ワンス・アポン・ア・タイム・イン・亀 沈黙の龍宮城
桃太郎と金太郎に引き続き、オーソドックスで勧善懲悪な物に仕上がりました。
起
昔むかし、漁師の浦島太郎が浜辺を通りかかったところで、一匹の大きな海亀が、海の荒くれ者こと海賊共に囲まれていじめられていました。この事態を見捨てることをせずに、浦島太郎は毅然とかつ余裕を感じさせる態度で、海賊共の輪に入っていきます。
「君たち、弱い者いじめは良くないな」
と、魅力的で野太い屋良ヴォイスが放ったその姿は、目測で六尺五寸と思われるうえに大変に逞しい躰つきをした、長四角い顔の実に隙のない精悍な丈夫でした。おまけに、長く艶やかな黒髪を、総髪にして襟足でひとつに括っていました。縦も横も厚みもある巨体な漁師を見た途端に、海賊共は凍りついてしまいます。当然のけっかでしょう。なにしろ、この浦島太郎は見た目からただ者ではない男でしたから。
しかし、そこは海の荒くれ者こと海賊。輪の奥の中央に立つ、賊の頭らしき顎髭をたくわえて、刀の鍔を眼帯にした男が凄みをきかせて声を吐き出していきます。
「おう、おう、兄さんよ。俺たちがこの亀をどうしようが兄さんには関わりねぇ。とっとと失せな」
「ヒャッハー! そうだぜ、馬尾野郎。俺たちゃ、今からコイツを海亀汁にして啜ろうが刺身にして喰らおうが、そりゃお前さんにゃ関係ねぇこった。用がねぇなら、さっさと失せろ! ヒャッハー!!」
と、甲高い声で、天を突かんばかりのような鶏冠頭をした骨皮姿の痩せ男が続いてきました。そして、浦島太郎は、手前に居た、縮れ毛もじゃもじゃで、頭に柄物の手拭いを巻いた男から、後ろから抜いた青竜刀を突きつけられてしまいました。
「おうよ、馬尾野郎。オメェは邪魔なんだよ。命が惜しけりゃ―――――」
そう最後まで云う前に、縮れ毛もじゃもじゃ男の手元の青竜刀が、衝撃とともに外されて、顔と腹とに拳を喰らってしまいました。宙に舞った青竜刀を受け取った浦島太郎は、間髪入れずにその隣りの出っ歯男をめがけて振りかざしたのです。袈裟に深く青竜刀を食い込ませたまま、出っ歯男は倒れました。縮れ毛男の喉仏を蹴りで潰したのちに、すかさず、鶏冠頭男へと手刀を手加減無しで頸動脈に打ち込んで倒し、最後は頭の眼帯男に飛び蹴りを喰らわせました。でも、そこは荒くれ者の頭、蹴りだけでは倒れません。咳き込んで起き上がりながら、三つ叉の矛を突き出していきます。
しかし、それもむなしく振り払われたと同時に腹と顔に拳を喰らって、痛さに仰け反らせた隙を突かれて浦島太郎から背後を捕られてしまいました。それから、首に腕を巻かれた瞬間に、木の枝を折る音を立てて折られてしまい、倒れました。
「もう怖がる必要はない」
そう、地面で怯えていた海亀に優しく声をかけていきます。すると、浦島太郎を確認するなりに、この海亀は、目を輝かせながら口を開いていきました。
「あ、ありがとうございます。貴男は私の命の恩人です。是非お礼をさせてください」
「いや、君が袋叩きにあっていたのを助けただけだから、お気遣いは無用だよ」
「いえいえ、そんな御謙遜なさらずに。私どものお礼を受けていただきたいのです」
――“私ども”……?―「分かりました。そこまで云うのでしたら、いただきましょう」
「いやあ、ありがとうございます。では、さっそく、貴男を竜宮城へと御招待いたしますので、私の背中にお乗りください」
こうして、浦島太郎は助けた亀に連れられて、龍宮城にへと向かいました。
承
そして、捕らえられていました。
それは、巨大な冷凍庫の中。
縄で躰じゅうを縛られています。
亀の甲羅を象って。
キッコウ縛りと云います。
浦島太郎は、助けた亀に連れられたと思ってみたら、いつの間にやら冷凍庫で目を覚ましてしまったのです。これはまた不可思議だぞと思いつつも、記憶を探っていきました。
―――確か、はじめは。
海亀から渡された、金魚鉢をひっくり返したかのような硝子の器を被って、海深く潜ってゆくと、そこには煌びやかな宮殿を目にしました。
海底に建つそれは、朱と漆と黄と白とで彩られた眩いばかりに輝く龍宮城。宮殿じたいから光りを放っているようです。ちょっとやそっとでは、絵に描けません。まさに、絵にも描けない美しさです。
