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駅員さんの恋  作者: 高藤みずき
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【15】「誓います」 3



「咲紀ちゃあーん? そろそろ仕上げするけどいいかしらあ?」


 鼻歌でも歌いそうなくらいにうきうきとやってきたその声はリンダさんだった。えっ、もうそんな時間か!


「リンダさん!! ちょっと待ってくださいね」


 鍵を閉めていたのを思い出して慌てて立ち上がる。


「ゲ」


 え? 今誰か〝ゲ〟って言った?


 施錠してたドアを開くと、忙しなく、それでもどこか嬉しそうに楽しそうにいそいそとリンダさんが入ってくる。黒のスーツに、白のドレスシャツ。黙って立っていれば格闘系のカッコいい男の人だ。……もちろん、喋らなければ、だけど。今は胸ポケットにささってるサングラスをかけると、途端にマフィアみたいだ。


 そのリンダさんが、部屋にいた愁夜くんに気づくと両手を軽く握って肩幅に可愛く開いたまま、目をまあるく見開いた。


「やーだあーっ愁夜じゃなーいっ。なんでここにいるのよーっ」


「……ども」


 テンションの高いリンダさんに対して、愁夜くんはローテンションのままぺこっ、と下げたんだか下げてないんだかわかんないような会釈をする。


「あらっ。ひょっとして咲紀ちゃんと知り合いだったの?」


 問うような視線を受けて、ふるふるっと首を振る。こちらから一方的に知っていただけで完全に初対面だ。


「オレの彼女の、友達」


 オレの彼女、に必要以上に力が籠もっているのに気づいて、わたしは笑みを押し殺す。その精一杯の虚勢っていうか、無意識に背伸びしようとする一生懸命さがやっぱり可愛い。


 リンダさんの口は〝まあ〟という形で固まった。そしてすぐさま隣りの津田ちゃんに視線が向かう。


「愁夜の彼女、ですってぇ?」


 津田ちゃんは彼の言葉が嬉しかったのか、真っ赤になってリンダさんにぺこりと頭を下げた。


「初めまして。津田優美子です」


 一瞬で値踏みするように、リンダさんは津田ちゃんの頭のてっぺんから足の先までを厳しくチェックする。すぐさま愁夜くんがその視線から守るように津田ちゃんを背にして立ちはだかった。


「やあねえ。そんなに威嚇しなくたって大丈夫よぉ。……咲紀ちゃんのオトモダチなら、イイ子に決まってるでしょうしね」


「オレが選んだんだしな」


 だから当たり前だろ、というのだろう。この子津田ちゃん以外の人の前だとこんな俺サマなんだ。ふーん、と思ったところへ突っ込みよろしく津田ちゃんが愁夜くんを叱り飛ばす。


「愁くんっ。目上のしかもお世話になってる人にそんな口の利き方ダメっ」


 瞬間愁夜くんが、なんで自分が怒られなければならないのか、と目をむく。津田ちゃんは茫然としたままの愁夜くんを押しのけるようにして、リンダさんの目の前に立った。


「すごいですねっ。咲紀さんはいつも綺麗だけど、今日は本当に夢みたいに素敵です。お姫様みたいっ。ええとこれは……?」


「ええ。わたしの仕事。リンダよ。ホントに……そう、思う?」


 そっとリンダさんに両手で掴まれたその手に、津田ちゃんもぐっと力を籠める。


「思いますよっ!! リンダさんすごいですっ。尊敬ですっ。どんなドレスかなあ、咲紀さんきっと今日綺麗なんだろうなあって思ってましたけど、想像以上でした! なんか、こう、咲紀さんの幸せ感も倍以上になって……輝いてます! 結婚式の花嫁が美しいのはわかってたんですけど。今まで見たどの花嫁さんよりも綺麗で。プロの人ってやっぱり凄いですね。嬉しいびっくりですっ。尊敬します!」


 嘘偽りのないその言葉は真っ直ぐにリンダさんに響く。っていうか、わたしも恥ずかしいよ、これ! しかも先々週津田ちゃんにはボロボロ状態のわたしを偶然見られてるからなあ。今日とのギャップは著しいだろう。


「でしょでしょーっ。これはね。咲紀ちゃんのためのドレスなの」


「だと思いましたっ。本当に素敵なんですもんっ。すごいですっ。感動ですっ。魔法使いみたいですっ。そしてリンダさんも素敵です!」


「あらあっ。あなたひょっとしてすっごい正直な子?」


「え? はい。嘘つくのヘタですけど」


 えへへーっと笑う津田ちゃんにリンダさんが手を握り合ったまま温かい眼差しを向ける。もうやめて下さい。わたしを褒め称えるみたいにして意気投合するのは。恥ずかしすぎる。赤くなった頬が戻らないかと思いながらも、ふっと肩から力を抜いた。


