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Connector  作者: ミカエル
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ソフィーのコーヒー





「私ヴァンパイアなの♡」


セレブな女性は満面の笑みでそう告げると、カウンターにまた突っ伏した。


「ただ、血が足りないわ。沢山出て行ってしまったから、お詫びとして血を貰うわね。そのソフィーちゃん?だったかしら、彼女の血でもいいわよ」


私は気を失ったソフィーを抱きかかえると立ち上がった。


「いえ、ソフィーはまだ幼いので、私の血でお願いします」


ソフィーの表情は柔らかい。うちに来てから満足に寝ていないだろう。この機会にゆっくり寝て欲しいものだ。


「あら、イケメンの血をいただけるなんて、撃たれた甲斐があったわね」


「ソフィーを置いてきますので少々お待ちください」


セレブな女性は足を組み直してスマホを手に取った。あれだけの出血があってもまだこんなにピンピンとしていられるとは、ヴァンパイアという存在の生命力は計り知れない。


そもそもヴァンパイアやその他、通常の人間であれば死ぬまで関わる事のない生き物を我々は"異種"と呼んでいるのだが、異種は基本的に普通の人間には見えない。異界からやってきた彼らは地球上でちょっとした悪戯をしたり、"見える"人間達と遊んだりしている。つまり、それほど敵対はしていない。基本的には仲良くやっているのだ。ただ、人間と同じく異種にも悪い奴というのは存在していて、彼らが問題を起こす事がある。その問題を大小関わらず解決するのが"私真の仕事"ということだ。


そして、異種が見える人間のことをコネクターと呼ぶ。コネクターは先天的な遺伝のようなものもあれば、後天的にいきなりコネクターになる事もある。1万人に1人くらいの割合でコネクターだと言われている。


私は異種関係の万屋をしているという事もあり、プライベートでも割と色々な問題に巻き込まれる。先程の男2人組のような事が割と頻繁に起こるのだ。これ以上ソフィーを危険な目に合わせるわけにはいかない。もう少しこのお店も警戒を強化した方が良いのかもしれない。もう私だけのお店では無くなったのだから。


「ソフィー。すみません。驚かせましたね。ゆっくり寝てください」


気を失っているソフィーを事務室の茶色いソファーに寝かせた後、私はカウンターに戻った。


「お兄さん、何をしてるの?早くこっちへ来てよ」


私は棚からナイフを取り出し人差し指の指先に切り込みを入れた。そこから赤い血がスーッと手首へ流れる。手の力を抜くと、血は指先から地面に向かって垂れていく。手の下に置いてあったコーヒーカップに私の血が溜まっていった。


「血が飲みたいんでしたよね?少々お待ちくださいね」


「あんた、分かってないわね!ヴァンパイアは首元を齧って血を吸うのがテンプレってもんでしょ!?何カップに血を貯めてんのよ!ロマンを知りなさいロマンを!」


セレブな女性はカウンターを軽く叩いて私を見つめた。そういえばヴァンパイアが首元を噛むシーンを見た事がある気がする。確かにロマンは大切だ。JAZZを聴きながらコーヒーを飲むのがいいようにヴァンパイアにはヴァンパイアの血の飲み方というものがあるのだろう。


「それは失礼致しました。ここで大丈夫ですか?」


私は黒いベストを脱ぎ、ワイシャツのボタンを上から3つほど外して首元を見せた。するとセレブな女性は呆れたように血の溜まったコーヒーカップを取った。


「ああ、もういいわよ。これ飲むわよちょっと足りないけど」


「すみません、ロマンがあるとは知らず」


セレブな女性は血を一気に飲み干すと、ゆっくりと話し始めた。


「私の名前はラナ。そういやあなた、ルークって言うのね。街で騒がれている"墓場のルーク"って貴方のことかしら?」


「墓場のルーク……。巷ではそう呼ばれているみたいですね」


人差し指に絆創膏を貼った後、コーヒーを注いだ。黒い水面に自分の顔が反射する。金髪に青い目。後ろで髪をくくっている。周りの人にもこんな風に見えているのだろうか。


「ふーん、なるほどね。凶悪な異種退治をする際の司令塔。死んだ兵を次々に蘇らせては戦わせるって聞くわ。そんな風には見えないけどね」


「もう随分昔の話です。今は異種のペット探しとかしかしてませんよ。蘇生も今は全然」


私の話を聞くとラナは少し笑顔になった。今の私のあまりの落ちこぼれ方に呆れてしまっただろうか。だが、私はもう蘇生はしたくない。何度も死ぬ感覚を味わった彼らは苦痛だっただろう。死にたかっただろう。だが、あの戦いは勝たねばならなかった。でなければ、もっと沢山の犠牲者を出す事になっていたから。


