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太陽が200個くらいある異世界は、真っ暗じゃないと寝られない私には辛すぎた。

「ぺろ、これは異世界!」する要因の第5位くらいが「太陽が2つある」ですが(当社調べ)、奇跡的な公転周期的でもなければ夜が滅茶苦茶短くならない?と思って書きました。


周期計算とか面倒なので太陽は大幅増量で。


 あれ、おかしい。

 薄く開いた瞼の隙間から光が入ってくる。


 おかしい。確か私は部屋で寝ていたはずだ。

 私の部屋に窓は無い。凝り性の祖父が生前に作った書庫にあれこれ持ち込んで自室にしているのだ。本の大敵である日光は全く入らない作りになっている。照明を落としてしまえば昼でも真っ暗だ。

 私は就寝時には消灯するので、必然的に目を覚ます時も真っ暗なはずなのに。


 ポヤーとする頭で、母さんでも入って来たのかな? なんて考えていたが、意識がはっきりするにつれて違和感は大きくなる。

 なんか風を感じるし。スースーしてる。

 そもそもベッドの感触じゃないし。これ…草? くさぁ? はぁ何で?


 さすがにおかし過ぎる!

 噴出した疑問符に任せて一気に覚醒した。体を起こして辺りを見回す。


 そーげん!? 超広い草原だよ! 地平線遠っ! どこここ!?


 360度どこを見ても青々とした草っ原(くさっぱら)がただただ続く。

 草原のど真ん中に、ポツンと独りパジャマ姿の私。

 寝起きドッキリ? 一般人だぞ私。こんなサプライズを仕掛けるやんちゃな友人の心当たりもない。

 そもそも私の家は地方の中心都市にある。近くにこんなだだっ広い草原なんてない。

 呆ける私を更なる衝撃が襲う。ふと見上げるとだ。


 太陽めっちゃあるぅ……。ひい、ふう、みい、よお……。


 ためしに数えて見たが20を過ぎた辺りで目が痛くなったのでやめた。見た感じ、4分の1にもいってない。どんだけあるの…。地球燃えるよ? て言うかここ地球?

 太陽は多分100個くらい上っているが、気温も重力も地球と変わらない。ポカポカ気持ちいいくらいだ。私もとある体質でなければ状況への理解なんかぶん投げてお昼寝と洒落込んでいたかもしれない。


 というかもう分かった。これ夢だ。草原はともかく太陽増えるなんて現実じゃ有り得ないよね。

 一度そう思うと気が楽になった。

 いくらほっぺを摘まんでも目が覚める気配はないので、とりあえず草原の先を目指して真っ直ぐ歩いていく。方角は適当だ、あれだけ太陽があると東西南北も分かんないしね。

 装備はパジャマ一丁で靴も履いてないが、幸い草は柔らかく裸足でもなんとか歩いていられる。


 30分程すると森に着いた。

 ……森かぁ。さすがに裸足じゃ辛いよねぇ。

 という訳で森には入らず、外縁沿いに歩いていく。てくてく。


 更に十分程歩いていると、視界の端で何かが動いた。森の方だ。首ごとそちらを向くと、そこには私の倍くらいの高さがある狼がいた。うそん。

 めっちゃこっち見てるし。て言うか森から出てきたし。

 急に襲い掛かるような感じじゃない。堂々とした歩みだ。それでも友好的な気配を感じないのは、その大きな口からダラダラと大量のヨダレを垂らしているからだ。


 いくら夢でも怖いものは怖いぞ!

 逃げなきゃ、と頭では分かっていても足は震えるばかりでまともに動いてくれない。

 それでも何とか動かそうとして、見事に尻餅をついた。うげっ。あ、でもこれなら這って逃げられるぞ。足よりも手の方がまだ動いてくれる。

 狼から目は逸らせず、正面を向いたままじりじりと後退。狼も私から目を放さず、一定の距離を保つように大きな一歩でずん…ずん…と近付いてくる。こいつ遊んでるなぁ?


 30秒くらいそんなことを続けていたけど、所詮は獣畜生、すっかり飽きたのか唐突に大きな口を開いて私に飛び掛かって来た。待って。うぇいとぉ!

