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漂泊の果て 命約の行方  作者: I
波乱
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二十五話 逆襲


 リディアからの街道は、人の流れが少なくはない。国境のジュノーブの森近くの辺境と言えど、西海の港町ラジークから国境沿いにリディアを通る街道は、主要な陸路だ。

 今は、シューツァンとのこともあり街道を行く人間は少ないが、常時は不穏になりつつある隣国との貿易路としても、大公爵の一、北のグランディルバーン大公領への物流行路としても、多くの商人たちが利用する道であった。

 もっとも、今街道に出て早々に目立つのは、辺境警備の巡回兵と、どこぞの私兵や冒険者だ。

 アルフォンは、フードを目深に被り直し黙って歩く。ハルキはキョロキョロと辺りを見渡しその横を歩いている。


「どうした?何か気になることでもあるのか?」


 いつも落ち着いているハルキの、何時になく忙しない様子に、アルフォンは小声で囁きかける。


「ん~。・・・・・ねぇ、フォン。僕ってさ、幾つくらいに見える?」


 一人称を変えて質問するハルキとその台詞に、アルフォンは少し目を見開いた後、その口角を上げた。


「何だ?気にしてたのか?」


「見た目は、今凄く重要だから」


 明るく闊達(かったつ)に話すハルキだが、見下ろした先に合った目だけが、真剣さを孕んでいるのに気付き、アルフォンも揶揄(からか)うのをやめる。

 実際、街道に入ってからアルフォンたちを見る目は多い。予想したとおり、ハルキの髪と顔立ちは、人々の眼を引く。

 グランウルフの紫狼を連れているのも一因だ。グランウルフは傭兵や冒険者、騎士の騎獣とし主流だが、平均市場価格が二番目に高い騎獣であるためそこそこには珍しい。

 その注目の多い中ゆえに、外見年齢はハルキにとってのキャラ設定に重要な要素であり、今後の振る舞いに関ってくる大事な物だった。

 アルフォンは、顔を正面に戻し、小さく呟く。


「11」


「・・・・・・・はぁ~」


 予想していたとはいえ、あまりに幼すぎる年齢に、ハルキは肩を落した。

 アルフォンは再び目線だけで斜め下を見て、何か声を掛けるべきか迷うが、その前にハルキが動いた。


「次の街ってどれくらいで着くの?」


「そうだな、4日と言ったところか」


「4日」


 騎獣がいるとは言え、二人は徒歩だ。目的とする街まで真直ぐ行けば更に10日かかるが、アルフォンは少し遠回りをして1ジューン近くかかると見ている。

 ジュノーブ沿いの街道は、街が余り多くないため、彼の者の領地に入るまでに通る街は3つと言ったところか。

 地図を思い出しながら答えたアルフォンに、ハルキは眉間に皺を寄せ難色を示した。

 遅い。リディアでの情報と、精霊の報せを併せて考えれば、アルフォンには余り時間がない。

 無駄な時間を食っている暇はないだろう。直接ハルキとの契約に関係は無いが、軽んじられる物でもない。


「それがどうかしたのか?」


「・・・・・」


 アルフォンは黙りこんだハルキを訝しむ。


「・・・いや。何でもない」


 ハルキは当初の契約どおり、契約に関する事以外の情報をアルフォンに逐一報告するつもりはなかった。

 皇帝の病状の噂は、どの道次の街で知れるだろう。

 こちらから何か言うべきことでもない。そう折り合いをつけ、ハルキは黙々と歩き出した。

 日が暮れると、ちらほらと野営を組む商人や旅人が目に入ってきだした。

 アルフォンはちらりとハルキを見て口を開いた。


「この辺りで夜営にするか?」

 

