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二度の交信は失敗に終わる/ブラックリストの紳士たち

#1


 時代修基はこれまでに二度、自分が大宇宙の意思と交信することができたと信じている。


 一度目の交信は満員電車の中で腹痛に襲われた時に訪れた。下腹に熊手でえぐられる様な痛みを覚えた彼は、最初のうち次の駅へ着くまでの時間を数え、他にも平然とした顔で電車に揺られている周囲の人間を呪うなどしていたが、その内諦めて遥かなる宇宙のことや自分がこの世に生を受けた意味に思いを馳せ始めた。すると途中で何やら自分の腹痛について神秘的な啓示を受けたような気になって、何と目的地の駅まで一度も降りることなく、完璧に便意を封じ込めることに成功したのだった。


 だがそんな事は大したことではない。問題は二度目だ。


 その日時代の住む水仙町には、一日を通して雨が降り続いた。彼が学校から家に帰る間は特に雨の勢いが強く、また風も強さを増していた。当時中学二年生だった時代は、そこでふと霊感に打たれることになる。彼はあろうことかそれまで差していた傘を放り投げ、その身を悪天候のただ中に曝したのである。瞬く間にずぶ濡れになった彼は感激して声を上げ、小躍りしながら全身に雨を受け続けた。


 さて、そんな時代だが、今校庭の隅で誰に顧みられるでもなく頭を抱えてうずくまっている。生涯二度目の大宇宙との交信を思い出したためではない。仮に思い出したとして、あれからまだ1年しか経っていないのだから、彼がまた違った立場で自分の行動を見つめ直すのにはもう少し時間がかかるだろう。


 彼の頭は実際に割れるように痛んでいたのだ。


「どうして俺だけがこんな……」


 彼の口から僅かな怨嗟の声が漏れた。制服姿で苦し気に地面の上を這いつくばる彼の元に、駆け寄ってくる人間はいない。同級生も担任教師も、校庭の反対側で転倒して骨を折った佐々木の周囲に集まっていたからだ。今朝方から軽微ではあるが頭痛を感じていた時代は、体育の授業の際クラスで一人だけ見学を申し出ていたのだった。


「し……死ぬ……」


 頭蓋で神経が拍動するような激烈な痛みと目まいに襲われ、時代は砂まみれになりながら地べたの上で身をよじった。彼にとって自分はもう頭の縫合が外れてしまったも同然だった。穴という穴から血が出ていないのが不思議なくらいだ。


 助けてくれ。声にならない声とともに遥か彼方にいるクラスメイト達の方を見やると、そこには佐々木一人のために保健室まで駆けていく者や、元気づけるために声をかける者、固唾を飲んでその安否を見守る者達の姿がある。


「うっ腕が……」彼の声が届くことはない。


「腕が折れた程度で死ぬかっ!」


#2.


「命は……」


 いつしか時代は身をよじることをやめ、仰向けに寝転んでいた。視界が雲一つない青空で一杯になって、すぐに涙で幾重にも滲んだ。右手は砂を掻き抱いたが、何も残らず零れていった。


「平等ではないのか」


『否』


 朦朧とした意識の中に、その言葉は降りきたった。どこから聞こえたのかは定かではない。天から舞い降りたようにも、地の底から沸き立ったようにも、或いはその両方とも思えた。


「誰にも命を踏みにじる権利などありはしない」


 真理を告げる言葉が、時代の喉から溢れた。その時彼は全生命の代弁者と化し、その苦痛を一身に受けて泣いていた。瞬間のうちに彼は無数の幻覚を見た。それらはこれまで人類が自然に対し行った筆舌に尽くしがたい仕打ちの数々を雄弁に語る。そしてまた同時に、無数の生物の怨嗟の声や嘆きが彼の頭の中に響いていた。


「守らなければ……誰かが……弱い者を」


 今この瞬間にも。時代の視界に、地球環境を脅かさんとする者たちの中で最悪の数名のヴィジョンが浮かび上がった。


 『発狂教授メンゲレ』。ブラジルからドイツまで世界各地を徘徊し、怪しげな実験をして回る怪人物である。森林に毒を撒き、また川を劇薬で汚染する。これらは深刻な遺伝子汚染を及ぼす。


 『閉塞者(エンクロージャー)』。錬金術師だ。地下室で冒涜的な術を磨き続け、今や万物の法則に手をかけつつある。生物世界を根本から犯しかねない危険な人物である。


 『アダム』。国際的な投資を行う大富豪である。まるでありのままの自然環境を憎むかのように、積極的に未開の地の開発を手がける。何千とも何万とも言われる私兵を持つが、狂気じみた彼の思惑は何者にも読み解くことができない。


 『サーベラス』。『ゲトマン』。『ワトーナイ』。そして一級の危険人物には劣るものの、恥じらいもなく生物の道理を踏み外した二等、三等の悪党たち。時代はこれらを血祭りに上げることが自分に課せられた使命であると心の奥深くで理解した。そかしそれは最終目的ではない。あくまで優先して取るべき行動である。このままでは永遠に続くかと思われる環境への虐殺を、取り除く手段は一つだ。


「そして人類種を滅ぼす」


 つぶやいた途端に頭痛は止んだ。幻覚の過ぎ去った後には、見慣れた校庭の景色が残った。一見なにも変わってはいなかった。相変わらず同級生と教師たちは遠くにいて、誰一人時代に近づいてきてはいない。では彼が見たものはやるせない白昼夢に過ぎなかったのだろうか。いや、そうではない。


 その証拠に、見よ、彼が横たわる地面の上には、砂地を削って大きく『命』の一文字が描かれているではないか。


 彼は立ち上がった。すると不思議と彼の体からは残らず砂が剥がれ落ち、衣服のブレザーとネクタイはゆらりと宙に浮き上がった。そして彼は空を一瞥する。もはや佐々木眼中になし。急ごう、いや急がねばならない。何としても許してはならない鬼畜の一人、メンゲレが水仙町へ来ているのだから。近くに! 近くに!

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