三十話 朝
朝の気配に、アルフォンは微睡の中、腕に抱く何かを強く抱き寄せた。
と、それが身動ぎ、心地よい睡魔の誘惑を振り切り、アルフォンの意識が覚醒を促した。
まだ暗い闇に、一瞬まだ夜明け前かと思ったが、直にそれを否定する。
抱きこんだものに顔を埋めていたため、視界が暗いだけだと分かった時、アルフォンはギョッとして目を開けた。
その状況に、更に驚く。朝の覚醒しきらぬ頭のせいで、正常に動き出すまでに数分固まり、やがて睡眠に落ちる前の出来事を思い出し、今度は自身に呆れる。
野外で、しかもまともな守りのないところで寝入るなど、考えられない愚行だ。
だが、気分はすっきりしている。
何重の守りを敷いて、上等な寝具を揃えた自室でさえ、これほど深く眠った事がないというほど、熟睡できた。
そうして思考を巡らせる間にも、アルフォンは自分の腕を解こうとはしない。
抱きこまれているハルキは、少し身じろぎをし、温もりに寄って来る。その仕草が可愛くて、腕とは逆に、口は無意識に緩む。
このままもう少し、と企んだところで、伏兵は現れた。
「ぐるるるるぅぅ」
唸り声に反射的に埋めていた顔を上げれば、そこに殺気を飛ばす野獣が一匹。
柔らかいのは、抱きこんだ体だけではなく、身体を預けている枕もだと今更ながらに知れる。
「ぅをん」
低く一声鳴くと、それに反応してハルキの瞼が震えた。寝つきもいいが、寝起きもいいのがハルキの自慢だった。
「ん・・・・・んぅ・・・あさ?」
微かに掠れた声で呟かれた呟きが、アルフォンの耳元に落ちる。
アルフォンは後ろめたさに、思わず再び目を閉じていた。
見えない視界で気配を探ると、ハルキも一瞬ギョッとしたように息を詰め、次にその息を吐き出した。
「あ~、そうか」
思い出したのか、一人納得したような呟きが聞こえた後、アルフォンの額を激痛が襲った。
「~~~~~~~~~~~~~~~」
風霊の力を借りたでこピンの威力に、囲っていた腕を解き激痛に額を押える。悶絶するアルフォンに、ハルキは爽やかに笑い掛けた。
「おはよう、フォン。早く起きて、一旦リックたちのところに戻ろうか。別れの挨拶くらいしないと」
そう言って、さっさと準備を済ませ歩き出すハルキの後を、アルフォンは恨みがましく付いて行く。
「おはよ~」
「あぁ、無事だったか!今探しに行こうとしてたんだ」
ハルキたちの姿を見て、まだ寝ぼけ眼のリックと、両親はほっと息を吐いて出迎える。
「けっ。人騒がせな。死んでても、俺等にゃ関係ねぇってのによ」
「心配かけて、ごめんなさい。寝惚けて森の奥まで行ったら、暗くて方向わかんなくなっちゃって。師匠に見つけてもらったんだけど、僕が眠くなっちゃったから、そのままそこで夜越しちゃって・・・ごめんね、おじさん、おばさん」
ハルキがペコリとお辞儀しながら謝り、言い訳するのを黙って見ていたアルフォンに、
リックの母親が説教する。
「あんたもあんただよ、こんな子供をほっぽって、何処行ってたんだい?」
「・・・・すまない」
「師匠は鍛錬に行ってたんだよ。毎晩剣を振ってるんだけど、人がいるところじゃ危ないから、夜中過ぎに戻ってくるんだ。昨夜は戻ってくる途中で、僕を見つけてくれたんだけど。師匠、勝手に動いて、ごめんなさい」
シュンとして謝る幼げなハルキに、アルフォンは思わず手が出そうになりながらも、睨みを利かせる人間の手前、自重して拳を握りつつ頷いた。
「見つかって良かったが・・・・次からは気をつけろ。夜は危ないから、一人で出歩くな。いいな?」
これだけは言っておかなくてはならないと、アルフォンはハルキに説教して、その頭を撫でようとしたが、それを察したようにハルキがアルフォンから距離を取った。
「分かりました。今度から(・・・・)は、十分気をつけますね、師匠」
全く反省の色の伺えない返答を返し、ハルキはリックたちに別れの挨拶を述べる。
「じゃ、リック、マリー。師匠がもう出るって言ってるから、僕行くね。元気で」
「おう、じゃあな」
「・・・・バイバイ」
「もう行くのかい?まだ、陽が登ったばかりだよ?」
「うん。おじさん、おばさんも、気をつけてね」
「あぁ。君たちも」
アルフォンは会釈で返し、ハルキが他のメンバーに義理程度の挨拶を終えるのを待って出立した。
商人と冒険者は方向が同じようだったが、特に何も言わず別れた。
暫く行ったところで、ハルキがアルフォンを振り向く。
「あの旅芸人、如何思う?」
同じ事を考えていたアルフォンは、鋭い目で笑みを穿いて、ローブの下でハルキを見下ろす。
「恐らくな・・・・。追ってほしいんだが・・・・駄目か?」
「メリットは?」
ハルキが面白そうに首を傾げれば、アルフォンはそれに更に首を傾げる。
「“めりっと”?」
「ああ。利益。私は何か得することは?」
「お前は、俺の命を守ってくれるのだろ?」
素人目には分からないが、見るものが見れば、あの一団はあまりにも気配が薄く、警戒の仕方が素人とは言えないほどに鋭かった。それに、幾つかの暗器も所持していて、何処かの暗殺集団か、間者だと思われた。
「万一の保険か・・・。ま、今の時期にこの辺りをうろついてるんじゃ、二流といえど警戒したいところだけど・・・・今は無理。もしもの時がある。余裕が出来るまでは、なるべくフォンの周りを厳重にしとかないと、他所事に気を取られているほど、僕も余裕こいてられないんだよね」
ハルキの言も一理あるため、アルフォンは仕方なさそうに息を吐き、頷いた。
「分かった。それから、予定変更だ。迂回せず、このまま真直ぐ、目的地へ向うことにする。間に合わなければ意味がない」
アルフォンが告げると、ハルキは心得たように返事を返した。
「了解~」