1 賢者
在りし日の日々を、こうして、僕が君たちに語る事ができる事を素直に嬉しく思う。そう、それはまだ朝という、言葉がないころだった。まだ世界が始まった第一日だったからだ。そう、ここで君は旧約聖書に収められている創世記のことを思い出しただろう。僕も、君がそう思うだろうな、ということを思ったよ。でも、違う。それは朝と言う言葉がほんとにないころだった。この眼が世界を見定めた、その日を、僕は覚えている。
だから第一の日から語ろう。第一の日に、僕は起き上がった。そこは白い部屋で中には何もない、緑を基調とした部屋だった。僕はドアを開けたのだ。そしてそのドアの奥にはさらにドアがあった。僕は開けた。そうしたら、何が起こったと思う? 真っ暗闇、ああ、真っ暗闇。僕は何もかもが憂鬱になるような暗い闇の中にいたんだ。そして等間隔にランタンが並べられて道みたいなものを作っていたから、僕は歩んでいった。しばらく歩くとテーブルがあり、一冊の本が置かれてあったから、開けてみると、僕はその本の中に落ちて意識を失った。これが第一の日であった、ようなこと。こと、と書いたのは、僕がいまいち自信を持てない、というのもあるからだ。
起きてみると、明るい陽光が射す沙漠に僕はいた。起きた場所はオアシスの近くだった。そして上質そうな青いローブを羽織った人が僕の前に来た。
「あなたをお待ちしていました」
その緑色の眼をした人は静かに言った。
「ここはどこなの?」
僕はその人に問うと、「さあ、ここはあなたの世界ですよ。どこへ行きますか?」とだけ呟いてフクロウを呼び寄せた。そのフクロウの足には何か小さな紙が結んであったのを、その人は取って開いた。
「ああ、なるほど。あなたがエリヤですか?」
「エリヤ?」
「ちがうんですか?」
何かよく分からなかった。僕に、エリヤなんて名前はあったのか? ということを、自分に詰問しては、そんなことを思い出す間もなく、自分は誰? と自分で問い詰めた。
「申し遅れました。私は賢者と申します」
「あなたに名前はないの?」
「ええ、ありません。正確に言うと、あったのですが捨てました」
そうして僕は賢者に連れられて死者の国と天国を案内すると賢者に言われた。
「死者の国であなたは死に、天国であなたは生き返るのだ」




