表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅員さんの恋  作者: 高藤みずき
16/56

【4】「誘ってる?」 3



 夜がどんなに遅かったとしても、容赦なく朝はやって来るものだ。できればお布団の中でいつまでもぬくぬくぬくぬくしていたかったけれど、約束もあるしそうもいかないと勢いつけて身体を起こした。


 眠い。目が開かない。とりあえず、シャワーで身体を起こそう。


 また明日、って言ったけどそういえば何時にって約束しなかった。唯史ちゃんのことだから昨日遅かったことを考慮して多分ゆっくり来てくれるだろう。基本唯史ちゃんも仕事以外ではのんびりな人だし慌てなくてもいいか……、と考えたとき昨夜の車のできことを思い出してそうでもないかも、と打ち消す。あれは間違ってものんびりさんの行為ではナイ。うーん。意外と唯史ちゃん手が早いの? などと考え始めるとうわーっと叫んでまたどきどきしてくるので強制終了。


 念のためと携帯を見てみるが、とくにメールも電話の着信もないようだ。とりあえずぎりぎりまでと決めて布団を干し、準備にとりかかった。


 服に着替えよう、と思ったところではたと困る。何を着たらいいだろう。唯史ちゃんは何もしないって言った! つまり今日は従兄妹としてのおでかけだよね、とジーンズに手をのばしかけて、また、そこでうーんと悩む。あからさまに手抜きなのも失礼かもしれない。なんとなく。いや。考えすぎか? しかしあの見た目麗しい従兄と一緒に歩くとなれば、やはりそれなりの格好をしないと自分がツライだろう。うむ。と頷いて、アイスブルーのツインニットと、同色のラメチェックの入った紺のフレアースカートを選ぶ。これはまだ確かそんなに着てないし、職場にも着て行ってない。勿論唯史ちゃんも見ていない。


 よし。


 手早く着替えてブローがうまくいったところで唯史ちゃんから“これから迎えに行っても大丈夫?”というメールが来る。さすが、わたしのタイミングをよくわかってる。大丈夫、という返事を送ってメイクを仕上げた。布団を取り込んで忘れ物がないかチェックして、バッグとコートを持って、黒のロングブーツを履いたところで玄関のチャイムがなる。


「絶妙なタイミング」


 開けると案の定そこにいたのは唯史ちゃんで、細身のブラックジーンズにシャツ、アーガイルのジップアップニット。……かっこいい。唯史ちゃんと歩いてると、すれ違う女の子の殆どが釘付けになるのがわかって、子どもながらにものすごい優越感だったのを思い出した。うーんわたしって俗っぽかったのかもしれない。でも仕方ない。唯史ちゃんはあの頃のわたしにとって理想の王子様そのものだった。


「そういえば唯史ちゃんと出かけるの、久しぶりだね」


「彼氏がいる人を、気軽に誘えると思う?」


「あー、なるほど」


 こっちにきてから何度か悪いと思いつつ断った唯史ちゃんからのお誘いがあった。けどヤツと付き合い始めてからぱたりと連絡がなくなったのはそういうことだったんだ。勿論そのずっと前からわたしから唯史ちゃんへの連絡も減ってたわけだけど。と、考えたところに本人からの追い討ちがかかる。


「それに誰かさんは大学に入ってからさっぱり顔を見せなくなったしね」


「……彼女がいる人に、気軽に連絡できたと思う?」


「そうきたか」


 引き分けかな。唯史ちゃんは口端で小さく笑って助手席のドアを開けると、どうぞ、とわたしが座ってからドアを閉めるという紳士的エスコートで、やっぱり慣れてるんだなあ、とぼんやり思う。運転席に乗り込んですぐに、唯史ちゃんがわたしを覗き込んだ。


「どこに行く?」


 色々考えたんだよね。海とか山とか遊園地とか。


 でも、だ。


「中華街で肉まん食べたい」


 今朝テレビで肉まん特集を見てから頭の中はそれ一色だった。色気がナイのもいい。今は特に。


「いいよ」


 あっさりと頷いて、爽やかに笑う。相変らずの王子スマイル。——この人が、わたしを。これまで考えたこともなかった。振り向いて欲しい、と思っていた時でさえ唯史ちゃんがわたしを振り向くことは考えられなかった。どう考えてもこれまでもこれからも彼女に不自由するようには見えないのに。……唯史ちゃんは、わたしのどこが好きだというんだろう。それはもちろん駅員さんにも同じことが言えるのだけれど。