 死んだこれ間違いない。夢なら覚めてくれ! あれ? 夢かこれ。


「危ない!」


 そんな声と一緒に狼とは別の何かが私のもとへと飛んで来た。狼よりも僅かに早く私の体を攫って、って痛ぁ! 右腕がっ! いぃだぃ! あづぅいぃ!


「何でこんな所に女の子が……。ヘレン! 回復魔術(ヒール)頼む!」


「了解! ところでノイ、私も女の子なんだけど知ってるわよね?」


「あはは、いやだなぁ。オーガの分類はメスぶげぇっ!」


 どこかで聞いたような夫婦漫才が私の草原での最後の記憶になった。



 私がこの異世界に来てから20日が経った。とにかく眠い。


 ……うん。もう異世界は認めた。だって寝ても覚めても夢から覚めないんだもん。というか眠れない眠い。寝ても覚めても、って言ったけどなぁ! 寝るときはいつも限界が来て突然バタンだぁ! それでも眠りは浅く、長くても2時間くらいで目が覚める。ねむねむ。


 長年あの部屋で寝起きしていた私は、少しでも明るさを感じると全く寝付けない体質になってしまっていた。

 そこにこの異世界だ。太陽は全部で217個存在するんだって。常に100個は空に上っていて夜という時間が存在しない。眠い。

 そんな世界だからか、就寝時に限らず部屋を暗くするという習慣がない。有り得ねーむい。むしろ暗い空間にどこか抵抗すらある様に見えた。ねーむい。

 しかも建物の壁には光を透過する異世界素材を使うのが一般的らしく、窓のない部屋でも屋外と変わらない明るさなのだ。

 2日で理解した。ここは地獄だ。事実この20日で私が寝た(行き倒れた)のはたった13回、時間にすると合計で18時間だ。眠いなんてもんじゃない。死ぬ。


「ハルカ大丈夫? あんなに部屋を暗くしてもまだダメなの?」


「……ヘレン……あんな……んじゃ…………あかる……すぎ……」


 どうも、まいねーむぃずハルカです。ねーむぃず。

 あれから私は、草原で私を助けてくれた二人にお世話になっている。ねーむー。

 あらゆる武器を、たとえ初見でも達人並みに使いこなす『ウェポンマスター』のノイと、魔術学園を3年飛び級した上に首席で卒業した『魔術神童』のヘレン。眠い。

 二人でパーティを組んで冒険者をしており、まだ二人とも10代なのにもう一生遊んで暮らせるくらいは稼いでいるんだって。ねみーな。


 あの草原の辺りはかなり強い魔物が出没するらしく、私はたまたま狩りに来ていた二人が通りがかってくれたお陰で急死に一生を得た。右腕は狼に囓られていたらしいけど、ヘレンの魔術で元通りだ。良かった眠ぃ。

 助けてもらったついでに私の境遇を話したところ、面倒見ると言ってくれたのでお言葉に甘えることにした眠むむむ。今は同性のヘレンの家に居候をしている寝たい。


 ノイはちょっとお調子者で、ヘレンはしっかりさんだねむ。でこぼこなようでとても仲良しだねむ。端から見るには恋人にしか見えないけど、本人達はビジネスライクな関係だと言い張るんだねむ。二人揃って真っ赤な顔で言われても説得力無いねむ。


「……ねぇー……むぅー」


「よお、ヘレン、ハルカ。……うっわハルカ、なんか更にゾンビっぽくぐげぇ!」


「ばかノイ! 女の子にそういうこと言うな! ……ハルカは本当に大変なんだから真面目にやってよ」


「ああ、さすがに悪かったよ。……実を言うとな、今日は一つ報告がある」


 ヘレンの家にやって来たノイが珍しく真剣なトーンで話し始めたので私もゆるゆるなキャラクターの真似事は一時中断だ。ちょっと頑張って聞くよ!


