【第六話】真実
「なんで……なんでみんな祥希が悪いみたいに言うの?」
京子と、可愛い妖精の姿の悪魔に褒めてもらえなかったどころか、どこか別な感情を向けられていることが分かった祥希は、絶望的な表情を浮かべていた。
やっと閉じ込められていた家から出られたのに、それが間違いだったと言われても、受け入れ難い話だった。
「仕方ねェ。兄貴が余りにも不憫だ。お前もいい加減真実を知る時だ」
「え?」
ため息混じりに言うと、悪魔は祥希の頭の上に乗った。
「目ェつぶれ」
「え、」
「いいから早くしろ」
祥希は、頭上から届く何かを唱える低い声に意識がふわりと宙に浮くような感覚に襲われた。それが怖くてぎゅっと目を瞑った。
「目ェ開けていいぞ」
「……ここは、お家……?」
先程までと祥希の位置は変わっていない。けれど、目の前にある家はいつもと様子が異なっていた。庭先には見たことがない家政婦らしき人が草木の手入れをしている姿がある。
「これは、お前の母親が死んだ日の記録だ」
「お母さん、が……?」
「いいから耳をすましてみろ。おっと、家の中は覗くなよ。同じ光景を二度見たくはねェだろうからな」
祥希は言われた通り耳をすませた。
聞こえてきたのは、金切り声を上げている女の人の声と、泣き叫ぶ子どもの声だった。
『あんたなんか産まなきゃ良かった!!』
『やめて!やめて、いたい、痛いよぉ!』
『お前のように何も知らない顔をしたやつがそうやって人を騙して誘惑するんだ!!』
『やだやだいたい、いたいよぅ』
祥希は怯えながら頭上を見やる。
「これって……」
「お前の過去だ」
『あいつの子どもなんていらない!』
『やめて、やめて……やめてよぉおお!!』
一際大きな悲鳴のような声の後、ドンという鈍い音が響く。
そこで金切り声を上げていた女の声は途絶え、子供のすすり泣く声だけになった。
その三十分程後、息を切らした悠斗が走ってきて家の中に入っていくところを、過去を覗き見ている祥希はぼんやりと目で追っていた。
『祥希!』
『お、にい、ちゃん』
『これは悪い夢だから、忘れていいんだよ』
「そん、な……」
「思い出したか?じゃあ戻るぞ」
青ざめて震える祥希の目を無理やり瞑らせ、悪魔は過去視をやめるための呪文を再び唱える。
目を開けると、目の前には家と、泣き続ける京子と、地に横たわる兄の姿があった。
その光景を見て、取り返しのつかないことをしたことに祥希はようやく気づいた。
真相の残酷さが鈍器のように祥希に襲いかかる。
母を殺したのは、本当に自分を愛してくれていたのは――
「ああああああああああぁぁぁ!!」
静かな山に、少女の慟哭が響く。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「お兄ちゃん!!」
祥希は悠斗に駆け寄る。
多量の出血と、地面に強く叩きつけられた衝撃で悠斗は意識を失っていたが、微かだが呼吸はあった。
「一肌脱いでやる。仮契約だ祥希」
「え……」
「対価はお前のその力だ。それで兄貴を助けてやるよ」
願ってもない申し出に祥希は瞠目した。
「ほんと……?お兄ちゃん助かる……?」
「忘れたのか?オレは万能の悪魔だゼ」
妖精姿の悪魔は、祥希の頭に再び乗った。
「力を借りるぞ」
祥希の足元が青白く光ると周囲一体は光に包まれた。祥希は掌を合わせ、指を交互に組み、手に力を込めた。
瞬く間に光の帯は高く上がり、ついに弾けると、その光は悠斗の身体へと降り注いだ。
「お兄ちゃん!!」
悠斗は呼び掛けに反応しない。祥希は諦めず何度も何度も呼び続けた。
「お兄ちゃん……!」
「祥希……?」
「うん、うん……!」
何度目かの問いかけで意識が戻った兄は、ぐったりした様子のまま祥希を見て笑みを浮かべた。その様子にぽろぽろと涙を零す祥希の頬に悠斗は手を伸ばして涙を拭い、深く息を吸った。
「……おかえり」
「ただいま、お兄ちゃん」