そんな宮殿内に案内された浦島太郎は、これまた龍宮城の美しさに匹敵するかのごとき、精悍さをそなえた美女から丁重に迎え入れられました。その美女の頭の両側から後方に流れるように、羚羊を思わせる角を生やしていました。
「私は、乙姫と申します。この度は、仲間の亀を助けていただきまして、ありがとうございます。今から催されます宴は、私どものほんのささやかながらのお礼ですが、どうぞ楽しんでいってくださいまし」
「こちらこそ、ありがとうございます」
そして、世にも豪華絢爛なる宴が始まったのです。“鯛”と“鮃”と名乗る美しい娘ふたりが現れて、舞台で舞いを披露。この娘ふたりの他にも、宮殿に仕える男や女たちによる演目が次々と行われていきました。このような、今までに体験したことのない宴会に浦島太郎は、酒の入りもあってか、味わったことのない高揚感を覚えて、終いには“鯛”と“鮃”と一緒に舞い踊ったのでした。足元は安定性を失って、まるで海中を浮遊しているかのよう。
―――ここから先の出来事が飛んでおり、浦島太郎は冷凍庫で目覚めたのです。確かに、つい先ほどまで宴会を楽しんでいたはずなのに、いつの間にやらこのような肌寒い場所に閉じ込められていたのは、実に奇妙奇天烈なことです。そんな冷凍庫の周りをよくよく見渡してみれば、吃驚仰天。数々の巨大な硝子の筒に入れられた、逞しい男たちがいたではありませんか。それは、透明な液で満たされて、管から何かを送られており、殺さず生かさずの状態でした。
これらに目を向けた浦島太郎は、悲痛な表情を浮かべていきました。
宮殿内の乙姫の部屋に、椅子に腰かけている主の乙姫と浦島太郎に助けられた海亀がいました。ふたりはなにか言葉を交わしています。
「“亀”よ、御苦労であった」
「いえいえ、私めには勿体無い御言葉です。乙姫……いえ、宮滞羅様」
「そう謙遜するでない。お前たちは妾と妾の父、宮栖屡に仕える奉仕種族であろう。相変わらず見事な働きぶりだのう」
「滅相もございません。ただ、与えられた事をしたまでです。はい」
「ふふん。まあ、良い。―――お前の話しを聞けば、あの浦島という男は、瞬く間に海賊共を倒したらしいな」
「はい」
“亀”の返事を受けたのちに、乙姫こと宮滞羅は、その精悍な美貌に思わず凍てついてしまいそうな微笑みを浮かべていきました。
「あの浦島、人間にしておくには実に勿体無い。ぜひ深き者に変えて妾と父に奉仕させたいよのう」
そして、乙姫は、椅子に腰かけたまま長い脚を組んで頬杖を突くなりに“亀”へと切れ長な目を流しました。
「もうそろそろ浦島はくたばっているはずじゃ。活きの良い者をふたりよこして、冷凍庫から奴を取り出し、改造手術の準備に移れ」
「御意」
浦島太郎に、思わぬ危機が遭遇しました。いったい、どうやって切り抜けるのでしょうか。
転
龍宮城のお台所によこされたのは、“青”と“撞木”という名の、鮫のごとき容貌をした男たちでした。それぞれ改造した弩の照準を合わせる、まるで狙撃銃を思わせる構えをとりながら、お台所じゅうを警戒していきます。
一方その頃。冷凍庫に監禁中の浦島太郎は、二日三日の長時間も閉じ込められていたのにもかかわらず、髪の毛の一本さえも凍りついていませんでした。白い息を吐いているていどでした。驚き桃の木山椒の木です。しかし、未だに亀甲縛りのままでは何も出来ないので、ふんっとひとつ力んでみた途端に、躰じゅうを緊縛していた縄を千切ってしまいました。これで意のままに動けます。そして、外に二つの気配を感じとった浦島太郎は、冷凍庫の内部に目を配っていきます。
そのお台所では、改造弩を身構えている“撞木”と“青”が、扉を両側から挟むように冷凍庫の前で立っていました。静かなのを確かめたのちに、鍵を引いて片手で改造弩を構えながら開けて入っていくと、そこには監禁していたはずだった浦島太郎の姿が見当たらなかったのです。それでも何処かに隠れているかと思いつつ、あらゆる内装を探っていったときに、突然“青”の上の排気口の木枠が開いて顔面に当たりました。続いてその中から飛び出してきた足に“撞木”は蹴飛ばされました。
そうして冷凍庫から脱出した浦島太郎は、お台所じゅうに灯されている蝋燭の火を消したのちに、身を潜めました。
えらい目に遭ったもんだと思いながら、鮫のふたりが冷凍庫から出てくるなりに、“撞木”から“青”に二手になれと指示を送ります。