「ハルカにゲラクとの面会許可が降りた。……もしかしたら眠れるようにもなるかもしれない」


「まじぃ……!?」


「ちょっと待って、ゲラクって『無明』のゲラクよね!? 面会なんて有り得ない! ハルカのためでもやり過ぎよ! そもそも『白の監獄』の『九の門』にいるはずでしょ!? 許可なんてどうやって!」


 中学生がときめきそうなワードのバーゲンセールだぁ。私ついていけるかな。眠いなあ……。


「一旦落ち着けよ、ヘレン。元々はハルカのための面会じゃない。2ヶ月前から大陸各地で魔王復活の兆候が確認されていたらしい。それで有識者(・・・)としてゲラクの見解を聞くという話が『七王の星卓』であがっていたんだ。問題は誰が聞くかってことだったんだが……」


「完全に人柱じゃない! ハルカは異世界人だからどうなっても構わないって!? 住民登録はもう済んでるのに! 『道王』も堕ちたものね!」


「逆だ! あれだけ『闇』を求めながら『闇』に呑まれないハルカだからこそ、ゲラクの『闇魔術』にも耐えられるんじゃないかって期待されている!」


「馬鹿じゃないの! ハルカはただの女の子よ!」


 あぁ……だめだ……。ねる。しねる。

 ヘレンとノイの言い合う声を子守唄に、私の意識は闇に堕ちた。



 はっと目を覚ますと2日経っていた。


「……という夢をみたの」


 勿論寝て見る方じゃなくて、「あいはぶあどりーむ」の方の夢だ。今も見てる。2日も寝たいよぉ!


 目を覚ましたのはヘレンと一緒に頑張って暗くしたヘレンの家の客間だった。堕ちたときはリビングだったのでわざわざ運んでくれたみたい。ありがたい。けど……やっぱりまだ明るくて快眠とはいかない。無念ねむ。むねんねむ。

 部屋の時計を確認する。今回の睡眠時間は1時間半か。まだまだ眠いけど、起きたばかりは少し楽だ。

 ……よし、少しでも元気なうちに。


 部屋を出てリビングへ向かう。ヘレンもノイもまだそこにいた。良かった。


「ハルカ! もう起きたの? 大丈夫?」


 私に気付いたヘレンが駆け寄って来て私の体を支える。やっぱり良い子だ。いつでも私を本気で心配してくれている。

 ……それでも。


「……ありがとう、ヘレン。……でもね、私、ゲラクって人に会いたい」


「ハルカ! ダメよ! 死んじゃうかもしれないのよ!?」


「……どのみち、今のままじゃもたない。……可能性があるなら、試したい」


「でも」


「……私は、ぐっすり寝たい。……すっきりして起きたい」


「……ハルカ」


「……普通に、生きたいの。……ゾンビみたいなんて、いや」


「ノイ!」


「軽率だったごめんなさい!」


 実はショックだったんだからね? 言い返す元気が無かっただけで。



 そしておしろのえっけんの間にて。


「初めてまして、ハルカ君。我はこの国の王カシウスだ。今回は…」


「うるせぇさっさとゲラクに会わせろやぁ!」


「ハルカ押さえて! 「面会の許可が出てる」って話をノイが持ってきてから更に15日も待たされた意味がいくら分からないとしても、相手は国王よ!」


「凄まじく早口だなヘレン君!」


「こっちはねみぃんじゃぁ! はよしろやぁ!」


「押さえるのよハルカ! 待たせている間は全く連絡を寄越さない癖に、突然「明日の正午、城に来い」とか抜かすクソ野郎でも国王よ!」


「王候貴族なんてそんなもんだろ」


「ノイ君の言い様も腹が立つがさておき、ヘレン君はそんなに我が嫌いかね!?」


「ここは耐えるのよハルカ! 『道王』なんて忖度マシマシの二つ名を本気にして調子に乗った痛いジジイでも国王なの!」


「えぇ、あれ忖度なのぉ!? 我ショック!……というかハルカ君は何も言ってなかったような」


「どーおー(笑)、はよぅ!」


「ハルカ君、今なんか余計なの付けなかったかね?」


「あぁもう、話が進まねぇ……」


 ねむいねむいねむいとにかくねむい!

