表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

雪降る夜の物語

雪が降り積もる日の事だ。

大きな屋敷の中庭に二人の少年と一人の少女がいた。

少女はストールを体を巻き付けて白い息を吐きながら空を仰ぎ。

物静かそうな少年は無表情でもう片方の少年に雪玉を投げつけ。

活発そうな少年はそれを避けようとして逃げるも全弾命中していた。

この騒動はあまりにもデリカシーがないというか空気が読めない活発な少年の発言によるものだったが、少女はそんな些末な事より思うことがあった。


「そうね、私なら……」

 __雪降る夜に静かに死にたいわ__


誰に聞かせるわけでもなく、少女は呟いた。

いつしか雪合戦へと進展していた騒動の流れ弾はそんな少女に飛んでいき。

柔らかな雪玉はその肩にぶつかろうとして。


***


バチン。

静電気が走るような音でアルルシャーナは起きた。

それは彼女が部屋に敷いた拘束魔術が発動した音である。

速やかに部屋に灯りを付けた少女の目に窓の傍の影が映る。


今月二人目の安眠妨害者をとくとくと眺めた。拘束された影が握る暗殺用にしては長すぎる獲物がとても気になったのだ。

その微かに放たれる魔力光から察せられる珍しい雷の魔剣。それを操る巨大な体躯の影。

以上の情報から心当たりがある暗殺者は一人に絞られる。

紫電の死神。その筋で危険度トップクラスといわれる人間。アルルシャーナは形振り構わず殺しに来たなと笑いたくなった。


影の顔は布で覆われている。

誰しも隠されると気になるもので、それはアルルシャーナにしても同じ事であった。

自身の仕掛けた拘束魔術に絶大な自身を持つ彼女は傍から見れば無防備に影に近づいていく。

影の獲物を握る手に力が籠るが拘束によってビクともしない。

少女の手が布に触れ、一気に引き剥がされる。


その瞳を見てアルルシャーナは思わず見惚れた。

猫目の虹彩は光の加減で色を変える透き通るような虹色。

爬虫類じみたその目を見て少女はある疑問に納得した。

今までこの男に暗殺された貴族の中には魔術に精通したもの、また高位の魔術師を雇うだけの財力があるものが少なくなかった。しかしそれを難なく暗殺せしめた男の正体、それこそが答えだ。


「竜人の暗殺者なんて、初めて見たわ……」


極東に住む戦闘民族。竜の血を継ぐと名乗る彼らは高い魔術耐性と身体能力を誇る。

その巨大な体付きがあまりにも目立つということもあるが、何より彼らは真向勝負を好む生粋の武人である。

暗殺者など存在するとは誰も思わなかった。


「ふふ、思わぬ形でこの魔術の有用性が証明されたわね」


生半可な魔術は勿論、現在公開されている魔術では竜人を拘束できない。

そしてそれは、本物の竜にしても同じ。

アルルシャーナが作ったこの拘束魔術は魔術耐性を突破するのではなく、消されながら何度も上書きする形で魔術を構築することで拘束している。そして普通の人間は勿論、こうして竜人を拘束することにも成功した。

