六話 交換条件
「というか、いいかげん退け」
ハルキは足を振り上げ、アルフォンの負傷していない右脇腹を蹴る。
「お前、俺を足蹴にするとは良い度胸だな」
「あんたが悪い。やってられるか。こっちはこっちでやりたい事があるのに、いらんもん拾ったばっかりに・・・。クソー、こんな世界大っ嫌いだー」
かなり頭に血が上っているのか、口調が大分悪くなっている。それを面白そうに笑いながら、アルフォンはハルキと距離を取り、元居た場所に戻っていった。
目論見通りにいって上機嫌のアルフォンを睨みつけながら、ハルキも焚き火の傍に座りなおす。
「冗談抜きで、私は私で目的がある以上、無期限無償で手を貸すつもりはないから」
「分かっている。そうだな、期限は俺が無事帰還できるまで。褒賞は何でも好きなものをとらせよう。如何だ?」
気前の良すぎる条件だが、先ほどチラリと聞いてしまったアルフォンの素性を思えば、それでもリスクのほうが大きい。
「成功報酬は、私の捜し物の全面バックアップ。衣・食・住の保障、帝国図書館に収蔵されている書物の閲覧許可を、可能ならば古代遺跡の立ち入り許可も欲しい」
「随分欲深いな」
皮肉気に笑うアルフォンに、ハルキは動じることなく続ける。
「一般人をただ家に送り届けるだけでいいなら、こんな無茶は言わない。が、さっきの話と貴方の出で立ちと、こんな面倒くさいことに至った原因を思えば、正直これじゃ足りないくらいだと思うけど」
仮面の向こうからジトッと恨みがましい目線を感じ、アルフォンは再び込み上げる笑いを殺し、肩をすくめるだけで返した。
「分かった。俺の許可できる範囲内であれば、その条件をのもう。他には?」
「あと、これだけははっきり言っておく」
今までになく、強い意志を感じさせる声音に、アルフォンは黙って先を促す。
「私は、この世界に大きく関る気は無い。もし、無事約定が成され、貴方が貴方の居るべき場所に無事戻ったら、貴方の持てる権力全てで以って、私の身の保障を約束して欲しい」
スッと、アルフォンを取り巻く温度が僅かに下がる。
「身の保障と言うとつまり、身分が欲しい、と?」
「違う」
アルフォンの確認にハルキが否定すれば、少し目を開き、ハルキの真意を推し量るように見詰る。
「私が言ってるのは、身分じゃない。外野のこと。私は今後も、何処の国にも組織にも属する気はない。私が力を貸すのはあくまで貴方と言う個人であって、帝国と言う国家に力を貸すんじゃない」
「・・・・・・地位も名誉も、望む物全てをその手に出来るやもしれぬとしても、か?」
「そうだとしても、だ。地位や権力などと言うものは、諸刃の剣だ。私に身分なんて必要ない。ややこしい厄介ごとは、これっきりにしたい」
「分かった。確約は出来ぬが、俺の力の及ぶ限り、考慮しよう」
「・・・考慮、ね。まぁ、当然といえば当然か」
そこに含まれる事情を察するように、軽く頷く。
「少し安心した。思ってたより暗愚ではないみたいだね」
「何故そう思う?」
「此処ではっきり確約するような人間なら、たかが知れてる。貴方がどの程度の立ち位置にあるのかは知らないが、皇族であれば“全ての願いを叶える”とは安易に言えないし、言ってはいけない。責任ある立場であればこそ、ね。それが考えられないほど莫迦じゃないみたいだから。契約者としては合格かな」
偉そうにも聞こえる物言いに、アルフォンは興味が尽きない。
「本当に可笑しな奴だな。そこまで分かっていて、俺にそんな口を利くか」
それに、ハルキは笑みで答える。
「それじゃぁ、改めて」
そう言い、帽子を脱ぐ。現れた髪は、宵闇よりなお濃い濡れたような漆黒。
シュヴァイツどころか、他外国でも目にしたことは無い見事な闇色だ。驚くアルフォンを尻目に、首筋に手を入れ掻き揚げれば、羽織った外套の下に隠していたのであろう髪は、腰の辺りまで流れる。
ほつれたそれを軽く梳き、後頭部の紐へ手を伸ばした。
「おい」
仮面の止め紐を解こうとするのを、アルフォンは思わず制止しようと、声を上げてしまった。
だが、それに構わずハルキは顔を伏せ仮面を外す。上げられた顔に、アルフォンは刹那驚きに固まる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・傷があるんじゃなかったのか?」
「誰がそんなこと言ったんですか」
胡乱な顔をするハルキに、アルフォンは眉間に皺を寄せる。
「お前が“幼いころに”と言ったんだろ」
「嫌だな、人のせいにしないで下さいよ。私は、「『幼いころにね』憧れていた怪盗仮面の格好だ」って言うのを端折っただけです。勘違いしたのは貴方でしょ」
呆れたように溜息をつくそのさまは、完璧な確信犯だった。
「紛らわしい!だいたい、何で口調も変わってるんだ」
「あぁ!性別不明っぽいキャラ演じてたんで。ボクって言おうか悩んだんですけど、そこまでして隠すほどのものでもないかなって。女の一人旅なんて、危ないですからね。でももう必要ないでしょ。それに、顔を見て他人と接する場合、ある程度の礼節は必要だと思ってるし。年上みたいだし、一応敬語を遣うべきかなと。素はどちらかと言えば、さっきまでのほうが近いですよ」
「キャラとは何だ。大体、そんな紛らわしい事をする必要性が無いだろう」
聞きなれない単語と、徹底した素性隠蔽を謀った意味が分からず、アルフォンは皺を深くする。
だが、ハルキは心底呆れきったと言うように、首を横に振った。
「あのね。私もですけど、貴方も大概怪しいですよ。人里離れた森に、たった一人でぼろぼろの騎士が倒れてれば、誰だって警戒しますよ。係わり合いになりたいと思う人間いると思ってるんですか?素性を隠したのは、保険ですよ。まぁ、徒労に終りましたけどね」
溜息を吐いて、アルフォンにの前に座る。
正面から見た顔は、矢張り初めてみる血統だ。この大陸に居るアルメリア人とも東部のシィール人ともちがい、あまり彫りは深く無いがスッと通った鼻と、透けるような白と言うよりは、乳白色の白い肌。目の色も、他人のことは言えないが、珍しい色をしている。
顔立ちで女だと分かるが、今の格好を見れば少年にも見えないこともない。年の頃は14~5といったところだろうか。
マジマジと観察するアルフォンの視線を受け、ハルキは照れたように苦笑した後、手を差し出した。
「私はハルキ・タチバナ。可能な限りで、貴方に力を貸そう。ただし、人道に悖ること、自分の主義に反することは死んでもするつもりはない。その代わり、貴方の力を私に貸して欲しい」
アルフォンは真摯な光を宿す目を見詰、次いで眼前に差し出された手を見やる。
浮かんだのは微笑。皇族であると分かっているにも拘らず、対等に接するこの不可思議な人間に、アルフォンは興味が尽きない。
自分の手より一回りは小さいそれを、己の手でしっかりと握り返した。
「俺の名はアルフォン・ハインベル・シュヴァイツ。我が名と、魂に誓い、そなたと契約を交わそう」
そのままハルキの手の甲に唇を落そうとして、空かさずハルキが己が手を引き抜く。
「調子に乗んな、エロジジィ」
僅かに頬を染め悪態を吐くハルキに、アルフォンは今度こそ我慢せず声を上げて笑った。