 ハルキも周囲を見て、頷いた。


「そうだね。人目につかないとこより、人の多いとこの方がいいしね」


 近くに2つのグループが薪を囲みだしている。

 そのうちの小さなほうの陣営に近付き声をかける。


「こんばんわ。仲間に入れてもらっていい?」


 ハルキが邪気のない笑みで問いかける。

 ハルキを見て、少し驚いたような視線や好奇の目を向けた面々は、次いでほかのメンバーと顔を見合わせた。その内の一人が代表するように頷く。

 そのメンバーの様相からも雰囲気からも、幾つかの個々のグループが、野営のために集まったのだと知れる。

 旅をしていれば、そう言った事は珍しくない。少数で野宿をするより、より多い人間で陣を張ったほうが効率が良い。

 少し離れているもう一組のグループは、既に十数人の一商隊であるため、安全面から言って部外者を受け入れてくれる可能性は低いと判断し、ハルキは少数派を選んだのだ。


「構わないよ」


「ありがとう。師匠、コッチコッチ」


 笑みを深くして己の腕を引くハルキの幼さの伺える仕草に、アルフォンは半ば呆れ、すぐに別の懸案事項に眉を顰め、声を潜めて突っ込んだ。


「誰が“師匠”だ?」


「いいじゃん、師匠。カッコイイ響きだよ。寧ろ、僕が呼んで欲しいくらいだよ」


 笑顔のまま小声で返すハルキに、アルフォンは大きく息を付いた。


「お邪魔しま~す」


 開いたスペースにアルフォンたちが腰を下ろすと、早速一人の少年が口を開いた。


「俺、リックってんだ。お前は?」


「僕、ハルキ」


「ほら、マリー。お前もこんばんわって」


「こんばんわ」


 外見年齢10~12といったまだ幼い少年と妹らしき5~6歳少女が、同じ歳ぐらいのハルキに興味を示したらしく、無邪気に話しかけてきた。妹の方は人見知りが激しいのか、兄の後ろに隠れるようにして引っ込んでしまった。

 その可愛らしさに、ハルキはしゃがみ込んで目線をあわせ、優しく笑いかけた。


「こんばんわ、マリーちゃん?」


 ハルキの笑みに警戒を少し解いたのか、リックの影から出てコックリと頷きを返してくれた。


「俺たち、リディアの市に出荷に行くんだ。お前は?」


「分んない。冒険者だから。今東に向ってるんだ」


「お前、冒険者なのか!?」


「ううん。僕はまだ見習い。でも、将来絶対なるんだ!」


「へぇ!俺は騎士になりてぇ!12でぜったい仕官すんだ」


「うわぁ!カッコイイね!!」


「マリーはね、パン屋さん」


「そっかぁ」


 一見して微笑ましい三人の遣り取りに、新顔に警戒していた周囲の大人陣も緊張を解いて温かく見守っている。

 だが、ハルキの年齢と性格を知るアルフォンは、何とも言えない顔をして、精神安定のため視線を逸らした。

 この一団は、見た限りで4組の平民や旅人といったところだった。リックたちは、父親と母親らしき家族4人。他は女2人と男5人の旅芸人らしき一団と、2人の冒険者、4人組みの商人だ。

 気取られぬよう観察していたアルフォンに、旅芸人の女が声をかける。


「お兄さん、冒険者なのかい?」


「・・・・あぁ」


 ぶっきら棒に返すアルフォンに、女は艶やかに笑う。


「へぇ。道理で。良いグランウルフを持ってるねぇ」


 人に慣れきってない紫狼は、人の輪から離れてハルキの荷物番をしていた。其方を見て、女は眼を細めていた。


「まぁな」


「冒険者なら、頼りになるねぇ。ところで」


 色を含んだ女の視線と口調に馴染みのものを感じとり、アルフォンは内心で舌打ちした。


「どうだい?今夜一晩?」


 (しな)を作り、腕にその豊満な胸を擦り付け小声で囁いてくる女に、アルフォンは忌々しさしか感じない。

 意中の少女を目の前に、興味のない女に寄ってこられて勘違いされでもしたら、それこそ迷惑でしかない。

 焦燥を覚えながらも、少しの希望にチラリと横を見れば、ハルキはこちらを見ようともせず無邪気に笑って相変わらず子供たちと話していた。

 その余りの関心のなさに、アルフォンは苛立ちを増すと同時に落胆を覚える。だが、そんなことで落ち込んでも居られない。

 唯でさえ他人との関りを避けたい時に、余計なことで煩わされたくはない。だが、女の容姿はそこそこ整っていて、今までの経験から言って、自分に自信があるタイプの女だ。下手に断れば、面倒ごとになりかねない。

