悪いようだ。

『もはやでぃーぶいの域を超えておるわ、あの銀髪の餓鬼めが! 今度会ったらこんくりーとに固めて海の底に沈めてくれる』

 とか怒っていたから、鼠女のあの状態は精霊といえど同性である埴輪にとって相当ショックだったに違いない。

 俺だって、あの銀髪をぶん殴ってやりたくなったくらいなんだから。

「……でも、……そうね、やっぱり無理かしら……」

 オカマ男はそう考えるように呟いて、また窓の外を見つめた。


 そうしていると、隣室で鼠女を看ていたはずの朔夜がこちらの部屋にやってきた。

「どうした?」

 俺が尋ねると

「お酒……買ってきて欲しいって、鼠さんが」

 朔夜は少々困り顔でそう言った。

「…………は?」



 俺たちが隣室に押しかけると、ベッドに横になったまま、鼠女が不機嫌そうな顔でこちらを睨んだ。

「ぞろぞろと騒がしいわね、何よ」

 顔とか、いや、全身包帯やらガーゼだらけなのに、口だけはもう達者らしい。

「何よじゃないわよ、アナタ何いきなり憐にお酒買ってくるよう頼んでるのよ」

 オカマ男が俺の気持ちを代弁した。というより朔夜ですら困り顔でやって来たんだ。彼女も同じ気持ちなんだろうと推測したい。

「急に飲みたくなったのよ! 火光の中の部屋にあったやつは全部どっかに行っちゃったし?」

 鼠女はそう反論する。

「あのねぇ、体調以前に今の状態でアナタお酒飲めるの? 腕使えないくせに」

 オカマ男があきれ返ったようにそう言い放つ。

 しかし鼠女はまだ折れない。

「ふん、腕なんか使えなくたってお酒は飲めますー。憐ちゃんが口移ししてくれるもんねー」

(く、口移し!?)

 あまりにも過激なワードが急に飛び出したため、ついイメージが俺の頭をよぎった。

(いかん、鼻が痛くなってきた)

 俺が慌てて鼻を手で押さえていると

「なんじゃ英輔、お主そんな趣味があったのか?」

 埴輪が鋭く突っ込んでくる。

「な、ない!! ないから!!」

 俺が全力で否定するのを横目に

「ていうか未成年になんてことさせようとしてるのよアホ鼠。大人しくほうれん草ジュースでも飲んどきなさいよ」

 オカマ男はそう言って手に持っていた緑色のパッケージのジュースを枕元に置いた。

「げ、何よその不味そうなジュース! ていうかジュースじゃないでしょそれ!! 毛虫の血!?」

 鼠女が叫ぶ。ていうかそんなグロテスクな表現はやめてほしい。仮にも蛾の化身がいる前で。

 ……いや、確かに、あのジュースは巷で非常に不味いと評判のジュースなのだが。

「ふふん? なんだったらワタシが『口移し』で飲ませてあげましょうかー?」

 ……オカマ男が笑顔ですごいことを言った。

 刹那、鼠女の表情が凍る。

 というより、俺を含めて埴輪、朔夜ですら言葉を失った。

「……な、なに? 冗談なんだけど」

 オカマ男は場の空気が凍ったのを見て慄いたのか少し苦笑いでそう言った。

(……いや、その……それは分かってるんだけど……)

 なんて言ったらいいんだろう。

 この2人がそんなことやってるイメージが頭をよぎった瞬間……

「……案外、絵になるの」

 埴輪が俺の思ったとおりのことを言ってくれた。

 朔夜も少し頬を赤らめている。あれは同意、という意味でいいのだろうか。

「「は!?」」

 オカマ男と鼠女は仲良くハモった。

「じょ、冗談言わないでよ埴安姫!? 腐ってもそんなことしなッ……しないわよ!!」

 焦っているのか、珍しく噛んだ鼠女。

「そ、そうよ! 皆して何想像してるのかしら? いやらしいんだからん!!」

 オカマ男のテンションも、なんとなく空回っている感が否めない。

「と、とにかく! 別の! 何か別の買ってきて! あと食べ物も!!」

 鼠女があまりにも顔を真っ赤にして言うので、俺たちは忍び笑いをしつつ退散した。




 そんなわけで、オカマ男に留守番を任せて、俺と朔夜と埴輪で外に買出しに行くことになった。

 ちょうど手持ちの物品も少なくなってきたところだったので、ちょうどいい機会と言えばいい機会だ。

(ホテルの中って色々高いからな)