まさしく歴史を変える開発……であるが彼女はそれより興味があるものが今目の前にいる。


極東の竜人は会うことすら珍しく、誇り高い彼らは奴隷にはならないし誰かに仕えることもない。

しかし、今目の前にいるのだ。研究の資料になりそうな物件が。

そして何より、その顔は。


「ねえ、その拘束魔術から逃げれないでしょう? 」


目の前の男は視線で殺さんとばかりにアルルシャーナを睨んでくる。

その手の魔剣で語ることなく、黙ったまま。それが何よりの答えだ。

にっこりと彼女は微笑む。

悪徳セールスマンのような胡散臭い笑みに男は嫌な予感を覚えて顔を引き攣らせた。


「警邏隊には突き出さないであげるわ。……その代わりに私の、部下にならない? 」


ペットと言いかけて部下と言い直しながらアルルシャーナは男に告げた。

男の罪状はあまりにも重い。突き出されたが最後死刑待ったなしである。

……その依頼人が誰であれ。


「…………」


男は沈黙する。

そんな男を見てアルルシャーナは手応えを感じて笑みを深める。

男は確実に迷っている。そして男が確実にこちらの案に乗らざるを得ない言葉は既に用意してある。


皇太子程度・・・・・では司法に関わる事は出来ない。この意味、わかるかしら」


男の目が見開かれた。

その男の目には悪魔のように口を弧に歪ませた少女の姿が映る。

命か、服従か。

もはや男に選択肢はなかった。


「……アジン」


アルルシャーナは首を傾げた。

男の言葉の意味がわからなかったから。


「アジン・エス。それが俺の名だ」


そしてその言葉を聞いて。

悪魔のような笑みから一転花が綻ぶような笑みを浮かべた。

今更ながらアルルシャーナは美少女である。

今までは不気味な魔女にしか思えなかった少女の変化にアジンは茫然と見惚れた。


「そう。知っていると思うけれど私はアルルシャーナ・インバース。よろしくね、アジン」


これが魔女と竜人の邂逅であった。


***


アルルシャーナ・インバース。

ユスメルの魔女。賢者の再来。人型決戦兵器。

数多くの渾名を持つインバース公爵令嬢であり、宮廷魔術師であり、皇太子の婚約者。

間違いなくユスメル最強の人間であり、誰もが見惚れる美少女でもある。

とはいえ引きこもりに加え変人な所も多々あり、その知名度は実力に反してあまり高くない。

しかし権力者ほどその価値を知るユスメルの宝である。

……その最高権力ともいえる皇帝に次ぐ皇太子には暗殺者を放たれるほど蛇蝎のごとく嫌われているが。


以上が今のアジンの持つアルルシャーナの情報である。

一介の暗殺者に過ぎなかった頃は魔術師であることと皇太子の婚約者であることしか知らなかった。

半月も経たないうちにこの自由すぎる上司の事がわかり、かつて暗殺しようとした自分の迂闊さを呪いたくなった。

しかしかつての生活と比べ安定しており、想像と違って無茶な要求も横暴な態度もとらない上司ができたと思えば正しくあれこそアジンの人生の転機だったと思える。少しでもアルルシャーナの人外っぷりを知っていたら仕事は受けなかっただろう。

情報を知らないことで得をすることがあるとは世の中広いものだと彼は思った。


アルルシャーナという少女はアジンにとって悪くない上司であり、相変わらず不気味な魔女でもあった。

まずサトリか何かのように人の心を読む。

宮廷魔術師の癖に開発した魔術をほぼ公表していない。いや、これは彼女の開発した魔術が彼女にしか使えない……理解出来ないものばかりなのが問題か。

そして何より、あの明るく陽気な皇太子が別人のような表情で命を狙う相手。

今だアジンに見せていない顔があるのか、さてはて別の理由があるのか。


「ふふ、また私を観察しているわね、アジン」

「___!」


咄嗟に目を伏せたが、そもそも相手はこちらに背を向け見てすらいない。

視線に気付いたとでもいうのだろうか。思わず冷や汗が出てくる。

ティーカップを持つ腕が震えて無様に音を出すことは防げたが、アルルシャーナの得体の知れなさには恐怖すら覚える。


「レメート産のローズブルーは紅茶の中でも淹れにくい事で有名だというのに上手く出来ているわ。腕をあげた褒美に一つあなたの疑問に答えてあげようかしら」


褒められたという事にアジンはその言葉の内容よりも衝撃を受けた。

アルルシャーナから褒められたことも初めてだったが(罵られたことはなかったが生暖かい目で見られることが多々あった)、人から褒められたことも初めてだった。

なんとなくむず痒い気持ちになって頬を染めている彼は視線を下に向けているおかげでアルルシャーナから生暖かい微笑ましいものを見る目で見られていることに幸いにも気づかなかった。


