特異体質
ちょいグロ注意
西の森に着く頃にはすっかり日が暮れて、星が見え始めた。明かりを点けるか迷いながら歩いていたら、馬鹿発見。のんびり歩いてやがる。夜の森は昼より獰猛な獣が狩り出る時間帯だろうが。旅してるクセに知らねえのか?
「ある〜日、森の中〜」
あろう事か歌ってやがる!馬鹿なのか!?つか、なんの歌だよ!物音嗅ぎつけて来るぞ!
「クマさんに〜、であ〜た」
「うるせえ!」
「おっと、壮大なブーメランだ。」
「気付いてたのかよ…」
「そりゃあ、あんな熱烈な目線を送られたら意識もしちゃうわ。」
身体を抱いてくねくねと揺れる黒髪は、能天気すぎる。こいつの頭はさぞ快適だろう。
「イモムシの真似はいいから、さっさと森を抜ける事を考えろよ。」
「あたー…結構ショックだ。イモムシ…えぇ……」
「(うぜえ。)」
マジでシュンと項垂れて落ち込む黒髪につい声をかけそうになったが、静かで丁度いいのでそのままにしておく。
「(…こいつ真っ黒だから闇に溶け込むなぁ)」
別に心配して来たわけじゃねえけどな。俺は、自分の素直な意志に従ったまでだ。
「…………………。」
「…………………。」
二人で、黙々と夜の森を歩く。夜風が頬を撫で髪を揺らす。満天の夜空に飾られた月の明かりだけで前が見える。風に遊ばれる葉の擦れる音が耳に心地良い。たまには、こういうのもいいかもしれないな。
「……………そういえば、夜は危ないとか言ってなかった?なんで、居るの?」
思い出した様に俺を見上げてそう言う黒髪に機嫌の良い俺は
「たまには、森の夜を過ごしても良いかと思っただけだ。」
「馬鹿だねぇ〜」
「あ?」
「怪我人を夜の森が見過ごすわけないじゃん。」
「!!?」
注意散漫になっていた。咄嗟に辺りを見渡せば、森の影には既に幾つもの光が見える。血の臭いに寄ってきた獣が既に俺達を囲んでいた。
「!!…お前知ってて…なんで」
「馬鹿だからだよ。」
「は?」
「早く逃げないと危ないよ。」
「……逃げたら、お前は」
「おじさんが気にすることじゃないよ。」
ニコニコと何処か不気味な笑みを浮かべて、辺りを見回す。
「俺が目当てだから、おじさんは今の内だよ。逃げないと。」
「………はっ、流石の俺でも獣の足には勝てねえよ。」
「?」
お、その表情は初めてだな。きょとんとして目を丸くした黒髪。
「お前を担いで逃げ切れる気がしねえ。」
「!………この、お馬鹿さんが」
「はっはっは!」
『グルルル…』
くぐもった唸り声を漏らす腹ペコの獣達が姿勢を低くしたのか、光が見えなくなった。
「おじさん、ジョークは置いといてガチで逃げた方が良いよ。」
「お前逃げる気ねえだろ。」
「まぁね。」
逃げ切れるわけないしな…月明かりしかねえが応戦出来るか?腰に差した刀の柄を握る。
《ザン》
獣達が一斉に俺達二人の前に躍り出る。月光狼か…厄介だな。月夜に姿を表す狼だ。
「お前、戦えんのか?」
「……………。」
無言かよ。どうだかしんねえが、数が多い。心配してる余裕はないな。さっさと片すか。先手必勝!こちらに狙いを定め飛びかかってくる狼を迎え撃つ様に踏み込み、刃を鞘から抜き放つ。
「雷光一閃!」
《バリィ》
『ギャイン!』
激しい閃光を宙に走らせた一太刀。
「へー大太刀じゃん。鞘の大きさにツッコミ入れてもいい?圧倒的に出てきた刃の方が長いんだけど?」
「細工してあんのさ。うらぁ!」
「雷属性付加の大太刀に空間魔法の付加有りの鞘……面白いもん持ってんねえ。」
「ふん、褒めてんのか?」
「ベタ褒め。おじさんは、良いもん持ってる。だから」
《ダッ》
「っおい!!」
「俺に付き合う必要ないよ。」
其奴は突然、道を外れて森の木々の中へ走って行った。馬鹿…というより命知らずな行いだ。死にに行くみたいな…あ?
