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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

残夢―ある夏の悪夢―

作者: 相原右京

 昔、近所に遊園地があった。数回行っただけのそこは、沢山の家族連れもいたはずなのにどこか暗くて、寂れた印象さえあった。おかしな事だけれど。


 ここ、嫌だな…


 小学生だった私はそんな気持ちがあって、ずっと友達と手を繋いで、不安を紛らわせるように明るく振る舞っていた。




 大学二年の夏、地元を離れていた私は一年半ぶりくらいに帰ってきた。地元に居残った友達や、同じく帰省している友人達とわいわいと居酒屋で食べて飲んで、懐かしい話をしている。

 この時私は少し弱っていた。それというのも、付き合っていた彼氏と別れて一ヶ月未満だったから。


「そう言えばさ、覚えてる? この近くにあった遊園地あったじゃない」

「あぁ、うん」


 何故か、私はその話が嫌だった。それが顔に出たんだと思う。途端に友人の明日香が私の脇をこついてくる。


「もしかして香奈、怖いの?」

「えぇ。だってあそこ、不気味だったじゃん」

「今じゃもっと、不気味になってるよぉ」


 それっぽい声を作る明日香が、ニヤニヤと笑っている。手はお決まりの幽霊スタイルだ。


「廃園になったのはずっと昔なんだけどさぁ。出るって噂で大賑わい」

「へー、そうなんだ」


 そういうのは帰郷組の啓太。サッパリとしたスポーツ馬鹿で、昔から一定の人気のある奴だった。


「開園当時から暗い感じだったし、アトラクションで事故があったり、不気味な影が見えたりって噂が絶えなかったけれどね。閉園後は余計に凄いんだって」

「具体的には?」

「ミラーハウスに入って、別人みたいになって帰って来るとか。観覧車の不気味な声。夜中に回るメリーゴーランド」

「メリーゴーランドだけロマンチックだね」


 なんて、暢気な声を上げるのは帰郷組の春菜。昔からおっとりしてて、ワンテンポずれてる感じの子だった。けれどそれがまた、場の空気を和ませている。


「でもやっぱり一番は、ドリームキャッスルの拷問室だろ」


 なんて意気揚々と言うのは、居残り組の良介だった。やんちゃ…と言うには、少し過ぎた事もあったけれど、落ち着いて実家の酒屋を手伝い始めてからは明るくて気のいい奴になっているらしい。

 私、明日香、啓太、春菜、良介。小学校から一緒の五人はその後高校も一緒で、少しずつ形が変わったりしながらも一緒にいられる相手だった。


「ねぇ、行ってみない?」


 そんな事を明日香が言う。夏の季節、久々に揃った幼馴染みで酒が入ればそんな話になる。それは当然の流れだった。それでも逆らいたい私がいる。あそこに私は、行きたくない。


「やめようよぉ」

「なーに、本当に怖がりね香奈。昔は怖い話大好きだったじゃない」

「それは今も好きだけど。でも…」


 あそこだけは嫌だ。けれどそれは私だけで、他の四人は盛り上がっている。そうなると私も行かなきゃいけない感じになって、私たちは唯一下戸の明日香の車に乗って夜のドライブとなった。



