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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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五話 目的

 ハルキが出て行った外を見詰め、アルフォンは詰めていた息を吐く。

 それに呼応したように紫狼が片目を開けるが、それも一瞬でチラリと見ただけで再び寝に入っていた。

 アルフォンは手元に残った器に眼をやり、苦りきった顔で睨みつけていたかと思うと、それを一気に煽った。

 次いで、盛大に咽た。


「!!$%&#。ぐぅッ、ゴホッゴホッ・・・」


 尋常でない苦さとなんとも言えない匂いに、アルフォンは一気に(あお)った己を悔やむ。

 と、傍に水の入った器も用意されているのに気付きそれで口を(すす)ぎ、飲んだ。


「くそっ」


 思わず悪態をつく。

 それは、不味いなどと言う可愛い代物(しろもの)ではなかった。見た目を裏切らない、強烈な味だった。

 いくら意識を失っていたからとはいえ、こんな物を口にしていたとは思えない。

 しかも、記憶にあるのは追っ手に追われていたあの夜だけだ。その後、意識を取り戻す今日まで目覚めた記憶は無い。では、どうやってこのある意味壮絶な劇薬を飲んでいたのか。

 そう考え、アルフォンは無意識に唇を指でなぞっていた。熱に浮かされながら夢現(ゆめうつつ)に感じた、微かに残る感触。喉を通る甘さを、思い出す。

 しっかりと思い出さないまでも、アルフォンは言いようのない胸の動悸(どうき)に片手で眼を覆う。

 

「まぁいい。そんなことより、これからの事を考えるべきか」


 思考を切り替え、アルフォンは今後の計画を立て始めた。


******


 パチッ。

 薪の爆ぜる音で、思考に(ふけ)っていたアルフォンは現実に戻される。


「眠らないで大丈夫?」


 声が上がったほうを見れば、ちょうどハルキが出入り口から入ってくる所だった。


「あぁ。眼が冴えてな」


「もうすぐ夜明けだからね」


 焚き火をはさんだ向かい側に座るハルキを見て、アルフォンは一番に言いたかったことを口にした。 


「騙したな」


「?あぁ。クックックッ。騙したなんて、人聞きが悪いな。言ったでしょ、かなりきついって」


 ハルキは何の事を言われたのか分からなかったのか首を傾げたが、アルフォンの傍においてある二つの器を眼にして、合点がいったように頷いて笑いをかみ殺す。


「何が毒じゃないだ」


「まぁ、ある意味毒薬以上の劇薬だけど、良薬は口に苦しって言葉こっちの世界にはないのかな」


「何だそれは?」


「身体に良い薬は苦いものだって言う意味だよ。私の故郷の言葉なんだ」


「あれが苦いで済むか」


 得意そうに説明するハルキに、アルフォンは抗議せずには居られなかった。


「ところでお前、何処か行くあてはあるのか?」


「とりあえず、帝都って考えてたんだけど」


 ハルキの即答に、アルフォンは僅かに息を呑むが、それを悟られる前にかみ殺す。


「何しに?」


「図書館に行きたくて」


「図書館?」


「そう。帝国の図書館は世界一の蔵書量だと聞くからね。捜し物をするには最適かと思ったんだけど」


 迷わず返る答えに、アルフォンは逡巡する。


「今帝都へ言っても無駄だと思うが」


「そうだね。だから今、ちょっと悩んでる」


 今、帝国は外交も内政も緊迫した状態だ。ハルキのように他国から来た怪しすぎる格好では、他国の間者と疑われて投獄されかねない。


「まさか、こんな情勢にあるって知らなかったからねぇ。まずは情報収集かな」


 溜息をついたハルキを、アルフォンは推し量るように見詰る。


「お前は、術師だろ。何処の国に属している?」


「術師って何?」


「精霊の力を行使する者のことだ」


「あぁ!違う違う。私は術師ではない」


「だが、精霊を使役していただろう」


「その辺、自分でもよくは分かってない。おばあさん曰く、私は規格外らしいから」


「規格外?」


 アルフォンの問にハルキは頷くだけだった。


「ならば、お前は何処の国にも属していない、と?」


 アルフォンはハルキの一挙一動を見逃さないとでもいうように、ジッと観察しながら、何かを試すように訊ねる。

 そんなアルフォンの様子に何か感じるものがあったのか、ハルキは片掌(かたてのひら)をアルフォンへ向け拒絶の意を表す。


「嫌だ」


 が、アルフォンはハルキの答えに、真剣な表情を一変、面白そうに笑みを(かたど)って首を傾げる。


「何が?」


「いや、分からないけど。とにかく、断る」


「却下だ」


「絶対に嫌だ」


 何がと聞かれれば、矢張り答えられないが、ハルキは嫌な予感をひしひしと感じていた。

 しかも、初めて見る、アルフォンの眉間に皺のよっていない、どころか艶やかな微笑に、最早ハルキの緊急警報はマックスだ。

 が、どこの世界も、世の中そう簡単には出来ていなかった。


「此処で断れば、お前を警吏(けいり)の兵に突き出す」 


「・・・・・・・・・・・・何の罪で?」


「さぁな。罪など幾らでもでっち上げられる。疑わしい者は、捕らえておくのが最善だろ」


「・・・・・・・・・私の故郷では『疑わしきは罰せず』って言葉があるけど」


「そんな温いことでどうする?寝首を()かれてからでは遅い。少なくとも、死人に襲われることはないからな」


「・・・・・壮絶なサバイバルですね」


 引きつったような乾いた笑みを漏らし、素直な感想を口にする。

 ハルキは、別に(やま)しいことは何も無い。人を殺してもいないし、盗みや強盗なんて以ての外だ。が、万一此処で警吏に捕まっても、身元を保証してくれる人も、物も持ってはいないのがネックだった。

