錠探し
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ほほう、どうしたこーちゃん。今度は鍵なんぞ、たくさんベンチの上に並べちゃって。ルイ16世のリスペクトかい? あ、彼が凝っていたのは錠前づくりの方だったっけか。
しっかし、どれもめちゃくちゃさび付いているなあ。
――何? 全部、この公園に捨ててあったもの?
はあ、これらが全て、ねえ。このひん曲がっちゃった車のカギなんか、リモコンキーじゃんか。しかもボタン押したら光るし。
ねえねえ、これそこらの車で片っ端から試してみない? 案外、「がちゃこん」と開くかもよ、トランクとか……やらない? そう。
仮にこれらを届け出て、持ち主が現れず、受け取ることになっても、使い道に困るよね、鍵ってさ。何に使うのか分からんちんなものが多すぎる。
……あ、思い出しちゃったよ。鍵を見てたらさ。小さい頃に、鍵をめぐってちょっとばかし厄介なことに出くわしちゃったんだよ。
こーちゃん、この手の話が好きだったろ? どうせなら聞いていかないかい?
実は昔の僕の女友達も、「鍵のようなもの」を持ってきて、よく披露してくれたんだ。
「ようなもの」というのは、子供の知識でも、明らかに鍵ではないと判断できるやつも混じっていたからだ。安全ピンとか、コルク抜きとかね。
理由を尋ねてみると、彼女は物の先端に興味があると話していたんだ。彼女はひときわ凹凸に富んだカギを手に取る。
「見てよ、このカギ山。いい起伏のつき方してない? この『谷』の部分に挟まれて突き立った先っちょなんか、指に刺さりそうな鋭さ。
ディンプルキーじゃだめだめ。けがをしそうな危うさがないとさ、ぞくぞくしないんだよね」
「その発言の方が、よっぽど危ねえよ」とは言わない。仮に自分が理解しがたいものでも、女のロマンは尊重してやるに限る。
今度はT字型のコルク抜きを手に取る彼女。その視線は恍惚のひとことだ。
「この針の巻き具合、憧れるんだよねえ。こーんな固いものが、どうしてここまでぐにぐにと曲がって渦になっちゃうのか、不思議でならないの。
削ること、曲げること、そこに細工を施すこと……どれも『匠』を感じさせる。それを見たり、扱ったりすることが楽しいんだよねえ」
「お前の頭も、少し細工を施した方がいいんじゃないか?」という言葉も、ぐっと我慢。男は黙って聞き上手。
学校からの帰り道も途中までは同じだから、一緒に帰ることも多い。小さい頃からの腐れ縁だった。
そして、ある日。ついに彼女は出会ってしまった。
下校する時に横を通り過ぎる、月極駐車場。その隅に光るものを見つけるや、彼女はすっ飛んでいったんだ。放って帰ろうかとも思ったが、過去にそれをやって、翌日にぐちぐち文句を言われたことがあるので、付き合ってやる。
そこで見つけたのが、例の「鍵らしきもの」だったから大変だ。目が輝いてしまっている。
今、思い出しても、妙なものだったよ。柄は、端にトランプのスペードマークの意匠が施されている、シンプルな青銅製。だが、問題はもう片方の先、鍵山があるべき部分だ。
コルク抜きどころの騒ぎじゃなかった。渦を巻くばかりじゃなく、鍵の身体そのものが、手前に盛り上がったり、奥へ引っ込んだりと、三次元的な変化を持っていたんだ。
部分によっては、先へ伸びたかと思いきや、いったん手元へ戻ったりもしている。仮にそこだけ切り出して人に見せても、幾何学模様の彫刻としてみなされそうだったよ。
これまでに見たどの鍵よりも複雑なその軌跡。そこには「作った奴がただ、自分の技を見せびらかしたいだけなんじゃないのか?」という邪推してしまうくらいの、下品さが浮かんでいたよ。
並大抵の鍵穴だったら、ストレートに整えられた、最先端の数センチしか飲み込むことはできまい。知識に疎い僕でさえ、そう判断できる代物を、彼女はお構いなしに、そばへ停まっている車たちの鍵穴へ突っ込み始める。そして想像通り、彼らはいずれも長くはもたず、ギブアップしてしまうんだ。
でも、彼女の顔は明るかった。「これから、これに構い続けることができる」と、口に出さなくても、目が輝いていたからね。
その日から、僕はひとりで登下校をするようになる。いつもの待ち合わせ場所に、彼女は来なくなってしまったからね。
学校にやってくるのも、時間ギリギリ。下校するとなれば、真っ先に教室を飛び出していった。それまで一緒に帰っていた僕を捕まえて、「何かあったの?」と尋ねてくる子もいたが、鍵のことを話すと「ああ……」と、みんなあきれながらも納得してくれたよ。
彼女自身、かなり遠くまで足を伸ばしていたらしい。親が車で出かけた帰りに、彼女を見かけたと報告してくれることもあった。それでも、彼女自身から連絡がないあたり、きっとお眼鏡にかなう鍵穴は、いまだ見つかっていないんだろう。
