八話 締結
脱線しかけた話を戻すように、ハルキは言葉を接いだ。
「ま、シュヴァイツに関してはこんなとこかな。で?実際のところ内情はどうなってる?」
ハルキの故郷についてまだ訊ねたいことはあったが、アルフォンはこれ以上の追求を諦めてシュヴァイツについて話し始める。
「大きな情勢はお前の言ったとおりだ。今問題になるのは帝位継承に関する問題だ。順当に言えば、帝位第一継承者である皇太子に帝位が受け継がれるはずだった。が、それに異を唱える輩が現れた。それが、現皇帝の従兄弟、クラヴィス大公派だ。現皇太子を廃位し、正統後継者である第三皇子に継承させるべきだと言い出した」
「皇太子は第一皇子が就くものではないの?」
「そうだ。クラヴィスが推して来た第三皇子は、先帝の兄である先代クラヴィス大公の孫に当る」
「つまり、必ずしも直系が継ぐわけではないと」
「あぁ。先の大公は力が弱く、第二皇子の現帝陛下が生誕された際、廃太子された」
「その第三皇子は何位の継承権を?」
「第二位継承者だ」
「皇帝のご意向は?」
「・・・・・・」
初めての黙秘に、ハルキは気にすることなく続ける。
「実際に、何か継承問題で事が動き出してはいる、と取っても構わないの?」
「・・・・あぁ」
アルフォンの話で、ハルキはここまでの情報を纏める。
その間、アルフォンは表情を全く変えぬまま、ハルキを推し量るように目を逸らさず観察していた。
「シューツァン以外の国との情勢は?危なくはないの?」
「国境が接している東のメシュルカ公国はサヴィス山脈に阻まれ、進軍の心配はない。何より、彼の国の大公妃は我国の第二皇女だ。外交も問題ない。西と南は海に面している」
「・・・・」
少し考え、ハルキはアルフォンに目線を戻す。
「貴方は、今から何処へ行くつもり?―いや、如何するつもり?」
途中で質問を変え、アルフォンを見る。
「何処へ行くのか、でなくていいのか?」
「それは、私は知らないほうがいい」
きっぱりと言い切るハルキの先読みの早さと思慮深さに、アルフォンは満足そうに笑みを穿いた。
確かに、教えなければ情報漏えいの心配もない。が、ここまで頭が回れば怪しさが拭えないのも事実だ。
「取敢えず、追っ手を撒いて、味方になりそうな者に援軍を頼む」
「そこまではここから遠いの?」
「いや。だが、目くらましに遠回りするからな。1ジューンと言ったところか」
「・・・・私が具体的に、何をすればいいか確認しても?」
「剣の腕に自身は?」
「ない」
予想外の即答に、アルフォンは数秒答えが呑み込めなかった。
「ないのか?その剣は?」
「ただの飾り。一応本物だけど、実戦で使ったことはない。私には不向きだから」
「では、何故持っている?」
「脅しになるしね。絡まれても、刃物ちらつかせれば大概が退く。それに、疲れたときにいい杖になる」
そう言って差し出されたのは、確りした作りの黒剣だった。古いが、いい剣だと見るものから見ればわかる。
それを、杖代わりにしようとは。
少し買い被り過ぎたかと、頭痛を覚えた頭を抑える。
「・・・・それで退かなければ?」
「これ」
アルフォンの問に、ハルキは立ち上がり外套を広げてみせる。
そこにあったのは、ナイフだった。投擲用の小振りの物から、接近戦用の大振りのナイフまで。総て合わせると20本はあろうかと言う数のナイフが外套と腰のベルトに下がっている。
「一応剣も訓練はしたけど。危なすぎて、人にはまだ使えない。怪我させちゃ危ないし」
「なるほど。精霊を使えるようだが、どの程度使役できるんだ?」
「さぁ?まぁ、今回の条件は、貴方を無事家に帰すことだから、護衛は任せて。信用するしないは別として、貴方に傷をつけさせないのは絶対条件だからね。これは保障しておく」
ハルキは肝腎なところをはぐらかしながら、自信満々に言い切る。それをアルフォンは鼻で笑う。
「それは、頼もしいことだな」
ハルキはアルフォンの皮肉を気にすることなく、言葉を接ぐ。
「ただ、その他のことに関しては、契約範囲外だから。貴方が無事帰りきるまでが私の護衛期間である以上、何処に寄り道しようが私は一切口を出さないし、何をしようと身の危険があれば守る。そのための諜報活動も情報収集もするけど、私から貴方に有益な情報を流すつもりもない」
「俺に力を貸してくれるのではなかったのか?」
「確かに、貴方に力を貸すとは言ったけど、それは貴方が無事帰還するために、と言うこと。あくまで、私はお宅のお家騒動に自ら進んで首を突っ込まない。だから、貴方のことを進んで知ろうともしないし、今後のことも、帝国の詳しい内情も知りたくはない。それは、私だけでなく貴方の身も守ることになるからね。“無知”と言うことはある意味罪だし、あらゆる面で不利だよ。でも、知らないことで互いの身の安全とリスクを回避できるのであれば、それで良いと思う」
「俺から訊ねれば、情報を寄越すか?」
「答えられることであれば。でも、契約条件外のことであれば、言うか言わないかは私の自由だと言う事を把握しておいてもらいたい」
「いいだろう」
アルフォンの返答に、ハルキは満足そうに頷きその場を立った。
その背を見つめ、アルフォンは少し面白くないものを感じる。
此方から一線を引く前に、ハルキから一線を隔されてしまい、肩透かしを食らった気分だった。
アルフォンを見ようとしない背中に、無意識に呼びかけていた。
「ハル」
「ん?何?」
名を呼んでも振り返らずに返事をするハルキに、アルフォンは苛立ちを覚える。
「・・・・・・・騎獣は如何した?」
自分でも如何しようもない感情を口にすることも出来ず、結局当たり障りのない話題を聞いていた。
「紫狼?今狩りに出てる」
「まだ幼いが、良い騎獣だな」
「でしょ」
そこで、やっと振り向いて笑みを浮かべるハルキに、アルフォンは溜飲を下げた。
「お前が捕まえたのか」
「そうなるのかな?あの子の親に襲われてね」
「襲われた?」
不穏な台詞に、アルフォンは眉を寄せる。
「そ。で、私も丁度お腹が空いていたから、返り討ちにして美味しく頂いたの」
益々以って穏やかならぬ方向性に行っている展開に、皺を深くする。
「そしたら、その子供がいたから、飼おうかなって思って。それが紫狼だよ」
あまりにもシュールな話に、アルフォンは返す言葉が見つからない。
「・・・・・・・・・そうか」
一言返し、アルフォンはハルキという人間性のシビアさを改めて実感した。




