三十一話 けじめ
昨日までと違い、二人は少し足早に無言で進んだ。
昼過ぎ、アルフォンが出発から初めてハルキに声をかけた。
「疲れたか?」
「大丈夫だけど、流石にお腹すいた。歩きながら食べれるもの用意するから、ちょっといい?」
「いや。座って食べる。焦っても仕方ない、だろ?」
以前アルフォンに言ったことをそのまま返され、ハルキは目を瞬かせ次いで苦笑した。
「だね。じゃ、僕用意するから、座ってて」
「手伝う」
「いや、気持ちだけ貰っとく」
アルフォンの申し出を丁重に断ろうとするが、アルフォンは退こうとしなかった。
「これから、まだ旅は続く。何時までも、お前にばっかりやらせる訳にはいかないだろ。教えてくれ」
アルフォンの殊勝な言葉に絆され、ハルキは微苦笑して頷いた。
「そうだね。フォン、いい旦那さんになるよ」
行き成りの台詞に目を開いたアルフォンは、直にニヤリと笑いハルキの肩を抱く。
「だろ?最愛の妻が出来たら、誠心誠意尽くすんだが」
「・・・・調子にのんな、ロリコン。きもいぞ、オッサン」
肩に置いたアルフォンの手を叩き、ハルキは背を向ける。
その耳が赤くなっているのに笑みを深くしながら、アルフォンは食材と調理道具を下ろす。
「でも、以外」
ムッツリと無言で昼を食べて片付けていたハルキが、ポツリと漏らした。
「ん?何がだ?」
お詫びとご機嫌伺いも兼ねて、片付けの殆どを請け負ったアルフォンが、最後の荷物を紫狼に積みながら、ハルキの小声を聞き逃すことなく訊ねる。
「え~。だって、なんかフォンってさ、イメージ的に。あ、イメージっていうのは印象って意味ね。この頃はそうでもないけどさ、2~3日前までのイメージから言って、女の人に尽くすって感じじゃないんだよね~。こう、偉そうで、自己ちゅーじゃん?」
「“自己チュー”?」
「自己中心的考え方」
「お前の国の言葉は、本当に変わってるな」
「省略語とか、他国からの言葉が混じったりしてるからね。ま、分かんなかったらその都度聞いて」
「あぁ。とりあえず、出発するぞ」
荷物を積み終え出発を促して、アルフォンはひっそりと安堵の息を吐く。
ハルキを怒らせるのは、好きだが、機嫌が直るまでアルフォンがどんなに話かけても、口を利いてくれないのが難点だ。
口を利いてくれれば、とりあえず溜飲が下がったことを示す。
それからは、至って普通に話をする。アルフォンが知る女たちと違い、感情をずるずると引きずることもない。もっとも、油断するととんでもない報復が返って来るが。
そこが、ハルキの面白いところであり、アルフォンを惹きつけるところでもあった。
「まぁ、確かに、余り他人に尽くした事はないな」
アルフォンはハルキの自分像と、今までの自分を振り返り同意を示した。
「でしょ?物事もさ、何でもこなせるけど、あんまり自分でやってなさそう。周りが与えてくれるし、やってくれる、みたいな。だから、それが当たり前になっちゃってる感じがしてたんだよね。“尽くす”より“尽くされる”派と言うよりは、それが当然の立場。だからさ、何かすっごい違和感」
相変わらずの正しい見解に、アルフォンは苦笑した。
「その通りなのが、なんとも言えんが・・・。今まで、尽くしたいと思える存在がいなかったからな。だが――」
アルフォンはハルキの手を取り、その指先に唇を落した。
驚くハルキがその手を振り払う前に、アルフォンは強く握り込み、じっとブラウンを見下ろした。
「お前になら、全てを預けられるし。お前のためになら、尽力したい。そのための努力なら、幾らでもする。他人に、況して他の男に譲ってやるつもりは、欠片もないな」
真剣なアルフォンの言葉に、ハルキは怒るに怒れず唯固まるしかなかった。
「・・・・・・・・・・フォンって」
ハルキは驚きに見開いた目を瞬いて、熱い視線を見詰め返す。
「本当に、気障だよね。言ってて、恥ずかしくないの?」
返った言葉に、アルフォンは脱力した。
そんなアルフォンに気付かず、ハルキは感心するようにうんうんと頷く。
「流石、皇子。そっか、無愛想でもそういう口説きテクがあるから、皇子やってられんだね。ちょっと安心した。フォンってさ、無愛想で無口で警戒心強いじゃん?社交術皆無で、皇子なんてやってられんのかな~、って常々思ってたんだけど・・・心配要らなかったみたいだね。いや~、勉強になるな、処世術。そうやって、美女バンバン落してたんだね。前世は詐欺師だね、フォン」
「・・・・・女を口説いたことはない」
もう何も言わないつもりだったが、いらぬ誤解を生む前に疲れたように反論した。が、そんなものハルキに通用するはずなかった。
「あぁ、そっか。美女は向こうから寄って来るか。は~、やっぱイケメンは違うな。誑かすのは、その後か。うっわ~、悪どいな。ロリコンの癖に」
「誰が、ロリコンだ!ハル、いい加減それはやめろ。言い掛かりだ!」
すっかりロリコンという言葉に対応したアルフォンのツッコミに、ハルキは声を上げて笑った。
「フフッ。一応、友として忠告しとくけど、人妻と他人の恋人には手を出さないようにね。後ろから刺されても、僕知らないよ」
「・・・そんな女は、相手にしない」
「そうだよね。フォンの立場じゃ、下手に手出せないか。婚約者候補もいることだし。クックックッ。大変だね、皇子」
「ッ・・・」
ポンッと労いに腕を叩くハルキに、アルフォンは再度肩を落した。
まだはっきり告げる気はないが、気付いて欲しくない訳でもない気持ちを、こうも本気にされないのも考え物だ。
そして、ハルキの怖いところは、こう言う怒りを持続させない分、倍返しで確実に返してくるところだ。
結局惚れた弱みでアルフォンに勝ち目などなく、それを差し引いても口で勝てそうな相手ではないだけ、分が悪すぎた。
機嫌を取り戻したハルキと紫狼の後を、少し不貞腐れて続きながら、アルフォンはふとあることに気付き、息を吐いた。
―こう言うところは、本当に性質が悪いな。
朝から思考に耽って押し黙っていたアルフォンを気遣い、沈黙を保ってそっとしておいてくれた午前中の道中と違い、気分を変えるように少し軽くなった今の空気と心中は、間違いなくハルキのお陰だ。
こうしてよく、さり気無く見過ごしてしまいそうな、気付かぬ心遣いを見せるハルキに気付く度、アルフォンは切なくなるほどの想いに胸が疼いた。
何より、本人が気に留めないくらいの自然さに、ともすれば見逃してしまいそうな気遣いなのが、ハルキの優しさの性質の悪さだ。
気付いてしまえば、どうしようもなく惹かれてしまう。
―堕ちたら最後、か。
前を行く黒髪に手を伸ばそうとして、空中で止める。
―莫迦か俺は。今は、それどころじゃない。
伸ばした手に自嘲して、アルフォンはきつく拳を握る。
―まずは、きっちり片を付けてから。それからだ。
長く息を吐き、アルフォンはふっと笑みを穿いた。
今はまだ、秘めた想いを押えて。ハルキの隣に並ぶべく、アルフォンは足を速めた。




