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駅員さんの恋  作者: 高藤みずき
51/56

【15】「誓います」 1



 話は前後するけれど。


 九重先生が〝にこにこデンタルクリニック〟を辞めることになったと報告にきたのは、九重先生が千晶さんをパーティ会場から連れ去って、駅員さんも異動になって、ほどなくしての頃だった。


 会社のそばのカフェで待ち合わせて、その日は仕事を早めに切り上げた。カフェでわたしを待っていた九重先生は、今まで見たこともないような顔をしていて、わたしは一瞬足を止めた。——穏やかな、いい顔。今ならわかる。以前の九重先生は穏やかさを装っていただけだったのだということが。まるで憑物が落ちたようだ。まさに見えない〝何か〟から完全に解き放たれたのだろう。


 近づいたわたしに九重先生は視線を上げた。


「やあ。久しぶり」


「うわ、なんだか嫌になるくらいお幸せそうですね」


「わかる?」


 わからいでか。前までの九重先生がブラック九重なら、今ここにいるのはホワイト九重だ。


「咲紀ちゃんにはホント迷惑かけちゃって」


「ホントですよ」


 九重先生の向かいに座りながらホンのわずかだけ皮肉をこめて、揶揄するように目だけでちらりと笑う。九重先生は表情を引き締めて丁寧に頭を下げた。


「ごめん」


「いえ」


 本当は少し心配していたのだ。二人は本当の意味で幸せになれるのかなって。でも今日の九重先生の様子を見るとそれも杞憂だったと思う。


 やって来たコーヒーで指先を温めるようにカップをくるんだ。


「それでね、オレ、にこにこ辞めることにしたんだ」


「え!?」


 びっくりして危うくカップを取り落としそうになってしまった。目の前の九重先生はどこまでも穏やかで、多分唯史ちゃんとも話し合い済みなのだな、と思ったのだけれど、それでも聞かずにはいられなかった。


「じゃあ、九重先生のあとは?」


「大丈夫。オレより優秀なヤツ手配しといたから。ま、顔はオレよりちょっと劣るけどね。腕は確かだよ」


 おどけたように笑うその様に、ああ、本当に行ってしまうんだなと思う。


「どこに行くんですか?」


 決めてない、と言いながらコーヒーを飲む。


「オレもあいつのことも、知っている人間があんまりいないところ、かな」


 逃げるのではなく、幸せに二人生きるためにかな。誰も二人を知らなければ、仲睦まじい妙齢の男女を、夫婦ではなく兄妹だと思う者は少ないだろう。血が繋がっていないだけあって、二人の容姿に似たところはない。賛否両論あるだろうけど、それでもわたしはその道を選んだ二人を応援したいと思った。


「そう、ですか」


「あれ? 咲紀ちゃん寂しいの?」


 テーブル越しに顔を近づけた九重先生にしばし考えて、こくりと頷く。


「……多分?」


 わたしの答えがお気に召さなかったのか、大げさにがくりと肩を落とす。それも一瞬で、意味ありげに上目遣いに見上げた。


「まあ咲紀ちゃんにはあの彼がいるもんね」


「もう。そういうの、千晶さん以外にはやめたほうがいいですよ」


 軽く睨むと、九重先生はははっ、と笑って背もたれに体を預けて肩をすくめる。


「気をつけるよ」


 何か言わなくちゃ。何か言わなくちゃと心が急かす。これが最後になってしまうかもしれない。


「九重先生は、手のかかる兄って感じですよねえ……」


「兄、ね」


「どうか幸せに、なって下さいね」


 ぴくり、とカップの持ち手にかけた九重先生の指が微かに震えた。水面が、揺れる。


「……」


「九重先生?」


「幸せ、ね。……ねえ咲紀ちゃん。幸せって何だと思う?」


「また、そんなことを」


 幸せの定義は人それぞれだ。小さな幸せで満足する人もいればもっともっとと求める人もいる。


「九重先生といられれば、千晶さんは幸せだと思いますけど?」


「今は、ね」


 うわ、変わったと思ったのに、この部分は変わらないのか。この人は。厄介な人だ。いや、千晶さんを想うがゆえか。わたしは一瞬つきかけたため息をコーヒーと一緒に飲み下した。こんな面倒な人でも九重先生がいいっていうんだから、いいかげんわからないものかな。


