1,勇者はいらない筈です
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
僕がここに来て、多分まだ数分しか経ってないのかもしれないが、僕にはとても長くここに立って、この光景を見ているような気がする。
囲まれていて、お偉いさん達に頼み込まれている、僕の愛犬、タマも何も貰えずに飽きてきたのか大きな欠伸をし、ついにはお行儀よく座っていたタマが伏せの状態になって、目を瞑り、もう一度欠伸をした。
それを見た神官らしき人の一人は慌てだして「寝ないで下さい。勇者様」などと言うが、タマは知ったこっちゃない、みたいな感じで眠ろうとしていた。
「なんなのだ。この勇者は!人の話を聞かずに眠ろうとしていて!!余は王なのだぞ!!」
「王!血圧が上がりますので、気をお静め下さい」
王と呼ばれた人はタマに無視をされ続け、ついに我慢の限界が来たのか、わなわなと体が震えだし、怒鳴り始め、近くに居た神官さんがそれを抑える。
すると、スーシアと呼ばれた綺麗な男の人が僕の方を見ると、安心させるような優しい笑顔で、何故タマが話さないのか聞いてきた。
「えっと、犬なんだから、喋らないですよ」
「なんだと?勇者なんだから喋るだろうが」
僕がおそるおそる言うと、王様が訝るように言い、勇者なんだから何でもありな感じだと思っている王様に、もう一度同じ事を言ってみるけど、また同じような言葉が帰ってきた。
「王、申し訳ありません。私が召喚を失敗をしたばかりに……」
「どうするのだ、スーシアよ。他の勇者の召喚はできるのか?」
「……やろうとすれば出来ます。ですが、私の魔力ではなく生命力で召喚魔法を発動させているので、次の召喚で私の命は尽きるでしょう」
スーシアさんが申し訳なさそうに言い、召喚魔法のその事実に王様は驚き、慌てたように言う。
「何!?お前が居なくなれば、この国は終わるのだぞ!?ならもう召喚はいい!だからお前はもう休め!!」
「ですが、魔王の方はどうなされます」
「そんなもの後でもよい!よく見れば、顔色が悪いではないか。まずはスーシアが休む方が先決だ!!」
えっ、魔王って普通ものすごい、やばい奴だよね?それを後にするってどう言う事?
その上、あなたが王様なんだから、この人が居なくなったら国が終わるってどんな国なんですか?
何の為の王様ですか?
僕が驚愕している間にも二人の話は進む。
「……分かりました。お言葉に甘えて、身体を休ませて頂きます」
「うむ。それに魔王を倒すのは召喚された犬と、付いて来た者にやらせるから大丈夫だ」
急に僕とタマの事を話されて一瞬、何を言っているのか分からなかったけど、僕も魔王を倒すの!?
