三十八話 標的
不安と不審がその場を支配し、村人たちは身を寄せ合い、騎士たちは周囲を鋭く警戒していた。
緊張感の漂う中、村の入り口に、グランウルフを連れた怪しい二人組みが現れた。
ジョシュたち騎士はフードの下に携えた剣の柄に手を掛け、村人たちは警戒を顕にその人物を見やる。
――まぁ、このカッコの二人組みなら仕方ないか。怪しすぎるもんね。
ハルキは仮面の下で嘆息したその時、二人の人間が動いた。その手に抜き身の険を構えて。
「ちょっと待った!タンマタンマ!!」
逸早く気付いたハルキは、二人に降参のポーズをとる。
が、そんな制止の声に応えるつもりは端からない二人は、目の前の唯一の手掛かりである標的を捕まえに懸かる。
そんな殺気に限りなく近い闘志を目の当たりにし、ハルキはこの格好になったことを後悔していた。
***それは、村に到着する数分前のこと***
ハルキは走りながら、とても器用に着替えを済まさんとしていた。
荷物から取り出したのは、黒いフードに山高帽、極めつけはあの仮面。そう、あの怪しい吟遊詩人へと。
「何故着替える?」
「あの村にリディアで会った人間が居る」
黒髪を結びながら、山高帽に収めるハルキに、アルフォンは訝しげに問う。
「・・・・敵か?」
「知るわけないじゃん。大体、私フォンの味方も敵も知らないし」
「それもそうか」
「印象的には味方だと思うけど、一応念のためね。それに、喩えフォンの味方でも、私素顔を見せるつもりないから」
「何故だ?」
「顔を見なくても認識できる容姿だし、念には念を入れたいからね。保険は常に掛けておいて損はないから」
ハルキはアルフォンを流し見て微笑んで、仮面を装着した。
そうして戻った吟遊詩人スタイル。が、彼らはアルフォン云々よりはハルキその人を敵に近い存在と認識されてしまっていた。
怪しい人物に近衛騎士である二人が斬りかかったことで、案内役のジョシュたちも村人たちを守るように険を抜き構える。
完璧アウェーな空気に、ハルキは口を開いた。
「ボク、何にも悪いことやってないじゃん」
と、攻撃をかわしながら不平を叫ぶが、それは聞き入れられない。
「くっ。ちょこまかと」
「ちょっ、待ったってば!!」
シンの上段をすれすれで避けて、ハルキは数メール後退さる。
「よかった、君にもう一度会いたいと思ってたんだ」
距離を取って構えるその行動は、爽やかでニコヤカな顔と台詞を伴っていない。
「ウワー。うれしいなぁ。何か熱烈に口説かれてる気分だよ、えーっと、名前なんだっけ?」
ハハハハハーっと乾いた笑みを漏らすハルキが小首を傾げると、ザックはそのままの姿勢で憂い顔を見せる。
「残念だな、僕を忘れてしまうなんて。今度は忘れられないよう、確りと君の身体に覚え込ませないとね」
「いや、御免。思い出した。確か、ザックだったような気がする。うん、ザックだったね。君はザックだ」
「思い出してくれて光栄だよ」
「風霊よ、我が声に応え、彼の者を捕らえよ―捕縛―」
シンは、それらの遣り取りを無視して呪文を唱える。
「うっわ、この人たち人の話を聞く気ゼロだよ。むっちゃ、殺る気満々だよ」
遠い目をして嘆くハルキは、さり気なく手を振って風霊の収束を消した。
「!?」
精霊魔法が発動せず、目を見張るシンは、一層の殺気を以ってハルキに切りかかろうとした、その時。
「そこまでだ」
緊迫した空気に、低く威厳ある声が響く。
その声に逸早く反応したのも、やはりシンとカイザックだった。
「「っ!!?」」
二人は同時に動きを止め、もう一人のフードの男に目を向けた。