 ねむいうえ、実はけっこーなかくごを決めてたのに、じじょうも知らされないでずいぶんまたされたもんだから、ふだんおんこーな私もさすがにぷっちんきてたのだ。今ならまおうでもヤれる気がする。どーおー(笑)なんかこわくない。


 ヘレンもどーおーにはおもうところがあったらしくだいぶ荒ぶっていた。私のことをおもってのことだからね。まったくいい子だ。ういやつめ。


 そんなわけでめずらしくノイがはなし合いのおんどをとっていた。ふだんはアレだけど、そーゆーのもやればできるんじゃん。ふだんからやれやぁ!


 そして、はなしをしたけっか。


「ゲラクのちからと対処法、闇魔術・闇・魔王・その他諸々についての詳細情報。……ふうん。急に呼び出された挙げ句、すでに私達でやっていた内容を混ぜっ返すだけなんて、この国は随分と腐ってるのね?」


「……さ、最終確認って大事じゃないかね?」


「違う。項目の重複を攻めているんじゃないわよ。魔王の復活なんて有事に一国が持ち出す情報が、たかが冒険者風情の持つそれと大差無いのが問題だって言ってるの。諜報機関なり研究機関なりが独自の情報を掴んでいるでしょう、普通」


「大陸を股にかけ強大な魔物をいくつも屠り、魔王討伐を最も期待されているような者達を捕まえて冒険者風情とまとめるのはズルくないかね?」


「悔しかったらまともな情報を出しなさいな」


「ぬぅ」


「もうそろそろ良いだろ? 爺と孫でじゃれるのはまた今度にしてくれ。今はハルカが先だ」


 ……えっ? 今、なんて?


「そうね、また今度。次会うときにはその玉座をお父様に譲っておいて下さいな」


「むぅ、孫が虐める……」


 ノイとヘレンはそれぞれに言いすててえっけんの間を出ていった。

 ……しっかしまじかぁ、ヘレンのおじいちゃんかぁ。

 …………。

 ………………。


「どーおー!」


「うおっ、何かねハルカ君?」


「おまごさんにはいつもおせわになってます! おからだに気をつけて!」


 私も言いすてて出ていった。



 それからは速かった。


 ヘレンのくーかんまほうで、あっとゆーまに『白のかんごく』にとうちゃく。ほんとーにまっ白だぁ。

 あっさりと中にとおされ、ヘレンとノイと私の3人でがんがん地下へともぐっていく。中はどこもかしこもきらきらしてる。ちょーまぶしい。

 そしてひとき強いわかがやきを放つ門のまえにたどりついた。


「……ハルカ。ここから先は独りよ」


「この『九の門』の最奥にゲラクがいる。いいか? 奴の言葉や一挙手一投足に惑わされるとたちまちに闇に堕とされる。ただの音、ただの現象として受け流すんだ。会話なんてもっての外だぞ」


「もう、ノイ。わかってるよ」


「絶対、無事に帰って来てね……。待ってるから」


「ヘレン……。うん。いってくる」


 かがやく門をおしひらいて、ひかりの中へとすすんでいく。


 門のおくは、よりまぶしくなったくらいで、フロアのこうぞうはこれまでとあまりかわらなかった。

 たいいくかんをたてに3つ並べたくらいの広くて長いホールがあって、そのかべにろうやがたくさん並んでいる。ただその中身はすべて空っぽだ。ヘレンたちいわく、『九の門』はゲラクせんようフロアなんだって。それなら、こんなにたくさんろうやは要らなかったんじゃ?


 そんなことを考えているうちに、入り口とははんたいのホールのはしについた。


 ここまでに見たうちでいちばん大きいろうやだ。ちょくしできないほど強くひかるてつごうしが3重にはめられている。そのせいで、おくのようすをうかがうことはできない。目がぁ!


「ほう……。魔王の復活について、何者か寄越すだろうとは思っていたが……魔力も身体能力も低いな。随分と可愛らしい娘が来たものだ。くくく、人柱とは、『七王』がこの様ならば世界が再び闇に包まれる日も遠くはなさそうだ」


 「かわいらしい」ですってよおくさん! ていうかこっち見えてるの?


