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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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四話 状況

1ユーニ=1年

 食事を終え、アルフォンはハルキに向き直る。


「世話になっておいてすまないが、――」


 続く呼び名に迷うアルフォンに、ハルキは助けを出す。


「ハルキ。こっちは相棒の紫狼だよ」


「ハルゥキィ?」


 珍しい発音に、アルフォンは疑問形で返す。


「呼び難ければハルでいい」


「ハルか」


「聞きたい事があるんだろうけど、まず包帯を換えたいから、服脱いで体拭いてもらえる?自分で出来るでしょ」


 渡された布で身体を拭き終えると、薬瓶と包帯を持ったハルキがアルフォンの前に陣取る。

 未だ残っている傷は一番酷かった左脇腹のものだ。他は既に跡が薄っすらと見えるくらいだった。

 ハルキは持っていた薬瓶から、乳白色のジェル状の液体を布に湿らせる。


「それは?」


化膿(かのう)しないように、アシムとリィーズとソドの実を調合した化膿止め」


「薬師なのか?」


「違う。1ユーニだけ、魔女のおばあさんのところでお世話になったから。ちょっとだけ習った」


 魔女は、良薬から毒薬まで薬の調合に長け、魔術を駆使して精霊を操る者だ。精霊の好む森の奥深くに住み、俗世とは殆ど交流が無い。

 そして、魔女に師事していたということは、どうやらハルキは女でいいらしい。アルフォンの中で一つの謎が解けた。


「魔女なのか」


 アルフォンはハルキの力に納得しかけたが、それをハルキは全否定でもって返した。


「違う。旅人?」


 疑問系の回答に、目の前の人物の謎は深まるばかりだ。

 その間も、手際よく包帯を巻き服を着せる。


「何故この森に?」


「迷った!!」


「・・・・・・・・・・・・・」


 自信満々の答えに、アルフォンは思いっきり脱力した。


「はい。じゃあ、これ」


 そう言って差し出された器には、混沌とした謎の液体が入っている。

 アルフォンが口を開く前に、ハルキは先手を打った。


「ちゃんと飲んでね。造血作用と解熱効果があるから。かなりきついけど、意識失ってる間も飲んでた薬だから毒じゃない。なんなら少し飲んで見せようか?」


「・・・・・・・・・・・」


「あのさ、いい大人なんだから飲まないとか言わないでね。早く治してもらわないと、こっちも出発できないんだよね。貴方、どれだけ他人(ひと)に迷惑を(こうむ)ってるのか、分かってる?」


 その声音に確かな苛立ちを感じ、アルフォンは眉間の皺を深くし、器のカオスに再び目を落とす。


「この色は?」


「まぁ、見目も味も最悪なのは分かるけど。そういう色なのは仕方ないよ。それに―」


 そこで洞窟の外に目を向け、躊躇いを見せるハルキに、アルフォンは僅かに眼を細め先を促す。


「それに?」


「・・・・あまり悠長にしていられないんじゃないの?」


「如何いう意味だ?」


 語気を強くするアルフォンに、ハルキは相変わらず視線を向けることなく答えた。


「ここ数日、外がうるさい。精霊も動いているようだし。何かを探しているみたいだからね」


「・・・・・」


「ここは人に見つからないようにしてる。私としては、あまり厄介ごとに関る気は無い。只でさえ、今国境付近は緊張状態にある。あの調子だと、2~3日中にこの辺りに来るかな」


「何故そんな事が分かる?」


 益々眼光が鋭くなるアルフォンに顔を戻し、ハルキは軽く肩をすくめる。


「風の精霊たちがざわついてるし。食材調達ついでに、周辺を見てきた。何より、貴方のこともあるからね」


 その台詞に、アルフォンは目線だけで剣を探す。

 その視線にハルキは気付いたように立ち上がる。

 ハルキが動いたことで、応戦体勢に入ろうとしたアルフォンを(なだ)めるように、ハルキは両手を挙げた。


「大丈夫だから。ちょっとまってね」

 

 紫狼の傍まで行き、愛剣を手に戻ってくる。

 それを注意深く見やるアルフォンに、ハルキは何の(てら)いもなく差し出す。


「はい。落ち着かないでしょ。心配しなくても、殺そうと思えばいつでも殺せたんだから、態々意識取り戻した人間襲おうとは思ってないよ」


 アルフォンの機微を察し、ハルキは先程より少し間を取って座った。

 手元に戻った慣れ親しんだ重さに、幾分落ち着きを取り戻す。


「もう一度聞く。お前は何者で、何処の者だ?」


 旅人とするには、明らかに怪しすぎる。素直に納得できるものではない。


「本当に旅人だよ。ちょっと、捜し物をしていてね。何処のものっていうのは、難しいな。・・・・・・・凄く。凄く遠くから来たんだ」


 すらすらと答えていたハルキが、途中熱に浮かされたような呟きにかわる。


「遠く?」


「・・・そう。・・・ニホンって言う、小さな島国だよ。美しいところなんだ」


 そこには、懐かしく愛しそうな郷愁(きょうしゅう)の情が含まれている。アルフォンにではなく、自分自身に語りかけるような声だ。


「ニホン?聞いたこともないな」


 シュヴァイツ帝国は世界で最も古い歴史を持つ。だが、新旧含めて少なくともこの数百年の歴史をにおいて、ニホンなる国との国交はもたれたことは無いとアルフォンは断言できた。

 国交はなくとも、島国で有名なジャネブやヤーンといった閉鎖的な国は知っているが、ニホンという響きは覚えがなかった。


「だろうね」


 だが、アルフォンの答えが分かっていたというように、ハルキは少し俯き寂しそうに頷いた。


「薬、ちゃんと飲んでね。私は二日後には発つから」


 そう言って、ハルキは立ち上がる。


「何処に行く?」


 哀しそうな後姿に、アルフォンは警戒からではなく声を掛けていた。


「ちょっと、外の空気を吸ってくる。直戻るから」


 振り向くことなく答え、洞窟の外へ出て行った。

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