 しかも、身なりから言って、アルフォンは良家の子息だ。怪しい身元不明の人間と、家柄の良い良家のボンボン、どちらの言を信じるかなど火を見るより明らかだ。

 

「悪いけど、私は目的がある旅をしている。そして、面倒ごとは御免だ。何か知らないけど、お宅のゴタゴタに巻き込むな」


「残念だが、お前は既に渦中の中心部に程近い場所にいる。俺を助けたのが運の尽きだったな。コレを・・・見たのだろう?」


 疑問系でありながら、それは確信を持った確認。

 立ち上がったアルフォンが、ハルキに近付きながら(かざ)した剣の鞘と柄には、ルーツの花紋(かもん)

 が、世情に(うと)いハルキは、それを見ても首を傾げるだけだった。


「・・・それが、何か不味い・・・・・いえ、説明は結構です。何も聞かないし、興味も無い。だから、何も言わずこのまま別れよう。仮にも命の恩人を、面倒ごとに巻き込もうなんて感心しないな。これはもう、お互い忘れよう」


 思わず疑問を口にするが、直に退いたにも拘らず、アルフォンは笑み深くし、後ずさるハルキの腕を掴み、その耳に唇を近付ける。


「花のレリーフは、皇族のみに許された烙印(らくいん)だ」


 低く静に堕ちた囁きは、睦言(むつごと)のような甘い色を含んでいる。色事に免疫のなさ過ぎるハルキは、背筋を通り抜けるえも言えぬ感覚に、総毛だって硬直する。


「皇族は其々の花紋を持つ。ルーツの花は俺の―」


 続く言葉は、アルフォンの掴んでいない反対の手で遮られていた。


「そういうやり方は、ずるいと思う」


 俯けていた顔を上げ、直近くにあるアルフォンの紅眼を睨み据える。

 顔の距離が近い分、仮面の穴から覗く虹彩が見て取れる。濃い茶色の目は、言葉どおり不服申し立てをするように不満の色が宿っている。


「言ったはずだ。私は貴方に興味が無いと。貴方が何者であろうと、私には私の目的があり生き方がある。残念だが、命はくれてやれても、他人にやれる心は無い。何様だか知らないが、権力や地位を使って他人の頭を地に擦り付けるような貴方のやり方は、間違っている。曲りなり他人に頼み事をするのなら、それなりの誠意でもって頭を下げるべきだ」


 己の紅眼を逸らすことなく、真直ぐ意見を言うハルキの焦げ茶の目を見て、アルフォンの背筋を興奮が駆け抜ける。

 思わずと言ったように、笑いが止まらない。

 こんなに笑ったのは何時振りだろう。可笑しくてたまらなかった。


「クックッ。面白いな、お前」


 笑いを納め、アルフォンは改めてハルキの前に膝を着き、その手をとった。


「では改めよう、ハルキ。まずは、我が命を救い、手厚く看病してくれたこと、心から感謝する。ありがとう」


 言葉を切り、指先に口付ける。

 その気障としかいえない行為に、ハルキは悲鳴を上げ逃げ出しそうになるが、アルフォンの改まった口調と(まと)う空気が、それを許さない。

 

「そして、先ほどの非礼、真に申し訳なかった。どうか、我が謝辞を受け入れては貰えまいか?」


 免疫のなさ過ぎる状況に、ハルキは先ほどまでの強気は何処へやら、軽いパニックに陥り最早声も出ない。

 それを分かっているであろう、慣れたようすの気障男(きざおとこ)は、ハルキの心情を嘲笑(あざわら)うが如く、意地の悪い笑みを浮かべ、頷くハルキに(うやうや)しく(かしず)いた。


「ハルキ」


 相変わらずハルキと言う発音が若干間延びしているが、初めてのときよりは幾分益しになっていた。

 

「私にそなたの力を貸して欲しい」


「あ・・・の・・・・」


「頼む」


 夕陽のようだと思ったワインレッドが、ハルキの視線を絡め取る。

 その眼に渦巻く様々な感情。懇願、焦燥、その中に、ふと既視感を覚えるものを見た。

 既視感の正体を見ようと、逃げるのを止め紅い深淵(しんえん)を覗き込む。

 それが少し見開かれたことで、そこに驚きを見て取る。が、探しているものは既にそこには無かった。

 それでも、ジッと只その赤の中心を見出そうと見詰れば、何故か僅かな狼狽を感じる。その様子に、圧され気味だった自分を取り戻し、ハルキも大きく溜息をついた。


「・・・私は只働きはしない」

 

 ふいっと顔を逸らし、憮然と言うハルキに、アルフォンは心からの笑みで以って返した。


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