リア充少年の暴露
少年は激怒した。
静かに、激しく、怒りを隠して。
放課後の図書室は毎日、読書部員や勉強をしに来ている生徒がたくさんいる。そのうちの一人、銀縁眼鏡の少年は図書室の窓から駐輪場を見ていた。
そこには同学年の、何度か顔を見たことのある男子と女子、二人の生徒がいた。
三階からなので細かい表情は解らないが、二人とも楽しそうにしている。が、対照的に少年は冷たい眼でそんな二人を見下していた。
「……ア…ゅう、め」
小さく、吐き捨てるように呟き、窓際で読書を始めようとした、そのとき。
〈ガラガラガバシンッ!〉
扉を乱暴に開ける音がした。
「静かに――――「やっぱりここにいたわね」
図書委員の声を遮り、少女はおさげ髪を揺らしながら中に入ってきた。
「……静かにしてくださいね?」
忠告はした、とでも言うように、それきり図書委員は黙って本を開いた。
周りの生徒は図書委員も含め、完全に本の世界に入っているように見えるが、その八割の聴覚は少年とおさげ髪の少女に向いていた。ちなみに残りの二割は、興味津津な様子で見つめる生徒だ。
「……やあ、今日は読書日和だから。この有名な作品でも読もうかと」
「走れメロス、ね。私は中一の時、読書感想文をそれで書いて優秀賞とったけど」
嫌味かよ、と少年は小さく呟いた。
「……じゃあさ、君も何か読みなよ。せっかく図書室に来たんだ。このままじゃ、周りの人の迷惑になってしまうよ」
「今のあなたの行動が私にとって大迷惑。それに、今日は生徒会の会議があるのだけれど?まさか忘れてないわよね?」
「うん、忘れてないよ。たしか十分前から始まっていたよね?」
図書室に静寂がやってきた。
「……メロスは、セリヌンティウスを裏切って逃げようかと迷ったけれど、やっぱり彼は友のもとへ戻ってきた……」
「へ?」
「熱い友情が、そこにはあったから! でも何? あなたは全校生徒千二百人の代表として生徒会長になったのに逃げている。自分の意思で会長になったのに?」
メロスについて熱く語る少女に若干引き気味ながらも、少年は口を開いた。
「……だって思ってたよりもめんどくさいし、個人情報盗めるわけでもなかったし、トップになって威張りたかっただけだし……」
周りの生徒――――観客が聞き耳を立てるこの状況で、あっさりと野望をこぼした少年に心の中で拍手を送った者は少なくなかった。
「私は……あなたが会長をやると、そう言ったから副会長に立候補したのに!」
少女の突然の告白に、またしても図書室に静寂がやってきた。
(な、何あれ……おもしろいんだけど!)
(ムービー撮りたい!)
観客はまさかの展開に息をのんだり、笑いをこらえたりと、この状況を楽しんでいた。
「小五のときに学級委員になったのは、学級会のときにあなたの隣に並びたかったから。小六のときの委員会も……」
「もういいよ」
少年は、少女の肩を優しくたたいた。
「負けたよ。今から会議に出る」
「……本当に? じゃあ、これからもさぼらずに会議に出るって……約束してくれる?」
涙で瞳をキラキラとさせながら少女は少年を見つめた。
「あ、ああ……。モチロン」
「……チッ。信用できないわね」
少女の表情はさっきの『乙女モード』から一変し、『頼れる副委員長』になっていた。
「謀ったな!? 演技だったんだろ!」
「何のこと? さあ、行きましょうか」
「え、ちょっと、手……」
少女に手を握られた少年の顔はリンゴのように赤く染まる。
「痛い痛い痛い痛い! 強い強い強い強い!」
「本当は蹴り飛ばして地球一周してほしけれどね、これで我慢するわ」
少女は図書室の出入り口で立ち止まり、振り返った。
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
綺麗な姿勢のお辞儀をすると、少女はおさげを揺らし、階段を下りて行った。
「痛い痛い痛い痛いーーーーっ!」
悲鳴とともに。
その風景を見て、観客は唇を噛みしめていた。
『……リア充め!』
その場にいた全員が、そう思ったとか思わなかったとか。
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『もう休憩は終わりだ。
……だが、次の鬼ごっこで最後みたいだ。
では、楽しもうじゃないか』
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