 車はそんなわたしを乗せて、すぐに出発した。


 土曜日の横浜が混んでいない筈がなくて。それでも幸運にも近場に車を停めることができて中華街に向かう。さっそく目的の肉まんを頬張ってご満悦の笑みを浮かべながら、ちらりと唯史ちゃんを盗み見る。肉まん食べててもカッコいい。


 こうしてるとここ最近のことは全部夢だったんじゃないかとさえ思う。唯史ちゃんに告白されたことも、駅員さんに思わせぶりなことを言われたことも。


「このあと行きたいところはある?」


 でもないか。前より目が……甘い気がする。


「咲紀?」


 うわ、わたし見すぎ!? とちょっと挙動不審になりながら、慌てて問い返す。


「た、唯史ちゃんは?」


「どこへでも」


 唯史ちゃんは行きたいところがあればちゃんと言う人だから、多分今日は好きにしていいよってことだ。わたしはしばし考える。


「んー、じゃあ雑貨見たいかな。ベッドカバーになるような布欲しくて」


 せっかくの車でお出かけなのだ。有意義に使わせてもらおう。あと中国茶も買いたい。随分前に飲んだ金木犀茶が美味しかったからあれと、プーアル茶と……。煩悩全開なわたしに、唯史ちゃんが嬉しい予定を追加する。


「付き合うよ。一通り見たらせっかくだし、中華料理食べて帰ろうか」


「ありがとう、唯史ちゃん」


 歩くのが遅いわたしにあわせたゆっくりペースで進んでくれる。ときおりわたしがついて来てるのをちらりと確認しては微笑む。

 

 そして、人波を歩くのが苦手なわたしの手に唯史ちゃんの手が絡んだ。


「迷子になると困るからね」


 唯史ちゃんと一緒にいると時々自分がまだ小さい子なんじゃないかと思うときがある。だからまだ戸惑っている。唯史ちゃんの言葉に。突然もの凄い勢いで動き出したような時間の早さに。嬉しいはずなのに、後ろめたいこの気持ちはなんなんだろう。多分答えはとっくに出ているはずなのに、わたしの手を包み込む心地よいそのぬくもりに、無意識に気づかないフリした。


    *+*


「もういいの?」


「充分。買いすぎちゃった」


 抱えた荷物にほくほくだ。ベッドカバーにイメージ通りの布を見つけ、しかもそこにはカーテンとコタツカバーを作ってもまだ余りそうな分量の同じ布が投げ売りされていて、思いきって両方買ってしまった。殺風景なわたしの部屋もこれで何とかいい感じに色がつくだろう。お茶も希望の二種を購入した。その後もアジアンテイストの雑貨だとかアクセサリーだとかは容赦なくわたしの購買意欲を刺激したけど我慢する。誘惑を振り払うだけなのに随分疲弊した気がした。


「買ってあげるのに」


 唯史ちゃんは何度もそう言ったけどそんなわけにはいかない。小さい時ならともかく。


「いいの。目に入るたびいちいちこれは誰にもらったやつ、とか思っちゃうのイヤなんだもん」


 嬉しいケースもあるけどね、昔唯史ちゃんにもらって喜んだものたちは全部実家に置いて来た。


「女の子は普通買ってもらうの好きなんじゃないの?」


「女の子にも色々いるんだよ、唯史ちゃん」


 だいたい女の〝子〟っていうのもなんだかそろそろ抵抗あるし。なんて考えちゃうところがまだ子どもなのかな。


「あ、でもご飯とかお酒の奢りは気にしないよ。むしろ歓迎。食べるものは胃におさまったらなくなっちゃうしね」


「はいはい。もちろんご馳走させて頂きます」


「ありがとう唯史ちゃん」


 ぎゅっと腕にしがみついたところで、瞬間しまった!と我に返った。これは〝妹〟のわたしならいつも平気でやってたことだったけど、今は迂闊すぎじゃない!? 身についた習慣というものは恐ろしい。そろり、としがみついたまま唯史ちゃんを見上げると、ちょっとだけ困ったなあ、という色を滲ませながらも優しく笑ってくれていて。なんだか慌てて離れるのも変だし、不自然な気がしたからそのまま車まで歩いた。


 車に荷物を積んですぐ、唯史ちゃんの携帯が鳴った。


「ちょっとごめん」


 謝って電話に出る。その顔が少し強ばって見えたのは気のせいだろうか。ううん、一瞬強ばったけど思ってたのと違う着信だったからホッとした、みたいな?


