非現実的なリアル
随分開いてしまいました
夕飯のカレーライスを口に押し込みながら、妹の話す学校でのエピソードを聞き流す。
家のカレーはどうも好きになれない。
前に授業の一環として行われた、何もかもアナログだったころの学校生活体験学習で食べたカレーの味が忘れられず、以来自然と比べてしまう。
ちょっと前に妹がはまっていた当時の若者向けの小説にもそのような記述があったことから、昔から学校給食のカレーライスの魔力は健在だったらしい。
今口に運んでいるカレーライスは完璧な味と栄養バランスのを両立させた一品なのだが、どこか味気無く感じる。
全てを胃に納めると一言ご馳走さまとだけ言って部屋に引っ込んだ。
いつものことだから、父さんも母さんも特に咎めることはなく、妹だけが自分の話の途中で立ったことで不満そうな眼をしていた。
自室のドアを開くと、閑散として空虚なのなかポツンとゲーム器兼ベッドである最新式のVR接続器が眼にはいる。
机や椅子は様式美として置いてあるが使うのはもっぱら妹だ。
部屋には意図的に物を置かないようにしている。
下手に物があると、何者かからの襲撃時動きの妨げになるからだ。
ベッドと壁の間にはお土産でもらった安っぽい木刀がある。
あくまでお土産なのでビームライフルや謎の超能力に対抗するには心もとないが、【主人公はピンチには何か力に覚醒する】の法則の発動まで時間を稼ぐには十分だ。
まるで中学生の妄想のような考えだろう。
しかしその妄想が本当に実現してしまうのが俺の現実である。
今までの主人公歴は中々の物があると自負している。
幼稚園、小学校のころは良かった。
主人公と言っても、児童書あたりの主人公のようなもので精々学校に隠された秘宝を探していたら大人の事情に首を突っ込んでしまったぐらいだ。
このころの友人は比較的普通で優しい。
問題は中学に入ってからだ。
ラノベや漫画の主人公は中、高生が多いのは御約束だと言えば解るだろう。
中学一年初っぱなまず異世界に勇者として召喚された。
休む暇も与えずモンスターを斬り倒す日々にブラック企業で働くサラリーマンも真っ青な精神力と体力を手に入れた。
割かしイージーモードだったので半年程で帰ることができたが、問題はその後だ。
まだ主人公業にもなれていなかった為、人型で知性のある生き物であった魔王をどんな形であれ殺してしまったことに幼い精神は不安定になっていた。
しかも現実でも時間は経過しており、その間変質者に誘拐されていたということになっていたせいでクラスでも気の休まる日はなく。
初っぱなから躓いた中学生活は最悪な幕開けとなった。
幸い義務教育であったため留年はしなかったが、部活などに入るタイミングを逃したため最も安全であっただろうスポコンルートに入ることに失敗した。
そのあとは、第一のVRMMOをプレイしながら、どこか影のある(笑)、クールで無口な(笑)、ミステリアスな中学生(笑)としてラノベ系はだいたいコンプリートした。
年上の彼女がいるとか、四またかけてるとかといった女関係の噂が流れたのもこのころである。
このままでは不良漫画系へ以降するのではないか。
そう危機感を抱いた俺は、ラノベ主人公をこなしながら勉強を頑張った。
そして無事有名進学校に進学。
高校時代は、現在進行形だがギャルゲ系、ラノベ系、ゲーム系の主人公が主だ。
ヤンデレに対する恐怖が骨の髄まで染み込んでいた俺は、間違ってもヤンデレルートに入らないように気を付けながらも夜間は謎の超能力者と戦うというとんでもないハードスケジュールな生活をこなしていた。
我ながら凄いと思う。
しかし、そんな合間で気付いたのが、VRMMOの中でも主人公扱いされるということだ。
主人公の法則は多くてもだいたい昼と夜に一個ずつ。
現在は夜が超能力者系バトル漫画だが、それがVRMMO系になれば夜は安眠できるのではないか。
平均睡眠時間が3時間となっていた俺は藁にすがるような気持ちでVRMMOに本腰を入れた。
その結果がクソゲー(デスゲーム)だが、しかし今までの主人公歴と比べると圧倒的に平和だった。
家族にかかる迷惑が一気に軽減されたのだ。
今までみたいにヤンデレが包丁持って襲撃してこないし、能力の効果範囲に入って巻き込まれることも無い。
平和だった。
だから、俺はVRMMOに拘るのだ。