「ちょ、ちょっと待ってください!!!僕、戦えないですよ!?それに、タマだって戦えないんですよ!!?」
「知らん!余が決めた事だ。おぬし達には魔王を倒して貰う。一応、仲間も用意していたのだ。まあ、一人だけだがな。それに優秀だとスーシアも言っておる。後の仲間はおぬし達が見つけるのだな」
そんな無責任な、と驚いていると、豪華な大きな椅子と、その椅子に乗っている美人でボンキュッボンのスタイルの良い女性二人とそれを担いでいる筋肉ムキムキのおじさん達が何処からともなくやってきて、王様は綺麗な女性に挟まれるように真ん中に座る。
「では、勇者とそのお付きの者よ。魔王を倒せ。そしてスーシアよ、ちゃんと身体を休めるんだぞ」
王様が椅子に座り、そう言うと、ムキムキのおじさん達が椅子を担いだまま立ち上がり、この場を離れて行く。
それを見て、魔法が使えるんだよね?なのに何で人が担いでいるの?もしかして、使えるのは召喚魔法が出来るスーシアさんっていう人だけ?等と思いながら、僕は口を開け、ぽかんとしながら離れて行く王様と筋肉ムキムキおじさん達、その後に続いて神官さん達も付いて行く姿を、見送った。
ここに残ったのは僕と眠ってしまったタマ、そしてスーシアと呼ばれた、とても綺麗なお兄さんだけだった……。
暫くして、スーシアさんが僕の方にやってくると、目を合わせる為になのか、スーシアさんはしゃがみこむ。
間近で見るその綺麗な顔つきに、僕は思わず顔が赤くなって、心臓も早く動いてしまい、スーシアさんにその事で変に思われていないかな?と考えていると、スーシアさんが申し訳なさそうに微笑んだ。
「申し訳ありません。いきなり、こんな事に巻き込んでしまって……。私の名前は、スーシア・セウス・クリーアントといいます。貴方のお名前は何と言うのですか?」
「田鍋、悠樹です。……悠樹が名です」
「そうですか、ユウキ。……いい名前ですね。ではユウキ、これからの事とこちらの事をお話をしたいので、私の部屋に来てください」
スーシアさんは優しく僕に安心させる様に微笑むと立ち上がり、僕はその言葉にこくんと頷くと、まずは寝ているタマを起こし、それを見たスーシアさんは歩き出す。
スーシアさんは休まなくても大丈夫なのかな、と疑問に思いながらも僕はその後ろの後を付いて行く。
* * *
「本来なら、勇者はこちらに来た時に、この世界の言葉が通じ、話せる事ができる筈なのですが、そちらの勇者の方には効果が出ずに、貴方に出てしまったようですね」
僕は今、スーシアさんの部屋に案内をされて、話を聞いている。
確かに世界が違えば言葉も違うのに、僕はどうしてその事に疑問を思わなかったのだろう。
まあ、突然の事で頭が回らなかったんだから仕方がないか……。
話を聞いているとスーシアさんは僕とタマが召喚された神殿の最高責任者の上、この国でトップ2の権力者で、とっても偉い人だったのだ。
この世界で一番重要な役割が三人居て、そのうちの一人が、あのふくよかな王様らしいのだが、とてもそうには見えなかった……。
とりあえず、この世界の事を纏めると、この世界の国は大きく分けると3つあり、人の国、聖の国、魔の国の3つだそうで、人の国は、人間族、獣人族、半獣族などの種類の人達が多く住んでいる国。聖の国は亜人族、聖獣族、妖精族が多く住んでいて、魔の国は魔人族、魔獣族、妖魔族が住んでいるそうだ。
そして、その3つの国の王はそれぞれ、その土地を守っているので、この世界のトップが3人も居る。
王様達は国の外には出られない。というかお城の外にも出られないらしく、出られるとしたら年に3回くらいしかお城の外には出られないが、お城とは別で神殿には行けるのだという。
何故なら、国の土地を浄化をし続けなくてはいけないからで、そうしないと、草や木、湖などが枯れて国の土地が大変な事になるからだそうだ。
王様は大体、政治等には関与をしない。政治等はその土地の長がやるらしく、王様は土地の浄化に専念させるらしい。
人の国の政治等の役割はスーシアさんがやっている。なんと神官の長との掛け持ちだそうだ。……どおりで王様がスーシアさんの身体をあんなに心配していたんだね。
それを聞いて僕は、スーシアさん働きすぎなんじゃあ、と心配をしてしまった。