 さすが津田ちゃん。


「いつまで手、握ってんだよ」


 ついに耐え切れなくなったヤキモチやきらしい愁夜くんが割ってはいると、リンダさんは〝何よ、無粋ね〟とか言いながらも津田ちゃんから手を離した。そして自分の使命を思い出したように、わたしを椅子に座らせて、メイクを直しにかかる。リンダさんが仕事モードに切り替わったのがわかった。


 うわ。もうすぐなんだって、何となく緊張する。


「え、と、じゃあ咲紀さん、また後で」


 出て行こうとした二人にあっ、とひらめく。リンダさんがそんなわたしに気づいて素早く手を止めてくれた。


「あ、ちょっと待って!! ねえっ、愁夜くん、良かったらあなたも式に参列しない? あと、パーティーもよかったらぜひ。一人……出られなくなった人がいるの。しかも津田ちゃんの隣りだから丁度いいし」


 九重先生が来られれば、と思って用意してあったその席。でも祝電が届いたということはやっぱりこないということだから。空いてしまうのはなんだか寂しい。愁夜くんはいきなりの申し出に戸惑ったような顔をして立ち止まった。


「急にごめんね。時間、ないかな? もちろん無理はしてほしくないんだけど」


 なにせ売れっ子モデルだ。愁夜くんは〝マジで?〟と呟いて、はたと自分の格好を見下ろした。


「でも、オレこんな格好だし」


「あらあっ。スーツあるわようっ。念のため持って来た地味すぎてボツにした新郎の予備だから大丈夫じゃないかしら。サイズもそんなに違わなさそうだし。新郎の控え室に行ってそう言えばちゃんとやってもらえるから。亜樹ちゃんとは面識があったわよね?」


 リンダさんの言葉に愁夜くんはしばらく考えて、津田ちゃんを見た。その視線を受けて、津田ちゃんがにっこりと笑って殺し文句を口にする。


「愁くんも一緒だったら嬉しい」


 それで背中を押されたらしく、今度はわたしを見る。


「……いいの?」


「いいから誘ってるんだけど?」


 そうすれば津田ちゃんも喜ぶし一石二鳥だ。


「あ、でもご祝儀とか」


「いいのいいの。気にしないで。こっちが頼んだんだし席が空いてるのってよくないでしょ。埋めてくれたら助かる」


「——じゃあ、出る」


「愁くん!」


「あ、出席させて下さい」


「ありがとうございますっ。咲紀さんっ」


 津田ちゃんの厳しい突っこみに、すかさず口調を直すのがおかしい。調教されてる。笑いそうになるのを我慢しながら頷いた。


「こちらこそありがとう」


「時間ないから早く。新郎控え室は出て右よ」


 リンダさんに促され、〝よかったね〟って素直に嬉しそうな津田ちゃんと連れ立って、ちょっと照れくさそうな顔をしてぺこっとお辞儀しながら愁夜くんも出てゆく。


 うーん。初々しい。


「いい子ね」


「あ、津田ちゃんですか?」


「愁夜もだけどね」


 仕事褒められたからじゃないわよ、と付け加える。なんだか友達を褒められるのは、自分を褒められるより嬉しい気がする。


「はい」


「咲紀ちゃんがいい子だからよね」


「……えと、ありがとうございます」


 褒められるの苦手だ。嬉しすぎて言葉が出なくなる。そんなわたしを見て、リンダさんはくすりと笑った。


「どういたしまして。さ、仕上げちゃいましょ。で? 誓いのキスはどうすることにしたの?」


「あ、……頬で」


「意気地なしねえ」


 笑いながらも、じゃあグロスオッケーね、と綺麗なローズピンクを唇にのせてくれる。


「唇だったら違ったんですか?」


「そりゃあ勿論落ちない口紅にするわよお」


 なるほど。新郎の唇が赤くなっちゃったらヘンだもんね。


 実は教会式では誓いのキスをするかしないのかが事前に選べるのだ。みんなの前でキスなんて、そんな恥ずかしいことできないと最初はしないことにしたのだけれど、まっさきに異議を唱えたのがこのリンダさんだった。


〝教会式で誓いのキスをしないでどうするのっ!! あれは乙女の夢なのよっ。がっかりさせないで頂戴ッ!!〟


 あまりの勢いに思わず頷かされてしまって、仕方なくこれまたキスの場所も選べたので〝頬〟にした、というわけだ。ああ。それでも充分恥ずかしい気がする。


「楽しみだわあ。素敵よねえ。教会式」


 うっとりと呟くリンダさんに、曖昧な笑みを返した。


「あ。指輪の交換のときは、麻咲が手袋外す補助につくから安心してね」


「はい。ありがとうございます」


 そうか。それもあったんだ。何度も指輪を落としてころころと式場をどこまでも転がってゆく悪夢を見た。正夢にならなければいいんだけど。心配は尽きない。あーもう早く終わってええ。


