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駅員さんの恋  作者: 高藤みずき
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【13】「あげるよ」 1



 何の前触れもなくドアが開いたのはそのときだった。咄嗟に駅員さんから離れるなんて器用なことはできなくて、それどころかわたしはその人が声を発するまで気づかなかったのだ。


「あなた、智巳の……?」


 人の気配にわたしが動くよりも先に、駅員さんがわたしを隠すようにしてそちらへ視線を向けた。


 この声。まさか。


 駅員さんの身体の影からそっと窺うと、やっぱりそこにいたのは千晶さんのお姉さんだった。あの日九重先生の嘘で最低最悪の出会いをしたあの美しい人だ。薄い紫色のフォーマルドレスは、もちろんオーダーメイドだよねってくらい彼女に似合っている。


 でもなんでこの部屋に? 


「どうしてあなたがここに? どうして栗生さんと……」


 ちらりと物言いたげな視線を駅員さんから受けて、ひと口ではとても説明できないこの状況に、混乱したまま首を横に振る。


 ああどうしよう!! あれは嘘だったんだと説明してもいいだろうか。九重先生に別に好きな人がいるのは本当だけど、それはわたしじゃないんだと。この状況で信じてもらえるかどうかは自信がないけど仕方ない。だってこのままじゃわたしは彼女にとって、九重先生と付き合いながら駅員さんとも付き合っているという最低な二股女になってしまう。そこまで考えて思った。二股をかけているのはわたしじゃなくて彼女の方だと。


「あ、あのっ。聞いてくださいっ」


「……何を」


 向けられた視線は当然のことながら氷のように冷ややかだ。でも。今日今ここで、九重先生のそれを説明してしまっていいのだろうか。——わたしの保身のためだけに。その迷いがわたしから言葉を奪った。


 そして、そこに躊躇いがちに扉がノックされて新たな来客を告げる。


 ええっ。この最悪のタイミングで誰? 千晶さん? 九重先生? どっちにしてもマズイ。どうしよう!! 歯噛みするわたしの気持ちをよそに、またしてもがちゃり。と、扉が、開いた。


「お姉さま」


「千晶」


 強張ったお姉さんの声が響く。千晶さんが一瞬微かに目を瞠って、それから気を取り直すように小さく息をついて部屋に入ってきた。つまり千晶さんにとっても予定外の出来事なのか。


「どうしてここに?」


「あら。ここはうちの部屋ですもの。わたしがいたっておかしくないでしょう」


 うちの部屋!? ホテルにうちの部屋ってなんだ? 年間契約とかそういうこと? だったらここに千晶さんが来るのもわからなくもないけど、セキュリティ的にはそれはどうなんだろう。いやいや。わたしそんなこと考えてる場合じゃないし。


「今日はわたしがお借りします、とお伝えしたはずですけど」


「そうだったかしら。覚えがないわ」


 あまり仲は良くないらしい、と見て取る。そりゃあそうだ。かたや本妻の娘で、千晶さんは……。千晶さんの登場でプライドからか何とか態勢を立て直したらしいお姉さんが、ちらりとこちらを見る。並ぶとやっぱりこの二人はよく似ている。美しい人形みたいだ。


「言いました。ここは栗生さんがお使いになる、と伝えたはずですわ」


「べつにご挨拶を、と思うくらい普通じゃないの」


 つん、と顔を背けるお姉さんに、千晶さんは少し厳しいくらいの言葉を投げつけた。その表情に浮かぶのは少しの嫌悪だ。


「お姉さまはご挨拶だけが目的ではなかったんじゃなくて?」


「どういう意味」


 お姉さんの口調に険が宿る。


 ええっ。どういう意味!?