 勿論お金は朔夜のお父さんもちなのだが、それがより気になってあまり無駄遣いはしたくないのだ。

 ……と思いつつも。

「おお、これも身体に良いのではないかの」

 スーパーで埴輪がそう言ったものを片っ端から朔夜がカゴに入れていくので今日は少し出費を抑えられそうにない。

(……ま、仕方ないかな。……あ)

「朔夜、お前も欲しいものがあったら今のうちに買っとけよ」

 俺はふとあまり自己主張のない最近の彼女のことを思い出してそう声をかけた。

 すると、彼女が足を止めたのはお菓子売り場だった。

「なんじゃ憐、菓子が欲しいのか? お主もまだまだ子供じゃのー」

 埴輪はやれやれといった感じにそう言ったが、朔夜は気にしない様子でじっとあるものを見ていた。

「?」

 不思議に思って彼女の視線の先を辿ると、そこは食玩コーナーだ。

 思わず俺も笑みがこぼれた。

(……あいかわらず、お子様だな)

 俺が笑ったのが分かったのか、彼女は少しばかり拗ねたような顔をしつつも、1つの小さな箱を手に取った。

 それは、『カエル将軍マスコット(ラムネ入り)』だった。

「……お前、ほんとに好きだな、それ」

 俺は少し驚いてそう漏らした。すると朔夜はこちらを向いて

「……これ、知ってる」

 そう呟いて、ポケットから自分の携帯を取り出した。

「?」

 彼女の挙動の意味が分からずに俺が首をかしげていると、彼女はぱかっと携帯を開いて、俺にその画面を見せた。

「……!」

 それを見た途端、俺は思わず言葉を失った。

 後ろから埴輪の声がする。

「その写真、前に英輔が憐にやった人形じゃの」

 その通りだった。

 クリスマス仕様の、カエル将軍のぬいぐるみの画像だ。

「ふふ、くりすますとやらはとうに過ぎておるのじゃろ? よほど気に入っておるんじゃな」

 埴輪が余計なことを言う。

 お陰でさらに顔が熱くなってきた。

 朔夜が不思議そうに俺の顔を見てるじゃないか!

「はーっはっは、おかしな奴らよの」

 埴輪はけらけらと笑い出した。

「笑うなっての! ほら、もう行くぞ!」

 俺はカートを押して歩き出した。




 結局両手が塞がるほどの買い物をしてしまい、寄り道もせずにホテルに戻ることにした。

 帰路で俺はふと思う。

(…………そういえばこの辺、前にも来たことあったかな……)

 実際、俺の前の家は駅の北側にあったから、南側であるこの辺りの記憶はあまりない。が、さっきのスーパーには家族で来たことがあったような気がする。

 そんなことを思い出していると、なんだか少し懐かしい気分になってきた。

(……あの家、まだ残ってるのかな……)

 昔住んでいた家に思いをはせる。すると、自然とあのことも思い出した。

(……あの池は、どうなったんだろ……)

 俺の中の灰色の記憶。

(昔は『嫌な気配』としか分からなかったけど、今ならもっと詳しく分かるかな……)

