【第五話】名も無き日々を
頭がいたい。白いもやもやが頭の中にあって、ぼーっとしちゃう。
「私……だれだっけ……」
「……おい嬢ちゃん、力使いすぎじゃねえのか」
となりから声が聞こえる。
まあ、すごくかわいい、ようせいさんだわ!
「かわいい!ようせいさんね!」
「さきとともだちになってくれる?」
「……ああ」
なんで悲しい顔をするんだろう?
ようせいさん、ともだちになりたくなかったのかな……?
「ようせいさん、ともだちになりたくないの……?」
「ちげぇよ。……ティンクって呼べ」
「うん!ティンク!」
お名前で呼ばれたかったのね!
さきも名前で呼ばれるとうれしい!
でも、誰に呼ばれるとうれしいんだっけ?
「あれ?なんで玄関にいるんだろ……?」
「さァてな、ほら、戻って絵本の続きでも読もうぜ」
なんでだろ、なんだか上手く思い出せないや。でもおともだちもできたし、絵本も読めるし楽しみだなあ。
「ただいま」
「だれ……?」
玄関の先に知らない男の人がいる。
だれだろう。
「祥希、ごめん。これからはただ家に閉じ込めておくだけじゃなくて、一緒にいよう」
そうだ、この人、さきを閉じ込めてる悪い人だ……!
きっここいつがお母さんをころしたんだ。
ゆるせないゆるせないゆるせない。
「ゆるさない」
***
低くつぶやくと、祥希は飛びかかるように玄関のたたきを蹴った。
そのまま悠斗の腕を掴むと強く揺すぶった。
「お母さんを……返して!!」
祥希の叫び声に共鳴するように祥希の周りに風の壁が現れた。次第に勢いを増す風は、今度は風の刃となり悠斗へと襲いかかる。
それは、かまいたちよりももっと鋭利で、明確な殺意を孕んだナイフだった。
悠斗はとっさのことで身を守れなかった。
それ以上に、力においては圧倒的に祥希に分がある。
抵抗も出来ないまま、悠斗の体中にはいくつもの切り傷ができ、そのまま吹き飛ばされていった。祥希の作り出した風は、悠斗が入念に張った結界すら突き破ると、受け身も取れぬまま悠斗は地面に横たわった。
傍目に見ても重傷であることは間違いないほどの傷を負って。
「さき、悪い人をたおした……お外に出られるようになったんだ……!」
祥希は声を上げて笑いながら、久方ぶりの陽を浴びて、くるりと回った。
「祥希……っ、今まで、ごめ、んな……」
「……え?」
「僕は、祥希を……愛、して、いるよ」
綺麗な泉に石が投げ入れられたかのように祥希の心に波紋が広がる。
祥希は無意識に、しかし、おずおずと眼下の悠斗に手を伸ばした。
「なァ、お前兄貴まで殺るつもりか?」
「な、に……言ってるの……?」
どうしようもない閉塞感と、上手く息が出来なくなるような感覚を振り払おうと、祥希は思い切り頭を振った。
「祥希さん!!」
騒ぎを聞きつけた京子が、血相を変え祥希に駆け寄る。
「ああ、あぁ……なんてことなの……」
京子はその場に膝をついた。二人の幸せを祈る者にとって、目の前の惨状は余りにも酷だった。
「祥希さん、どうして……」
「さきを閉じ込めていじめるからやっつけたの!」
京子は泣き崩れる。
些細なすれ違いが、どうしてこうも残酷な現実を連れてくるのか。
こんなことになるなら、もっと早くに伝えればよかった――と。
「違うの、違うんですよ祥希さん。悠斗さんはずっと貴女のことを愛していたんですよ」