「先日の藤間さまのような真似はさせませんといってるんです」


 藤間? 樹くんのこと? そっと駅員さんを窺うと、その視線に気づいたように言い難そうな顔をしながら微かに顎を引いて頷いてくれた。


「なんのことかしら」


「お惚けになっても無駄ですわ。お姉さまが誘いをかけてそれに乗らなかったからといって、あることないことお父様に吹き込んだりするなんてそれが大人のやることですか」


 ちょっと待って。今何ていった? 樹くんを誘うーッ!? 呆れるの通りこしてスゴイと思った。確かに樹くんは美少年だ。黙ってさえいれば。それは認める。お姉さんは確かに美人だけど、あんな明らかに自分よりずっと年下の子を誘惑して、しかも誘いに乗ると思える自信がすごい。世の中には年上好みの人もいるから、そういう恋愛は否定しないけど、火遊び目的は感心しない。しかも相手があの樹くんじゃプライドをぼろぼろにされるのは間違いなく彼女の方だろう。……ひょっとするともうされたあとかもしれない。


「失礼なこと言わないで。あの無礼な子どもがお父様に紳士に相応しからぬ振る舞いをしたのは事実じゃないの。わたしのせいじゃないわ」


 必要以上の彼女の声高な物言いは、まるで事実だと認めているかのようだ。うーん。ちょっとだけ樹くんに同情したくなったかも。衛藤氏に失礼なことをしたのも事実は事実なんだろうけど。……っていうか、待って。じゃあこの人駅員さんにも誘いをかけようとしたってことか!


「そろそろご自分の立場をお考えになってはいかがですか。人の妻である以上、主人以外の人と外であまり堂々と親しくなさらないほうがいいと思いますけど」


「なんですって」


「わたしの耳にも噂は色々入ってきていますわ。いい加減になさいませんとそのうちお父様だってお義兄さまだって看過できなくなります」


 千晶さんの強気な態度に、お姉さんがやや鼻白む。


「あなただって人のこと言えて?」


「……わたしは、もうやめたんです。そういう子供染みた真似は」


「口だけならどうとでも言えるわ」


「本当です。そういう自分を貶めるような真似は本当に欲しいものを失ってしまうと気づいたんです。……お姉さまみたいに」


「なんですって?」


「まだ、気づいていらっしゃらないんですか」


「何を気づいていないというの? 随分生意気な口をきくじゃない——人前よ。わきまえなさい」


「そうでしたわね……申し訳ありません」


 口先だけで謝ってみせて、千晶さんはまずわたしたちにお姉さんを紹介した。


「失礼しました。お見苦しいところを。わたしの姉の万璃子です」


 万璃子さん。


「お姉さま。こちらはヴァイオリニストの栗生真哉さんと、」


「栗生さんのことは勿論知っているわ。こちらは?」


 そう言ってわたしを見る万璃子さんの目線は、何だか百メートルくらい上から見下ろされてる感じがしていい気はしなかったけど、ここでちゃんと挨拶できないほど子供じゃない。にこやかに胸を張った。


「川野辺咲紀です」


 露骨に値踏みするような視線を向けられる。この視線は覚えがある。


「あなた……栗生さんとお付き合いしていらっしゃるの?」


「はい」


 真っ直ぐ目を見てはっきり応える。九重先生のことなど、何とも思っていないのだとわかるように。それを察したらしい万璃子さんは眉をひそめた。


「これはどういうこと? 千晶。あなた今日栗生さんとの婚約を発表するんじゃなかったの」


「それは……」


 口ごもった千晶さんに、駅員さんがわたしを庇うようにして進み出た。


「そのお話ですが、僕はこれまで一度も承知していません」


 駅員さんの言葉を聞いて、万璃子さんはくすり、と笑う。


「おかしな人ね。承知したからここにいるんじゃないの?」


 同じ人間だって思っていない目だ。ありがたく千晶さんとの結婚話を喜びなさい、と言っている。駅員さんはその言葉に気色ばむ様子もなく、にこやかに微笑んだままそれに応じた。


「出席を拒んで、勝手に婚約を発表されても困りますので」


 勝手に!? 思わずさあっと血の気が引くのがわかった。そういうことする人なんだ。冗談じゃない。そんなことされたらますます駅員さんの道が狭まってしまう。わたしは駅員さんの肘辺りをきゅ、と掴んだ。駅員さんがそれに気づいて安心させるようにぽんぽん、とわたしの手に触れる。