「まあ、大体がこの世界の事です。ここまで話して何か質問はありますか?」
「何で、僕達は召喚されたんですか?魔王さんも自分の国から出られないんですよね?」
「……それは、数日後に行なわれる“戦争”に出て欲しいからです」
「“戦争”?」
「はい。三百年に一度だけ行なわれるもので、神が“戦争”という仕組みを考えたのです」
この世界にはなんと、神様がいるらしい。
神様は姿を現さず、ただ自分が作った世界を見て、暇を潰しているそうだ。その神様が創った“戦争”に僕達が出て欲しく、召喚をしたらしい。
“戦争”に勝った国の王様はお城の外にいつでも出られて、どこの国にも好き放題にいけるという、王様が嬉しい特典だ。
言い忘れていたが王様は不老不死らしい。
そして、三百年前に勝った、魔の国の王、魔王がちょくちょく人の国にやってきては、あのふくよかな王様の元へ行き、他の国の名産の事を面白く聞かせてやっては出て行くという、人の王様にして見れば地味な嫌がらせをされ、今度の“戦争”では絶対に勝ちたいので、魔王の天敵は勇者だと、どこからともなく仕入れてきた情報に王様が聞きつけた為、勇者を召喚した、との事。
…………え、なに?そんな事で召喚されたの?僕達。
僕はその事に驚きながらも疑問に思ったことを聞く。
「あの、その“戦争”というのは、どんなものなんですか?」
「三百年前の“戦争”では多くの人達で争い、怪我人も多く出たと王は仰っていましたが、それ以外の事は答えてくれませんでした……」
スーシアさんは綺麗な顔を曇らせ、俯き加減で僕に言う。
僕は何か言わなきゃいけないと思ったが、何を言えばいいのか分からなくて、意味もなく手を左右に揺らしていたら、スーシアさんが俯いていた顔を上げて、僕に安心させるかのように微笑むとこう言う。
「でも、安心してください。死者はどの国にも出なかったそうなので、死ぬ事はまず、ありえません。ただ、複雑骨折や出血多量で倒れるくらいの怪我をするぐらいでしょう」
えっと、何で、そんな人を傷つけないようなとっても優しい笑顔で複雑骨折とか言うのかな?それ、大怪我だよね?即、入院ものですよね?それに出血多量って下手したら死ぬよ?……でも、死人が出てないのは良いよね。良くないけど。
そんな事を考えていたが、続けてスーシアさんが“戦争”の説明を言う。
「“戦争”ではまず、三つの国の王が代表者を選びます。その代表者が仲間を集めて競い合うのです。仲間の人数は何人でも良いそうです。そして、各国の神官から神からどう競うかのお告げを承り、三つの国で争うのです」
「……もしかして、その代表者って」
「ええ。我が国の代表者は貴方の横で眠っている、勇者様です」
ええーー!!!と驚愕をするが、その代表者は今、呑気に大きな欠伸をして、また眠りにつこうとしている。
僕は使用人さんっぽい人から入れて貰ったお茶をすすると、スーシアさんにまた聞いてみた。
「この“戦争”っていうものには国民には何にも被害もないんですよね?なら何でスーシアさんは王様の為だけに命を掛けるんですか?さっき、召喚には生命力を使うって言っていましたよね?“戦争”で得するのは王様だけじゃないですか」
「ああ、それは嘘ですよ」
「はい?……嘘?」
「ええ。召喚には生命力は使いません。私の魔力と神の力を貸して貰い、貴方方を召喚をしたのです。でも本当なら、勇者様を召喚をしたら、すぐにでも返す事も出来たのですが、貴方もこちらの世界に来てしまったので、ついでに貴方も“戦争”に参加をしたら面白そうかなと思ったんです。……それにあのままだと話が終わらなさそうだと感じたのもありますね」
僕はその言葉に唖然としていると、続けて訂正をするようにスーシアさんが言う。
「あっ、でも国民には被害がないのも本当ですよ?それと“戦争”で出ている人も見ている人にも死者がいないのも本当です。ですから安心して“戦争”に参加して下さい」
僕はとても優しそうで、それでいて楽しそうな笑顔をしているスーシアさんを見て思った。
この人はとてもいい性格の持ち主なのかも知れない、と……。
随分と間が開きました
すみません
色々と考えていたら、急にどシリアスになりそうだったので急遽変更していました
読んでくれた方ありがとうございました!
次回の更新も遅れると思いますが宜しくお願いします!!