「(…彼奴)」
『ガウガウ!』
『グルルル…』
「チッ…さっさと終わらせてやるよ。」
一先ず、眼前の敵を排除しちまおう。黒髪が気掛かりだ。刀を構え、狼共をしかと見据える。どう動くかお互い探り合う。ジリジリと俺を観察しながら動き、ピタッと止まる。丁度俺を囲った形でだ。
『ガルルル…ガァ!』
背後の一匹が口火を切ったのを合図に囲っていた狼共が一斉に向かってきた。普通の刀なら、一匹位は俺に食らいつけるだろうが、生憎俺の相棒は守備範囲が広くてな。
「円雷!」
軸足を作り狼目掛けて一回転。大太刀が雷を引き連れ狼を喰らい尽くす。
《バリバリ…》
「おっと、調整狂ったか。」
雷の威力が強過ぎたのか後に残ったのは丸焦げの狼。こりゃさっさと退散しねえともっと寄ってくる。黒髪の走って行った方へ向かって道を逸れた。
最近降った雨のおかげで土が泥濘んいて足跡を残してくれている。それを追っている最中に、黒い布が血痕付きで落ちていた。急がねえと。
戦えんのかと聞いて、彼奴は答えなかった…本当に戦う術を持っていないのかもしれない。
「……はぁ…はぁ……間に合えよ」
なんで、こんなに必死になって彼奴を追ってるんだ。彼奴が死んじまうんじゃないかと不安になるのは何故だ。いや…今はいい。とにかく、走れ。
『ガウ……ガウ…』
狼の鳴き声が聞こえた。足跡も聞こえた方に向かっている。近いぞ。狼の姿を捉えたところで、刀を構えて突っ込む。
『ガウ…』
『ウルルル』
「………………。」
言葉を無くすには、十分な光景だった。狼達が群がり、血肉を貪る音が聞こえる。ぐちゃぐちゃと咀嚼音が生々しく響いている。狼共の隙間から、放り出された手が見えた。脱力した、力の無い手。
俺に強引に傘(葉っぱ)を持たせてきた手だ。薬を寄越してきた手だ。
刀を握る手に力が入り、腹の底がフツフツと煮えてくる。そんな俺に共鳴して、刀の雷も激しさを増していく。
《バリバリ、バチン》
「…この、獣共が!」
「はいストーップ!」
「!!?…ああ?」
先程まで、脱力しきっていた手がピンと肘から上が立っている。はぁ?どういうこった。
「な…え……はぁ!?お前それ、死んで…え?大丈夫なタイプ?」
「チッチッチッチ…おじさんもまだまだねぇ。モブの無茶な行為をする奴に着いてくのは死亡フラグだよ。」
人差し指を立てて左右に細かく揺らして、呆れた声で俺に何か言ってるが、今の俺には其奴の言葉を処理できるような余裕はない。狼共は、未だに食事を止めねえ。まずは、こいつらだ。無防備なところを蹴っ飛ばして散らす。大丈夫かと黒髪を見れば
「っうわぁぁ!」
「模範解答のリアクションだね。」
「は?………ゾンビか?」
腹に穴開けて、内臓も食い散らかされた跡があり、右頬も齧られて歯が剥き出しになっている。
「ゾンビなら、俺も納得出来て対処出来るけど…体質でね。」
血がドロドロと流れ出ているのに、本人は全然気にしていない。ああ、やっぱりこいつ死にに来たのか。しかも、死ねない体質とか笑ってやがる。疲れた様に笑ってやがる。
「体質か何か知らねえけど、俺の前で死なれちゃ困るな。」
「追ってきたのそっちですけどぉ?」
「うるせえ!とにかく、俺の目の届く範囲では死なせてやらねえよ!!」
「……………………。」
一瞬…黒髪から物凄い視線を受けたが、本当に一瞬で何の視線だったのかわからなかった。
