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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
7/42

七話 問答

1ジューン=1ヶ月

 鼻を(くすぐ)る香ばしい匂いに、アルフォンは目を覚ました。

 あれからハルキは逃げるように狩りに出てしまい、アルフォンは体力を回復するためにも眠りに入った。

 滝のベール越しに見えた陽の光は明け方であったが、今見る限り昼過ぎにはなっているだろうか。

 焚き火の火は消えているが、洞窟内は明るい。その光の元を探せば、天井近くにあの夜みた光の球体が浮いている。

 匂いは、外からのものであるようだ。

 傷と硬い床のせいで凝り固まった筋肉を解しながら、アルフォンはゆっくり起き上がる。

 その昔、大陸がまだ混沌としていた時代、天と地を統べる神獣の加護を享け、精霊を使役して国を起こし、“精霊王”と呼ばれた初代シュヴァイツ皇帝の血を継ぐ皇族は、普通の人間より格段に傷の治りが早い。

 古の文献(ぶんけん)には、そう言った精霊に好かれやすい血の者は多くいたらしいが、今となっては皇家の血筋にしか見られない。

 特に、アルフォンは先祖がえりで血が濃い。目覚めてからの治癒回復は格段に上がり、既に脇腹の傷も塞がっていた。

 後一日もあれば起きる事が出来るだろう。

 アルフォンが何をするでもなく剣を抱え座っていると、滝が割れハルキが戻ってきた。


「起きたんですか。気分は?」


「問題ない。明日には出発できる」


 ハルキが手に持っている鳥の丸焼きを見て、アルフォンは経過を告げる。それを聞いて、ハルキは僅かに驚きを示した。


「もう?へぇ、血は伊達じゃないってことですね」


「と言うと?」


「ん?精霊に好かれやすいんでしょ?治りが早いから、可笑しいなと思ったんですけど。精霊が動いているようだったから」


 だが、少し腑に落ちずアルフォンは首をかしげた。


「皇族の血について何か知っているのか?」


 不老長寿、高貴なる血統と巷では騒がれているが、その実態は民間には知られていないはずだ。


「いえ。何かあるんですか?」


「・・・まぁ、色々な」


 ハルキの表情を観察しても、特に変わりはなかった。

 喩え契約を交わしたと言えど、相手は素性も知れぬ人間。未だ、スパイとも暗殺者とも限らぬ者を、無条件に信頼することは出来ない。

 

「まぁ、如何でもいいですけど。お昼にしましょう」


「あぁ」

 

 マントから取り出したナイフで、奇麗に切り分けるのを眺めながら、アルフォンはふと思い出した事を聞いた。


「お前は何も訊かないのか?」


「ん?」


「俺のことや、今の状況をだ」


 切り分けた物を二つに分けると、向かい側に座って二本の木の枝を持つ。


「ある程度訊きたいことはありますけど、取敢えず食事にしましょう。話はその後でいいでしょ。いただきます」


 不思議な言葉を口にして、器用に削られた枝を使い食事を始めるハルキを見て、アルフォンも一つ息を吐き焼き鳥を食べだす。

 何か香料がかかっているらしく、香ばしい薫りと丁度良い塩加減が絶品だった。

 すべて食べ終え、ハルキは意地悪そうに笑う。


「その様子なら、もう飲み薬は必要ないようですね」


 それの言葉であの刺激臭を思い出し、アルフォンは一瞬グッと詰まり憮然と頷く。

 

「お茶を入れますから、楽にしててください」


 鍋に水を入れたかと思うと、それは既に湯に変わっており、そこに何やら乾燥させた植物を入れる。

 

「術者ではないと言っていたな?」


 その様子を見て、アルフォンは訊かずにいれなかった。


「まぁ」


 葉を濾し小さな器に注ぐハルキは、それに肯定を示す。


「では、“暁の民”か?」


「??」


 アルフォンの問いに、ハルキは眉間に皺を寄せながら首を傾げる。


「“アカツキノタミ”って何?」


 思わず素に戻って訊くハルキに、アルフォンは溜息をつき説明をする。


「我が帝国を興した初代シュヴァイツ皇帝は、精霊の長“蒼き龍”と獣の長“黄金の獅子”と誓約を成し、混沌の世界を治めたとされる。初代の一族は精霊に好かれ、その血で精霊を使役していたとも言い伝えられていてな。その一族を“暁”と呼ぶ。既に滅んだと史書にあるが。お前のその力」


 言って、光の球体を見やる。


「魔力とも、精霊使いとも違うのであれば、彼の一族の末裔(まつえい)と考えられる」


「龍と獅子、ね」


「何か言ったか?」


 小さな呟きは、アルフォンには聞き取れなず、聞き返した。


「いや。残念ながら、お宅の血縁者ではないですよ。これは間違いないんで」


「何故そう言いきれる?」


「そうだな・・・・こればっかりは、説明できませんけど、違う、としか言えないんですが。まぁ、信じる信じないはその人次第なんで、どう思っててもいいんじゃないですか?大体貴方、私と血のつがりを感じるんですか?ここまで対照的な色合いで、人種が同じだと本気で思えますか?」