「私の婚約者はね、私の兄が好きだったの」


突拍子もない衝撃発言にアジンの脳は一瞬フリーズした。

アジンの育て親であり師である人もそういう類の男に狙われたことがあったが、あのいかにもフェミニストな皇太子がまさかそっち系だったのか。そうなのか。

いやもしかしたら、家族愛的な何かなのか。それで実の妹であるアルルシャーナが羨ましくてとか、いやそんな馬鹿な。

アジンの困惑した表情にアルルシャーナは苦笑して答える。


「それがどういう好きかは本人しかわからないわ。

 __ただね、彼は許せないのよ。兄の代わりに生き延びた私が」


本当におバカな人と彼女は笑った。

詳しい事情はアジンにはわからない。かつて多用していた情報屋に聞けば何かわかるかもしれないが、彼女に仕えるようになってからはとんと縁がない。

そしてリスクに見合ったリターンがあるようにも思えなかった。


「あの冬の夜。母と同じように兄は死んでしまった。もうどこにもいないの」


寂しいや悲しいなんて気持ちはアルルシャーナの表情に浮かんでいない。

どこか苦々しく懐かしむような、思い出を噛み締めるような諦観だけがあった。


もし、その兄が生きていたら何か違ったのだろうか。

そんな問いに答えはない。

もうすべて終わってしまい、変わってしまった後なのだから。


「ふふ、知ってるかしら。ローズブルーの茶言葉」


アジンには到底わからない問いだった。

茶言葉なんて代表的な断り文句のエージルの『あなたが嫌いです』ぐらいしか知らない。

乙メンかチャラ男と無縁の元暗殺者にはハードルが高すぎる問いである。


「『変わらぬ友情』よ。……ふふ、もう戻れないけれどね」


優雅に紅茶を飲み干すとそれまでの憂いを帯びた顔から一転胡散臭い笑みを浮かべてアルルシャーナはアジンを見た。

嫌な予感がする。そう思ったアジンの勘は遠からず的中する。



そのあと、下町へ実験の材料を買いに行く彼の手に握られたメモには三桁行くかというほどの材料名が書き連ねていた。


***


兄の目が黒く染まったのは、秋の終わり頃のことだった。

母がいなくなった年の秋にも彼女はその目を見たことがあった。

そう、不治の病で死んだ母と全く同じ目だったのだ。

そして驚愕で目を見開く友人の大きな目に映る自分も、同じ目をしていることに気付いた。

笑うしかなかった。

カラカラと、笑うしか。


病の私たちに、友人は会いに来続けてくれた。

単に浅慮というか事の重大さを理解していないように見えたが、それでもその底抜けの明るさに救われてもいたと思う。

友人が阿呆なことを言い。

兄がそれを指摘して。

私はそんな二人の間で笑っていた。


あの冬の日に、友情の塔だと称して友人が作ったあの雪の柱は。

結局どうなったのだったか。


***


アルルシャーナは宮廷魔術師である。

しかし滅多に皇宮に顔は出さない。

王宮ではなく自宅に研究室を構えているというのもあるが、それよりも。


「…………」


視線に振り向けば、鬼の形相をした男がいる。

そんな彼を侍女も衛兵も見ぬふりを決め込んでいる。

だって彼は皇太子で、彼がアルルシャーナに抱いている悪意は周知のことだから。

皇帝すら匙を投げた悪意に彼女も肩をすくめるしかない。


静かに歩き去る彼女を皇太子は睨み続ける。

積年の恨みを晴らさんとばかりに、ただ射殺さんとばかりに睨み続けていた。



「粘着な男は嫌われるってのにねェ。あの王子サマにも困ったもんだ」


フヒヒと笑う白衣の少女をアルルシャーナは呆れた目で見た。

そもそも彼女が皇宮に来るはめになったのは目の前の少女の所為であり、困った具合ではある意味皇太子と同レベルといえなくも7ないのだ。

あと自国の皇太子に対してのそんな台詞は聞く者によっては不敬罪に問われかねない。当然一緒にいるアルルシャーナも容疑者扱いされるという傍迷惑なオマケつきだ。実にやめてほしい。


