能力者
赤いマントが風に乗って揺れる。
世界中のコネクターの中で最も有名な人物だろう。異種と組んでマジシャンや占い師をして有名になった人はともかく、彼の有名のベクトルはその真逆である。
彼はコネクター史上最悪にして最強の能力者なのだ。
クルトは相手に幻覚を見せることが出来る。通常この様な特殊な能力は人間だけでなく、異種であっても持っていることは少ない。能力者は基本、"人間と異種のハーフ"である。
クルトの見た目はまるで人間そのものだが、彼はヴァンパイアと人間のハーフ。そのヴァンパイアも相当な上位層だったのだろう。クルトからはヴァンパイアらしさは少しも感じない。上位層のヴァンパイアは姿を自在に操れるという。コウモリになる事も出来れば、人間になる事も出来ると言うわけだ。どこまで出来るかは分からないがクルトも多少の見た目の変化は出来るだろう。
そして彼はビーストクライシスを巻き起こした暗殺者でもある。女の獣人を暗殺した理由はおそらく、獣人と人間が愛し合うことにより"能力者"が生み出される危険を察知したのだろう。
彼は自分を醜い存在だと思っているようだから、彼からしたらそれは曲がった善意なのだろう。それが正解か不正解かは別として。
「クルトさん。お久しぶりです。こんな時間に珍しいですね。まだ日は沈んでいないのに」
私はベストのボタンを空けながらそう言った。きっと彼は私を殺したいのだろう。彼は能力者を醜く思っている。中途半端な存在だと思っている。この世にいてはいけない存在だと思っている。それなのに特殊な能力を持っているから尚更。世界の理を乱す存在。それが能力者。異種と人間のハーフ。
それは、不可思議な話である。基本的に人間界の常識では、異なる生物の間には子供は出来ないというのが普通であるが、何故、異種と人間の間には子供が出来るのだろうか。コネクターの学者に聞けば分かるのだろうか。そもそも実験対象があまりにも少な過ぎるから、それも無理な話ではあるのだが。
「ルーク、俺が何しにここに現れたのかは分かってるよなぁ」
クルトは赤いマントの裏側にしまってある大量のナイフに手を掛けた。
「そんなの、私だって分かるわよ。ルークを殺しに来たんでしょう?」
間髪を入れずにラナが返す。すると舌打ちをしたクルトは、ラナに細身のナイフを投げた。それは追い風に乗り、目にも留まらぬ速さでラナの頬をかすめて後ろの木に刺さった。風が木々を揺らし、葉が擦れる音が響く。
「ラナか。久しぶりだな。俺たちの対談を邪魔しないでくれないか?これ以上騒ぐとここにいる全員殺しちまうかもしれねぇからな。ケッケッケ」
ラナは頬から垂れる血を人差し指で止めて舐めると、忠告を無視してクルトの方向へ歩き出した。
「相変わらず、本当に浅はかな人ね。あんたはヴァンパイアの世界では超有名よ。ヴァンパイアと人間とハーフ。父親のヴァンパイアが人間の世界に馴染めず、結局あなたはヴァンパイアの世界で生きる事になったみたいだけど、能力者のあなたが普通の人生を送れる訳は無いわよね。忌まれ、疎まれ、蔑まれ、憎まれ、散々な人生だったと思うわ。死のうと何度も思った。でも、死ねない。それは、ヴァンパイアのハーフだから。手首を切り刻んでも、首を切り落としても、心臓を潰しても、あなたは死ねないのよ。ヴァンパイアは基本死ねない。辛かったと思うわ。あなたは能力者を殺そうとしているらしいわね。能力者をこの世界から消したいと」
ラナはクルトの胸倉を掴んだ。ラナの言葉に動揺しているクルトは大きく目を開けたまま動かない。
「……黙れ」
大きく目を開けているクルトは、震えた小さな声を出した。ラナは続ける。
「でもそれはきっと正解ではない。あなたは能力者を殺したい訳ではない。あなたはきっと自分を殺して欲しい。殺意を持って能力者を襲えば、能力者なら自分を殺してくれると思った。だからあなたはルークに会いに来た。そうよね」