薄暗いお台所で、浦島太郎は大柄なその身を屈めながら移動していき、包丁を手に取りました。少しずつ頭を上げていき、暗い中で動く影を確かめるなりに、その包丁を、刃のほうを摘んで投げつけたときに、標的の“青”の頸動脈へと突き刺さり、声をあげることも出来ずに倒れていきました。そして、“撞木”の前に現れた浦島太郎は、手元から改造弩を弾いて壁に叩きつけます。しかし、“撞木”もタダではやられません。浦島太郎に掴みかかるなりに押し倒して、逆手にした匕首を喉へと突きつけていきます。が、あっさりとひっくり返されたけっか、匕首の手を除けられたまま、浦島太郎の肘を喉に全体重を押しつけられたときに、“撞木”の喉は潰されて、絶命してしまいました。
“撞木”の亡骸から匕首と改造弩とを奪い取ったのちに、竃に火をおこしたあとに、白磁の器の中に砕いた硝子と包丁と菜種油と固形の動物性油脂などを数種類ほど「適当にぶち込んだ」ものを、そのまま中に入れっぱなしにしてお台所をあとにしました。
「そろそろ“撞木”と“青”からの連絡があっても良い頃だがのう」
別室に移動していた乙姫が、海亀にそう話しました。
「おかしい。これは遅すぎる。“亀”よ、使える者を四名ばかりつけて、妾と一緒にお台所へ行ってみようぞ」
「ほ、本気でございますか?」
それから、乙姫は海亀と共に、改造弩を装備させた“鰺”と“鯖”と“鰤”と“鱒”とを連れてお台所にへと向かいました。そこに、薄暗いなかで“撞木”と“青”の亡骸を確認したそばで、独りでに火を焚いている竃に乙姫が気がつきます。これに続いて、その音に違和感を覚えました。
「お主ら、伏せろ」
そう乙姫の叫びの刹那に、たちまち竃は唸りをあげて爆発をおこしたのと一緒に、あらゆる破片を吐き散らしてしまいました。瞬時に身を翻して跳び退けた乙姫と海亀と“鰺”と“鰤”は、危機一髪で助かりましたが、あわれ“鯖”と“鱒”が硝子や包丁の破片と爆風を受けてしまい、倒れました。流し台に隠れて爆発から回避した乙姫は、早よう消化せいと“鰺”と“鰤”に指示を送ったあとに、歯を剥き出した顔で海亀のほうを見るなりに、ひと言投げつけました。
その前に、まず海亀から質問です。
「今のあれは、いったい……」
「時限爆弾じゃ。―――おのれ、やってくれるのう浦島。―――おい、“亀”よ。妾の城を荒らし回っているあの浦島太郎とか云う男は、本当にただの漁師なのか。遣いをやって奴の素性を調べて参れ」
「ぎ、御意」
結
一方その頃の浦島太郎は。
龍宮城を進むその先々で、次々と屍を築いていきました。彼に向けて、武器を突きつけてたり斬りかかったりしても無意味でした。浦島太郎に刃向かったが最期、みずから死にに行くのも同然です。
そうして武器庫兼工場に足を踏み入れたときに、乙姫の手下どもが作業中のところに遭遇。馬尾頭の侵入者に気づいた“鮪”が、鋸を振り下ろすも、払いのけられて空いた脇腹にへと逆手に持った匕首から貫かれました。続いて浦島太郎は、大きな金鎚を振り回してきた“梶木”をかわしたのちに、その男の“こめかみ”を匕首の柄で殴りつけて、すかさず喉仏を切っ先で貫きます。“梶木”の倒れたあとに“目鉢”と“本間”とが一緒に飛びかかっていくも、浦島太郎から、まるで薙刀を扱うかのように振り回してきた釣竿によって首を斬られて、吹き飛んでいきました。
殴りかかってきた大柄な“甚平”の拳をとって捻るなりに、作業台へと叩きつけます。そして、蹴りかかってきた“小判”の胸元に踵を喰らわせたそのときに、隙を突かれて“甚平”により背後から腕を巻かれてしまいました。この機を逃すなとばかりに、勢いよく飛び起きた“小判”が、浦島太郎の腹をめがけて、きえぇーっだのあたーっだのの気合いを込めた奇声を発しながら爪先を幾つも突き刺していきます。しかし、浦島太郎にとっては呼吸を合わせてダメージを抑える事は朝飯前のお茶の子さいさいだったので、当然痛くも痒くもありませんでした。それから数発ほど蹴りを受けたあとに、踵で“小判”の膝裏の靱帯を切って、お礼と云わんばかりに爪先を顔面に突き刺しました。次に、腹で結ばれていた“甚平”の指を掴んで捻りあげて、解いて脱出。刃物類の置いてある工具棚に背中を叩きつけたのちに、槍のように突き出した踵で、胸骨を破壊しました。
それから、宮殿の中心部。