 暗い道を少し郊外へ。そのうちにすれ違う車もなくなった。草ボウボウの駐車場に車を止めた私たちは、知っているはずなのに見た事のない不気味なそこを見上げた。

 まるで、ぽっかり深い闇が口を開けて手招いているみたい。怖いのに、好奇心を駆り立てられる。尻込みした私は震えていた。


「流石にこれは…ちょっと怖いな…」


 良介がそんな事を言って口の端を上げる。ビビってるのに強がりな良介のそんな顔を、私は凝視した。


「うーん、雰囲気あるね。あそこから入れそう?」


 春菜は怖いと言いながらも率先して、入れそうなゲート脇の金網を指さした。確かに人が通れそうなくらいの穴が空いている。きっとここにくる人も、利用しているのだろう。


「なぁ、止めないか?」


 啓太が流石にそう言った。私はそれに何度も頷く。これはきっと、入っちゃいけない。

 背が、ヒヤリとする。足が竦む。ここに入ったら出られなくなる。そんな気がした。


「ここまできてそれはないわよ。ほら、車に懐中電灯も一つあるし、スマホもあるんだから」

「なんで懐中電灯なんてあるんだよ、明日香」

「私、実は前にもここに来たのよね」


 得意げに言う明日香が、車から確かに懐中電灯を持ってくる。そしてそれを、良介に手渡した。


「ほら、突撃隊長!」

「おっ、おう」


 受け取って、明日香に連れられるように前を行く良介をみんな追うしかなくて、私たちも後に続いて金網をくぐった。


 中は静かだった。当然明かりもなくて、頼りない月明かりだけを頼りにしている。スマホの明かりはいざという時。そう思っていたから、頼りないまでも足元を確認して、慎重に進んだ。


「そう言えば、ドリームキャッスルの拷問室って、どんな噂なんだ?」


 啓太が良介に問いかける。それに、良介も答えた。


「あぁ、あれな。ドリームキャッスルって、順路の決まったお城巡りだったの、覚えてるか?」

「覚えてる! お姫様の部屋とか、王様の部屋とかあってそれっぽい内装で綺麗だったから」

「あぁ、そうそう。でも実は、その地下に拷問室ってのがあったらしい」

「拷問室?」


 不気味な響きに私は怖くなる。ここはあくまでファミリー向けの遊園地だったはず。それなのに拷問室なんて、悪趣味だし絶対に行きたくない。


「なんでもさ、モデルにしたお城があったらしくてな。それに昔の城には本当に、そういう部屋のある城もあったらしい。で、ここの城にも作ったらしいぞ」

「でも私、そんな場所しらないよぉ。ここ来ると必ずドリームキャッスル入ったけど、行ったことない」

「なんでも、公開しなかったらしい。その理由はわからん。悪趣味だったからなのか、そぐわないからなのか、事故があったって話も聞くけれど」

「事故?」

「内容までは知らないけどな」


 そんな曖昧な話…。でも、私はその先なんて求めていない。結局誰も答えなんて知らないんだし。


「ついたわよ」


 明日香が声をかけて、私たちは前を向く。取れかけて歪んだ門扉の先に、不気味な城が建っている。明かりのないそこはまさにお化け屋敷でしかなくて、王様もお姫様もいそうにはなかった。


「入りましょう」


 言われて、良介が入っていく。その次に春菜が入っていくけれど、私は尻込みをしてしまう。


「何してるの、香奈」

「あぁ、うん…」


 言いかけて、行こうとした私の手を、啓太が掴んで首を左右に振った。


「止めよう」

「啓太?」

「戻ろう!」


 叫ぶように言った啓太に、良介も春菜も首を傾げる。明らかに青い顔をした啓太が、数歩後ろに下がった。


「絶対まずい! 戻れる内に戻ろう!」


 私はそれに賛成だった。でも、足が動かなかった。


「じゃあ、啓太は先に車戻ってて。これ、鍵ね」


 明日香が鍵を啓太に放り投げる。それを受け取った啓太が私の腕を引く。それでようやく、私の足も動いた。


「行こう!」

「あぁ、うん」


 良介と春菜はそのままお城の中に入っていった。そして私と啓太は車へ…戻るはずだった。

 金網をくぐって車へ。けれど車の中には入りたくなくて外にいる。そのまま、どのくらい言葉も少なく待っていたんだろう。時計を見たら、午前一時を過ぎていた。


「ねぇ、遅くない?」

「あぁ、うん」

「どのくらい経ったかな?」

「一時間半くらい?」


 記憶が確かなら、アトラクション自体は十五分くらいだったはず。隅々見てるとしても、こんなにかかるものなの?

