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ツンギレ婚約者ができました

「うー……、ほんとにここに入学するのかあ」


 目の前には開かれた大門。その大門には次々と学生達が吸い込まれていく。これから私もその一人になるわけだけど。

 なんでヒューマンの私がこの学園に入学なんてしないといけないのかなあ。


「絶対この手紙人違いだよぉ」


 だけど、家でも何度も読み見返したけれど、確かにこの入学通知書には私の名前が書かれている。数校受けたけどどれも不合格で、なのに何故か受けてないのに届いたこれ(・・)に、私もお父さんもお母さんも疑問符一杯だったけど、能天気な二人はよかったじゃないって、あっという間に荷物を寮に送っちゃうし。

 中等部での私の成績は中の上だったから、試験を受けたところ全部落ちるってことはないと思ってたのに。なんか腑に落ちない。

 この学園、大多数が魔人で構成されてるんだよねえ。学園の敷地内はすでに多くの種族で一杯。ヴァンパイアにワーウルフ、インキュバスにサキュバス。オーガとかマーマンにワーキャット。ドラゴニュートなんかもいる。あとはエルフとかフェアリーとか……。


「そーいやマーメイドって移動どうしてるんだろう」


 マーマンには足があるけどマーメイドは下半身が魚だからなあ。水もないしさあ。

 ここから見える範囲でこれだけの種族がいるってことがすごい。今までヒューマンの国から出たことなんてないし、街でも見かけたのはエルフやワーウルフにワーキャットくらいだもの。


「ねえキミ。ヒューマンだよね、この学園に来るなんて珍しいね。ヒューマンなんて割合でいうと一割もいないのにさ」

「え? あ、はい。今日から入学することになりました。あの、やっぱりそんなに少ないんですか、ヒューマン」


 大門前で突っ立ってたら学園の先輩らしき男の人に話しかけられた。この人は……インキュバスかな。なんか色気ダダ漏れだし。


「そりゃあね。特にキミみたいな女の子は一〇人もいないんじゃないかな。ほら、ボクみたいのがいるし、ね」

「えと、はあ」


 さすがにそうですね、なんて言えない。


「ふふ、キミいいね。今度、キミの夢にお邪魔してもいいかな?」

「えっ、いえその、遠慮します!」


 とにかくここから逃げよう。

 走って校内に入る。よかった、追ってこなかったみたいだ。冗談でもお断りだよ。というか、冗談だよね。夢に来られたらこっちの身がもたなくなる。だって、色々大変な目に遭うもの。色々。

 ええと、たしかD組だったっけ。

 D組は比較的おとなしめな種族が集まってるんだよね。エルフにフェアリーにヒューマン。エルフは綺麗系でフェアリーは可愛い系だから、その中に私が入るのはすごく勇気がいるような。


「へー、ヒューマンもここに来るんだね。ボクはフェインだよ。よろしくね!」

「あ、うん。私はエミリア。よろしく」


 自分の席に着いたら隣から声を掛けられた。わあ、フェアリーの男の子だ。可愛い!

 柔らかなウェーブの黄緑色の髪の毛がふわふわしてて触ってみたくなる。金色の瞳もキラキラしててすごく綺麗だなあ。まるで男装してる美少女だよ。

 周りを見渡してみると、やっぱり綺麗と可愛いで一杯。ここは楽園か。

 うーん、自分の容姿は普通だと思ってたけど、ここにいると醜いアヒルの子になった気分だ。だけどこんな眼福な教室で過ごせるなんて、それはそれで幸せだよねえ。うん、ちょっとこれからが楽しみになってきた。


「おはよう。中立学園へようこそ。俺は担任のアゲイルだ。このクラスは人型で危険の少ない種族で構成されている。穏やかな気質のお前たちにはないとは思うが、種族間の諍いは起こさないようにしてくれ」


 クラスの全員が席に着いた頃、エルフの男の人が教室に入ってきた。金髪の耳より下の長さの髪はエルフにしてはずいぶん短いけれど、切れ長の瞳や氷の彫像のような雰囲気がなんだかとっても神々しい。

 思わずほけっと見惚れてしまった。

 結局このクラスには、私のほかにヒューマンは男子一人と女子がもう一人だけだった。席順は種族ごとにかたまってるから、私の後ろにその二人がいた。思ったよりヒューマンが少ない。三人だけかあ。

 アゲイル先生は注意事項を言った後、入学式会場に向かうようにって指示するとさっと教室を出ていっちゃった。

 さてさて。こういうのは最初が肝心だよね。先に話しかけちゃったもん勝ちだ。


「ね、会場に一緒に行かない? せっかく同じクラスになったんだし」

「いいよお。わたしはユーナ・ルーザンス。これからよろしくねえ」

「僕はクレリオ・カルマイン。三年間同じクラスだし、よろしく頼むよ」

「私はエミリア・バンス。さっそく友達ができてよかった~」

「うんうん。わたしちょっと不安だったんだあ。この学園は魔人ばかりだからあ、お父さまに将来の為だった言われて入ったけどぉ、中等部の友達とは違う学校だしい」

「僕も似たような理由かな。エミリアさんも?」

「私? そ、そうかな!」


 何故か受けてもないのに入学通知書が届いたなんて言えない。

 入学式の会場に向かいがてら話していくうちに、ユーナちゃんは大きな商家の一人娘なことがわかった。桃色の髪に翡翠色の瞳がすごく女の子らしくっていいなあ。クレリオ君はなんとこの中立都市の都議会の議長がお父さんなんだって。そういや議長さんはカルマイン氏だった。

