三十三話 想定内
アルフォンの予想よりハルキの脚力が思いの他早く、4日かかるところを3日目の昼には次の街マカに辿り着いた。
必需品の買い足しと情報の収集をするため、今日は此処で宿をとることにした二人は、まずギルドへ赴いた。
「マカは本当に、田舎町なんだね」
門を潜ってから商店や宿が何件も立ち並んでいたリディアと違い、民家や日常品を売っている店しか目に付かない素朴な田舎町風景に、ハルキは感心したように呟いた。
「あぁ。辺境の街と言えば、どちらかと言えばマカのような造りが普通だ。リディアは街道沿いでも、大きな方だ。まぁ、帝都に近付けば、リディアは小さな部類に入るがな」
マカは農業を生業とする家が多く、商業や観光を中心とする街と違い、目にする人間も住人が大半だ。
それでも、何処の街も造りは似たり寄ったりで、中央広場に続く大通りに街の中心となる建物や主要な店が建つ。更に、広場正面に街の行政を担う役場が構えている。
広場手前にあるギルドへ入り、ハルキの口座からお金を下ろすと、この街唯一の宿を教えてもらい宿を取った。
「師匠、僕今日中に買っておくものを買いに行ってきます」
荷物を預けたところで、ハルキはアルフォンに向き直る。
「俺も行く」
「いえ、紫狼を連れて行くんで―」
「早くしろ」
ハルキを一人にするつもりは毛頭なく、アルフォンは踵を返す。
「師匠、僕は構いませんが。絡まれたからって、くれぐれも暴れないで下さいね。止める僕の身にもなってください。もしもの時は・・・僕、本気で怒りますよ」
訳)フォン、喧嘩売られても、間違っても手出さないでね。万一バレたら・・・しばく。
人目があるため何がとは言わないが、ハルキはアルフォンに釘をさす。
そして、ハルキの笑顔の裏の言葉を正確に聞き取り、アルフォンはフードの下で頬を引き攣らせた。
「おじさーん、この燻製何日くらい持ちますか?」
「常温で20日くらいは持つよ。珍しい髪色だね。何処の出だい?」
「分かんない。僕孤児なんだ」
「そりゃ!ご免よ、坊や」
店主はしまったと言うように顔を顰め、ハルキに謝る。それに、ハルキは笑顔で首を振って返す。
「ううん。気にしてないから大丈夫だよ。今は、師匠と冒険者やってるから、寂しくないんだ。だから、おじさんも気にしないで」
「そうかい、買い物かい?」
「うん。明日出発するから。この燻製、明日の朝2包み用意しといてくれない?」
「分かったよ。少し多目におまけしとくよ。御代は明日でいいよ」
「ありがと~。じゃまた、明日ね。おじさん」
「あぁ。気を付けて戻るんだよ」
かれこれ4件目で、同じような遣り取りがなされている。そこで、必ず出身の話になり、孤児の話になり、お詫びに何かが付いてくると言った流れだ。
アルフォンは感心しながら、ハルキが来るのを待った。
と、ハルキがアルフォンの下に到着する前に、道を横切ろうとしていた一団がハルキたちの間で立ち止まった。
「おい、見ろよ。珍しい毛色だ」
「あぁ?お、いけんじゃね?」
「ああ!あれなら、問題ないだろ」
聞こえてきた声に、アルフォンは不穏なものを感じ取るが、ぐっと我慢して事の成り行きを見守ることにした。
「待てよ」
人相の悪い3人組の男の一人が、ハルキに待ったをかけた。
「何?」
ハルキは首を傾げて、返事をする。
「へぇ。好いな上玉だ。見た目は悪くねぇし、黒髪・焦げ茶だとよ。お前、何処の出だ?」
不躾にジロジロ検分する右隣の男に、ハルキはニッコリ笑い答えた。
「さァ?僕親がいないから。用はそれだけ?なら、これで」
避けて通ろうとするハルキの前を、空かさず三人目の男が塞ぐ。
「おい、待て。誰が帰っていいっつった」
「親もいねぇんだったら、問題ねぇだろ」
「見世物小屋に売れば、結構な値がつくぜ」
男が手を伸ばそうとした時、ボソリと声が聞こえた。
「下種が」
「あ゛ぁ?」
ハルキの言葉に凄んだ男は、次の瞬間地面に倒れ込んでいた。
「オイ!」
「どうした――っ!てめぇ」
ハルキの手に持たれているナイフを目にして、男たちは殺気立って剣を抜く。
「あんた達みたいな下種は、反吐が出るほど嫌いでね。失せろ」
「ふざけんなっ!ぶっ殺してやる!」
騒ぎを聞きつけた人々が、遠目に人垣を作り出す。
それに気付かないほど激昂した男たちが、ハルキに斬りかかった。
ハルキはそれをナイフで否し、背後を取ると一人目の男を容赦なく地面に沈める。
子供の力と甘く見ていたようだが、ハルキの打撃は基本的に風霊を纏わせているため、大人3人分以上の破壊力を生む。そのため、男は白目を剥いて気絶した。
「ひっ」
それに怯んだ男が後退さるが、ハルキは地面に沈めた男を蹴った反動で、そのまま空中でバク宙し男の背後に回り、地面に着く前に持っていたナイフの柄で背中を強打する。それによって、男は7メールほど吹っ飛んで倒れ臥した。