聞こえないくらいの大きさで何かをブツブツと言っていたクルトの声は、次第に芯を持った声に変わっていった。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れええええええええ!!!!」
クルトはマントからナイフを取り出し両手でラナの心臓を刺した。刺されたナイフを吐き出すかの様に、ラナの身体から驚くほど沢山の血が流れ出す。それでもラナは笑っていた。
「皮肉なもんよね。私も死なないのよ。これくらいじゃ。辛いわよね死ねないって。あなたが1番それを知っているはずよ」
私は前に立っていたソフィーの目を両手で塞いだ。ソフィーは振り返って私に抱きついた。クルトは左手を前に伸ばした。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええええええ!!!!!!」
「ラナ!逃げてください!それを受けてはいけない!!」
クルトの左手に光が集まっていく。拳くらいの大きさに密集した光を人差し指で弾くとその光はラナに当たり、弾ける様にして消えた。ラナは実体のない光に身体を押される様に後ろに倒れた。
私はラナへ呼びかけたが、ラナは避ける動作もなく光を受けた。
「彼女は能力者とは無関係です!幻覚を解除してください!」
「ケッケッケ。俺にたてついた罰だよ。別にあれは幻覚じゃあねぇ、少しばかり夢を見てもらってるだけだ。それでも解除して欲しいってんなら、俺と戦え。ルーク」
本当に忙しい1日だ。私を憎む者、ソフィーを迎えに来るアルゼクス。暗殺者クルト。私はそういう運命に生まれた者なのかも知れない。
私も彼と同じ能力者。
"異種と人間のハーフ"だから。
「分かりました。少しだけ本気で戦ってあげます」
「おい、あんた、大丈夫か?あいつ本当にお前さんを殺す気だぞ?」
アルゼクスは怯えた顔で私を見つめる。
「大丈夫ですよ。私も能力者なので、そう簡単には負けません」
「死んじゃ嫌だよルーク!!」
ソフィーが後ろから私に抱きついた。クルトはソフィーを苦しめた張本人だ。少しくらいお仕置きさせてください。
「大丈夫ですよ。落ち着いたらまた私のお店を手伝ってくださいね。ソフィー」
「……うん。手伝う。約束ね!」
私はベストを脱いでソフィーに渡した。白シャツの腕を捲ると、ネクタイを少しだけ緩めた。
「それじゃあ、遠慮なく行きますよ!!」
私はクルトへ向かって走り出した。
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「ヴァンパイアと人間のハーフ!?何それ!キモい!」
「「キモい!キモい!キモい!キモい!」」
沢山の子供のヴァンパイアに囲まれて小さなヴァンパイアが蹲っていた。彼の名はクルト。この辺りでは有名だ。人間の女を嫁にした上位ヴァンパイアとの子。そんなの良いいじめの対象に決まっていた。人を罵倒する事で周りとの団結力を深めるという浅はかな行為は、理性がまだあまり無い幼少期の関係において、行動原理の殆どを占めていた。
私は面倒ごとには首を突っ込まないタイプ。
でも、私みたいな子供でもあれは良く無い行動だと一目で分かった。
「あんた達、それくらいにしておきなさい」
首を突っ込んでしまった。これは偽善だ。私はクルトを救いたいと思っている訳では無い。虐められている子を救ってあげる私カッコいいと思いたいだけだ。その思考も実に浅はかだ。
「なんだ?女が来たぞ」
「はっはっは!!こいつもやっちまえ!!」
虐めっ子達は私に向かって握り拳を向けた。彼らは偽善に走る私よりも浅はかだ。ヴァンパイアの強さは性別や体格では無い。99%は血統で決まる。悲しいお知らせではあるのだが、この近辺で、私の親よりも上位層のヴァンパイアはクルトの父親しかいない。