「こんな魔術の作成を頼んでくるあなたも大概よ。はい、例のもの」


アルルシャーナから手渡された巻物を少女はキラキラした目で受け取る。

一見白紙の巻物に躊躇なく自分の血判を押し付けると、変わらず白紙に見えるソレを一心不乱にながめだした。

呆れた表情で紅茶を飲むアルルシャーナに気もむけず熟読すること数分。

ホクホクした顔でアルルシャーナにようやく顔を向けた少女はぐっと親指を立てた。


「完璧だ、かゆい所に手が届く素晴らしい出来だよアルルん! 流石この天才メイちゃんの親友だ!」

「それで親友認定されるなんて、とっても納得いかないんだけど」


メイラリア・コーラルは自他ともに認める変人であり、仕事の鬼である。

その仕事内容は、主に魔術の研究……及び拷問である。

今回アルルシャーナが以来された魔術は後者のためのものであり、ぶっちゃけばれたらまずい法に触れまくっている代物である。そして意外とメイの趣味もとい仕事は悲しいことに忙しい。

そのため、こうして特別な魔術(非公開)を用いて成果を持ってくる羽目になった。

こんなもの、皇太子にバレたら不味いというレベルではない。

無論皇太子如きは当然として他の宮廷魔術師にもバレない自信がアルルシャーナにはあるのだが。


「さーてさて。アルルん最近面白いペット飼いだしたんだってねェ?」


フヒっと気味が悪い笑みを零してメイラリアは言う。

その下卑た笑みさえなければ普通に可愛い顔だと部下にも残念がられる残念美少女は、まさしくアルルシャーナの類友と言わんばかりの謎情報網をもっている。

予想していたとはいえ、隠し通している筈のアジンの情報がこうもバレているとはとアルルシャーナはため息をつきたくなった。


「そんな意地汚い目で見られても、渡す気はありませんよ?」


竜人の犯罪者なんてメイラリアにとっては有り難い宝だ。

なかなかお目にかかれない代物にハイエナの如く群がってくるのは誰しも同じ事だが、彼女の性質が悪い点はうっかり渡したが最後、物が肉片以下になってしまうことだ。

アルルシャーナはアジンを気に入っている。こんな危険人物に渡すつもりなど毛頭ない。


「えェ~。ねね、ちょっとだけ、ね?」

「駄目です」


さっき言った通り、うっかり渡したら最後アジンが無事で戻ってくるなど夢のまた夢になってしまう。

頭が無事に残っていたらいい方だ。

かつて皇太子とのアレコレで敵のスパイと思われる女を彼女に預けたときのことをアルルシャーナは今でも鮮明に思い出せる。

……詳しい内容を書くとR18Gに突入してしまうので割愛するが、あやうく処刑まで持っていかれたアルルシャーナから見ても無残としか言えない末路を辿ったとだけいおう。

もう一度いうが、アルルシャーナは預けただけで明け渡したわけではない。

ただの人間ですらこうなのだから竜人なんて渡した日には……お察しである。

彼女がまだ皇帝から狂人の烙印を押されながら仕事を続けていられる理由……それは、犯罪者以外には手を出さない理性を残しているからだが、その例外の犯罪者はまさしく地獄を味わう羽目になる。