「咲紀ちゃん、結婚しないの?」


「はあっ!?」


 ヤバイ。一瞬コーヒーを噴出しそうになってしまった。げほげほ、とむせて、大丈夫?と心配されてしまう。


「……ええと、今は、まだ。仕事も、結婚も、両方いっぺんにだとどっちもうまく行かなくなっちゃいそうなので」


「あれえ。咲紀ちゃん頭で恋愛するタイプだっけ?」


 あからさまに意外、って口調が返ってきて、何気に失礼だと思う。


「心が優先するときだってありますよ。先生だって同じでしょう?」


 一本とられたという顔で、そうだね、と同意する。


「だいたい考えすぎなんですよ。九重先生は。いったん開き直ったんだから常に相手を幸せにすることだけ考えたらいいじゃないですか」


「だからだよ」


「え?」


 瞬間九重先生の表情が切なく彩られる。


「結婚したら普通、子どもが欲しいと思うんじゃない?」


「……じゃあ九重先生は、子どもがいないとその夫婦は幸せじゃないと思うんですか?」


 子どもがいてもいなくても、それぞれにそれぞれの幸せがあると思うのはわたしが独身だから? でもそれだけで幸せなんかはかれない。


「人の数だけ幸せはありますよ。同じだけ悩みもあるでしょうけど」


「結婚もできないし、子どももいなくても?」


「そうです」


 一つ一つ答えながらもだんだん苛々してくる。


「あのですね。九重先生」


 刃物を突きつけるようにそう言うと、反射的にか九重先生はぴしっと居ずまいを正した。


「はっきり言って、それは余計なお世話ですよ」


「……」


「第一、そんなこと千晶さんはとっくに覚悟してます」


「……」


「多分女性のほうが男性よりもリアリストです。結婚できない、子どももいない、そんなことがネックになるなら最初からとっくにやめてます。そんな障害物競走みたいな恋」


 やっと越えたと思えば、そこにはすぐ次の障害が待っている。でもそれは、そんなことはとっくに納得ずくだ。彼女なら。だって昔から九重先生が好きで、ずっと諦めなかったんだから。


「千晶さんなら今までどんな条件のいい人もよりどりみどりだったと思いますよ?」


 お金持ちのお嬢様で。あれだけの美人で。何のちょっかいもないと思うほうが嘘だ。だけど。


「それでも彼女は先生を選んだんでしょう。先生だってそれを受け入れた。なのに肝心の九重先生自身が揺れてどうするんです」


「……」


「子どもがいなくてよかったねっていうくらいいちゃいちゃしたらいいじゃないですか。千晶さんが子どもを羨ましそうに見たら、子どもはオレ一人で我慢してっていえばいいじゃないですか。どんな生き方したって死ぬときに〝そんなに悪くない人生だったね〟って思えたら勝ちですよ」


 そうでしょう? と黙ったままの九重先生の顔を覗き込む。やがて、九重先生は唇を歪めてくすくす笑った。


「オレ、子ども?」


「そーですね。おっきい子どもです。千晶さんに同情しちゃう。おんなじようなところで何をいつまでも足踏みしながら悩んでるんですか。彼女はとっくにそんなとこ通り越してるのに」