「その人がいるから?」


「そうです」


 瞬間万璃子さんの瞳に形容しがたい色が浮かんだ。


 怒り? 蔑み? 少し、違う。これは多分〝嫉妬〟だ。


 九重先生に想われていながらどうして——だ。ここであの九重先生の言葉が嘘だと言ってしまえたらどんなに楽だろう。自分と何が違うのかと探るような、刺すような視線を痛いほど感じるけれど、生憎わたしは彼女と同じ立場じゃないのだ。九重先生のあれは嘘だし、ご主人以外に九重先生を求めた万璃子さんとは違う。わたしは駅員さん以外の誰もいらないんだから。わたしの誇りにかけてそれを叫んでしまいたかったけれど、そうもいかないか、と今は仕方なく成り行きを見守った。


 その時、千晶さんが時間を気にするような素振りを見せて、やや困ったような表情を浮かべたのに気がついた。なんだろ、と首を傾げて、まさか、と思う。まさかもうすぐここに九重先生が来るんじゃあ。ここに、この状況に? ——最悪だ。


 そしてその最悪な訪れを告げる鐘の音が部屋いっぱいに鳴り響いたのだった。


「今度は誰なの」


 万璃子さんの怪訝そうな視線を受けて、千晶さんは一瞬怯んだものの、やがて決意したように失礼します、と呟いてドアに向かった。よりにもよって、な登場だ。一瞬天を仰ぐ。


 いつもとは違うフォーマルなスーツで部屋に現れた九重先生は、わたしたちとお姉さんを検分するように眺めて、はあ、とため息をついた。


「いきなりか」


 やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる。


「智巳、どうしてあなたがここに」


 九重先生逃げなかったんだ、とホッとする反面ここをどう乗り切るつもりなんだろうと嫌な汗が滲む。九重先生は万璃子さんを無視するようにソファに腰かけると、千晶さんに「コーヒーをくれないか」と頼んだ。千晶さんは弾かれたように、はい、と大きく頷いて簡易キッチンに向かう。


 嫌な緊張感が漂っていた。


「咲紀ちゃんも座れば?」


 そう言って、九重先生が指し示したのはよりにもよって九重先生の隣りで。


 何の嫌がらせですか!! わたしはぶんぶんっと首を横に振って、駅員さんに寄り添った。


「けっこうですっ」


「残念。せっかく綺麗な咲紀ちゃんを愛でようと思ったのに」


 にやりと笑って挙句、本当に綺麗だね、とか余計な言葉を付け加える。どういうつもりなんだろう。この人は。千晶さんを選ぶためにここに来たんじゃないの? わたしのもの言いたげな視線は笑顔で黙殺される。


 手持ち無沙汰なのか、それとも何か考えているのか、九重先生は目の前に盛ってあったフルーツを束の間弄んだ。オレンジを一つ手に取って、それがくるっと空中を舞って先生の手の中におさまる。何度か繰り返されるそれに、みんなの視線が集中するのがわかった。ほんの少しで何かが爆発してしまいそうな、ピンと張りつめたそんな空気。万璃子さんは苛立たしげに九重先生を見つめていたけど、九重先生はそれを綺麗に黙殺していた。


 やがて千晶さんが人数分のコーヒーを淹れてくるまでその奇妙な沈黙は続いた。全員の前にコーヒーが置かれたあと、堪えかねたように万璃子さんが口を開いた。


「どういうつもりなの。智巳」


「どういうつもりだと思う?」


 オレンジを元の場所に戻して、涼しい顔でコーヒーを口に運びながら問い返す。万璃子さんは一瞬顔を強張らせてわたしをちらりとみやった。


「あなたがご執心のこの方は栗生さんのお相手だそうよ。残念だったわね」


「別に相手がいるのは関係ないことじゃない? 誰かさんみたいに」


 万璃子さんの顔色がはっきりと変わる。千晶さんもハッとしたように顔を背けた。知ってるんだ千晶さん。九重先生と万璃子さんのこと。さっき色々な噂を耳にしているといったのはハッタリじゃなかったらしい。