 ゾクッと背が寒くなって、私は立ち上がった。


「見に行こう」

「え? でも…」

「何かあったのかもしれない! 古い建物だもん、事故とかも考えられるよ」


 嫌な予感しかしない。私は啓太の腕を掴んで立たせた。そして、二人でもう一度金網をくぐった。

 さっきよりも心細い。私は啓太にピッタリと体を寄せた。触れている事で少しだけ怖くなくなる。そして啓太も、したいようにさせてくれた。

 城の門をくぐって、中へ入る。軋んだ音と埃っぽい空気に口元を覆ってしまった。


「順路、どっちだっけ…」

 見れば赤い絨毯がまっすぐに二階の上がる階段へと続いている。啓太と頷きあって、私たちは赤い絨毯を目印に歩いた。

 二階には、お姫様の部屋と王様の部屋、舞踏会の会場なんてのがあった。綺麗だったはずの白い壁には沢山の落書きがあって、見るも無惨だった。


「なんか、寂しいね…」


 好きな場所ではなくても、そうして寂れていくのを見ると切ない気持ちにもなる。思い出を汚されたような、微妙な不快感もあった。


「そうだな…」


 啓太も同じなのか、辺りを見回していた。


 二階が終わって、一階に戻ってくる。厨房でネズミを追いかけるコックの人形がまだあったり、すまし顔の執事がお茶を楽しむ人形があったりして少し笑った。ほんの少し昔の面影をみつけて、嬉しかったのかもしれない。

 でも結局三人をみつけられない。不安になった私は春菜のスマホに電話をかけた。


 プルルルルルルルルルッ、プルルルルルルルルルッ


 静かな城の中に音が響いている。そして同じ音が、どこからか聞こえた。


「こっち…かな」


 啓太が私の手を引いて歩いていく。どんどん正規のルートから外れて、いつのまにか奥の方へ。そうして入った先に、明らかに雰囲気の違う場所があった。

 暗い石造りのアーチに、鉄格子の場所。その先は下りの階段だ。


「なに、ここ…」


 嫌、入りたくない。でも音はこの下からしている。


「どうする?」


 啓太に問われて、私は困る。行きたくない。思っても、二人も心配。幸い鉄格子についた扉は完全に壊れていてはまっていない。閉じ込められたりなんかしない。

 啓太の手が、私に差し出される。大きな手が誘っている。見上げて、彼は一つ頷いた。


「大丈夫、なにかあったら助けるから」

「…うん」


 私はそっと、その手を握った。


 地下はひんやりと、二度ほど温度が低く感じた。真夏のじっとりとした空気が嘘みたいに冷えている。そこを下って行った先に、それらはあった。


「なに…ここ…」


 拷問室。確かにそれはあったのだ。

 中では白いシンプルな服を着せられた人形が両手足を引っ張られるものや、鞭を打たれるもの、棘だらけの椅子に座らせられているものもある。一つ一つが牢獄になっていて、その中で繰り広げられるのだ。


「悪趣味だな」

「うん…」


 しがみついて、私は進む。スマホの音が近づいてくる。それは一番奥の牢獄の中からだった。


 懐中電灯の明かりが確かにある。そっと、私はそこに歩み寄る。声が聞こえている。その声がなんだか……艶めかしい?


「香奈、ちょっと待て!」

「あぁ、うん…」


 見ちゃいけない感じがして、私は呆れてしまった。途端にここの怖さなんてなくなってしまった気がする。

 啓太が数歩先に進んで、牢獄の前で落胆し、溜息をついて怒鳴っている。


「お前らなぁ!!」

「うわぁ、啓太!」

「キャッ」

「馬鹿か!!」


 あぁ、やっぱりか…。


 呆れて物が言えないけれど、もう何も言わないと思ったけれど、それでも私は顔が赤くなるのを抑えられなかった。

 数分して、良介と春菜が出てきた。妙に赤い顔をしているのを見て、怖かったのもあって馬鹿だの何だの言いたい気持ちにかられた。


「ほんと、信じらんない」

「悪かったって。なんかさ、ドキドキが興奮になってさ」

「悪趣味だぞ」


 呆れ顔の啓太にも良介は怒られて、面目ない顔をしている。


「ごめんねぇ、香奈」


 私の腕に絡む春菜は何でもないように笑っている。本当に、奔放な性格になってしまって。

 そうして私たちはドリームキャッスルの入り口へと戻った。けれど私はふと足を止めたのだ。


「ねぇ、そう言えば明日香は?」


 声を上げた私に、三人は足を止める。でも、何かが違う。「そう言えば…」という感じではない。「何を言ってるんだ?」そんな様子だ。


「香奈、お前大丈夫か?」

「え?」

「俺達四人だっただろ?」

「…え?」


 私は三人を見る。嘘を言っているとか、冗談を言っている様子がない。これは、どういうこと?