「……だな」


「ま、捨てられないように頑張ってください」


「うん」


 お互いに顔を見合わせて笑う。笑いながら九重先生はわたしに右手を差し出した。


「ありがとう。咲紀ちゃんと出会えて本当によかった」


「そうですよ。感謝してもらわないと」


「うん。……多分結婚式には行けないと思うけど、どこにいても咲紀ちゃんの幸せを祈ってるよ」


「ありがとう、ございます」


「じゃあ、また」


 そう言って二人分の伝票を持って、最後まで九重先生は九重先生のまま、あっさりと去っていった。また会える。素直にそう思えるようなお別れだった。


 その言葉通り、九重先生は今日のわたしの結婚式は欠席。……というかそもそも連絡がとれなかった。それでも当日、唯史ちゃんから聞いたのかちゃんと祝電が届いた。



 〝我大往生に向け邁進中。幸多からんことを〟



 どうやらちゃんと幸せのようだ、と、笑みを零した。


 そこにノックと同時にドアが開く。


「まあっ、咲紀ちゃん綺麗っ」


 控え室に最初に入ってきたのは未来さんで、その後ろからいつものようにつまらなさそうな顔をした諌山先生が入ってきた。


 慌てて立ち上がる。


「あら。座ってて。これから長丁場なんだから。でもね、始まっちゃうとあっという間よう」


 茶目っ気たっぷりに言われてぎょっとする。


「そういう、ものですか」


「そうよ。びっくりするくらい」


 そう言った未来さんは自分のときを思い出したのか、幸せそうな顔でうっとりする。きっととっても素敵な式だったんだろうな。


「経験者は語る、ですね」


 そうよ、と未来さんはにこやかに頷いた。そして改めてわたしのドレスを見つめる。


「綺麗ね。シンプルだけど素敵。とっても似合ってるわ」


 よかったら回ってみて、と言われ、ぎこちなくゆっくり回ってみせる。


 前から見ると袖と胸元と裾に刺繍を施しただけのシンプルなラインだけれど、後ろは緩くバッスル風になっていて、裾に近いあたりにさほど大きくないくぼみのような切り替えしがある。その部分には上品な薔薇の飾りが施されていた。プリンセスラインとAラインのいいトコどりみたいな感じ。


 教会式ならオススメはこれよ!! というリンダさんの助言に従ってあっさりと決まったドレスだった。実は裾が後ろは長いけど前は床につくかつかないか、という歩きやすさが決め手になったのは秘密だ。ベールはロングベールで、あっさりと纏めた髪には小ぶりで上品なティアラが乗せられている。


「それで、お色直しは結局どうすることにしたの?」


「これのあと色ドレス一回だけ着ることにしました」


 できるだけ来て頂いた人と長い時間一緒に喜びを分かち合いたい。だから本当はお色直しなしで全部このウエディングドレスで通そうと思ったのだけれど、意外にも周囲が強硬に反対した。この未来さんをはじめ、色々な人たちが口々に、お色直し一度くらいしなさい。着物を着ろとまでは言わないから、と懇願し、最終的には駅員さんの、「せっかくですから」というお願いに負けて色ドレスを追加した。何がせっかくなのかはわからないけど。


 なにせ衣装を決めるのに既にアルバム二、三冊分は着倒していたから既に食傷気味だったのだ。それでもドレスの試着は最初こそ恥ずかしかったものの、意外とテンションがあがる。人生で裾を引き摺るドレスを着る機会なんてそうそうないものね。だいぶ楽しんでた気がする。


 色々準備、大変だったけど。


「座って咲紀ちゃん。ハイヒール、普段履かないから辛いでしょう?」


「ええ、まあ」


 大荷物持って走ることが多いので、わたしの標準装備はローヒールだ。なのに今日は恐ろしいほどのハイヒール。見えないんだから低くたっていいじゃないかと思ったのだけれど、あの美に異常なほどのこだわりをもつ面々は、妥協を許さなかった。容赦のない高さのそれはとてもエレガントで素敵だったけど……同じくらい容赦なくわたしに地獄を見せた。歩くたび、本当にこれは靴なのか!! というくらいよろよろよろよろして、最初はまるっきり介護状態。さんざん練習してようやくいくらかマシになったけど、本気で未だにこれでヴァージンロード歩けるんだろうか、とどきどきしていた。