「あー…そういうのイイから。迷惑だ。」
「そうかよ。知ったこっちゃねえな。元はと言えばお前が引っ掛けたんだぜ?」
「…うっ、確かに正論……あぁぁーもう!わかったよ!!」
《ブオン》
いきなり、大声を出して空間からロッドを取り出した。魔法には疎いが、一目でそのロッドが立派なもんだってのは素人目でもわかった。
「力技じゃ!!」
こいつ、魔法使いかよ!知恵者が多いって聞いてたが、例外もいるもんだな。
「“獄炎柱”!!」
しかも、無詠唱!ロッドをテクニカルに振るい、天へ向けた途端に其奴の背後から大きな炎の火柱が上がった。
《ドゴォォ》
「おわ!」
高っ!!何処まで登ってんだあれ。
『ギャン』
『クゥー…』
炎に怯えて狼も集まってきていた獣も逃げて行った。完全に獣共が居なくなった頃に漸、轟々と燃えていた火柱が消滅。ロッドも宙に溶ける様に消えていく。
「ふぅ…」
「すげえな。お前、そんなの出来んの?」
「コレでも魔導師だからね。」
「…………。」
こんな奴が魔法使い…世も末だな。
「さぁ…森を抜けよう。おじさん。」
「…おじさんじゃねえよ。俺は、ライゴウ=クレナイだ。」
「………ライゴウさんね。んじゃ、行こうか。」
「待てよ。この流れどう考えても自己紹介の流れだぞ!空気読めよ!俺が一人だけ浮かれて事故起こしたみてえじゃねえか!」
「事故紹介ですなぁ!うまい!」
「うまくねえよ!」
「なはは!俺は、クズ。」
「お、おう。クズか。」
すげえ名前だ。呼びずれえよ。
「月も真上にきた時間だね。さっさと行かないとな。」
「せめて、内臓しまってくれ。」
「おっと、失敬。デリケートなもんだもんな。」
そのデリケートなもんを素手で戻すのかよ。まぁ、別にイイけど。
「ライゴウさんは、不思議な人ねえー。普通みんな怖がるのに…」
「俺は侍だ。時には人を斬って内臓ぶちまけさせることもあるからな。」
「いやそっちじゃなくて、死んだのに生きてる俺をだよ。」
「あ?生きてんだから、死んでねえだろ。」
「………馬鹿だな。おじさん本当馬鹿だ。馬鹿馬鹿。」
「んだと!」
「それじゃあ俺、死ねねえじゃん。」
「…………死にたいのか?」
「ああ、死にたいさ。何度だって挑むよ。俺が本当に死ぬまでね。」
意味がわからねえ。なんで、そんなに死にたがる。なんで俺は、クズに構いたがる。
「……面倒くせえな。俺もお前も。」
「?」
「うしっ!どっちが先に森から出れるか競争だ!」
「うっ!怪我人相手に何言ってんだコイツ!大人げねえ!…“瞬間移動”。」
「どっちが大人げねえんだよ!!」
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後にその森には炎の神が舞い降りたと言う伝説が残されている。夜空から森にかけて、炎が天と地を繋いだとされている。人々の様々な憶測は飛び交い何時しか、炎の神があの森に降り立ったのだと広まった。それから、森には炎の神が居る、夜には森に立ち入ってはいけない、などという噂も立ち誰も夜の森には近寄らず炎の神の降臨を拝んだ地域は森の獣からの被害が激減した事もあり、炎の神はその地方の護り神だと今でも奉られている。
後にチラリと伝説の英雄の仕業ではないかと言う事も上がったが、炎の神が根付いた後の事だった事もあり共感は得られなかった。
レモンの入れもん!!!!!!11!!!1!!