秘匿艦隊
手野武装警備は、戦前からある。
元々は、大日本帝国が保有していた軍備や警察力では、外地の治安を維持できないと判断したことにある。
それにより、武装警備員法と呼ばれる法律が通り、当時の複数の財閥により武装警備業が行われるようになった。
この時、最大の勢力を誇ったのが戦前の手野武装警備である。
当時は手野武装社と称しており、さらに勅令で指定をされ指定武装警備会社の一つでもあった。
これにより、軍備を保有することが許可され、陸海軍大臣からの承認で軍艦すら建造することができた。
ただ、軍艦、こと戦艦を建造することができたのは、手野武装社ただ1社だけである。
大日本帝国政府が第二次大戦で敗戦した後、とあるうわさが流れた。
手野武装社はどこかに艦隊を隠している。
手野武装社は、いまだに戦争をつづけることができる。
手野武装社は、世界を敵に回しても勝つことができるほどの力がある。
これらのうわさは当然連合国側も知っていて、手野財閥が解体されたのもそれが一因とされているほどだ。
つまり、自らには向かうものを消したかったということらしい。
そして、1972年に武装警備業法が制定されると、その噂の真偽がはっきりとする。
秘匿艦隊と称する艦隊が、海外からやってきた。
それも、1つだけではなく、4個艦隊だ。
当時、大騒ぎになったニュースではあるが、これらの艦隊は手野秘匿連合艦隊と称され、いまだにその一部の艦艇は武装警備業の任務に就いている。
ちなみに、艦種は水雷艇や駆逐艦のような小型艦から、戦艦、空母、重巡のような中大型艦までさまざまであった。
どこに隠していたのか、それを知っている者は数少ないだろうが、誰も口を開こうとしない。
だから、他にも秘匿艦隊はある、そういう都市伝説が生まれている。
それが、手野グループをミステリアスな存在にしているともいえるだろう。