 転んだらどうしよう。そんなことにでもなれば諌山先生あたりは遠慮なく爆笑しそうだ。わたしが以前駅の階段から転げ落ちた話であんなに楽しそうだったんだから。うん。お言葉に甘えてここは座らせてもらおうかな。体力は温存すべきだろう。——でも座る前に。


「今日は来て下さって本当にありがとうございます」


 二人に、深々と頭を下げる。わたしはすみません座らせて頂きます、と断わってから再び腰を下ろした。


「本当におめでとう。咲紀ちゃん」


「ありがとうございます」


 でも、上品な紫色のロングドレスに身を包んだ未来さんは、わたしなんかよりずっとしっとりしていて綺麗だと思った。そして、絵画から抜け出てきたみたいな諌山先生は、いつもの地味っぷりまで置いてきたかのようで。素直にびっくりする。ため息ものだ。


「どーしたんですか。すごくカッコいいですね!! 諌山先生」


 しかも眼鏡も新しい。知的度と男前度が一段と上がっている。編集長が見たら次回の新刊はぜひ著者近影付きで、というだろう。前回同様絶対イヤだっていうとわかってるけど。


「でしょでしょーっ。苦労したのようっ」


 よくぞ気づいてくれました、とばかりに未来さんがファイティングポーズで喜ぶ。なるほど。未来さんプロデュースか。貴重なものを見させてもらった。眼福。


「……呼ばれる側にそんなに気合が必要かな」


 ため息交じりでうんざりと呟く先生にわたしと未来さんは口を揃えた。


「「必要ですっ!!」」


 だってこんなに素材がいいのにもったいない。ああ、でも諌山先生騒がれるの嫌いだもんね。仕方ないか。これじゃ群がる女性の嵐だろう。


 プロデュースといえば、今回の結婚式はまるっと秋吉編集長の旦那様、慧介さんたちによるものだ。そんなわけでわたしは一ヶ月、ブライダルエステという名目であのサロンに通わされた。激務のさなか半ば強制的に。その甲斐あって、あのハードワークにもかかわらず、お肌はつるつるだし、髪もつやつやだ。手の爪は勿論足の爪までケアばっちり。しかも夜間飲食が多かったのに、どんな魔法をつかったのかすっきりと痩せていて。おかげでむき出しの二の腕も背中も見苦しくない程度になっている。


 これが全て編集長の結婚お祝いだというのだから気前がいい。払います、といったのだけれど、素っ気なく〝ヒラ社員の給料じゃ無理〟と一蹴されてしまった。では分割で、と言い募ると、笑っていったのだった。


「〝あんな面倒な甥と結婚してくれるってだけでこの倍は出す価値がある〟」と。


 あの駅員さんを面倒とかあっさりばっさり言えちゃうのは編集長と織田さんくらいのものだろう。


「あ、電話だわ」


 ちょっとごめんなさい、と断わって未来さんが控え室から出てゆく。残された諌山先生は、ちょっとだけ困ったような顔をしてわたしを見つめた。


「ほんとにするの? 結婚」


 不意にそんなことを言われて動揺する。


「ええっ!? 本当にしますよ。……ど、どうしてですか?」


 仕事をおざなりにすると思われてるんだろうか。それとも駅員さんとわたしとじゃ釣り合わないとかいうんだろうか。そんなわたしに、諌山先生が〝やっぱりわかってない〟という顔をする。出来の悪い生徒を見るような目だ。


「いつも思うんだけど、それってわざと?」


「わざと?」


 いつもなら皮肉っぽい笑みを浮かべる諌山先生の表情がわずかに切なく歪む。


「川野辺さん、基本的に仕事だとかなりデキる人だよね。……うん。僕も仕事だと鈍いと思ったことは一度もないんだけど」


 妙に〝仕事だと〟を強調される。……二回も言った。なにげに失礼だ。まるでそれ以外ではわたしが鈍いみたいに。


 むう、と頬を膨らませたわたしに構わず、人差し指をネクタイの結び目に引っ掛けて、少しだけ緩める仕草をする。ああっ、未来さんの努力がッ!! っていうか、それもなんだか色っぽいけど、でもっ。崩したらもったいない。