「それはともかくとして」


 カタ、とカップを置く音が怖いほど響いた。


「まあ、いい機会かな。そろそろつきまとわれるのにもうんざりしてたし」


「智巳?」


「色々終わらせようか」


 それは酷く疲れた声だった。一瞬闇色の九重先生の素顔がのぞいた気がする。それでもそれは幻のように掻き消えて、そこにいるのは悪魔の化身みたいに綺麗な笑顔を浮かべたいつもの九重先生だった。


 ぞくりと、鳥肌が立つ。


「ねえ。万璃子サン? オレがそもそもどうして君に近づいたと思う?」


 にこやかに、万璃子さんに問いかける。彼女は少しだけ嬉しそうにしながら、それでもその問いかけには不思議そうな顔で首を傾げた。


「わからない? ただの偶然だと思ってた? ……九重なんて苗字、そうごろごろあるとは思えないんだけどな」


 万璃子さんが九重、と呟いたあと、まさか、と続けた。心なしかその顔色は青ざめて見える。……なに?


「あれえ? やっと気づいたんだ? 本当に君は物事を深く考えないよね。おかげでひどくやりやすかったけど。自分はナンパされて当然、とか思ってるんだろ?」


「嘘、でしょ? あなたが、まさか」


 嘘じゃないよ、と優しく答えて、死刑判決下すみたいにゆっくりとその言葉を紡ぐ。


「九重博巳はオレの父。……オレの名前を聞いてもまったく反応しなかったときはちょっと苛々した」


 万璃子さんの身体が床に崩れ落ちる。


「もう何年前になるのかな? いつぞやは父に密告の手紙をありがとう。人一人三途の川向こうへ追いやった気分はどうだった?」


 この時を、待っていたんだという、愉悦を含んだ冷たい声。


「ホントはどうでもよかったんだ。君を抱いて見下せばそれで気がすむと思ってた」


「と、もみ……」


 九重先生はすっと立ち上がって、万璃子さんに身を屈めるようにしてまるで睦言のようにに甘くその耳に囁いた。


「オレは最初からあんたなんて大嫌いだったんだよ」


 もう二度と立ち上がれなくするための、とどめの言葉。九重先生はもう何の関心もなくなったかのように出口へと向かった。それを千晶さんが立ちはだかって止める。 


「兄さん、どういうこと……?」


「オレはずっと復讐しようと思って彼女に近づいたんだよ。今までの彼女との不倫のデータは山ほどある。……多分衛藤氏が失脚するには充分なほどにね。一石二鳥だろ」


 信じられない、といった様子で千晶さんは食い入るように九重先生を見つめた。


「これがオレだよ。千晶。……こんなクズみたいな男のことはさっさと忘れたほうがいい」


「そ、んな」


 千晶さんの両目に涙が浮かぶ。九重先生は愛おしいと思ってるとしか思えないような顔でその涙を拭って、その手をぎゅっと握りこんだ。


「栗生さんを解放してやってくれないか。でなければデータを使う。……お嬢様のままでいたいだろう?」


 こんな断り方ってないだろう。わたしは唇を噛みしめた。身を引くにしたってやり方があるでしょう!! これじゃ千晶さんは救われない。九重先生自身も。不器用にもほどがある。