 如何突き放そうか思案しているアルフォンに、横合いから声が懸かった。余計としか言えない言葉が。


「あ!駄目だよ、マリー。師匠はロリなんだから。近寄ったら危ないよ!!」


 慣れてきてじゃれていたらしいマリーがリックの座っているハルキの逆、アルフォンの隣に座ろうとしてたところに、ハルキの制止の声がかかったのだ。


「ロリ?って何だ?」


「ロリコン。ロリータコンプレックスの略で、まぁ、分りやすく言えば幼女趣味ってことだよ」


 満面の笑みでリックに説明をするハルキの放った爆弾は、その場の大人たちに多大な威力を発揮した。勿論、アルフォン本人にも。

 弁明をしようにも、その言われた内容を理解する事を拒否し、完全にフリーズしていた。


「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」


 沈黙の中、アルフォンに驚愕や軽蔑や、下品た眼が注がれる。アルフォンに凭れ掛っていた女も、スススッとさり気なく距離を開ける。唯一それだけが、アルフォンにとっての救いだったともいえる。

 その沈黙に気付くこともなく、子供たちの会話は無邪気に続く。


「ようじょしゅみってなぁに?」


「マリーは知らなくていいんだよ。もっと大きくなったら教えてもらいなさい。でも、大人の特に男の人に、お菓子上げるって言われても付いて行っちゃ駄目だよ」


「わかった」


 ハルキは諭すように注意して、ニコやかな笑みでマリーの頭を撫でた。


「マリー、リック。こっちへ来なさい」


 頬を若干ヒクつかせ、父親が呼びかけるが、そこにハルキがフォローを入れる。


「ダイジョブだよ、おじさん。師匠もそこまで見境ないわけじゃないし。マリー、念のためお兄ちゃんの隣に座ってようね」


 マリーは素直に頷いて席を移動する。

 その一連の遣り取りに、やっと頭が回転しだしたアルフォンは、思いっきり頬を引き攣らせ無意識に剣の柄に手をかけた。アルフォンはこれが自分の部下であったなら、問答無用で斬っていただろう自信があった。


「ハル」


 低く地を這うアルフォンの声に、ハルキは笑みを崩さずに答えた。


「何ですか?師匠」


「誤解を招くようなことを言うのはやめろ」


「誤解?嫌だな、師匠。忘れてしまったんですか?(よわい)14歳の少女を押し倒したのは何処の何方ですか?一回り以上年下に手を出そうなんて、犯罪ですよ?」


「だから、あれは――」


「あれは?」


「・・・・・・・」


 笑顔の威圧に、思わずたじろぐ。どうやら今朝方の出来事はアルフォンが思っていた以上に腹に据えかねていたらしく、背後に未だ覚めやらぬ怒気が伺える。

 まさか、こんなところで逆襲に合うとは思わず、アルフォンは心中で極力ハルキを怒らせまいと誓った。

 ここで、二度とではなく、極力であるところが、アルフォンのアルフォンたる所以だ。ハルキに手を出さないと言う選択肢は、彼の中には欠片もなかった。


「だから、お姉さんたちは安全圏だよ。安心していいからね」


 一見邪気なく笑むハルキの計略どおり、アルフォンにアプローチしようとする女はもちろん、話しかけようとする大人もいなくなった。

 それを善しとするべきか、忌むべきか。危険を回避できたが、不名誉極まりないダメージを被ったアルフォンは、嘗てない頭痛を覚え米神に手をやった。


『ちょっとは反省した?し・しょ・う』


 耳元で聞こえた小声の揶揄に、アルフォンは苦虫を噛んだように顔を顰め、苦々しく囁いた。


「後で覚えてろ」


『フォン、反省って言葉を覚えようよ。碌な大人にならないよ』


 反省の色の見えないアルフォンに、ハルキはフォンらしいけど、と苦笑して風話を打ち切った。


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