 そんなことを思いながら、人気のない路地に入ったその時。

「ぅ!?」

 思わずうめき声を漏らすほどの頭痛が俺を襲った。

 買い物袋を落として、中身が転がる音がした。

 けれど、そんなものに気が回るほど余裕もなかった。

 頭痛の原因、それは――……


「迎えに来たぞ、娘」

 巨大な『嫌な気配』の塊がそこにいた。


「!!」

 朔夜がとっさに俺の後ろに隠れた。

「英輔、あやつ……!」

 埴輪もかつてないほどに強張った声で警告した。


 前方に立ちふさがったのは、俺と同い年ぐらいの少年だった。

 黒で固められた服、そして奈落の底のような黒い髪。

 それでいて鋭い眼は凍てつくように蒼く。

「どうした、そんなところに隠れて。わざわざこちらから出向いてやったというのに」

 歳に不相応な、威圧的な声色。

「…………!」

 俺は奴を睨みつけながら、朔夜をかばうように前に出た。すると

「……小僧、邪魔立てするようなら我は容赦しない。逃げるなら今のうちだぞ?」

 奴は邪悪に笑いながらそう言った。

 俺が拳を握ると

「英輔、今は逃げることだけに集中するのじゃ」

 埴輪が俺にそう耳打ちした。

(……分かってる。分かってるけど……)

 どうしたらいい。

 挑んでも負ける。

 でも、本当に逃げられるのか?

 こんな、化け物の塊から。

(……迷ってる暇はない)

「朔夜!」

 俺は彼女の手を引いて踵を返した。

 が。

「おーっとストップストップ。ぶつかるぜ?」

 後ろには、あの銀髪の男が立っていた。

(はさまれた!!)

 思わず歯噛みする。

「無駄な抵抗はよせって。そいつが欲しいのはそこのお嬢ちゃんだけなんだしよ、お前だけなら逃げても別に構わないんだぜ?」

 銀髪の男は肩をすくめて俺にそう言った。

 朔夜は怯えた顔で俺を見る。

(……なんで、そんな心配そうな顔してるんだよ)

 俺は彼女の手を強く握りなおした。

「ふざけるなよDV野郎」

 俺がそう言い放つと、銀髪男は目を閉じて口角を上げた。

「馬鹿な奴」

 奴がそう呟いた瞬間、背後から気配を感じて俺はすかさず朔夜を押すように横に跳んだ。

「反射神経は良さそうだな、小僧」

 爪をするどく変形させたケモノが見下ろすようにそう言う。

「英輔、分が悪いぞ。どうする」

 埴輪が深刻に尋ねてくる。

「……こうする!!」

 俺は地面に散らばっていた荷物の中からペットボトルの水を掴んで奴らに投げつけた。

「!」

 反射的にケモノはそれを切る。

 スパッと綺麗にペットボトルが割れた。

「ぁ!?」

 銀髪男が声を漏らす。

 水が彼に降り注いだ。

(火鼠なら水に弱いはず……)

 軽い音がして、割れたペットボトルが床に叩きつけられる。

 水は男の頭に完全にかかっていた。

 かかっていた、のだが。

「……!」

 銀髪男は濡れた髪をかき上げて嗤う。

「ハハハ! そうかそうか、いいとこ突いてるぜお前! でも残念だったな」

 全くダメージなんてものは受けていない様子だ。

「ち、なぜじゃ。あやつ、避けようともしなかったな」

 埴輪が舌打ちする。

「俺はもう自分ひねずみの弱点なんざとうの昔に克服してんだよ!」

 そう言って銀髪男は飛び出した。

 スピードが速すぎて目で追えない。

 俺の脇を風が通る。

「さ」

 俺が手を伸ばす前に、奴が彼女のすぐ目の前にいた。

 しかし。

「ぐ!?」

 次の瞬間、銀髪男は数メートル先へ押し戻されるように吹っ飛ばされていた。

「な」

 見ると、朔夜の周りに赤い光が灯っている。

「……ちっ! 精霊憑きかよ!」

 銀髪男が身体を起こしながら悪態づく。

「……流星、スピード負けするとはお前もまだまだだな」

 黒いケモノはそう言って嗤った。

「うるせー。お前こそ近づけんのか?」

 銀髪男がそう問うと、奴は嗤ってこう言った。

「当たり前だろう。我は前にもアレを突破したのだから」

 そう言った途端、今度は奴がこちらに向かってきた。

 すると朔夜の前方に小さな人影が現れる。

「焔……」

 白い装束、立派な2本の鹿の角。

 朔夜の守護精霊が、ここにきて初めてその姿を現した。


結局連日更新してます(笑)。

今回は敵役が人の形になれるので動かしやすいといえば動かしやすいです。

せっかくなので明日も更新したいと思います。ここまで変わらず読んでくださっている方々、どうもありがとうございます!

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