教室にいる時も、口数がめっきり少なくなった彼女。机の下でひっそり手帳らしきものを開いて、シャーペンを走らせているところも何度か見たよ。きっと鍵開けに挑んだポイントを記録していたんだろうな。
やがて学校は夏休みに突入。前半は遊びまくりと決めている僕は、その日も学校のプールでたっぷりと泳いだ。そこには、水着に着替えた彼女の姿もあったよ。
ほんの数十分程度だったが、その間でも、水の中よりプールサイドに立っている時間が長い。そして監視の先生の目を盗みつつ、更衣室をはじめ、並んでいる部屋たちの鍵穴へ、さっと鍵を突っ込んでいくんだ。
ちらりと見えた、幾何学模様を連想させる先っちょ。間違いなく、あの鍵だ。まだ彼女の興味は尽きていなかったんだ。
結局、申し訳ばかりに水に浸かり、プールを後にする彼女。またターゲットを探しに行くんだろうと思いつつ、僕もあがることにしたんだ。もう2メートル先には、誰かの影があって、満足に泳げる時間帯じゃなくなってきたからね。
親が家を留守にすることは聞いていた。僕はいつもの隠し場所から家の鍵を取り出し、居間でごろりと寝転ぶ。泳いだ後の眠気は、どうにも耐え難いものだ。
僕はそのまま寝がえりを打ちつつ、部屋の隅へ。電子式の液体蚊取りのスイッチを入れつつ、昼寝を決め込んだんだ。
夢の中。僕は現実にはあり得ない跳躍力で、家の屋根から屋根へ飛び移り、何かから逃げていたところ、突然、景色が変わって、布団の上で寝ころびながらお腹をかいているシーンに移行した。
脈絡もなく別の場所へ移り、おかしな行動をとり始めるのは、夢の中なら別におかしい話じゃない。目をつむりながら、右手でゆっくり着ているシャツをまくりあげて、へその辺りをかき始める僕。特にへその真下が心地よい。
それでも飽き足らず、僕はへその中へ人差し指を突っ込む。へそのごまを取ることは、僕のひそかな楽しみでもあった。爪先で軽くいじりながら、すり鉢状のへそのへこみの中をコリコリとかいていく。これもまた気持ちがいいんだ。
慎重に、指で落ち込む曲線をなぞりつつ、深く深く、もっと深くへ。「おいおい、もう指を突っ込みすぎなんじゃないか?」と思い始めたところで……。
「あ、起きちゃった?」
あの彼女が、僕に馬乗りになっていた。その両手が、あおむけになった僕のへその真上で組まれている。恐る恐る、視線を下へ動かしていく僕に、最悪の光景が。
件の幾何学模様の鍵。その先が僕のへその中に飲み込まれているんだ。先端の曲がり具合から判断して、半分近くが中に入っている。
「何しやがる!」と叫びかけたところで、代わりに咳が出る。ゴホっと身体を揺らすたびに、鍵を刺したへそから痛みが走り、水音も立つ。下手に声を出せない。
「何って、鍵穴探しよ。ドアとか片っ端から試したけど、なかなか見つからないからさ。だから記念すべき、第一号として君を選んだわけ」
ズブブ、と身体の内側から音が頭に伝ってくる。さっきの痛みにこたえた僕は、文句をつけることも、身体を動かすこともできず、ただ表情で抗議する他ない。
ゆっくりと体重をかけているように見えた彼女だったけど、やがて鍵の進行がぴたりと止まってしまう。
「ん、いい線行っていたけど、ここまでかあ。回せるところまでいきそうにないや……残念」
彼女はため息をつきつつ、今度は引き抜きにかかるけど、妙にてかる先端が数ミリ出たところで、引っかかってしまう。
必然、僕の腹は上へ引っ張られ、へその中心に熱いものがたぎってきた。彼女が力を入れるたび、身体中にはまた、じんじんと痛みが……。
「ほーらっ。がーんばれっ、がーんばれっ」
楽しそうな声を上げつつ、彼女は何度も鍵を上下動させる。技ではなく、勢いで抜こうとしているのは明らかだ。
――痛い、痛い、痛い痛い痛い……。
揺れるたびに、涙が出てきそうだ。だが、声を出せば余計に苦しい思いをすることになる。異物が出ていく感触は、頭さえガンガンしてくるほどの痛みと引き換えだ。
ほどなく完全に鍵が抜けたものの、同時にへその入り口が熱を持つ。軽く裂かれてしまったらしい。
彼女が手にした鍵は、あの時と変わらない複雑な隆起を保ったまま。改めて見ると、とうてい、俺のへその中へ収まる形とは思えなかったが、その先端から半分近くまでが、うっすらと赤い色に染まっている。
痛みを恐れ、腹を押さえながら弱弱しく息を吐き続ける僕の上から、彼女はさっと退いた。
「でも、感覚はつかめた。他で試してみよっと」
悠々と立ち去っていく彼女を、痛みが残る僕は追うことができなかったよ。
それからというもの、僕は腹の虫がなりやすくなった。しかもそのたび、へその中へ血が溜まることが増えて、シャツもその部分だけ汚れがちに。確実に、あの鍵の後遺症だった。
夏休みが終わるころには落ち着いてきたけど、今度はクラスの一部の男女の間で、似たような症状が見受けられるように。
誰も詳しいことを話してくれずじまいだったけど、彼女は卒業まで変わらず、すれすれ登校、真っ先下校を繰り返していたよ。