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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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二十九話 水面下

 帝都シュヴィールの中央にある、シュヴァイツ城。夜闇にあって、その荘厳で壮大な巨城は、呑まれることなく佇んでいた。

 逆に、首都全体はその闇を反映させた如く、静かに沈みこんでいる。

 皇帝の膝元である帝都は、建国当初から防御魔法が敷かれ、万全の守りを固めている。その中枢たる皇居は言わずもがなである。

 そんな帝都は今、守護結界とは別の魔法で囲まれていた。それに気付いているのは、人間の住む場にあまり立ち入らない精霊のみ。

 精霊は元来、清浄な空気を好み、束縛される事を好まぬ性質(たち)で、人間の住む世界にも存在するが、多くはない。

 そんな精霊たちが唯でさえ好まない人間の多い帝都に、今や近寄ろうとさえしない。

 魔術で拘束された風霊が、辛うじて存在するのみだ。瘴気に近い闇の気配に怯えきっていた。

 人間はそれに気付かないまでも、地気を浄化する精霊がいないことで澱んだ空気と闇の瘴気に中てられ、気付かぬうちに精神的にも沈みきっていた。

 その瘴気の中心、国の中枢たる皇城の一室で、女が苛立たしげに手に持った扇子を閉じた。


「お父様、まだ見つかりませんの?」


 白髪の混じる60半ばの男は、目を通している報告書から顔を上げることなく、代わりに背後の男がそれに答えた。


「残念ながら、未だ有力情報は入っておりません。最後の痕跡を残していた森の捜索も進んでおりますが、発見できておりません・・・・ですが、出血量から見て、既に命はないかと」


「それでは駄目よ。死体がなければ、納得しない輩を黙らせられないのよっ!そんなことも分からないの、この役立たず!」


 女がヒステリックに手に持つ扇子を男に投げつける。その女を宥めるように、隣に座っていた青年が口を開いた。


「母上、落ち着かれてください。大丈夫、いざとなればお爺様と私で納得させて見せます」


「まぁ、頼もしいこと。さすが、わたくしのユーリ。次期皇帝に相応しいのは、やはり貴方以外おりませんわ」


 途端上機嫌に微笑む女は、息子の手を握る。


「それを、陛下も陛下ですわ。我が由緒あるクラヴィス家の御子ではなく、あの気味の悪い忌み児に皇太子を名乗らせるなど。歴史あるシュヴァイツ帝国皇帝として、臣民の忠義を失うような事をなさるから」


「ローザリア」

 

 低く掠れた声が、女の発言を止める。


「事実を言ったまでですわ。あの女の子供より、わたくしのユーリの方が何倍も皇帝にふさわしくてよ。ねぇ、ジャスティ?」


 女は斜め前に座る男に同意を求める。男は、爬虫類を思わせる顔に薄っすらと笑みを穿き、頷いた。


「はい、妃殿下。仰るとおりでございます。ユーリ殿下以外に次期皇帝に相応しき皇子など、このシュヴァイツ皇家にはいらっしゃいません」


 同意を得れたことに満足した女は、壁際に控える侍女に目線を配り、直に用意された紅茶に優雅に口をつけた。

 口を閉じた女に代わり、ユーリがジャスティに問いかける。


「ジャスティ、お前の師匠は、まだ説得できないのか?」


「残念ながら」


 口元だけ笑みを残したジャスティは、平坦な口調で答えを返す。


「時間がない、さっさと首を縦に振らせませんと。いっそ敬愛する主の前に、送って差し上げた方がよろしいでしょうか」

 

 執務机の背後に立つ男が、主に伺いを立てる。

 男は暫く考え、命令を待つ腹心に答えを返す。


「ならん。立て続けに死人を出すのはまずい。如何してもの時は、替え玉を用意してから片付けろ」


 老人の命に、男は恭しく頭を下げ了承の意を示す。


「ですが、閣下。もう、時間もありませんぞ。教会は既に手を打っておりますゆえ、あとはマーディル殿の問題のみ」


 そう言って急かしたのは、白いフードを被った顔の見えぬ男だ。それに同調して、女も老人を促す。


「そうですわ、お父様。いっそ、ジャスティでも構わないでしょう。あの老僕(ろうぼく)の弟子なのですし、何と言っても当代随一の腕なのですから」


 しかし、その二人の意見を否定したのは、他ならぬジャスティだった。


「残念ながら。耄碌してしまわれているとはいえ、現筆頭医師であり陛下の専属医師以外に陛下に触れられる者は、師を於いて他にいないのですから」


 生命力の低下した皇族は、生存本能が高まり血の加護が強まる。無意識に結界を張り、いずれかの精霊の守護下に入ってしまう。

 だが、そうなると、治療が出来なくなるため、皇族には一人必ず専属医がつき、縁契約(えにしけいやく)が結ばれる。それによって、精霊の攻撃対象に入らず、主の治療を行うことが出来るのだ。

 しかも、現帝の守護精霊は、男たちの計画の最大のネックだった。

 今の皇帝に近づけるのは、術を行使している男でも不可能だ。故に、このまま衰弱していくのを見ていることしかできない。

 ジャスティとて、己で問題がなかったら初めからそうしている。


「とにかく、早く彼の御仁にご協力願わなければ。私も、父上に長く苦しんでいただくのは心苦しい。一日も早く楽にして差し上げたいんだよ、ジャスティ」


「わたくしのユーリは、本当に優しいのね。全く、あの方にも困ったものですわ。昔から、私を困らせてばかり。素直に玉座を譲ってくだされば、このようなことにはなりませんでしたのに。仕方のない方ですわ」


 青年が苦渋に満ちた顔で吐いた台詞に、女は慈愛に満ちた声で褒め称え、次いで頬に手をやって溜め息を吐く。

 男たちも、そんな二人を同情するように見る。


「では、妃殿下と我が主の憂慮が一日も早く片付きますよう、不肖私めも一層の尽力を致したく存じます」


「バルウェーズ殿。もし、どうしてもの場合、私の闇魔法で如何様にも致しましょう。ご心配召されるな」


 フードの男が、僅かに口を歪めてジャスティに助力を申し出る。が、それに僅かに眉を上げ不快を示すと、直に口元だけで嗤い猫なで声で返答した。


「それはそれは、心強い限りですな。ハディス聖天卿殿」


 フードの下で笑うハディスと、それに笑むジャスティ。どちらも嗤っているのは口元だけで、その目は互いに牽制し合っていた。

 そこで、やっと書類から目を上げた男が、口を開いた。


「パース、詮索を急がせよ。バルウェーズ、お前は何としてもあ奴をこちら側に就かせろ。失敗は許さん」


「「はっ」」


 返事を聞くと、男は椅子から立ち上がり扉に手をかけた。

 だが、ノブを捻ろうとした男は、そこで振り向いた。


「それから、パース。あちらの使者に返書を。ご助力感謝する。成功した暁には、貴国にも相応の報酬を――時期皇帝の外祖父たるクラヴィス家当主の名に於いて盟約しよう。とな」

 

 男―ランドム・パーシバル・クラヴィスは鷹のような目を、更に細めて仄暗く嗤って部屋を後にした。


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