すなわち、私は彼らには負けない。
クルトの場合はハーフだからどうなのかは分からないが。
「あんた達。アホね」
私は振りかざされた拳を受け止めると右脚を彼の脇腹に当てた。蹲る彼をよそに、他の虐めっ子達は驚いた様子で立ち去っていった。
「分かった悪かった。許してくれ。この通りだ」
脇腹を抱えながら土下座をする彼の頭を踏みつけようとすると、ボロボロになっているクルトが口を開いた。
「やめてあげてよラナ!!彼は、僕の友達なんだ!!」
本当に可哀想な子。彼らを友達だと思うなんて浅はか過ぎる。偽善は偽善でもやりがいのない偽善だわ。感謝すらされないなんて。
「あんたの友人関係ってこういうものなのね。いいわ。勝手にしなさい」
私は上げた足を戻し、歩き出した。
本当にくだらない。彼は、クルトは。
本当に。
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「中々やりますね。やはりその幻覚は凄いです。あなたを見て強く念じなければ固めることは出来ませんからね」
沢山の切り傷がじわじわと痛む。
切り刻まれた白シャツに血が染み込んでくれるお陰で、血が流れる事はない。
私が固めようと念じている隙に、クルトが幻覚の光を当てて回避、その後に攻撃という流れを取られるので、固める事は無理だと判断した私は鞄にしまってあったナイフを取り出し、完全にナイフでの勝負になっていた。
「ケッケッケ。ナイフ戦だったら俺の方が有利だぜルーク。さて、どうする」
クルトは余裕の笑みを浮かべながらナイフの刀身に付いた血を舐めている。
「どうしましょうね。1vs1では厳しいかもしれません」
「ケッケッケ。消耗戦だな。これからの予定はキャンセルしときな。ケッケッケ。」
大きな風が私とクルトの間を通り抜けた。木がざわめく。止まっていた沢山の鳥達が飛び立った。羽ばたく音に合わせてクルトの肩に1匹のコウモリが止まった。
「あぁ?」
クルトは首をかしげるように肩に止まったコウモリを見た。
「1vs1なら厳しいと言いましたが、卑怯ですが、1vs2ならいかがでしょう?」
「このコウモリ、まさか!」
肩に止まっていたコウモリは人型に姿を変えた。それは見覚えのある姿。赤い短めのワンピースに赤いヒール。少しキツめの顔をしたヴァンパイア。
「良い夢見させて貰ったわ、ありがとねッ!!」
ラナは感謝の言葉を述べながらクルトの後ろから右足で顔面を蹴り飛ばした。吹き飛んだクルトは受け身の体制をとってすぐ立ち上がった。口から出た血を右手で拭き取る。
「ケッケッケ。面白くなってきたじゃねえか」
「あんた、いつからそんな事になっちゃったのよ。昔は引っ込み思案な性格で戦うのも好きじゃなかったはずなのに」
クルトとラナはどうやら知り合いのようだ。ヴァンパイア界では有名との事だから一方的にラナが知っているだけという可能性もあるが。
「ケッケッ。いつからだろうなぁ。多分、俺の母親が殺された頃じゃねえか?ヴァンパイア界に住む人間。そりゃあ嫌な奴だっているよなぁ。その時俺は力が欲しいと思ったんだよ。誰にも負けない強い力が欲しいってな」
クルトも能力者として荒波のような人生を送ってきたのだろう。彼には彼の正義がある。それはもちろん私も同じ。それでも、私の友人を苦しめた罪は無くならない。
「あと俺はお前みたいになりたかったんだよ。ラナ」
「私!?」
ラナは驚いた様子で自分を指差した。
「ああ、そうだ。俺は誰かを救える人間になりたかった。そろそろ俺の真の目的を教えてやるよ」
クルトは続けた。
「俺はお前達を救う為にここに来た」
To be continued