「否。此方の目は、この檻の光によってとうに盲いている。だが音は聞こえれば魔力も感じられる。外を知る術はいくらでもある」


 いちにんしょう、どくとくだなぁ。「こなた」ですってよおくさん。


「……そこを気にするか。昔の人の真似事をしているうちに馴染んだのだ」


 ところで、あなたがゲラクであってる?


「……確かに此方がゲラクに違いないが。此方が其方の思考を読んでいることを、其方が気にしないのならば此方も構わないのだが、然らば口に出して伝えてはくれまいか? 些か面倒なうえ、独り遊びのようで虚しくなる」


 ほごしゃに、ゲラクとかいわをしたらダメだと言われているので。


「相手の言葉を聞き、語の意味を抽出し、統合して意思を推し量り、その上で自身の意思を定め、それを伝えるべく語を選出し、発声する。察するに其方が禁じられた会話とはすなわち意思のやり取りを意味する。音声という形が重要という訳ではない」


 長い。ひとことでまとめて。


「つまりは、其方はもう手遅れだということだ」


「まじか」


「ああ。手遅れのはずなのだがな。……くっ、ふはは! 其方は随分と数奇な星の下に生まれたようだな!」


「私、やみおちかぁ。……じゃあもういーや。おらぁ、ゲラクおらぁ! だまって『ねむりのまほう』か『くらやみのまほう』を教えろやぁ!」


「ふはは! 此方が教える必要などない。其方はすでに染まっている。ただ心のままに求めるが良い! 其方の『闇』だ。呪文など、理論など、全ては後からついてくる!」


 ゲラクのセリフをきいたしゅんかん、バジュゥッ、とあたまのおくで何かがはれつして広がる音をきいた。なんだこれ、よく分かんないけど、りゆうのない自信があふれてくる!


「《明かりを消して、真暗闇まっくらやみ》!」


 おもいつくままにつぶやくと、一切のひかりはきえさった。やっふう! なんておちつく暗さ! これで……これで!


「《おやすみなさい》!」


「ああ、よい闇を」



 目が覚めた。


 すごくお腹が空いてるなぁ。体に力が全く入らない。

 一方で頭はこの上なく冴え渡っている。なんてスッキリ感! あの草原で感じた爽やかな風が頭の中で吹いているような。


 視界は眠った時と変わらず真っ暗だ。よきかなよきかな。素晴らしい安心感だ。……いや。

 安心をくれているのは暗さだけじゃないみたい。私の両手を誰かが握ってくれている。見えはしないけど、誰かなんてすぐに分かった。超頭スッキリモードは伊達じゃない。


「《夜はもうおしまい》。おはよう、ヘレン、ノイ」


 呪文とともに声をかけると、答え合わせをするかのごとく暗闇が消え去り、眩しい光の中に2つの影が現れる。勿論、大正解だ。ふふん。とーぜんだよね。

 私の両隣に座って、右手をヘレンが、左手をノイが握ってくれていた。私が起きたのを認めて、ヘレンは握る手に力を込め、ノイは手を放して私と向き合った。

 あれ? なんか警戒してる感じ?


「おはよう、ハルカ。……えぇと、気分はどうだ?」


「最高!」


「とにかく暴れたいとか、何でもいいから壊したいとか、ないか?」


「ないよ! 私は正気だよ!」


「正気じゃない奴は皆そう言うんだ。……なら、やけにイライラするとか、動悸とか息切れとかは?」


「なにそれ更年期障害? 私はピチピチだよ!」


「ピチピチじゃない奴は皆そう言うんだ」


「……確かにちょっとイライラするかも。無性にノイを殴りたくなってきたよ」


「やっぱり闇に堕ちたのか!」


「ばーかばーか!」


 ノイお得意の軽口だ。寝不足で余裕が無くて今まではずっとスルーしていたけど、今回は調子を合わせて返すことができた。

 ノイも私の対応を見て、纏う雰囲気に棘が無くなった。もう警戒はしていないみたい。

 一通りやりあって、ぷっ、と二人同時に吹き出した。なんだろ、すごい楽しい!