「あなた、今は随分と可愛いことして稼いでいるのね。ただ、あの子は気をつけた方が良いわよ」


「あの子……ですか?」


ラナは深刻そうな顔になり小さな声で言った。


「ソフィー」





--------


「助けて!!誰か私を!!……助けて」


私の涙よりも大きな雨粒が止めどなく降り注ぐ。前が見えなくなるほどの豪雨に、私の叫びは掻き消された。12歳の小さな足ではもうそう遠くまでは歩けない。そう思った。だが、2つに括った髪の毛も、ボロボロのワンピースも、泥だらけの靴も、私の心を淀ませるには足りなかった。生きなければならない。あてもなく彷徨って3日が経った。ただ、遠くへ行きたくて、ただ顔も知らない誰かに助けて欲しくて、歩き続けた。


私は確かに見たんだ。お父さんもお母さんも、得体の知れない何かに殺された。大きな大きな、人間ではない何かに。


5歳くらいの頃から何かみんなに見えないものが見えているという感覚はあった。だが、それは人に害を及ぼすことはなかった。でも、あの日は違った。3日前のあの日は……。


何も分からず逃げ出して、とにかくあれから逃げたくて、誰に頼って良いかも分からず雨に打たれていた。


「こんな所で、どうしました?風邪ひきますよ?せっかくですから、暖かいコーヒーでも飲みませんか?」



そんな時だ。私がマスターに出会ったのは。




「にがっ」


「ははは。もう少し砂糖入れますか?」


白いワイシャツに黒のベスト、黒のズボン。カフェの店員だろうか。この男以外に店員らしき人は見当たらない。


「……私を助けて」


「…はい?今何と?」


私は弱い人間だ。助けを求めるだけで泣いてしまうなんて。私は、とても弱い。


「私を……助けてください!」


「はい。いいですよ。そんな泣かないでください。大丈夫ですから。それで、具体的に何をしたら?」


泣きながら私は続けた。



「……私を守って欲しいの」



----------





「ソフィーは危ないかもしれないわ。アルゼクスが彼女を探している」


ラナはそう告げた後スマホを触り始めた。

空模様がだんだんと怪しくなり始めた。最近は空模様があまり良くない。割れた入口のガラスの隙間から冷たい空気が流れ込んでくる。


「アルゼクスですか。異種の中の巨人族でしたっけ。平均10mくらいの大きさと聞きました。全種族の中で1番力があると聞いています。中々アルゼクスを見ることはありませんが、何故ソフィーが追われているのでしょうか」


「それは私も知らないわ、たまたまアルゼクスを見かけたっていう友達から聞いたの。黒髪のコネクターの女の子を探してるらしいと。この辺で黒髪のコネクターの少女なんて滅多にいない。きっと、ソフィーの事。そう思ったのよ。彼女がこのお店に来たの最近なんでしょ?」


ソフィーはアルゼクスに追われていたのか、だからあんなにボロボロで、助けを求めて……。


「なるほど。でも私はソフィーを見放したりはしませんよ」


「何故?貴方がソフィーを助けるメリットがどこにあるの?ここのコーヒーは美味しかったわ。このお店がアルゼクスにやられて潰れたら近くのカフェがなくなっちゃうじゃない」


いよいよ肌寒くなってきた。もう直ぐ日も暮れる。最近は日が落ちるのが早くなって来たような気がする。カラスの鳴き声が遠くで聞こえた。私は脱ぎ捨ててあったベストを羽織り、ボタンを閉めた。


「でも、私は約束したんです。ソフィーを助けるって。それってつまり、アルゼクスを止めるって事ですよね。約束は守ります。今はソフィーは大切なこのお店の社員ですから」


「そう。なら好きにしなさい。その代わりこのお店も守りなさいよ。私はここのコーヒーがまた飲みたいわ」


ラナは立ち上がって短いスカートの裾を整えた。


「ありがとうございます。また必ずコーヒーをお注ぎしますよ」


私はワイシャツの袖をまくった。


あたり一帯が暗くなる。日が落ちたわけではない。これは大きな影。近づいてくる大きな足音。ついに居場所を嗅ぎつけられたのだろう。足音が大きくなり、近くに砂埃が舞うようになった後、足音はピタッと止まり、入口に横向きに大きな顔が現れた。


「ここに黒髪の女の子はいないか?」


大きなギョロっとした黄色い目が私と合う。

アルゼクス、見るのはいつぶりだろうか。

普通の人なら恐怖とその大きさに足が震えるだろう。そんな威圧感がある。


「マスター、お客さんよ」


「分かってますよ」


ラナは私の方を振り返って言った。彼女もアルゼクスに対して恐怖は感じていないようだ。


私は普段よりも少し大きく、少しだけ威圧的な目で言った。





「いらっしゃいませ」





To be continued





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