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極夜  作者: 奏多
10/11

Mission4:契約-2

30分後、私は契約書にサインをしていた。




「………今からお前は『黒』のエージェントだ。戸籍のことは、こっちで手配しておく」


「…………」




返事なんかできる精神状態ではなかった。




この一晩で、私は人生を大きく変えてしまったのだから。




恋人を殺し、




戸籍上で死に、




闇社会の組織に加担してしまった。




この期に及んでも、まだ虚偽のことのように思える。




どこからか突然カメラとマイクを持った人たちが現れて、




『映画のエキストラ出演ありがとうございましたー』




なんて言ったりだとか。




違う部屋で隠しカメラを通して友達が見ていて、




明日の朝になって、




『実はドッキリでしたー!びっくりした?』




なんて笑ったりだとか。




そんな淡い期待が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。




それに、蓮司がまた笑顔で私の前に現れて、




ウエディングドレスを着た私と白いタキシードの蓮司が、はにかみながらライスシャワー浴びている光景が何度も頭の中を過ぎり、




涙なんてとうに涸れていた。









「しばらくは、うちの経営するマンションで生活したほうがいい。部屋の家具は、あとで運ばせる」




ゆっくり首を振る。




どんな妄想をしたって、蓮司は死んだんだと、頭の片隅ではわかっている。




蓮司と過ごした日々の思い出が詰まったあの部屋の家具なんか、あったってその部屋に帰ってくる蓮司はもういない。




何も言わずに下を向く私を哀れんでか、彼は、




「………どうしても会っておきたい人がいるなら、今夜までならその携帯電話で話すことを許可する。直接会うことは危険だが、会話なら……まぁかまわないだろう。明日には解約するが」




と言った。




それがどれほど危険な賭けなのかは、彼の表情を見ていればわかる。




盗聴されていれば、間違いなく狙いが家族や友達に移るのだ。




そんなことが、絶対にあってはならない。




人生を狂わされるのは、私一人でいい。






私は、長い沈黙を破り、呟いた。




「早く手続きを」









明け方近くになって、案内されたマンションの一室に入った。




薄暗いベージュの壁は今にも倒壊しそうで、10畳ほどの部屋も、やはりどこか薄暗かった。




………どうでもいい。




むしろ、これくらいの明るさのほうが、これから始まる闇社会での生活に、ふさわしいといえるかもしれない。




『もう、カタギじゃないが』




あの男の言葉が蘇る。




……そう、今までいた、光のさす真っ白な世界には、もう戻れないのだ。




自分の幸せをあたり前に求める暮らしは、私にはもう残されてはいないのだ。




何もない床に俯し、目を閉じる。




今までの"私"という存在を、振り切るかのように。

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