 ノイと二人で笑いあっていると、右側からガバッ、と抱き締められた。右手は繋いだままだ。私も空いている左手で、嗚咽を漏らすその頭を撫でる。


「……ハルカぁ! ちゃんとハルカだぁあ! 良かったよぉ!」


「うんうん、ハルカだよ。ヘレン、心配かけてごめんね?」


「いいの! ……いいの。ハルカが無事ならそれでいい」


 ヘレンは私の肩に顔を押し付けて繰り返し私の名前を呼んでいる。


「おーよしよし、そんなに心配してくれてたんだねぇ」


「……半分は暗闇怖さだと思うぞ。ずっと震えてたし」


「うるさい! ばかノイ!」


「あ、やっぱり暗いの怖かったんだね」


 ヘレンの家の客間を暗くしている時から、何となくそうなんじゃないかとは思っていた。


「無理に付き添ってくれなくても良かったのに」


「暗闇は『悪しき者共』を引き寄せる。これ程の暗闇だと護衛が要るんだよ。1日2日なら俺だけで足りたんだけどな」


「『悪しき者共』? ていうか私何日寝てたの?」


「俺達もずっと暗闇の中にいたから正確じゃないけど、多分10日くらい。『悪しき者共』ってのは世界の裏側に封じられている魔王の眷属のことな」


「……正確には8日。加えてあれらは我が眷属ではない。ただの『余波』だ」


 訂正の声は私達から大分離れたところから聞こえてきた。高く響くようにも、低く唸るようにも聞こえる不思議な声。

 驚いて3人で声の方を見遣ると、ホールの中央よりも少し手前の辺りに5メート大の暗闇があった。


「『悪しき者共』!? ハルカの闇は消えているのに! 『九の門』の光でも消滅しないのか!?」


「違うわ、ノイ! この膨大な魔力、『悪しき者共』なんて比じゃない!」


「そう構えるな。我は通りすがりの闇魔導師だ」


「んー? さっきの言い方からするに魔王だよね?」


「ハルカはもっと緊張感持って! 何で魔王なんか急に出てくるのよ! さっきまでいなかったのに!?」


「先程までそこな娘が闇に揺蕩いし故、貴様等が我を感知できずとも道理だろう。……さて」


 ズズゥ…と暗闇がこちらに近付いてくる。ヘレンとノイが攻撃を加えるが、幽かに輪郭を揺らすだけでその悉くが呑み込まれた。


 果たして暗闇は私の目の前で止まった。私を守るべく間に入って武器を構えるヘレンとノイを丸っきり無視して、問い掛けてくる。


「ハルカといったか。何故なにゆえに『闇』を求めた?」


「安眠のため。だってこの世界、酷いんだよ! 何で夜が無いの! 太陽200個もいらんでしょ!」


「ああ、そうだ。遥か昔にこの世界は狂った。『闇』の超克ではなく排斥を旨とし、代償に夜を失ったのだ。『闇』に親しみ、心を強くする夜を。我が『余波』ごときを大仰に恐れるのはそれ故だ。あの程度の『闇』、かつてならば呑まれるのは心の未熟な幼子くらいだった。それを」


「ねぇ魔王、長い。一言でまとめて」


「……数千年振りに有望な『闇使い』が現れたのだ。語らせよ」


「ゲラクのところでやってよ。この部屋眩しくてそろそろ目が痛いの」


「アレは『闇魔術師』。……仕方ない、手短にいこう。我が望みは夜の復活。そのための力をハルカに託す」


「いらない。私は部屋1つ暗くできればいいの。自分でやってよ」


「我は封じられた身の上だ。つべこべ言わず受け取るが良い」


「あ、ちょっ、やめっ! ヘンタイ!」


 魔王から暗闇が伸びて来て私にまとわりつく。無機質な見た目と裏腹にちょっと暖かい。人肌くらい? そう思うとキモいなぁ。あっち行け、シッシッ。

 抵抗も空しく、魔王だった暗闇は全部私の周りにきて、私の肌に染み込むように消えた。もう魔王ともども、すっかり影も形も無い。うへぇ。なんか汚された気分。


「もうお嫁にいけない……」


「……魔王の祝福を受けたなんて、まじでいく宛無いぞ」


「おんのれ魔王め!」



 あれから5年。


 あの後、妙な力を寄越した魔王とかちゃっかり脱獄していたゲラクとかのせいで、私はすっかり大陸のお尋ね者になった。闇陣営ロクな奴いないな。


 まあ、魔王パワーで戦闘力が爆上がりしていたので討たれるようなことは無かったけれど。

 とは言え延々とやってくる刺客をちぎっては投げするのも精神的にすごく疲れる。元々はか弱い女の子だもん。だもん!

