二十六話 情報
短めです。
警戒心の強い冒険者2名は仕方ないとして、ある程度グループに馴染みリックたちが眠って静かになったところで、ハルキは話を切り出した。
「おじさんたちは、芸人なんでしょ?帝都のほうも回ってきたの?」
ハルキの切り出しに、一人気分を害して不貞寝していたアルフォンが僅かに反応する。
それをハルキがチラリと目線だけで見て、何事も無かったように芸人一座に笑顔を向ける。
「ん?あぁ、まぁな」
口下手らしい男の変わりに、先ほどアルフォンに近付いた女ではない、優しげな少女が頷いた。
「そうよ。帝国はもうある程度回ったから、次はシューツァンにって思ってたんだけどね。難しいわね」
「えー、何で?」
「今、隣国との越境は関所が厳しくなっちまって、暫くは制限されるみてぇだ。メシュルカ側はそうでもねぇみてぇだけどな」
「へー。帝都はどんな感じだった?僕行った事ないから、楽しみなんだ!」
子供らしくはしゃいで言えば、もう一人の男が皮肉気にケッと笑う。
「どうもこうもねぇよ。皇帝さまの病状悪化で、涙に暮れて不興も不興だ」
「ちょいと、子供の前で言うことじゃないだろ」
女が嗜めるが、その話に他の大人たちも興味を示したように乗ってくる。
「でも、皇帝陛下のお体は大分悪いらしいね。筆頭医師マーディルさまの一番弟子バルウェーズさまが今手を尽くしてらっしゃるようだけど、もう長くはないらしいよ」
リックの母が眠ってしまったまマリーを膝に抱いて、苦しげに呟く。
「そうだな。隣国とのこともある・・・・。だが、幸い皇太子殿下は素晴らしい方だ。王族医師団とて頑張ってくださっているし、きっと、陛下だって良くなるさ。それまでは、殿下が立派に国を守ってくださる」
妻を励ますように肩を抱くリックの父親に、またも陰気な男が口を開いた。
「何だ。お前帝国の人間の癖に、知らんのか。その皇太子さまとやらも、今はご病気らしいぜ。大公爵さまのとこで療養中だとよ。大した皇太子さまだな~。この一大事って時によ~」
「なっ、そ、それは本当なの?」
「嘘だっ!まさか、殿下が・・・」
夫婦が驚きに否定すると、男は笑みを穿いたまま続ける。
「嘘じゃねぇよ。皇帝も、もう長くねぇらしいなぁ。筆頭医師の弟子だかなんだか知らねぇが、そいつが何日か前に発表したらしいぜぇ。継承間近に、頼りねぇな~。ま、今の皇太子じゃなくても、弟殿下がいるじゃねぇか」
「そんな・・・殿下が」
悲嘆にくれる妻を支えつつ、夫は悲痛な顔で男に聞いた。
「マーディル様は?」
「あ?あぁ、筆頭医師のじじぃか。さぁな、噂じゃ屋敷に引き篭もってやがるらしいぜ。ま、筆頭医師とやらの公表じゃねえせいで、ますます上のお偉いさんどもはもめてるらしいが、一番弟子が実質の筆頭なんだろ?もう決まりだな」
「そんな・・・・」
「もう、その辺におし」
妻と寝ている子供を抱いて俯いた夫が不憫になったのか、女が男の腕を引いて止めた。
三人の遣り取りを黙って聞いていた一同も、空気が重くなる。
そこに、一人首を傾げて不思議そうにするハルキが、リックの父の服を引く。
「ねぇ、筆頭医師ってそんなに権限があるの?」
俯いて唇をかんでいたリックの父は、顔をハルキのほうに向け力なく頷いた。
「そうだよ。筆頭医師は、皇帝陛下の専属医師だからね。特に、危篤公表は継承発表も意味する。陛下がご存命の場合、喩え王族といえど、継承を決める者は存在しない。だから、正式な権限があるわけではないが、筆頭医師の公表が必要になってくるんだよ」
継承は元来、皇位に就く者がその決定を持つが、その決定も出来ぬほどの健康状態にある場合、それは貴族のみならず、帝国国民全ての問題となってくる。
そこで、医術者として、大陸一を誇る筆頭医師の診断が、国民の同意を得るという名目にあたるのだ。
「へ~。筆頭医師・・・名前は?何・マーディル?」
呟きにも似たハルキの問に、リックの父は答える。
「ドクティア・フローズ・マーディル様だよ」
「・・・・そう」
と、急に一人が立ち上がった。
周囲が見詰める中、男は身を翻すと暗闇に消えていく。
「ちょっと、あんた」
「大丈夫」
連れのハルキが、呼び戻そうとする商人風の一人を止める。
「大丈夫だよ・・・・まだ」
アルフォンの消えた闇を見詰め、ハルキはもう一度呟く。最後の言葉だけは、誰にも届くことはなかった。
その後、重い空気の中各々眠りに就いた。
結局、アルフォンは皆が寝静まっても戻ってはこなかった。