「あの子は最後まで私が飼うわ……。そう決めたの」


話は終わりと立ち去るアルルシャーナをメイラリアは黙って見送った。

その背中が消えるのを見届けてから、無表情で呟く。


「例の暗殺者……竜人の特徴を除けばインバース公爵令息に生き写しって聞いたけど」


もし、道を違えたら。私があなたを飼ってあげるわ。


ニヒっと笑ったメイラリアの呟きは誰にも聞かれることなく部屋に響いた。


***


死人を蘇らせたとして、その死人が生前と同じとする条件とは何か。

アルルシャーナが言った問いは魔術の含蓄がないアジンにはよくわからなかった。

最も、暗殺の事以外にアジンが知っていることは少なく、アルルシャーナのほとんどの問いに答えられていないのだが。


「その人だったら、別に変わらないような」


アジンの答えはアルルシャーナにとって予想内であったらしく、褒めるでも笑うでもなく淡々と言葉を返す。


「記憶喪失の人を見たことがある? 洗脳された人でもいいわ。果たして彼らは以前と同じと言えるかしら」


なるほど、とアジンは納得した。

どちらも以前とは別人のよう……いや、もしかしたら彼らからしたら以前の人物は別人なのかもしれない。

いくら周りが何と言おうと、自分にはその記憶がないのだから。


「じゃあ、その記憶を持っていたらいいのか」


その答えにもアルルシャーナは否と言葉を返した。


「記憶を持っていても、人格がないとダメよ。悪魔に巣食われた人はもう以前のその人じゃないように」


確かに。アジンは実際にそういう人を見たわけではないが知識としては知っている。

悪魔は上手くその人に成り代わるが、些細な言動や癖でその人でないとわかるらしい。

では、何をもってその人というのか。


「……その人が死ぬ前の状態であれば、いい?」


自分で出した曖昧な答えに首を捻るアジンにアルルシャーナはふふっと笑いかけた。

難しいことを言ったとそこで話は切られたが、アジンの頭には妙にその時の話が残っている。



「さて、こうして会うのは初めてだね」


下町へ買い出しに行ったアジンの前に一人の少女が現れた。

アルルシャーナの胡散臭い笑みとは違う、怖気が走る笑みを浮かべた美少女。

親し気に話しかけてくる彼女から逃げようと足に力を込めた絶妙なタイミングで、言葉は吐かれた。


「こうして見ると、本当にインバース公爵令息に似ている」


まるで、生き写しだ。

そんな言葉に、なぜかアジンは引っかかった。

引っかかってしまった。


蒼白な表情の男に少女は笑う。

食われるような既視感を覚える悪鬼のような笑みで。


***


友人も、兄も。

死ぬなら老衰がいいと言った。

でも私は、雪降る夜に静かに死にたいと思った。

母と同じように。


兄と同じように。



兄が死んで、私は生き残って。

友人の私を見る目が変わって。


私は、そう、私は。


***


「うちのアジンに、何ちょっかいかけているの」


路地に響き渡った声は、アルルシャーナが思ったより冷ややかだった。

勿論それ相応に怒っていると自覚していたつもりだったが、思ったより自分はキレているらしい。

半年前拾った男の蒼白な顔、長年の付き合いの変態のニヤケ顔がどうも気に入らない。


「そして面白いことを言うわね、メイ」


彼女の間違いを指摘してやる。


「まず兄様は澄んだ湖のような瞳だわ。右の眉毛にはどこぞかの馬鹿のせいでうっすら切り傷があるの。苛ついているときには右下唇を軽く噛む癖があって、そのせいでちょっと形が歪だわ。それでもアジンよりは整った顔よ。兄様の金色の髪を手入れすることは幼い私の趣味の一つだったのだけど、実は右のもみあげあたりに巻き毛が少しあるの。実はこれ父上からの遺伝なのよ。それから__」