 そう言われてしまえば、反論の余地はない。確かに、髪も目も肌も、顔立ちも、皇族どころか、大陸の人間たちとも違いすぎた。


「確かにな」


「ところで、いい加減、今後のことについて聞いても?」


 これ以上の問答は振り出しに戻ると思えてならず、ハルキは本題を切り出す。


「あぁ、そうだったな。俺から説明するほうがいいか?」


「いえ。質問に答えてもらえればいいです」


 意外な答えに、アルフォンは目を見開く。


「いいのか?」


「えぇ。貴方の素性とか、立場とかには余り触れない方向でいきたいんで。知りたいことはその都度訊ねますよ。言えないことは答えなくて結構です」


「ほぅ」


 明らかにハルキが不利になるが、ハルキとしては面倒事に関ってしまう以上、余り深見に(はま)りたくない。


「それに、その方が貴方も安心でしょ。お互いの心の安寧(あんねい)のためにも、余り貴方のことは知りたくない」


 きっぱりと言い切るハルキに、アルフォンは笑いを禁じえない。

 確かに、敵であった場合も、敵に捕まった場合も、此方の情報を持っていない方がアルフォンにとって安全だ。

 が、そうはっきり言い切られてしまうと、面白くないのもまた事実だった。

 人として興味もなければ、意識もしていない。係わり合いも持ちたくないと言われたようなものだ。

 ちょっとした意趣返しに、アルフォンは笑いを抑え、ハルキを流し見る。


「そうか、それは残念だ。だが、知りたくなったら何時でも寝所に来るといい。命の礼に相手をしてやらんこともない」


「結構です」


 頬を赤くするハルキを再び笑うアルフォンに、足元の石を投げつけ咳払いを一つする。


「ったく、はぐらかすのもいい加減にしてほしいな。本題に入っても?脱線して進まない」


 朝から弄ばれてばかりで、ハルキは敬語で話すのも馬鹿らしくなった。

 ハルキの不機嫌を可笑しそうに笑いながら、アルフォンは手を振り話を促す。


「まず一つ、今のシュヴァイツの情勢はどうなってる?言える範囲内で教えて欲しい」


 笑いを納め、アルフォンは目の前の人物を試すように聞き返す。


「お前はどの程度把握してる?」


「そうだな。まず、今国境はシューツァンとの開戦に揺れている。実際シューツァンは既に徴兵(ちょうへい)を始めてるみたい。ジュノーブに入る前、マカの街で声を掛けられたから」


「何?それは本当か?」


 ハルキの言葉に、アルフォンの眼光が鋭くなる。


「うん。物価も大分上がってきてるみたいだし、特に金物の値段が6ジューン前から上がっているらしい」


「・・・」


 アルフォンはジッと宙を見据え、考え込む。先ほどまでとは打って変わって、その顔はいっそ冷酷と言えるほど冷え冷えとしている。


「外交問題はこれくらい。他は知らない。続けても?」


「あぁ」


 アルフォンに声をかけ、ハルキは続けた。


「内政は、噂程度に皇帝位の継承が囁かれている。中央はそっちの問題で、荒れているとか」 


「・・・・お前が帝国に入ったのは、どれ程前だ?」


「10日になるかな」


「何処でその情報を聞いた?」


 アルフォンの言わんとする事を察し、ハルキは肩をすくめた。


「心配しなくても、これはこの国に入ってから仕入れた情報。まぁ、情報源は帝都からの商人だから、既に国外に(もたら)されていても可笑しくはない」


 ハルキの台詞に、アルフォンも同じ見解なのか、僅かに眉間の皺を刻んだ。


「シューツァンから来たのか」


「通っただけだけど。殆ど街には入らなかった。首都も通ってない」


「どんな様子だった?」


「少なくとも、向こうから仕掛けることはまだないだろうね」


 ハルキの言葉に、アルフォンは内心驚きながら、無表情で訊ねる。


「何故?」


「余り詳しいことは知らないけど、シューツァンがシュヴァイツ側を統治したのは何ユーニか前だと聞いた」


 確認するようにアルフォンを見れば、頷き出先を促される。


「ジンディールと、メティアは通ってきた。そこはシューツァンでは地方でも大きい街なんでしょ。その市場を見る限り、まだ国力の統一までは整っていない。食物の流通はここ1ユーニでやっとまともになってきたと言っていたし、土地の整備も済んでない。特に、ジンディールは、先の戦争の国境付近だったんでしょ」


「そうだ」


「兵力には問題はないだろうけど、それを支える食料自給率が追い付いてない。シューツァンとしては、おそらく継承問題で揉めているいま、大国シュヴァイツを切り崩しに掛かりたいんだろうけど、まだ時期尚早だろうね。元シューツァン側の土地ならまだしも、治めて間もないシュヴァイツ側で開戦したところで、内乱を招く危険性のほうが高い」


「・・・・・」


 的を射た意見だ。アルフォンとしては、少しでも隣国の情報を得られれば良いと思って聞いたものだったが、情報どころか的確なハルキの意見に舌を巻いた。

 平和惚けした中央の貴族(たぬき)共よりよほど現実的な見解だ。


「お前、どこで学んだ?」


「何を?」


「勉学だ」


 平民ではあり得ない。貴族の子息令嬢でも、ここまで学はない。政治的、経済的考え方がなければここまでは思慮には至らない。

 帝国のアカデミーにも、ハルキくらいの年の若者がいるがおそらくこれ程までの私見は出ないだろう。

 特に、商業は余り詳しいことを勉強しない。

 こういった、物価や流通を着眼点にして政を見る人間は初めてだった。

 ハルキと話しを聞いていると、学者や政治家と話している気にさえなる。

 

「別に。ちょっと考えれば分かることじゃないの?ようは、流れを見てれば誰でも理解できるよ」


「それが誰でも出来れば、態々(わざわざ)貴族(ばか)を捨て置かず有能なのを据えている」


 冗談でもなく、心底そう言うアルフォンに、ハルキは苦笑を漏らす。


「大変そうだねぇ。まぁ、私の国は勉強に力を入れていてね。社会の基礎は大体勉強する。覚えるかどうかは、個人の能力次第だけどね」


「ニホンと言ったか」


「そう。制度は全く違うけど。どんなものにも、流れが存在する。要は、流れを掴んで理解するって言う事が大切なんだよ」



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