 二人ともお金持ちじゃん。うちなんてただの平民なのに。でも、この学園を卒業できたらいいところに就職できるだろうし、中流家庭の上くらいまでなら頑張ればいけるんじゃないかな。一応うちちょうど真ん中くらいだし。とはいってもまだまだなりたい職業なんてないんだけども。

 入学式の会場の席に着いて理事長の話を聞いたあと、学年主席の挨拶があったけど、ワーキャットの男子だった。あの人は人気でそうだな。会場内の女子生徒のうっとりしたため息があちこちで零れてるもの。まあ、観賞用にはいいよね。美形は。

 まあ私には関係ない種類だね。

 さて、このあとはもう寮に帰るだけだ。入学式も終わったし、ユーナちゃんとクレリオ君と学園内を少し探検でもしたいな。


「エミリア・バンス。ついてきなさい」

「え? はい。ごめん、先に帰っててくれる?」

「うん、わかったよぉ。じゃあ、またねえ」

「また」


 三人で会場を出ようとしたらアゲイル先生に呼び止められた。なんだろう。あ、もしかして入学通知書の件についてかな。まさかやっぱりナシなんてことないよね?

 ドキドキしながらついてくと、なんとついた先は理事長室だった。うわ、まさかになっちゃうのか。これからさきどうしよう。来年どこかをまた受験するしかないかなあ。


「入りたまえ」

「失礼します。エミリア・バンスです」


 中に入るとアゲイル先生は連れてきただけみたいで帰っちゃった。

 理事長室の中には、入学式で挨拶してた二人がいた。


「よく来てくれたね。私はサムシュ・ハーメリー。この学園の理事をしている。こちらは息子のカイン・ハーメリーだよ」

「はあ、どうも」


 椅子に座って机の上で手を組んでのワーキャットの男性が、にこりとしながら自己紹介をしてくれた。学年主席は理事長の息子さんだったんだ。カイン君はじろっと睨んで私を見てる。……なんかしたかな。初対面なはずなんだけど。

 耳と尻尾をよく見ると、理事長室は茶トラでカイン君はキジトラなんだ。

 睨まれてる理由に思い当たらなくて不思議に思ってると、こら、とたしなめる声が聞こえる。そうしたらカイン君が舌打ちしてもっと目を細めてきた。えええ。怖いんだけど。


「オレはこんなのが(つがい)とは認めないからな!」

「は?」


 番?

 一体なんの話してるの? というかさっきからなんでそんなに睨むの。なんか感じ悪いんだけど。


「こらこら、エミリアさんが戸惑ってるじゃないか。ごめんね。急なことで驚いているだろうけど、もう決まったことなんだ。最終的には番になるとしても、今はまだ学生だからね、これから婚約者としてカインと仲良くしてね」

「こ、こんにゃく?」

「こんな馬鹿が番だと? やはり間違いなんじゃないのか」

「水晶球は番の相手しか映さないよ。わかっているだろう、カイン。確かに熱くなったはずだ」

「……あれは何かの間違いだ!」

「せっかく他を落とさせてまでこうしてエミリアさんをこの学園に呼び寄せたんだ。上手くやるんだよ」


 つがい……。え、番? こんにゃくじゃなくて婚約? 呼び寄せたって……まさか入学通知書の理由ってこれなの?

 たしか魔人の中でもワーキャットとかワーウルフの獣人の夫婦は、生涯連れ添うことになる相手を番と呼ぶんだっけ。話からするに、なぜかはわからないけど、カイン君の相手が私になってるってこと?

 冗談じゃない!

 なんでこんな感じ悪い人と結婚しなくちゃいけないの。お断りだから!


「オレはこんなちんくしゃ女を番だなんて認めないからな!」


 ち、ちんくしゃ、だと。

 確かに私の見た目はお世辞にも美人とは言えないけれど、それでも普通だと思ってるし、体型だけはそれなりなのに。自分が美形だからって相手を貶していいなんてことないんだからね。

 なんだか怒りが沸いてくる。


「……れが……んかと」

「ああ?」


 凄みを増した顔つきで威嚇してくるけど、私も負けじと睨み返す。

 勝手に人のこと婚約者よばわりしといて敵対心剥き出しで貶してくるなんて、こいつ何様なの。

 ああ、そうですか、理事長の息子様ですかそうですか。権力あって金持ちで美形で頭も良くたって、中身がこれじゃあ誰も好きになんてならないっての。脳内お花畑の女にせいぜいモテるくらいだから!


