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【第三話】ひとつの結論

「ねえねえティンク!」

「ティンクじゃねェよ」

「あらあなた口が悪いわ!そんな悪い子はお菓子ぬきなのよ!」

「オレは菓子なんて食わねェ」


お気に入りのワンピースを翻らせながら祥希は言う。ティンクと名付けられた(勝手に呼ばれている)悪魔は名前の印象をガラリと崩すような口汚さと、相も変わらず深い低い声だ。


「ねえティンク」

「だからちげーよ」

「もう!こんなにかわいいいんだからそう呼ばせてくれたっていいじゃない!」


頬を膨らませて怒る姿に悪魔はため息をついた。

こんな奴が召喚者だなんて世も末だ、と。


この前――人間にとっては数百年前だが――オレを喚んだのはこいつの先祖だった。


オレを喚んだのは、貧乏で今日のメシにもありつけないような貧相な男だった。

「親たちは自分のことで手一杯で、子どもはまた(こしら)えればいいとしか思っていなかった。だから、自分が稼がなければ幼い弟達が死んでしまうと思い必死に出稼ぎしてきたのに、戻ってきたら弟たちはみんな死んでいた」とよく言っていた。


身売りに出し、間引き、生贄に。そうして親だけが豊かになっていたことを知った男は親を、大人たちを憎んだ。憎しみの末に舶来品のグリモワールを手に入れた男はオレを喚び出し、その魂を元手に契約を結んだ。


オレは万能の悪魔だ。

喚ばれたからにはそれなりに仕事をする。

男は巨額の富と、圧倒的な地位、そして名声を得た。若い女を妻として迎え、子宝にも恵まれた。


しかし契約の代償は発生する。

男は四十になる手前で病床に伏した。

力の使いすぎによるものだった。


祥希(こいつ)に喚ばれて顕現してからオレは、今の世を知ろうと千里眼で覗き見た。飢えに苦しむ者は減り、何やらよく分からない四角いものを耳にあてて人間同士で喋っているところを見ると、あの頃と比べて随分平和になったもんだと拍子抜けしたのは記憶に新しい。


「しっかし随分と平和な世の中になっちまったんだな」

「?平和わるいこと?」

「お前らにとってはいいことだろうよ」


そう、人間にとって平和はいいことだろう。だかしかし人間にも善性の人間と悪性の人間がいる。悪魔にとって美味い魂は悪性の人間で、そういう奴らが幅を利かせられるのは戦乱の世だ。

今の世では平和が過ぎる。


「昔はもっと悪人が跋扈(ばっこ)してたんだけどなァ」

「なになに!ティンクお話してくれるの!」

「あ?なんだ嬢ちゃんオレの昔話が聞きたいのか」

「うん!聞きたい!!」

「おう、それじゃあ――」


悪魔は語る。

今まで見てきた世界を。


とある国の王族の話を。とある国の騎士の話を。はたまたとある国の魔女の話を。そして、この国の貧相な男の話を。


その全てを、少女は聞き零すことなく聞いた。


悪魔の話は人間の醜い部分が多くあったが、祥希にとって重要なのはそこではなかった。

お城、兵隊、博物館、海賊、お姫様。どれもこれも絵本の中にしか存在しないのだと。夢物語なのだと。

そう思っていた少女が外への強い憧れを抱くには充分すぎる内容だった。


「外に出たい!!」


外に出れば自分の知らないものに出会える。知らない世界に足を踏み入れられる。そう思い立ち、いてもたってもいられなくなった祥希は玄関へと走り出した。


「おい待て!」


飛行しながら追いかけてきたティンクのことなど見向きもせず玄関へ手をかけた。

その時――



バチン、と閃光が散った。



小さな小さな雷が落ちたかのような衝撃に祥希は慄き、泣き出した。


「なんでなんでなんで!!」

「落ち着け!」


追いかけてきたティンクが祥希をあやす。しかし祥希の癇癪は止まらない。


「いやだいやだなんでなんでなんで……!」


「祥希!大丈夫か!」


祥希の声に気づいた兄、悠斗(はると)が駆け寄る。悠斗の声に涙を止めた祥希は、兄を見つめた。その瞳は若干の怯えを含んでいた。



「あなた、だあれ?」



その言葉に、場の空気が一瞬で凍りつき、悠斗はあまりの衝撃によろめいた。時が止まったかのように静かな時間が流れる。時間にして三十秒ほどだっただろう。悠斗にはそれが永遠のように長い時間に感じられた。


悠斗は無言のまま、一歩、また一歩と祥希へと近づいていく。

そして、強く、強く抱き締めた。



「もう出してなどやるものか」



その言葉で、少女はひとつの結論に至る。



(どうして出してくれないの?さきのこといじめるの……?)



――悪い人から逃げなくちゃ。

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