つまりは、龍神の間。
乙姫が、腹心や手下たちの深き者どもにへと指令を出す部屋です。ですが、その中には乙姫も海亀も居ませんでした。入ってきたのは、ただ浦島太郎のみです。中を見渡していきつつ改造弩を構えていたところに、海亀に後ろから声をかけられてしまいました。
「おっと、浦島の旦那。そこまでにしていただこうか。―――まずはその弩を渡してもらおう」
そう改造弩を背中に向けたまま、浦島太郎から武器を奪って、さらに後ろへと放り投げました。「全く、驚いたよ」と呟きながら浦島太郎の前に回ります。
「お前さんが、あの浦島子だったとはな。朝廷からの命で我々を潰すように来たのかい。―――密使さんよ」
「まさか、俺はもう、引退したんだ」
「引退?―――そうだよな。彼奴らの汚い尻拭いを続けるのは、いい加減御免だ。だから俺はこの龍宮城に入ったのさ」
「俺はそうは思わない。俺たちの後に続く若い連中が頑張ってゆけば、汚い世の中もいつかは変わるものだ」
「ほほう。どうやらお前にあって俺には無いものがあるらしいな。それではお前を改造しても、意味は無いようだ」
「なんだ、それは」
「お前と俺と違うもの。お前には信念があるが、俺には無―――――!!」
皆まで云わせることをせずに、浦島太郎が蹴りで海亀の手元から改造弩を弾き飛ばしました。しかし、そこは乙姫の腹心、踏ん張った海亀は腰の後ろから小太刀を引き抜いて逆手に構えてます。浦島太郎も匕首を取り出して、逆手に構えました。
そして、お互いに刃を打合せてゆき、擦れる金属音と火花を散らしていきます。浦島太郎の匕首が海亀の胸元を突いて、手首を切りつけて、鳩尾に横線を走らせました。それらを全て浅手でおさえた海亀は、余裕を見せて「来い来い」と手で合図をしたのちに、踏み込んできた浦島太郎から投げ飛ばされますが、受け身を取って起き上がります。そして、再び刃を打合せていきますが、掴み合いも混ざった様子になりました。遂には両手首を捕られるも、海亀は小手先を使って、小太刀の切っ先で浦島太郎の瞼の上を切ります。しかし、これが最期の抵抗となり、浦島太郎から小太刀を噛まれて完全に塞がれた海亀は、親指によって片目を押し潰されたうえに、その脳天にへと匕首を突き立てられてしまいました。
とどめとばかりに海亀を壁に突き刺した浦島太郎が、ひと言。
「信念を持つんだな」
その次に、後ろで足音を聞いたと思って振り向いた瞬間に、白い煙幕から覆われてしまいました。不意を突かれた浦島太郎は、足下を崩してよろめきます。それは、ちょうど龍神の間へ戻ってきた乙姫が、浦島太郎に向けて漆塗りの箱を開けた為でした。その箱の蓋には、鮹の頭をした龍の怪物の螺鈿模様を施されてありました。煙りに巻かれながらも、驚くほどに確かな足取りで離脱した浦島太郎は、命の危険を察知して逃げることを決意します。しかも、未だに漆塗りの箱からは煙りが出続けており、浦島太郎の躰じゅうに巻きついていきます。煙に巻かれながら背中を見せて去ってゆく浦島太郎を追いかけようとした“鯛”と“鮃”を押さえた乙姫は、元・朝廷の密使の後ろへと声を投げてゆきました。
「浦島太郎よ、これは玉手箱という物でな。開けたら最期、白い煙りを浴びた者は、その体力と筋力と記憶とを奪い去り、その身を“老人のように”変えて、挙げ句の果てには永遠の眠りにつかせるのじのじゃ。―――決して生きもせず死にもせず。終わらぬ地獄を味わうが良い」
そして、扉を突き破って脱出してゆく浦島太郎の背中へひと言強く云いました。
「妾に刃向かった罰じゃ」
これらの言葉を全て耳に入れたのかどうか分かりませんが、執拗に巻きつく煙りに視界を覆われつつも、浦島太郎は海中の深いところから陽の射す海上へと無我夢中で目指していました。
と、ここで、再び記憶が途絶えてしまいます。
それから。
浦島太郎が目覚めた頃には。
時は移り変わり。
二十一世紀の日本の病棟内部でした。
その姿は、まさに老人か仙人のようでした。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・亀 沈黙の龍宮城』完結
このような書き物を、最後までお読みしていただき、ありがとうございました。
また新しいのが書けたら投稿したいと思いますので、そのときは宜しくお願いします。