年越しの過ごし方
社会人になって不規則な仕事に就き、年末年始どころか、お盆もまるで関係ない生活を送っていた。
そんな中でも周りの友人や同期、後輩にまでもが時間と余裕を作り次々に寿退社や産休・育休を取得していた。仕事人間になっていた私は簡単にいうと“売れ残り”というわけだ。
親戚から言われる言葉もテンプレート化しているのでもう親戚の集まりなんかタイミングさえも慎重になる。
今日もパソコンに向かい10時間程、残業の中で焦点の合いにくくなる視界で目頭を押さえながら作業は止めない。
「わっ!」
首筋に走る予測不可能な冷気に不本意な声を上げた。幸い部署内には私以外の人間は居なかったのでよかった。
冷気の原因検索の為にすぐに後ろを振り返った。
「お疲れ!また残業?」
そう声を掛けたのは同級生で同期で幼なじみのいわゆる腐れ縁的な奴
「そうですけど?そちらは?終わったなら帰れば?エリート部署さん」
「まあそういうな、お前の好きなミルクティーが温くなるぞ?」
「…頂きます。」
こんな冬に冷たいミルクティーを買うセンスを疑うがそんなことよりも、甘いのが欲しいと思っていたので、言葉と行動に甘え一休みすることにした。
それに今回が初めてのことでは無いのでさすがにツッコミも入れる必要性を感じない
「冷たいの飲むの?こんな冬に?」
買ったのはお前だろう!とツッコミを入れたくなったが引きつった笑顔でごまかし
「頂いたものですから、温かくても冷たくてもいいです」
「冷え性のクセに強がりだなぁ、ほら…やっぱり冷えてるじゃん」
そういっていつの頃か私より背が伸びて大きくなったその手で冷え性の私の手から体温を確かめる
女子は喜ぶようなことをサラッとやるのが私の幼なじみで、現に部署内でも少々は話題になる
「そういうのやめなよ?」
「なにが?」
「手握ったり、就業時間外にこんな部署まで来てたり…勘違いされるよ」
「勘違いしたい奴はしたらいいし、噂にしたいならしたらいいよ。現実みせるから…。そんなことよりさ、明後日は?」
「ん?…31日」
後半が聞き取れなかったが明後日を聞かれたことに対してのみ返事を返す。
「そうじゃなくて!形式上今日で仕事納めでしょ、何してるのかと思って」
「形式上なだけであって私は関係なく仕事。1日は休みだったけど、年始一発目のプレゼン準備しなきゃ」
「あーもう!そんなんだから…!1日空けとけ!絶対な!」
昔から強引な奴だったので、一度言い出したら止まらない性格とわかっていたので無駄な抵抗は止めておいた。
31日、ひと段落したので帰路につく。会社を出る時にみた最後の時間は21時半だった。
家に帰りつくと見慣れた男が一人、私の母親と談笑している。
「おかえり!」
自分の家ではないはずなのに堂々としすぎていてむしろ清々しい
「あんた約束してたのに帰りが遅いじゃない」
「はい?約束?明日でしょ?」
「もういいから、早くお風呂に入ってらっしゃい」
何点か疑問に感じたが、急かされたので体は浴室に直行だった。
かといってゆっくり入る時間も許されず、途中何度も母親に「まだー?」と急かされた。
おかげで芯から温まるという状況には遠かった。
「準備できた?」
「準備ってなんの準備したらいいの?」
「はぁ?空けとけって言ったの忘れたの?」
「それは覚えてるけど」
「じゃあ、お出かけの準備!化粧は?服は?20分で!」
「え、ちょっと…」
言い切る前に部屋に詰め込まれた
30分は要したが、準備が終わってリビングに向かうと怒った様子は無く
「じゃあいきますか。おばさん、ちょっと借ります」
「はーい、気を付けてね。よろしくね!」
どうやら私の母親と幼なじみは打ち合わせ済みだったらしい
乗った車はエアコンがすでに効いており寒さは無かった。
目的地も、目的も知らないまま車は走り、徐々に知らない景色になり連日の疲れと車内の丁度いい温度に寝てしまっていたようで、次に起こされた時には車はどこかの駐車場に停まっていた。
駐車場から少し歩き、着いたのは綺麗な神社、穴場なのか人はまばらで屋台も人相応に少なかった。
《あぁそうか》
年末年始や各種イベント事なんて関係ないし、ここ数年無縁だった初詣ってやつだ。
「よかったー、間に合った!」
心底安心したような顔を見せたので確認すると時計は23:56を示していた。
「1日空けとけってこういうこと?」
「そう、だからおばさんに協力もらって…」
くしゃっと笑うのは昔も今も反則級だけど、内緒
「今年もありがとう。仕事も頑張りすぎはやめてね」
「こちらこそありがとう、で、なんで?」
「仕事優先されると、わざわざ冷たいミルクティー買って、皆が帰るのを待って首狙って、冷たいの渡して指わざと冷やしてそれ理由に触って…」
「ちょっと待ってちょっと待って、待って!今までのあれは全部わざと?」
「わざとっていうと語弊があるけど、そうだよ!あーなんでこのタイミングで言っちゃったんだろう、もう!」
明らかに焦って照れて、気温も手伝ってか若干頬の色が変わっていて、それを見て途端に愛おしく感じた。
この愛おしさは幼なじみってだけでもなさそうだし、恋と呼べるまでは時間はそんなにかからないと思う。
こんな年越しもいいなと思った。