「はい新堂です」


 声がお仕事モードのところを見ると、相手はプライベートではないらしい。


「え? ……そうですか。……ちょっと今出ているので戻りは結構時間がかかってしまいそうなんですけど……構いませんか。……わかりました。じゃあ患部を触ったり、温めたり冷やしたりしないで下さいね。はい。じゃあのちほど」


 電話を切ってすぐ、唯史ちゃんはどこかへかける。


「もしもし瀬名? 今日何してる? ……休日にか? でもちょうどよかった。一件急ぎで頼みたいのがあるんだけど、うん。型をとったらすぐに連絡するから。……ああ。よろしく」


 瀬名さん、って聞いたことあるな。……どこで? しばらく考えてああ、と思い出す。歯科技工士の人が確かそんな名前じゃなかったかな。電話を終えると、唯史ちゃんはすごく申しわけなさそうな顔をしてわたしを見た。


「ごめん、咲紀」


 その顔だけで言いたいことはわかった。気にしなくていいのに。


「急患?」


「うん。技工物が取れたみたいなんだ、酷く痛むらしくて」


 うわ。想像しただけで歯が浮くような感じがする。


「じゃあ、早く帰ろ?」


「……いい?」


「当たり前だよ。肉まんも食べたし、買い物もしたし。満足です」


「悪い」


「平気だってば。それより手伝えることがあるならわたしも行くけど?」


 わたしの申し出に、唯史ちゃんは一瞬戸惑ったような表情を浮かべる。


「でも休日なのに」


「それは唯史ちゃんもでしょ」


 ホント仕事バカだ。だからこそにこにこデンタルクリニックは繁盛してるんだろうけど。顔だけの先生ならあんなに患者さんは来ない。


「あっ。でもそんなに痛むなら、九重先生の方が早く対応できるんじゃないの?」


 横浜から戻るには結構時間がかかる。そのわたしの提案に唯史ちゃんはため息をついた。


「駄目。あいつ休みの日は携帯の電源切ってるから」


 徹底してるなあ……九重先生。そんなに休日に仕事するの嫌か。——嫌だよね。そりゃそうだ。休みは正当な権利だし。休日をあっさり返上して仕事しちゃう唯史ちゃんの方が本当は問題。


 車は滑るように走り出した。行きよりもスムーズだった気がするけど、それでもようやく到着すると待っていたのは小学生の男の子だった。お母さんと妹らしき女の子と一緒だ。子どもたちは二人とも泣きそうな顔で立っていたけれど、泣き出したのはなぜか妹の方が先だった。


「お兄ちゃん痛い? 痛い?」


 泣きながら聞く小さな妹に、お兄ちゃんは平気だよ、といかにも虚勢を張って答えているのが可愛かった。全然平気じゃない顔してるのに。なんとなくそんな二人の姿が自分と唯史ちゃんの小さいころにダブった。


 ……唯史ちゃんの中のわたしはいつまでたっても守らなきゃいけない小さな女の子。


「じゃあ、咲紀、頼むね」


「はい」


 二週間も勤めていればさすがに何となく動けるようにもなってくる。セットを準備して、着替えてきた唯史ちゃんの補佐に立ち、ライトを唯史ちゃんが見やすいように当てる。これ先週だったら、まだ無理だっただろうなあ。今日のところはとりあえず簡単な応急処置だったのも幸いした。手伝うっていって全然役に立てなかったら申し訳なかったもの。良かった。


「今日のところは保険適用外扱いで精算しておいて。明日改めて来てもらって差額を返すようにするから」


「はい」


 なるほど。今日は休日だからレジは閉めてしまっているからね。


 お母さんは最後まで恐縮していた。ようやく痛みから解放された笑顔を浮かべた男の子を連れた親子が帰ってしばらくして、噂の技工師・瀬名さんがやってきた。背が高くて、……カッコよくしたのび太くん、みたいな印象だった。おお、この人が。


「瀬名です」


 のそりと現れて、ぼそりと呟く。手だけがやけに綺麗だ。すらりと長い指。器用そう。


「川野辺咲紀です。よろしくお願いします」


「……どうも」


「瀬名。休みの日に悪いな」


「別に」


 無愛想なのは多分性格なのだろう。込み入った話が始まって、そろそろ潮時かな、と更衣室に向かった。


「唯史ちゃん、わたし帰るね」


 着替えて今日の戦利品を持ち、まだまだかかりそうな打ち合わせをしている二人に声をかける。


「送ってくよ」


「ううん。これそんなに重くないし、大丈夫。今日はありがとうございました」


「いや……。ホントにごめん。助かった」


 唯史ちゃんはまだ何か言いたそうだったけれど、優先順位はわかっているらしい。瀬名さんにもお先に失礼します、と挨拶して、わたしはクリニックを後にした。うん。今日はこれでよかったのかも。どうしたって返事を意識しないではいられないから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