三十九話 墓場
木々の間から現れたフードの男に、騎士たちは警戒を強くする。
逆に、カイザックとシンはその男の登場で警戒を解き、驚きに固まっている。
「でん――」
「ハル、今は遊んでる場合じゃないだろう」
シンの声に被せ、アルフォンはハルキに向く。
「失礼な!こっちは本気だって。仕方ないじゃん、あの人たち人の話聞かないんだから」
近付いたアルフォンに至って真剣だと不平不満を唱えるハルキを宥め、アルフォンは改めて2人に向き直る。
「此処で、それを口に出すな。話は後だ。今は急を要する」
「「!!・・・ハッ」」
その声音に近衛の2人はすぐに主を認識し、姿勢を正す。
「ご無事で、嬉しく想います」
感極まったように噛締めるカイザックと、その横で無言で同意するシンに頷きで返したアルフォンの様子に、付き添いの騎士も事情は分からずとも、相手の立場が高いものである事が知れ、警戒を解きいすまいを正した。
「村長はあるか」
「は、はい」
事情が全く理解できない村民たちの中で、逸早く我を取り戻した村長は、アルフォンの覇気に相手を只者ではないと感じ取った。
「この辺り一体は、火霊により火の海と化す。すぐに村民を連れ、避難を」
「そんな!」
「何とかならんのですか?」
アルフォンの状況説明に、村人から悲嘆の声が上がる。
「一刻を争う。急げ」
「・・・分かりました」
村長は、数秒の間硬く目を閉じ、目を開ける。
「待ってくれ!俺は、水属性の精霊を使役できる。それで、何とか消火を」
「無理だ。動いた精霊の気配は中級であった。お前の力を視る限り、下級霊がせいぜいであろう。消火はおろか、結界も難しかろう」
シンが冷静に評価し、子供のそばに立つ男に首を振る。
「ジョン、よい。お前さんはオリビアもリアもおるで、避難せい」
「だが、それじゃ村が」
「村は、ワシらが守る」
数人の老人が、前に出る。
「無茶だ。老人数名で如何こうできる問題ではない」
即却下する騎士の一人に、老人たちは引き下がらなかった。
「無茶でも何でもええ。ここは、ワシ等の村じゃ」
「わたしらには村が全てだぁ。ここ以外に、行くところなんぞないわい」
強固に避難を拒む老人たちが続出する中、男たちは顔を顰める。
「皆、頼む。ここは素直に逃げてくれ。避難した後の身の振りは、必ず保証すると約束する」
黙って成り行きを見ていたアルフォンが、深く頭を下げた。
感じる歯痒さに、臍を噛む。湧き上がる怒気に、奥歯を噛締める。
――何故、平然とこんな事ができる?
王侯貴族の継承問題に、罪なき民を巻き込み、犠牲にし、踏み躙る暴挙。
内乱などと云う馬鹿馬鹿しい、私利私欲の為に、平気で民を切り捨てられるその神経。
――如何して分からぬのか。貴族が守るべきは皇帝であり、帝国の民であるというそんな当たり前の事が。
怒りと今何も出来ない己の不甲斐なさに、拳を握り締める。
「すまんのぉ、騎士様。わし等の意志は、変わらん」
申し訳なさそうに、けれど譲る気のない眼に、アルフォンは深く項垂れた。
「・・・・生まれた故郷は、そんなに大事?」
そんな中、不意に上がった声に、視線が集まる。今の今まで気配を消していた、吟遊詩人へと。
「人は、どんな場所だって生きていける。どこかに固執しなくったって、どこでも生きていけるじゃない。
ねぇ、如何して?如何して人は、生まれた場所に還りたがるの?それは、そんなに大切なこと?」
どこか悔しげで、じれったそうな声が問う。
仮面越しの眼をひたと見据えた老人は、柔らかく微笑んだ。
「お若いの。この村はなぁ、ワシ等にとってただの土地じゃあねぇ。確かに、生きてくだけなら、ここじゃなくてもええ。人間、どこでも生きようと思えば生きれる。だけどなぁ、此処は・・・ワシ等の揺り籠で墓場なんじゃ。此処で生まれて、死ぬんなら本望じゃて」
静かに、静かに紡がれた、最年長の老人の言葉が、静寂に響く。
人生の先人たる者のその重い言葉に、誰も何もいえなくなる。
「・・・・分かった」
その答えに返ったのは、諦めたように呆れの含んだ肯定。
「一つ、策はある」
はっきりと告げたハルキに、カイザックたちは眉を上げる。
逃げるより他に、一体どんな手があると云うのか。
「本当はね、使いたくなかったんだけど」
そう言うハルキは、唯一感情の伺える口を歪めて、苦々しくも仕方なさそうに笑った。
「分かるよ」
振り返ったその仮面の下は、どんな表情を浮かべていたのか。
「帰りたい故郷を思う心は、痛いほど――解かるよ」
胸元の服を握り締め、そう呟いた。