「そうそう。あなたの王子様も相当カッコいいわよ」


「……でしょうねえ」


「まっ。ノロケ?」


「あ、いえ。そういうわけじゃ」


 でもひょっとする花嫁より華のある花婿になりそうだなーと実は密かに思っていたのだ。


 駅員さんの今日の担当は慧介さんだった。補佐の亜樹さんと麻咲さんがあっちとこっちをせわしなく行ったり来たりしている。プロデュースが決まって二人で皆さんに挨拶に行ったとき、駅員さんを前にした全員が〝うっわ。ホントだ。王子だわ〟ってほぼ同時で言ったのがおかしかった。


「うーん。見たいなあ」


 でも、花嫁がうろうろ歩き回っちゃダメだよねえ。残念。本番まで我慢か。


「後で来るって言ってたわよ」


「え、ホントに!?」


 タイミングよく、そこでノック。


「あら、噂をすれば来たみたいね」


 リンダさんはわたしに向かって華麗にウインクしてみせる。


「驚くわよー。咲紀ちゃん本当に綺麗だもの」


「だとすると、リンダさんたちのおかげです」


「何言ってんのよぅ。結婚式の花嫁が最高に綺麗なのは最高に幸せだからに決まってるでしょう。それに、お姫様に仕上げの魔法をかけるのも王子様に決まってるわ。津田ちゃんはあんな風に言ってくれたけど、わたしたちはホンの少し手を貸すだけよ」


 ものすごい謙遜なのに、本当にそう思わせてくれるのがすごい。わたしは苦笑いしながら、なんとなく背筋を伸ばした。


「どうぞー。入っていいわようっ」


 リンダさんの呼びかけに、がちゃりとノブが回った。ドアを開けて、駅員さんが入ってくる。


「咲紀さん」


 真っ直ぐ視線がわたしに定まって、そのまま固まった。——それは勿論、わたしもだ。


「うっわ、あ」


 だって。目が奪われる。カッコいい。試着したのは見てるけど、そのときも格好良かったけど、魔法使いの手が加わったこれは……月並みな言葉しか浮かばないけど、本当に夢みたいにカッコいい。ホントにどこの王子様よ!? わたしは思わず出かかったミーハーな絶叫を飲み込んだ。


 上品なオフホワイトのフロックコート。そのベーシックでクラシカルなデザインは、本当に物語の中の王子様が抜け出てきたかのようだ。とても一介の駅員さんには見えない。——この人が、今日からわたしの旦那様ですよ!


 ああもう、しみじみ幸せだ。罰が当たりそうなくらいに。


 黒がいいと控えめに主張していた駅員さんだったのだけれど、そんなのコンサートで散々着慣れてるでしょっ、とリンダさんを始めとするみんなのものすごい大却下にあい、結局はお任せすることになった。うん。大正解。どうしよう。わたし式の間中ずっと駅員さんに釘付けかもしれない。目が、離せない。


 無言のままのわたしたちに、リンダさんは、「わたし、愁夜の様子、見てくるわね」と言ってから、ちょっと立ち止まって怖い顔をして駅員さんを見る。


「言っとくけど、花嫁に手を出しちゃダメよ? いい?」


 ちょ、ちょっとリンダさん、何を!?


「髪の毛一筋たりとも崩したら許さないわよ。誓って」


 リンダさんの物凄い迫力に気圧された駅員さんが、苦笑を滲ませ頷いた。


「……誓います」


「咲紀ちゃんもッ。新郎がいくら素敵だからって、襲っちゃダメよ」


 ああ。そっちの方があるかもしれない。そう思ってしまったわたしの笑いが若干引きつる。それを見てリンダさんが目を眇める。


「咲紀ちゃん?」


「はい。わかってます」


 わたしが答えると、リンダさんは何事もなかったかのようにごゆっくりー、と含み笑いを浮かべながら去ってゆく。ぱたん、とドアが閉まる音で、なんだか急に気恥ずかしくなったわたしは、駅員さんの顔を見つめた。黙ったままだ。どうしたんだろう。


「えーと、あのう……。し、真哉、さん?」


 わたしの声にハッと我に返ったように、駅員さんは数歩わたしに近づいて、止まった。


「……な、に? どこかヘン?」


 目を細めるようにしてわたしを見て、瞬間蕩けそうな微笑を浮かべる。


「夢みたいで」


「え?」


「こんなに素敵な咲紀さんが、僕の花嫁だってことが」


 椅子に座ったままのわたしの目の前に跪くようにして、わたしの片手を恭しく取り上げる。むううっ、やはり恐ろしい男だ栗生真哉。こんな殺し文句をさらっと言うなんて。しかも本人無自覚で!!


 どうかした? と首を傾げる駅員さんに、ふっと息を抜いて笑う。


「……素敵かどうかはともかく、夢じゃないですよ」


 実はわたしのほうこそ、これは夢なんじゃないかと、さっきから頬をつねりたい衝動を我慢してるくらいなのだけれど。


 でもこれは夢じゃない。


「本当に綺麗だ。みんなに見せびらかしたいけど同じくらい誰にも見せたくない」


「……褒めすぎです」


 熱っぽいその眼差しに、顔を上げられなくなる。駅員さんが手はそのままに立ち上がり、身を屈めてわたしの耳元に囁く。



「一目惚れって信じる?」




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