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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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四十一話 別離


 轟々と踊る炎は、総てを飲み込み迫り来る。


「酷いな・・・」


 木も草も土さえ燃やす火の海を眺め、ポツリと零された言葉はある意味正しい。それがその火中の中でさえなければ。

 周りを炎に囲まれ、今まさに火に包まれた倒木が頭上に倒れ掛からんとする死地に面している人間が吐くには、それは余りにも軽すぎると言う他なかった。


「・・・余裕ですな」


 呆れた視線を投げたのは、この場の最年長であり、公爵領の騎士だった。


 男の言に、肩を竦めるハルキの頭上で、倒れ来る樹の残骸が一行を避けるように軌跡を変える。


「ボクは体力使わないからね」


 紫狼の背中からその首を撫でるハルキは、仮面の下ニコリと笑う。

 総勢7名の一行は、紫狼に乗るハルキを先頭に、火霊を散らしながら火事真っ只中の森を駆けていた。

 男は薄ら寒いものを感じながらハルキを見る。そしてそれは、男のみならずこの場の騎士全員が感じていた。


 ありえない。こんな状況でなければ、喚き散らしたいほどの恐慌に陥っていただろう。


 生き物が生きるのさえ難しい中、現在彼らはハルキの結界に守られていた。

 本来、中級精霊が起こした火の中維持し続ける結界を張るのは、皇宮魔術師でさえ2人係りの芸当をたった一人で、しかも集中などできようはずのない状況で行っている。

 本人に至っては、本当に事も無げに精霊術を使った疲れさえ感じてはいないのだ。


 この世界では、高位魔術の使い手は魔導師と呼ばれる。

 現在存在する魔導師は、たった3人。歴史上、多いときで5人いたとされる魔導師に匹敵すると言えるその力を目の当たりにし、顔色を悪くするなと言う方が無理だった。


 頬が引き攣るのを自覚しながら、男は何も考えまいと視線を戻す。


 ハルキも興味を失ったように前を向こうとした顔を、次いで右手横へ向けた。


「あぁ、丁度良い。フォン、ついてるよ」


「何がだ?」


 ハルキに声かけられ、アルフォンたちも同じ方へ目を向けるが、見えるのは炎に包まれる草木のみ。


「ちょっと交渉してくる。フォンたちはこのまま進んで。じゃ」


「!ハル、待て」


 静止の声も聞かず、常の如くハルキを乗せた紫狼は風のように炎の向こうへ去る背に、アルフォンは怒りを憶えて舌打つ。


「あれほど、勝手はするなと・・・・・・クソッ」


 若干振るえる悪態を吐き、突然の暴挙に数秒止まる足はすぐに動き出す。


「よろしいので?」


 後に続くシンが、チラリと背後を見やりながらアルフォンを伺う。

 並ぶシンを横目に一瞥したアルフォンは、前に向き直りどこか苦々しそうに憮然と応えた。


「構わん。あれの暴挙はいつものことだ。すぐ戻る」


 経験者は語る――不本意なまでの事実を。


「ですが、あれが敵の手の者であれば」


 カイザックは皆まで言わず、最大懸念を吐露する。


「・・・」


 それに答えず、アルフォンは歩を止めず動かし続ける。

 何を言われようが、所詮水掛け論に過ぎないと分かるが故に、今のシンたちに語る言葉はアルフォンにはなかった。


 それから数分もしないうちに、ハルキは戻ってきた――後ろに1頭のネロウルフと1頭の縞馬(ホーン)を連れ、肩に1匹の丸鼠(キュリル)を乗せ。


「お待たせ」


「お、まえ・・・」


「はいはい。お説教は良いから」


 怒り心頭のアルフォンを否し、ハルキは親指で後ろのネロウルフとホーンを指す。


「この子達が火事の外れまで乗せてくれるって」


「ちょっと待って。そのネロウルフたちは?」


 カイザックが騎士を代表して待ったをかける。

 本来、騎獣でもない野生の獣が人の言うことなど聞くはずがない。だが、その後ろにつき従うネロウルフたちは、どう見ても野生のそれ。


「逃げ遅れたみたい。身の安全を保証するから乗せてって頼んだら、人間乗せるなんて嫌だけど、仕方ないから乗せてくれるって」


 事も無げに語る内容は現実味ゼロであったが、現実にその背後には野生の獣が控えている以上、全否定できるものでもなかった。


「1頭はフォンが乗るとして、あと1頭。誰が乗る?」


「残り4人はどうする気だ?」


 走る足を止め、カイザックはハルキに訊ねる。


「今は緊急事態だから、悪いけど置いて行く」


 ハルキの返答に、一同沈黙を落したが、それに非難も否定も上げない。

 生死を分ける状況において、それは非情といえるが全滅するよりはずっと建設的で正しい判断と言えることを、騎士であるシンたちも分かるために。


「我が従う。良いか?」


 荒れる心を抑えながら無表情に告げるシンに、カイザックとディオルグバーン騎士たちは粛々と頭を垂れた。


「はい。ここまで御供できましたこと、光栄に存じます」


「何か、家族に言残すことはあるか?」


 シンの問いに、騎士3人の顔が僅かに歪む。


「妻と息子に、達者で暮らせと」


「母と父に、私は誇りに思うと」


「両親と弟たちに、感謝と平穏を」


 年長の男が告げ、隣の20代半ばの青年、前半の青年と続いた。


(たま)わった」


 シンが神妙に頷き、カイザックに視線を向ける。


「殿下を、頼んだ」


「無論だ。御父上には、良いのか?」


「お互い武人だからね。分かっているさ。言残すことは、何もないよ」


 カイザックはアルフォンの前で跪く。


「殿下。無事なご帰還、切に願っております」


「・・・大儀であった。すまぬ。我が不甲斐ないばかりに」


 苦渋を滲ませたアルフォンに、男たちは穏やかに笑った。


「殿下、どうかご無事で。良き皇帝となりますことを心より願っております」


「どうか、御武運を」


「シュヴァイツを、お願いいたします」


 それに頷きで答え、其々の野獣に歩み寄る。


「参りましょう」


 男たちをもう一度見渡し、シンが先を促した。


「あぁ」


 鞍もない背に跨り(たてがみ)に掴まるアルフォンたちの乗る獣が、静かに走り出した。


「じゃあ、またね」


 その後ろに、5(・・)の人間を残して。


「なっ?!」


「ちょっと待て!お前は?」


 が、調教されていない野生の獣を御すことは勿論出来ず、アルフォンの静止など歯牙にも駆けぬ乗せ手は、構わず走る。


「ボクこの人たちと行くから、後でね。シンって人、フォンのことよろしくぅ~」


 振り返ることしか出来ない2人に、呑気な声が届いた。


「安全なところで落ち会おう」


 距離を無視した声量に、風霊の動くところと知る。


「・・・・・・お前と言う奴は」


 最早、怒りや驚きを通り越して、疲れしか感じないアルフォンが、ガクリと項垂れる。


「いいか!無事に戻れ!」


 言いたいことは五万とあったが、それらを全て飲み込み、ヤケクソのように叫ぶ。


「当然」


 短く返された返答に溜飲を下げ、次いで安堵の息を吐く。少なくともこれで、覚悟していた犠牲は出ないと確信できて。


「シンさん?精霊がいるから、こっち無視して目的地目指してね。追手もいるし」


「了解した」


 シンはすぐさま了承の意を取り、気を引き締める。


「ハル!」


「ん?」


「戻ったら、覚悟しろ」


 風に乗った問い掛けは、灼熱の激情を孕んでいた。

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