アジンと兄が似ているなんて妄言甚だしい勘違いについてだ。

アルルシャーナの兄は聡明で物静かで、しかし苛烈な所もあった。

性格からしてアジンとは似ても似つかない。


「何よりアジンは左利きで、兄様は右利きよ」


両手利きになるよう矯正していたアジンはその発言に驚いて目を見開き、やはり観察眼がおかしいと改めて思った。

メイラリアも若干所ではないアルルシャーナのブラコンっぷりを今更知ったのか茫然としている。


「確かに最近、死についての考察はしていたわ。でもいくらなんでも早とちりでしょう」


アルルシャーナが、アジンを兄の依代にしようとしているのではないか。

それがメイラリアの考えだった。

しかし違う。


「死者は蘇らない。零した紅茶がもうカップに戻らないように。ええ、そんなこと気付いているわ」


あの日決めたのだ。

死んだ兄に、かつての友人に、いつかめいいいっぱい話せるぐらい素敵な思い出を作ると。

そう、ずっと昔に決めていた。


「今日ね、私死ぬの。死因は、そうね……開発中の魔術の暴走、かしら」


唐突な話題変換にアジンは目を白黒させ、メイラリアは合点がいったと驚きながらも納得の表情を浮かべた。

アジンは思う。師は文間を読み重要さを説いていたがこれはそういうレベルなのだろうか。明らかに話しが飛んでいないだろうか。

アジンの脳はフル回転し、知恵熱すら出始め……ついに考えることを止めた。


「成程ね……だから最近妙な買い物してたんだ。それで死体を作るわけね」


私の早とちりか、とメイラリアは珍しく外した自分の予想を恥かしく思った。

実際にはつい最近までメイラリアの予想は正しかったわけだが、それは別に語る必要はない。

アルルシャーナはもう惑わない。アジンはアジンで兄は兄なのだ。

アジンが兄になることは出来ない。そう、分かっているとも。


メイラリアは暫く、もしかしたらもう一生会えないかもしれない親友の顔をマジマジと眺めた。

晴れ晴れとした顔に一切の影もなく、ただ未来の希望へ向かう明るい微笑み。

メイラリアには眩しい笑顔だ。


「あっは。流石私の親友だ」


動かない肉塊でも、人体を作った人間などいないのに、アルルシャーナはそれをするというのだ。

そして煩わしいこの国から出ていくのだろう。

そこにいる、男と一緒に。

自由に飛び立てるのだから。


「じゃあ、またね」


それならメイラリアがいう事はもうないのだ。

ただ祝福しよう、イカれた自分と仲良くしてくれた友の旅路を。


狂人の浮かべた、幼くも見える無邪気な微笑みにアルルシャーナも笑みを返す。

アジンだけが何もわからず困惑した表情で二人を見比べていた。

下町の空は青く……遠くから雲が来ていた。


***


今日、女が死んだ。

自分の婚約者だった女だ。

好意など抱いておらず、むしろ憎くすらあった女。


女は、かつて願ったように。

雪が降る静かな夜にひっそり逝った。

あの病を越えて、それでも若い身空で死んだ。

女の母や兄と同じように。


あんな兄が欲しかった。

兄が死んで何故女が生きている。

理解出来ない明晰な頭脳。

父に期待される天才魔術師。

昔はあんなに仲が良かったのに、妬み嫉みは留まることはなくて。


今日、女が死んだ。

もう話せない。

何故だか、涙が出てきた。


いや、当然か。

仲違いした友人に、謝れないままもう会えなくなってしまったのだから。


大切な事を話す前に大切な人は逝ってしまう。

いっそ自分も連れて行って欲しかった。

連れて行って、ゆっくり話して、馬鹿だと怒られても仲直りして。

そんな夢を。


『俺はやっぱり死ぬなら老衰がいいなー』


夢を、思い出した。

女の兄と同じ夢。

この命尽きるまで一生懸命生きると思ったあの日を。


それに、こんなんで許して貰える訳がない。

しっかり生きて、いつか天寿を全うした時。

二人に会えたら話しをしよう。

たくさん、たくさん話しをしよう。


窓から鳥が飛び立つのが見えた。

仲の良い二羽の鳥はどこまでも真っ直ぐ空へ羽ばたく。

それを眩しく思いながら、窓に背を向けた。


久しぶりに胸が軽くなった気がした。

誤字脱字報告は随時募集しております。


珍しく殆どの設定を放出しました。

いくつか溢れた話しもありますが、それはまた別の物語で(書くとは言わない)


拙い文を読んで頂き、有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