【幕間】兄の焦り
数年前、まだ僕が高校生の頃。納屋を掃除していると、ところどころ掠れて読めないような古い書物が出てきた。その本にはうちの家系についての詳細な記録が記されていた。
うちの家系は代々、陰陽師の様なことをして生計を立てていた。
それこそ、昔は力もあり、周囲の住民からの信頼も厚かった。
しかし子、孫と世代を繋いでいくと、徐々に力は弱まっていき、家は没落の一途を辿っていった。
その後、高祖父がこの家を立て直し、今に至るのだが、どうやってここまで立て直したのかについては書物には一切の記述がなかった。
一度は弱まり結界を張ることすら出来なくなった血は、一族の宿願の成就を願うかのように高祖父の後からまた強まっていった。
そして、当然、僕ら兄妹にもその血は流れている。
僕には守護に特化した力がある。
この家に祥希を閉じ込めておくための結界を張ったのも僕だ。入念な下準備さえすれば大抵のとこには耐えられる結界を張ることが出来る。
対して妹の祥希は、完全なる攻撃型だ。
否、攻撃型、というのは語弊があるかもしれない。今まで攻撃としてしか使ったことがない、というだけだ。癇癪を起こして窓ガラスやお皿を意思に関係なく割ったり、納屋に入れないようにかけていた結界を無理やり破ったり、強いストレスに対して無意識に発動させてしまう。
もうずっと前の話になるが、母が放蕩し家に帰らなくなってから、一度だけ帰ってきた日があった。
その日は期せずして祥希の誕生日で、日々母を求めて泣いていた祥希は大いに喜んだ。
僕は会わせたくなどなかったが、運悪くその時家を空けていた。あの時、家政婦の誰かからの悲鳴混じりの電話で駆けつけて、初めて惨状を認識した。
客間の畳に無惨に広がる血の海。
そしてそこで膝を抱え震えながら泣く祥希の姿。
後は、もう語るまでもない。
祥希を抱きしめ「これは悪い夢だから忘れていい」と僕は言った。そして母だったものから離した。
惨劇を目撃した家政婦に聞いたところ、母は祥希に暴力を振るったらしい。まだまだ小さな子どもだった妹は、それに耐えきれず無意識のうちに母を殺めてしまった、そういう事だった。
この後も祥希は強いストレスで度々攻撃的に力を使っていた。
次第に祥希の記憶は安定しなくなり、遂に精神年齢は小学生くらいのままで止まってしまった。
それでも、僕のことはずっと「おにいちゃん」と呼んでくれていた。
つい先日、忘れられるまで。
今日もまた、僕のことを祥希は忘れていた。
妹の中から自分が消える。
僕はそれがたまらなく恐ろしかった。
妹が無事に生きて、その様子を見守ることが出来ればいいと思いながら、僕の身勝手な部分が忘れてなんてくれるなと叫ぶ。
どうして妹なんだ。よりによって、どうして祥希なんだ。もっと世の中に悪い奴らなんて腐るほどいるだろう。
年とともに身体は成長していった。零れそうな大きな瞳をした薄幸の少女から、美しくも儚い婦女へと。しかし精神面は一切の成長をみせず、身体と精神の乖離は激しさを増すばかりだった。
もう、これ以上忘れられるのは嫌だ。
例え、祥希の言う「おにいちゃん」がただ年上の男性を指す言葉だったとしても。
状態が分かるよう、祥希の部屋の中に防犯カメラをつけた。納屋への出入りは当然禁じた。外への興味を抱かせるような絵本は全て棄てた。
僕が部屋を訪ねる回数は増やした。
でも、最近僕が部屋を訪れる度に怯えを含んだ表情をするようになった。
僕の愛は伝わらない。
一体どうしたら伝わるんだろうか。
籠の中の鳥のように一生閉じ込めておけば、また、僕を見てくれるだろうか。僕の愛は伝わるだろうか。
可愛い妹。どうか、僕を――