 ぷつりとわたしの中でどこかが切れた音が聞こえた。


「待って下さい九重先生!!」


「咲紀さん」


「咲紀ちゃん?」


 駅員さんの止める声と九重先生の疑問の声は殆ど同時だった。わたしはずかずかと九重先生に歩み寄って見上げる。


「……嘘、下手すぎます」


「嘘?」


 面白いこと言うね、という視線は構わず蹴飛ばす。


「断わるならちゃんと全力ではっきりきっぱり断ればいいでしょう。こんなの中途半端酷すぎます。千晶さんは何もかも失ってもいいくらい本気なのに!!」


 そんな好きだっていってるみたいな顔で別れをいわれて諦める女なんていない。これじゃ一生忘れられない傷になるだけで逆効果だ。


「自分じゃ気づいてないかもしれないですけど、そもそも九重先生悪役、似合ってないんですよ」


 千晶さんを選ぶ覚悟をしてここへ来るんだとばかり思ってた。確かに「パーティーには行く」とは聞いたけど、結局千晶さんへの言質は最後まで取れずじまいだったから。


 まさかここでこうくるなんて。往生際が悪すぎる。自分込みで終わらせにくるなんて。


「最初から悪役なんだけどな」


 苦笑した九重先生の言葉を遮るように、その胸の中に千晶さんが飛び込んだ。


「兄さんっ。わたし兄さんが好き……ッ。兄さんがどんなに酷い人でもいいの。お嬢様なんかじゃなくてもいいの。兄さんがいれば……ッ」


「……千晶……」


 九重先生の手が千晶さんを引き剥がそうとする。それでも千晶さんは九重先生から離れまいとしがみついた。


「連れてってください。お願い。大丈夫! わたしが絶対兄さんを幸せにするから」


「……無理だ」


「どうして無理なんですか! やる前から諦めるなんて嫌です!」


「千晶!」


「嫌です!」


「……勘弁してくれよ」


「いや、です」


 これは時間の問題だ。千晶さんは絶対諦めないし、九重先生は最初から迷ってて今も絆されかかっている。


「わたし兄さんに捨てられたらとんでもない悪女になってやります」


「……おい」


「今までみたいな可愛いものじゃありません。唯史さんだって弄んでやります! 栗生さんとも愛のない結婚をして遊び歩いてやります! 川野辺さんだって悲しみますよ! 全部兄さんのせいです!」


 いや、それ多分無理だから。……それは九重先生もわかったんだろう。ため息にしては長い息を吐いて、顎を千晶さんの頭の上に乗せた。


「お前はしない」


「します! 兄さんがいないならもうどうだっていいんですから!」


「……馬鹿」


「だから観念してわたしのものになってください。わたしが悪い子にならないようにずっと見てて」


「脅迫かよ」


 千晶さんがいなければ悪い子になるのは九重先生も同じだろう。多分この甘い脅迫には抗えない。


 わたしの二人への応援は無責任な応援かもしれない。でも好きな人と一緒にいたいと思ってなにが悪いの。人生一回きりなのに。自分が最高に幸せだと思える道を選ばなきゃ嘘でしょう。それがどんなに辛くても。祝福されなくても。相手が同じ気持ちなら。欲しいものが目の前にあるんだから手を伸ばして掴まなきゃ。これは勿論お互いが人のものではない前提だけど。


 泣きすがる千晶さんの身体を抱きしめようかどうしようか、と九重先生の手が彷徨う。わたしはその手を千晶さんの背中に添わせた。九重先生がギョッとしたようにたじろぐ。


「咲紀ちゃん」


 いい加減往生際が悪いですよ、と笑ってみせる。


「好き、なんですよね?」


「……」


「慣れない悪役やっちゃうくらい、なんですよね?」


 多分九重先生の復讐は自分のためだけじゃなく、千晶さんのためでもあると思う。籠の鳥である彼女が意に染まぬ結婚をさせられないように。自由に好きな相手と結ばれることができるように切り札を得たかったんだと思うから。


「千晶さんを悪い子にしたくないんですよね?」


 わたしの問いに、九重先生はようやく観念したように一瞬目を閉じて、淡く微笑んだ。


「……咲紀ちゃんには、敵わないな」


 よかった、と思っていたのも束の間、背後から万璃子さんの声が聞こえた。


「どういうこと」


 信じられない、という視線を九重先生に向ける。


「これどういうことよ! あなたたち兄妹でしょう!?」


「——血は繋がってないけどね」


 はっと身をすくめた千晶さんの肩を安心させるように抱きしめたままあっさりと九重先生が答える。その様子に万璃子さんの気配はますます硬化した。


「でも兄妹だわ」


 ぎり、と歯噛みする音が聞こえてきそうなほどだった。その断罪の声に動いたのは千晶さんだった。九重先生に身体を預けたまま顔だけを万璃子さんに向ける。


「いいんです。わたしはそれでも兄さんと一緒にいられればいいの」


「……頭がおかしいんじゃないの」



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