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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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三話 覚醒

「うっ」


 鈍い痛みを感じ、アルフォンは薄く眼を開く。

 石の天井が眼に映り、現状把握のため脳に覚醒を促す。

 起き上がろうと試みるが、体が思うように動かない。眼に入る限り、今居るところが何処かの岩窟だと知れる。床は硬いが、何か曳いてあるらしく痛くは無い。

 記憶を掘り起こし、意識を失う前の出来事を思い出そうと努め、視界に何か動くものを捕らえた。

 警戒に身を堅くし、ゆっくちとそちらに目線を動かした先に居たものに、アルフォンは息を呑んだ。

 成獣ではないが、グランウルフのこどもが、此方を注意深く見ている。

 動かぬ身体を叱咤(しった)し、壁まで下がろうとゆっくり上体を起こそうとしたとき、新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。


「ただいま。あ、起きた!どんな感じ?気分は?」


 その人物を見て、一気に記憶が(よみがえ)る。


「・・・っ」


 声を上げようとして、上手く声が出ず掠れた吐息が漏れる。


「動くな。傷が開く」


 距離を取ろうとしたアルフォンを、ハルキは一喝する。


「せっかく閉じかけてるのに、自分で悪化させないでもらえる?こっちもいい迷惑」


 厭味(いやみ)でも皮肉でもなく、事実を口にする。ハルキは水を入れた器を持って、アルフォンに差し出す。


「ん」


 アルフォンは器を受け取ろうとして、手に上手く力が入らず落としかける。それを見て、ハルキはこれ見よがしの溜息をつき、頭を少し持ち上げ、水を飲ませる。


「すまない」


 甲斐甲斐しいハルキの態度に、アルフォンも警戒を僅かに解いて礼を言う。

 相手を見れば、記憶にある夜と同じく、草臥(くたび)れた吟遊詩人の格好のままの怪しい人物だった。しかも、下から仰ぎ見ている今だから分かる。帽子で顔が見えないどころか、なんとその顔の鼻から上半分は仮面で隠されている。

 これは最早怪しいと言う以上に、完全な不審者だ。

 

「?あぁ、コレ?」


 アルフォンの不信感いっぱいの視線に気付いたのか、ハルキは仮面に手をやる。


「幼いころにね」


 それだけ言い口を噤んだ。

 その空気に、これ以上の言及は避け、今一番気になる事を口にする。

 喩え相手が何者であれ、上手く動かない今アルフォンにできることなどない。下手に相手を警戒させ刺激するより、自分の現状を把握するほうが建設的だ。


「此処は?」


「ジュノーブの森だよ。貴方が倒れた場所から、少し奥に行った川の上流」


 アルフォンに説明しつつ、ハルキは焚き火に掛けてあった鍋の中身をかき混ぜる。


「一応まだシュヴァイツ側。貴方はあれから三日間眠っていた。あぁ」

 

 そして何かを思い出したらしく、ハルキも首だけでアルフォンに振り返る。


「放っておいたほうが良かった?それだったら、もう出発したいんだけど」


 一瞬痛烈な皮肉かと思ったが、相手は全くその気は無いらしい。その口調に意地の悪い響きは無い。


「・・・いや、助かった。礼を言う」


「そう。でも、それは礼じゃないよ。言うっていう宣言でしかない」


 最もと言えば最もな指摘に、アルフォンは渋面する。


「・・・・・・・ありがとう」


「どういたしまして」


 満足そうに頷き、ハルキは手元に目を戻す。


「何故放っておかなかったんだ?」


「理由は無い。人が人を傷つけるのに理由はあっても、人が人を助けるのに明確な理由は要らないでしょ」


 その応えに、アルフォンは思わず鼻で笑った。


「どうだかな」


 その暗い笑みに、ハルキは体ごとアルフォンに向き直る。

 仮面越しでも、その視線を感じる。それを真っ向から睨み据えるが、そこに何らかの感情は読み取れず、心の内まで見透かされているような居心地の悪さを覚える。

 そんなアルフォンの気持ちも分かっているかのように、ハルキはクスリと小さく笑う。


「そうだね。じゃぁ、正直に言おう。見つけてしまったからかな。確かに放っておくことも出来たけど、多分あの場で見捨てれば私はあの後、きっと頭の何処かで気にする。あのまま出血死してるかもしれない、野獣に食べられてるかもしれない、もしかしたら運良く助かってるのかもしれない。見ず知らずの、ただ怪我をして倒れているのを見つけてしまっただけの人間のために、私は暫くは気を揉むことになる。そんな無駄な気苦労をするくらいなら、きちんと助けたほうが良いと思わない?」


 その答えに、アルフォンは考え同意するように僅かに頷く。

 同時に、相手に打算があることに安堵を覚えほっとする。それが、たとえアルフォンのための後付けてあったとしても。そんな自分に眉を潜めるアルフォンに、ハルキは苦笑とともにその頭を撫でた。

 驚きに目を見張り固まるアルフォンに構わず、ハルキは立ち上がる。

 器を取り、シチューを手に戻ると衝撃から立ち直っていないアルフォンに声を掛ける。


「今は青の半月。まだ暫くは絶対安静だけど、傷はもう塞がりかけてる。食べれる?」


 この世界では、赤と青の月が其々12時間かけて満ち欠けする。始めに青の月が夜半から正午にかけて朔望し、次いで赤の月が空を飾る。


「あぁ」

 

 起き上がるのを手伝い、器を差し出した。


「無理はしないでね。スープ飲むだけでもいいから。また具合悪くしされたら、こっちが迷惑」


 差し出された器に一瞬毒の心配をしたが、美味しそうに湯気を立てる料理を目にし、空腹に負け素直に受け取る。


「・・・食べる」


 先ほどからの毒舌に近い率直な物言いは性格らしいと把握し、アルフォンは未だ謎だらけの人物を観察する。

 改めて見ても怪しすぎる人物だ。その出で立ちから言っても、年齢や性別どころか、顔も見えず、背格好と声音から十代の少年か、女か、と推察するしかない。一見して隙だらけの旅人に見えなくも無いが相手は精霊使いであり、気配の消し方や周囲の察知能力、何よりアルフォンの殺気に怯えさえしないことから、相当な修羅場(しゅらば)を踏んでいることが嫌でも分かる。

 十代か、いって二十代前半であろう人物に、敵ならば命を懸けなければならないだろうと感じてしまうものがある。

 その上、何も言わないうちから此方のことを察している感がある。先ほどの問答でも感じたが、此方の疑問や意図を察し先回りされることが多々あった。

 何より始末の悪いことには、この素性も顔も知らぬ人間に、何故か警戒心を維持できないでいた。

 今まで生きてきた場所は、師と二人の幼馴染以外全てを疑い敵と見なして接してきた。他人に猜疑心(さいぎしん)を抱くのは、アルフォンの一種の生活スタンスになってしまっていた。

 にも拘らず、この怪しいとしか言いようの無い人間に気を許しかけている自分に、アルフォンは一番戸惑っていた。



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