 やめさせようと伸ばした手を、いきなりぐっと掴まれる。身を屈めるようにして、わたしの耳元に唇を寄せた。


「あのね」


「は、はいっ」


 そこへ、いきなり扉が開いた。


「咲紀さあーんッ!! おめでとうございますーっ」


 ひまわりみたいな綺麗な黄色のワンピース。


「津田ちゃん!!」


 いたって自然に諌山先生はわたしから離れ、ま、いいか。と小さく呟いたのが聞こえた。わたしに飛びつこうとした津田ちゃんは、諌山先生に気づいて慌てて立ち止まる。大人しく順番を待つ様子の津田ちゃんに、諌山先生は会釈して再びわたしに向き直った。


「川野辺さん」


「はい」


「おめでとう」


 そういって、いきなり諌山先生はわたしに顔を寄せて、外人さんみたいに頬に軽く羽みたいなキスした。離れる直前、「僕はバツイチとか人妻とか気にしない主義だから」という謎な言葉が聞こえてくる。どういうこと? っていうか、結婚式にバツイチとか、なんて不吉な!! 色々問いただす前に諌山先生は〝またあとで〟とあっさり出て行ってしまった。


 ひゃー、といいながら津田ちゃんはそれを見送って、テンションが更に跳ね上がる。


「今の人かぁーっこいいーですねー」


 素直な賛辞に苦笑する。


「あの人はわたしが担当させて頂いてる先生なの。諌山望海って知ってる?」


 一瞬きょとんとした顔をして、津田ちゃんはぽかっと口を開けた。


「嘘―っ!! 今の人がっ!? ホントにーっ!? やーんっ。わたし大好きなんですようっ。ひとこと屋も買いました! サインもらえばよかったーっ。あっ、でもさすがに今日は失礼ですよねっ」


 津田ちゃん、頬が赤い。本当にファンなんだ、って思って嬉しくなる。


「後で頼んでみるね」


 サイン嫌いだから素直にうんと言ってくれるかどうかは疑問だけど。期待させすぎちゃうのもなんなので、それも伝える。


「ありがとうございますっ。無理はしなくていいですからっ。……っと、ああっ、ごめんなさい。今日は咲紀さんの結婚式なのに。お招きありがとうございます。咲紀さんすっごい綺麗ですーっ」


「ありがと津田ちゃん。ここすぐにわかった?」


 披露宴もできるこじんまりとしたビストロが隣接したこの教会は個人の持ち物で、ほんとにここは都内!? という森に囲まれた静かなところで、ちょっとわかりにくい。教会はヨーロッパから移築してきた本物で、趣のある素敵な建物だ。紹介してくれたのはもちろん編集長だった。


「えと、実は連れてきてもらっちゃって」


「誰に?」


 そこでぱあっと津田ちゃんの顔が赤くなる。それでさすがにピンときた。


「ひょっとして前に聞いた中学生の彼!?」


「さ、咲紀さんっ、声大きいですっ。それに今はもう高校生ですようっ」


 あわあわしながら答える津田ちゃんはすごく可愛くて、いい恋してるんだなって思う。しかし、高校生ねえ。〝もう〟というべきか〝まだ〟というべきか。彼氏が高校生じゃ、まだ犯罪だ。どんなに相手が津田ちゃんにべた惚れでも。


 津田ちゃんは今、法律事務所の事務をしている。にこにこのみんなに〝保身のためなんじゃないのー?〟とか散々からかわれていたっけ。


「うふふ。ぜひお会いしたいなあっ」


 噂の彼だ。これを逃すとずーっと会えないかもしれない。津田ちゃんの結婚式まで。ダメ? と津田ちゃんの顔を覗き込むと、連れてきますっ、とはりきって部屋を出てゆく。


 そして、入れ替わりに入ってきたのは唯史ちゃんだった。



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