「香奈、覚えてないの? 明日香のお葬式、したじゃない」

「え?」


 背に、冷たいものが流れる。お葬式? 何の話?


「一年前に、明日香は死んだだろ。だから今日、ここに来たんだろ?」

「何、言ってるの?」

「覚えてないのか? 俺達にも通知きたし、新聞にも載っただろ?」


 覚えていない。知らない。何があって、そんな風になったの? だって、ここに来ようって言ったのは明日香で、ここまで車の運転したのも…


 運転したのは、誰?


「だって、みんなだって明日香と会話したりしてたじゃん!」

「俺達はお前と会話してただろ?」

「え?」

「お前が来るって言ったんだぞ。命日だから、会いに行こうって。そういう事で今日集まったんだろ?」


 何の話? 私、そんな話してない。みんな、記憶がおかしい。それとも私がおかしいの?


 プルルルルルルルルルッ


 音が響いて、私はビクリと体を震わせる。手元のスマホが鳴っている。発信者は…


「いやぁ!」


 ディスプレイに表示される『明日香』の文字に、私は悲鳴を上げてスマホを放り投げる。その様子に驚いた三人も、私のスマホを覗き込んで表情を引きつらせた。

 勝手に、応答へとスライドしていく画面。それが、通じてしまった。


『ねぇ、おいていくの?』


 その声に、恐怖から声がなかった。ガタガタ震えた私の腕が、後ろから抑えられる。振り向いた先には、闇に浮かぶ腕だけがあった。


「いっ、いやぁぁぁ!」

「きゃぁぁ!」

「なんだこれ!!」


 悲鳴が上がる。私だけじゃない。啓太も良介も春菜も動けないのかジタバタしている。私の体はそのまま真っ暗な中に転ばされて引きずられる。強い力が私を引き倒していく。その私の目の前に、真っ赤な口紅をつけた明日香がニンマリと笑う。口が裂けてしまっているくらい、大きな口を開けて。


「いらっしゃい、香奈。寂しかったわ」


 爛々と光るのに、奥が濁った明日香の顔を見たのが、私の最後の記憶だった。




 ギシ…ギシ…と音がする。


「うぅ…もぉゆるしてぇ」


 知った声がしている。これは、誰の声…


「もぉゆるじでぇぇぇ」


 愛らしかった声が、苦悶と絶望のなかで消えていく。その先の音を、私は遮断した。

 目隠しをされた私は、都合良く周囲の世界が見えていない。口に硬い何かを入れられて、日に少しずつ、それが開いていく。でも私には、まだ時間があった。まだ、痛くない。もう何度もされたから、終わりまでどのくらいか分かるようになった。

 絶叫の声が雄叫びに聞こえる。どこかで何かが始まった。これは男の声。それが、二つ…。


 終わらないんだ、これ…もう、ずっと終わらない…


 私は虚ろにそれだけを受け止める。その中で、とても楽しそうな女性の声がしていた。




「ねぇ、知ってる? この先の廃園のお城でさ、事件があったんだって」


 楽しそうに女子高生が話をする。


「あぁ、知ってる。何でも、OL殺しがあったんだろ? 酷い殺され方だったって」

「なんでも地下で死んでたらしいって。で、その霊が今も出るって噂だよ」


 古い事件を、スマホは今まさに起こった事のように表示する。髪の長い、気の強そうな女性の変死事件を伝えるものだった。

 被害者の名前は明日香。犯人は当時付き合っていた男と、その男友達。別れ話のもつれで連れ込まれ、その地下にあった拷問器具を使って殺されたんだとか。


「今でもその地下から、うめき声や悲鳴が聞こえるって噂だよ」

「行くなんて言わないよな?」

「流石にね」


 楽しげな女子高生は肩をすくめて画面を切り替える。彼女は気づかなかっただろう。関連記事として、四人の男女が失踪した事件が報じられている事を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友達を巻き込むところが呪いっぽくて怖いです(T_T) [気になる点] 女子高生はどうなってしまうのか? 気になります(((( ;゜д゜)))アワワワワ... [一言] この連鎖はどうしたら…
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