 根回しとか外交とか、ヘレンとノイの二人組と『道王』あたりがあれこれ手を尽くしてくれたけど、やっぱり限界があった。


 お世話になった人達の立場も悪くなりかけたので、それ以上迷惑を掛けないためにも私は距離をおくことにした。なので今は独り暮らしをしている。

 なんとお城暮らしだよ! 都合よくどこかの『闇使い』が弾みで滅ぼしちゃった小国があったので(てへぺろ☆)、その跡地を再利用してきちんと夜がくる土地にしたのだ。広範囲を暗くする方が、寝室だけよりも寝首を掻かれる危険が減ることに気付いたのだ。ヘレンが特別怖がりというわけじゃないみたい。

 厳密な周期計算なんて知ったこっちゃないので、私の感覚に合わせて午後6時から午前6時を夜ということにした。初めは寝る時に消灯して、起きたら明かりを点けて(『闇』を祓って)いたけど、それだと私が寝てるかどうかがバレて襲われやすくなったので、定時制にしたのだ。


 そんなこんなしながらも平行して元の世界に戻る方法も探っていたけど、そっちは全く進展がない。あの時ゲラクか魔王に聞いてみれば良かったなぁ。そんな余裕無かったんだもん。


「ゲラク見つからないかなぁ」


「奴が一番潜んで居そうなの、この国なんですがねぇ」


「じゃあ探して来てよゴッシュ~!」


「もうずっと、他の奴等も使って探してますぜ」


「あぁ、あの人達……」


 このポッと生えてきたゴッシュは、私の下僕(ストーカー)だ。以前ちぎっては投げした刺客の1人で、何故か懐いて側近(づら)をしている。便利なので私もあれこれお願いしちゃうんだけどね。ちなみに男っぽい振る舞いだけど女の子だ。男だったらさすがに私もお断りする。


 ゴッシュに限らず、夜の国には着々と人が居着き始めている。周期的に闇で覆われる土地なんて、この世界の人はまともな神経をしていれば近寄らないので、住民は必然的にまともじゃない人達になる。盗賊崩れとか、マッドな研究者とかね。そのせいでまた私の評判が下がる悪循環が出来上がった。なんてこったい。


「私のことを女王だなんだって祭り上げてるのがまた質悪いよねぇ……」


「女王がわざわざ国に来た奴等のもとに赴いてシメ上げているからですぜ」


「だって釘刺しとかないと、いらんことして私の評価下げるんだもん」


「それで悪の軍団作ってりゃ同じでしょうに」


「私別に作ってないし!」


 異世界にとばされて、眠れなくなって、『闇使い』になって、魔王の力を押し付けられて、ヤバい人達に祭り上げられて。

 まったく、どうしてこうなった!

 私はぐっすり寝て、スッキリ起きて、普通に生きたかっただけなのに!


「そういや、来週ヘレン達が来るそうですぜ」


「やったー! いろいろ準備しなきゃね! ふへへ、今度こそあの2人くっつけるんだから!」


「……夜の国、悪の軍団の女王の精一杯の悪巧みがこれですからねぇ。まったく、世界は平和ですぜ」


 たまに友達が遊びに来て、その恋模様にニヤニヤして。

 太陽が多すぎる異世界も、もう辛すぎない。

 こんな日々も、まあ、悪くないよね!



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― 新着の感想 ―
[良い点] ペロ、これはラブコメ! [一言] この世界だと占星術などが発達しないでしょうから、地球からは想像できないような魔術体系になっていそうで面白いと思いました。
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