【第一話】少女の日常
「ふんふんふふーん」
「あら、今日はご機嫌ですね」
山間に建つ家に少女の鼻歌が響く。近くには他に民家らしいものはなく、ぽつんと建っている日本家屋は寂しさを纏っているようだった。
そんな寂しさを打ち払わんばかりの清々しいまでの快晴と連動するように、鼻歌を歌う少女はニコニコと笑っていた。
「ねえおばさん、今日の朝ご飯はなぁに?」
「今日はお魚ですよ」
「えー」と頬をふくらませる少女の頭を、おばさんと呼ばれた女性は優しく撫でる。
「お魚は栄養豊富ですから、ね?」
「う〜でも食べたくない〜〜」
「どうして?」
少女は唸り声をあげる。
「……だって骨があるんだもん」
ぶすくれた表情でそう告げると、少女は下を向いた。あらあらと、おばさんは目線を下げて少女と目を合わせる。
「じゃあ今日は一緒にお菓子でも作りましょうか」
「ほんと!!」
先程までの表情はどこへ行ったのか、爛々と目を輝かせ少女は顔を上げた。嬉しそうに頬を緩ませて再び鼻歌を歌い出すと、ワンピースの裾を持ってくるりと回った。
「あら、お上手ね祥希さん」
「絵本の中のお姫さまがね、こうやっておどるの!」
祥希は裾を持ち、一回、二回と回る。ふわりと舞った白いワンピースから覗く陶器のような白い足は、陽の光など知らないようで病的なまでに美しい。
「そんなに回ると危ないぞ」
「あ!おにいちゃん!」
くるくると回る祥希の後ろから青年が声を掛けた。青年は祥希と同じように色白だが、それ以上に青白い顔をして、目の下には濃い隈を携えていた。
「おかえりなさい、坊ちゃん」
「ただいま、京子さん」
それから、と青年は続ける。
「坊ちゃんはやめてください」
「あら、ごめんなさいね」
京子は慈愛に溢れた表情で優しく笑む。
「今日の朝ごはんはなんだい?」
「お魚!」
「魚かあ……」
「おにいちゃんもお魚さん好きじゃない?」
「そんなことないよ。大人だからね」
からかうような表情の青年に頭を撫でられ、祥希は頬を膨らませる。
「さきだって大人だもん!」
「じゃあお魚さん、食べられるよな?」
「うう〜〜食べる……」
「よし、偉いぞ」
頭に置かれた手を嫌がることなく少女は笑った。それを合図に青年は優しく、慈しむように祥希の頭を撫でた。
「祥希さん手伝ってくれますか?」
「はーい」
京子は味噌汁をよそいながら祥希に声をかける。ご飯をよそうのは祥希の仕事だ。
パタパタと祥希は京子の元へ駆け寄った。
祥希の背は隣に並んだ京子とほとんど変わらなかった。