「誰があんたなんかと結婚するかっての! あんたみたいな性悪男こっちが願い下げだから!」


 私はそれだけ言うと、こんな学園出ていってやると思いながら理事長室を飛び出した。早く家に帰ろう。そして来年に向けて受験勉強するんだ。


「てめえふざけんな! オレを断るだと! 待ちやがれ!」

「ひっ、ぎゃあ!」


 ものすごい形相で奴が追ってきた。あれもうワーキャットじゃないって。オーガよりも怖いから顔!

 というか、追ってくるなあ~!


「オレから逃げられると思うなよッ」

「ぎゃああ!」


 さすがワーキャット。ヒューマンとは身体能力が違い過ぎた。あっという間に追いつかれて、私は壁を背に腕の中に囲まれた。これがあの壁ドンか。いや、ときめかないから。

 逃げ出したいけどできるはずもなく、せめてもと私は睨んだ。


「なんだその顔は。このオレにたてつく気か」

「あんたも嫌なんでしょ。私だっていきなり番とかわけわかんないから。あんた性格悪いし私のタイプじゃないから安心していいよ。他に美人たくさんいるからこの腕退けてそっちいきなよ」


 腕を退けようとしたらすんなり解放してくれるみたい。ほっ、よかった。これでおさらばできる。


「オレが認めないのはわかる。だがお前が断るのは許せないな」


 どすの効いた低い声が聞こえたかと思ったら、急に頭を鷲掴みにされて口を塞がれた。

 痛っ! 絶対血出た! いきなりなにすんのこいつ!

 やめてほしくてもがくのに、ちっとも止めてくれなくて、逆にもっと深く噛みつくように口づけされる。ものすごい嫌悪感が……て、え、ちょっと待って。なにこの甘い感じ。嫌なはずなのに甘くてたまらない。体が自分のじゃないみたいで。


「……甘い」


 よやく無理やりな口付けから解放されたと思ったら、ぼそっと聞こえてくる。

 え、こいつも甘いって思ったの?


「やはりお前が番なんだな」

「はあ?」


 というか、腕、離してほしい。いつの間にか両腕掴まれてる。


「お前のことは認めないが、オレから逃げることは許さないからな!」


 なに、この俺様野郎。


「だから私はあんたなんか願い下げだって言ってんでしょ!」

「オレだって認めてない!」

「なら離してよ!」

「オレに命令するな!」


 そんなこんなで腕を掴まれたまま連行されて、ぽいと寮に放り投げられて、私は部屋に入るなり手紙を書いた。帰りたいって。

 なのに。

 結局、家に連絡をいれても帰ってくるなと怒られて、行くところがなくて学園生活をすることになった。

 返信の手紙には、カイン君と仲良く云々書かれていて、いつの間にか両親まで乗り気になっているのには心底驚いたのと同時に、なにを言っても暖簾に腕押しで勝手に婚約状態にされていた。

 そして、教室内では平穏なのに、ひとたびそこから出ると他クラスの女子から誹謗中傷の嵐。

 あいつは優等生ばかりのA組なのに、離れてる教室までわざわざ来ては毎日私に付きまとってくる。

 キレながら。

 ものすごい理不尽。

 だけど、三か月も経てば諦めの境地。婚約者とかなったつもりはないけど、こいつが飽きてくれるまではこの状況に耐えるしかないようだ。

 今日も寮までの帰り道、逃げ出さないようにか手を繋がれて連行される。


「こんなことしてないで、早く他の相手見つけたら?」

「いつ誰がお前の相手になったと言った! 勘違いしてんじゃねえ!」

「じゃあ毎日来るの止めてよ。周りの女子が怖いんだってば」

「お前に拒否権はない!」

「認めないとか言いつつなんで構うわけ? 私だって他に相手見つけたいのに」


 そう。こんないつもキレてばっかな俺様野郎より、もっと穏やかで優しい人がいい。私にだって選ぶ権利はあるはず。


「……このオレを差し置いて他の奴だと。そんな真似してみろ。そいつ社会的に抹殺してやるからな!」

「え、ちょっと……なんかそれじゃまるでヤキモチ焼いてるみたいじゃない」


 なんなの、もう。

 ちらりと見ると奴は少し頬を赤く染めていた。

 え、なに。


「カイン君?」


 気になって初めて名前で呼びかけてみると、今度は耳まで赤くなった。

 なにこの私のこと意識されちゃってます感は。反応が面白くてつい顔を覗き込んでみる。


「こっちみんな!」

「いだっ」


 顔を手で押し返された。

 なんか腹立つなあ。


「ちょっと離してよっ」

「お前に拒否権はない!」

「なに、照れてるの?」

「お前なんかにそんなわけあるか!」


 私のことを引っ張りながらずんずん進んでく。赤くなりながらも決して離そうしない手。赤い顔と繋いだ手を交互に見る。

 ……なんだかなあ。

 なんだか、少し可愛いと思ってしまった。

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