【幕間】兄の束縛
最近どうにも妹の様子がおかしい。
最初に違和感を覚えたのは、誰もいないところに話しかけているのを見た時だった。
確かに、記憶の欠落した妹は未だ小学生のような言動が多いが、今まで何も無いところに話しかけることは無かった。
そう、祥希は過去の記憶がところどころ抜け落ちている。
しかし、記憶が抜け落ちているからといって、僕にとって愛すべき妹であることに変わりわない。
僕と妹は五歳差だ。
幼い頃、自分に弟か妹ができると聞いた時は嬉しかった。母に「あなたはお兄ちゃんになるのよ」と言われ、生まれてくる弟か妹を絶対に守るんだと心に強く誓ったのを覚えている。
しかし、母は母ではなくなった。
東京へ単身赴任中の父の浮気が分かり、母は悪鬼羅刹と化した。
出生予定日のひと月前だった。
それからの日々はあまりよく覚えていない。覚えているのは、母が父の写真に向かって何かを狂ったように言っていたことと、それをお腹の中の子にも言っていたこと。
その数日後に、警察から父が交通事故で亡くなった連絡が入ったこと。屋敷内で生まれてきた妹――祥希は出生届も出されず屋敷の外に出ることは許されなかった。
母は家にほとんど帰らなくなった。
幸いにも京子さん含めた家政婦たちが祥希のことは育ててくれたし、一応、由緒ある家だったこともありお金には不自由しなかった。
未亡人の母と、一人息子の僕。
世間からみたらそんなものだったのだろう。
婿養子だったこともあるのか、父を弔いに来た人はほとんどおらず、その後も来客は数える程しかなかった。しかも来客対応を狂った母がするものだからもう二度と寄り付かなくなった。
その後、母は死に、家政婦も今は京子さんだけだ。
この家は、この家に住む者は、全てが僕の管理下にある。
そんな僕の管理下において、知らないところで妹が別のものに気を取られているなど許せない。
祥希は僕のものだ。
僕が居なければ生きていくことのできない、僕以外に頼ることのできない、可哀想で、可愛い僕の妹。
悪魔に魂を売ったって離してやるつもりは無い。
だから、絶対に――
「……渡してなどやるものか」